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209.0話 薄暗い店内

 158話の後ろに総帥サイドを挿話しております。

 1500文字程度。話の展開上、もちろんお読み頂けずとも問題ありませんが、せっかく書いたので、よろしければお願いします。








 本編ここからです。


    ↓

 


 放課後となり、姉がまだ働くコンビニに行くと、福沢先生を手渡された。

 焼き肉となれば、当然、高く付く。高校生……ついでに中学生1名の懐の痛みを軽減して欲しいと言う事だった。

 確かにお客……と言うか、昼休憩。時間の都合上だが、大勢の高校生と疎らな中学生が買い物中の店内では、実に渡しにくい。だからこその『放課後、立ち寄って。時間は取らせないから』だったのだろう。


 そんな事より、よくよく考えてみれば昼休憩の開始直後。混み合うコンビニに立ち寄っても、何の問題も起きなかった。この事実は、護衛と友人たちに大きな自信を与えたことだろう。

 この日の放課後焼き肉が成功すれば、更なる行動範囲の拡大となり、憂の希望への大きな一歩となる。梢枝も康平も実は強い覚悟を胸の内に秘めている。


 因みに参加する者の中、何気に社会人兼高校生以外のメンバーの出費は、かなり抑えられ、お得な外食となる予定だ。梢枝と康平が『給与所得者やから』と、愛同様、福沢先生の出資に踏み切ったのである。忘年会や新年会で万券を入れる、お偉いさんそのものな構図だが、そんな社会人のやり取りなど高校1年生主体では、知る者はほとんど居ない。

 憂の姉に対してもそうだったが、『悪いから』と遠慮の姿勢を見せると、『年長者の誇りを傷付けるつもりかっ!』と、強引に手渡されたのである。何故か、千晶に。たまたま近くにいたからか、愛から見た時の信頼度なのか、よく分からない。まぁ、幹事向きではあるだろう。

 支払いは、この3万円を差し引いた中から残りの人数で割る予定である。


「……緊張する。3万円なんて持ち歩かないから……」


「お正月とか普通に持つ事になるぞー?」


「それとこれとは話が別。わたしのお金じゃないのが大きい」


 中央管理棟を出る最中の佳穂千晶の会話である。この年齢では自分以外の金品を持ち歩けば、千晶の言う通りに緊張してしまうかもしれない。


「ボクも――だすのに――」


 歩みはゆっくりペースだ。ハイテンションで推移し、なかなか午後の昼寝が出来なかった、運動会前日の小学生のようだった憂は、現在、不満げである。

 姉と護衛2名が通常使いされている中で1番高額な紙幣を千晶に渡す時の事だった。

 憂が何やらセーラーカラーをめくり上げた。

 セーラー服本来のカラーの目的である集音……な、訳はない。そこにあったのは、小さな小さな隠しポケット。そこから細かく畳み込まれた諭吉さんを取り出すと、「これも――」と、ポニーテールの少女に差し出した。

 もちろん、この蓼学女子制服(上)に標準装備された仕様ではない。

 少し前、漆原家を夕食呼び出しの為に訪問すると、千穂がチクチクと裁縫中だったのである。因みに、千穂のセーラー服ではなく、梢枝のセーラー服だったのだが、おそらく憂は気付いていない。そんな愛する少女の行動を真似た。憂は何気に裁縫スキルがそれなりに向上している。とは言え、普段はしない人よりも上手だね。くらいのレベルだ。

 憂は千穂が居ない時にチクチクと自身のセーラー服を加工したのである。

 ……実はその際、1度、ポケットを逆に付けてしまい、『うぅ――はんたい――』と、悲しそうに修正する事態に陥ったのだが、これは余談である。


 ……千穂たちが手にした、あの薬については記憶しているのか。定かではない。『憶えてる?』などと聞けば、忘れていたとしても思い出してしまうだろう。よって、謎のままである。


『ダメだよ!?』

『憂ちゃんは残りを割り勘する側だー!』

『でも――ボクが――いいだした――』

『それとこれとは話が別! わたしにこれ以上、お金を持たせないで!』


 ……など、こんな遣り取りの為に貴重な時間を使ってしまったのも余談である。


 そんなこんなで不満げな憂だが、中央管理棟からC棟に戻ると、機嫌を直した。親衛隊の存在がそうさせるのだろう。中等部の子たちの前で、ムスッとしている訳にはいかない。


「今日は用事があるんですよ……」


 美優は行くのに……と、寂しく呟いた七海が印象的だった。

 そのまま親衛隊に見送られ、多くの蓼学生に混じり、憂と千穂は発覚後、初めて東門を自分の足でくぐったのである。

 目的地は、やっぱりいつものモールだ。他にも焼き肉屋はあるが、食べ放題となるとなかなか遠い。憂の足が混じると昨日、凛たちの行った店までは厳しい。休憩さえ含めるとそれこそ夜になってしまう。それは梢枝たちとしてもアウトなのだろう。


「行きますえ? 暗くなる前に辿り着かなければ中止ですわぁ……」


「暗くなったら……中止……って」


 ……頑張って歩いた。千穂の左手を引っ張っていくほどに。もちろん抵抗しないからこそ、彼女を引っ張れるのではあるが、そこはそこだ。

 しかし、それは他の面々にとっての普通のペースだ。

 佳穂も千晶も通学中とは異なり、カーディガンを羽織っている。もちろん、セーラー服少女特有のセーラーカラーを出すスタイルである。憂と千穂は未だにカーディガンを持ってきてさえいない。本当に異常気象だ。ちょっと速めに歩いていれば寒さを感じなくなるほどの気温なのである。しかし、今週中には遂に寒波が到来するらしい。風邪引きが発生しない事を祈る。


 憂と千穂がカーディガン不要なのは、単純に必要がないからだ。行きも帰りも車での送迎があれば、そうなってしまうのは必然かもしれない。




 モールに到着。


 休憩なしだった。そのお陰か、暗くなる前に到着した。梢枝の脅しめいた発言を本気にしてしまったのだろう。

 ……脅しだったのか定かではないが、きっと梢枝の事だ。憂自ら行きたいと言った焼き肉。暗くなっても『あとちょっと……』などと言い、目的を果たした事だろう。


「ついた――!」


 都合上、西館に到着した憂は喜色満面である。

 思わず、周囲の無関係な人間が微笑むほどの笑顔を見せてくれた。


「どうだ? 外に出て良かっただろう? 蓼園市で憂さんを知らぬ者など、ほとんど居ない。思う事も様々だ。だが、憂さんの喜ぶ姿……どころか、泣けど怒れど、憂さんは魅了していく。積極的に姿を見せれば、人の想いを変えていく」


 凌平から梢枝への耳打ちである。

 梢枝は周囲に気を配るように見回す……と、口元を綻ばせた。目に入った黒服は3名。ほとんどが遠目に憂たちを見守っている状態だった。これでは存在感は薄れてしまう。


「……そうですねぇ。せやけど、油断はなりませんえ?」


 2人で話をしている憂と千穂以外の参加メンバーは、全員が深く頷いたのだった。




 ―――その頃。


 309:憂ちゃん、頑張って歩いて蓼園モール到着。可愛すぎるだろw


 何者かがスネークしているスレを覗く者がいた。


 310:TS娘は今日も笑顔か。マジ、公式HP最高だわ……

 311:わかる! 同士よ!

 312:わかるも何も同好の士が集まってるスレじゃねーかw

 313:医療板覗いてみろ。憂ちゃんについてのスレ立ってるぞ

 314:公式HP!? 詳しく!

 315:何とか憂ちゃんを東京五輪に導いてあげるのだ!

 316:医療板のは有名じゃんか。ググってみろ? 色んな板に憂ちゃんスレ立ってるわw 政治板、経済板、AAまで出来てる始末w

 317:>314 は? 知らねーの?

 318:>310 憂ちゃん、どこ行くの? お前、蓼園市? 羨ましすぎる。引っ越したいわ……。

 319:日本政府は何してやがる!? 早くこの人類の宝を国挙げて保護せんか!!

 320:再生医療が劇的に進歩を遂げるとか何とか? よー分からんが、不老への第一歩らしいぞ? 問題は衰えていく脳みそ。これも再構築の研究結果次第ではとか何とか

 321:3人制バスケ……。こっちでどうなん? やっぱ一緒か? パラだけど、車椅子バスケは?

 321:何とか何とかばっかり書き込みやがって

 322:もうちょい待ってろ。どっか店入ったら知らせるわ


 追尾、実況中のコメントのIDを追う男の目が愉悦に歪む。

 更新連打する手を止め、大きな黒革製の鞄に、サバイバルナイフと……鈍い光を矢尻に放つボウガンをそっとしまい込んだ。


 ……部屋は相変わらずだ。壁も天井もプリントアウトされた画像や、以前、歪んだ愛情を持っていた頃に隠し撮りした写真が隙間無く、貼られている。

 今年、何人目になるか分からない、この男の居住空間を訪れる家政婦は、部屋に入室を許可されていない。外出時には、この部屋は堅く施錠されている。


 388:焼き肉屋入った。お友達たちと放課後焼き肉。超羨ましいわ……。千穂ちゃん、可愛いよなぁ……。もちろん俺はTS趣味全開だけどな!


 このコメントが発された時には、もう黒革の鞄をぶら下げ、部屋を抜け出していた。

 もう片方の手には、スマホが握り込まれていた。間違いなく、このスレを監視している事だろう……。




「いらっしゃいませ! 当店へのご来店は初めてでしょうか?」


「あー。はい。3度目やわ」


「えー!? マジで!? ずるいぞー!」


「自分で稼いだお金。ずるくない」


 時間が早いからか、薄暗い店内にお客は少なかった。何組かの親子連れやら、同じく高校生のみのお客やらがいるのみだ。

 運が良かったのか、奥のほうに案内され、パーティールームのような大勢で座れるスペースに案内された。

 最悪、4人席を2つ……そこに4名と5名で座る予定だった。例によって、小柄な2名を有用に使った方法である。その2名とは、当然ながら千穂と憂だ。


「えーっと……。中学生が2名様……ですか?」


「あ。ちゃいます。中学生1人ですわ」


 店員応対は康平が引き受けている。この辺りは年長者の貫禄と言ったところか。


「あ……。あたしが中学生です……」


 美優の声が蚊の鳴くようだった。人見知り……なのだろう。


「え? でしたら、そちらの方は小学……あ!!」


 雰囲気作りの為か、営業上の方針か、なかなか薄暗い店内だ。小さな子に見えていただけなのだろう。もちろん、憂が……だ。


「少々、お待ち頂けますか!? すみません!」


 憂たち一行を案内してくれた愛想の良かった女性店員は、すぐさま駆けていってしまった。想定外のお客様に気が動転……と、言ったところか。


「……感じが悪いな」

「あぁ……」


 凌平の呟きに頷いてみせたのは、拓真だ。

 愛ならば、こう言ったかもしれない。


『仕方ないよ。飲食店だから』


「……出よっかー?」

「他にもあったかな?」

「無いよ」


 佳穂千穂千晶も同様の事を感じたらしい。今頃、客に見えないところで相談中……と思うだけで腹立たしい部分がある。


「そうですねぇ……。ウチらでタクシー代金出すよって、他を当たりますかぁ? 経費で落ちますえ?」


 梢枝までもが賛同し、腰を上げかけた……が、美優が「待ってください……」と、止めた。

 憂の目が吸い寄せられている。メニュー表に。


「おぉ――おいしそう――」


 ここも蚊の鳴くような声だった。心、ここにあらず……は、違う。霜降りのステーキ肉だ。ここのメニューである……が、みんなの話なんぞ聞いちゃいない。自分の世界に入っている。


「いい――におい――」


「あは……。もうここでいいんじゃないですか? まさか、追い出されたりしないと思いますから……」


 ちゃっかりと憂の隣の席を確保した美優は、憂のそんな様子に聖母のような微笑みを見せた。数多い好物の1つを写真で見る憂は、それだけで中学生の母性本能さえくすぐってしまっているのだろう。


 美優も意外と考えているようだ。

 店側の立場としては、ここで憂を追い出せば、大きな損失を招く恐れがある。真っ当な判断が出来る者が居れば、内心はともかく、普通に接客してくる事だろう。


「お待たせ致しました! 大人8名様と、中学生1名様ですね?」


 ネームには【店長】の文字。

 良い笑顔のまだ若い男だった。チェーン店であり、人員の交代の激しい中、押し出されたのかもしれない。

 そんな店長さんは滑舌良く、良い笑顔で接客を開始した。女性店員の話を裏で聞き、大慌てでやってきたのだろう。


「そうですわ。よろしく頼んます」


「当店のシステムは?」


「知ってますわ。全メニューのヤツで頼んます。あと、ソフトドリンク飲み放題で」


「ありがとうございます! 120品食べ放題、ソフトドリンク飲み放題、承りました! ご注文はそちらのタッチパネルをご利用下さい! それでは火をお付けしますので、お気をつけ下さい!」


 康平と店長。2人して良い笑顔である。

 この店を敬遠しかけた5名もどこかほだされてしまった様子である。




「1番上の……ですか?」


 千晶がツンツンしている。デレは、男子には滅多に見せない。この中で見せる相手は2穂と憂、ついでに美優くらいだ。


「いや、そうした方がええんちゃうかなーって」


 千晶がジト目を向ける理由は単純だ。康平は、誰に尋ねる訳でもなく、1人でコースを決定してしまった。しかも1番お高いコースで。


「千晶ー? そこは康平兄さんの優しさだぞー?」


「どういう事ですか?」


 佳穂の割り込みに問いかけたのは美優だ。人数が多くて困る。


「安く設定すると、あたしらタダになるぞー?」


「え……? えっと……。安いのは2500円で飲み放題含めて……。9人だから……。あ! ホントだ!」


「しっかり計算しろー? 康ちゃんはあたしらが気を使うーって、高いのにしてくれたんだぞー?」


「……びっくり」

「ええ……。ホンマにそう思いますわぁ……」

「あぁ……。マジでな」

「この佳穂さんだけは、優れているのかどうなのか判断付かない」

「凌ちゃん、どういう意味だー?」

「そのまんまよ」

「なんだとー?」

「そのまんまよ」

「……えっと……。同じのずるいー!」


 ……本当に彼女だけは優劣の判断が付け難いのである。


 康平は、脳内で代金を計算した。

 愛と自分を含めた護衛2名の出したお金で事足りてしまう事を恐れての事だ。事足りてしまえば、気にする子が絶対に出てしまう。特に千穂など、小さくなってしまい、『やっぱり半分だけでも』などと言い出しかねない。

 そこで、総支払額3万円を超えるコースで決めてしまったのだ。これは佳穂の言った通り、康平の優しさだろう……が、すぐにそこを指摘した佳穂。普段の姿からは想像付かない。


 ……実は優秀なのかもしれない。

 ドヤ顔が見受けられる辺り、たまたま理解してしまった可能性もあるだろう。




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