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208.0話 放課後焼き肉

 


 ―――11月22日(水)



 デモの件は未だ、憂の耳には届いていない。

 教室内では、梢枝による箝口令(かんこうれい)が敷かれた。現在のクラスメイトに梢枝の言い付けを守らない者は存在していない。

 憂は憂で、移動教室とトイレ以外では、A棟及びB棟体育館を訪問して以降、C棟内に引き籠もっている。用事が無ければ、わざわざ出歩く必要も無い。それは憂に限らず、全生徒に言える事であり、何も珍しいものではない。

 C棟を一歩出れば、『レイシスト狩り』の結果、今では中途半端な嫌悪の眼差しは少なくなり、反比例するように酷いものは余計に悪化……。そんな状態になっている事だろう。


 ……男の娘疑惑については、息を潜めている。

 生徒会のミスコン出場者募集に始まった、憂の水着審査への出場が決め手となった。疑惑は残ったままだが、今はただ、冬休みに開催される文化祭おかわりを待つばかりだ。


 そのミスコンだが、無事に20名の出場者を得た。

 その出場者は既に各棟正面玄関など、要所に張り出されたポスターにより告知されている。ミスコンの開催に漕ぎ着け、同時に文化祭開催期間の次期生徒会長候補選挙の開催要件を満たしたが、投票率が50%を割れば、教師たちは良い顔をしないだろう。だからこそ生徒会は、その活動の手を未だ緩めていない。


 ポスターについて……だが、5組からは実に5名の顔写真が並んでいる。

 憂はもちろん、『頭数合わせに……』と出場を決めた梢枝、巻き込まれ体質の千穂・優子と『憂ちゃんの為なら何でも出来るし、する』と公言している佳穂の5名だ。千晶も1度は立候補したが、総出場者数が20名を超えたと知ると、立候補を取り下げてしまった。

 当然、千穂も佳穂も優子も非難したが、『憂ちゃんの舞台裏の撮影の許可を頂きました。まさか、男子に任せるつもりですか?』と黙らせた。何気に生徒会長とのパイプが出来た千晶ならではの作戦である。

 千穂も太いパイプを構築しているが、憂の傍を離れられない。彼女は呪われているようなものなのだ。


 C1-5以外からの出場者でめぼしい人物は、中等部から親衛隊長である七海さん。高等部3年生の生徒会長・文乃、引退したバスケ部から2名。ちゃこの名前もあった。彼女は立候補者がなかなか立たない時点で手を挙げた。生徒会長たちが説得に奔走している姿を見て、声を掛け、憂の為にと立候補したのである。お世辞にも綺麗とも可愛いとも言えない、どれかと問われれば(たくま)しい……と、答えざるを得ない、ちゃこの立候補は、その他の女生徒に勇気を与えた事だろう。


 その顔写真の中に、梢枝の記憶している顔があった。第二の猫殺し(キャットキラー)と、梢枝が目するC棟2年生の顔も載っていたのである。

 結局、この先輩との接触は今の今まで避けている。少女が猫が顔を洗うイラストを送った相手は梢枝自身であり、その後、何の接触も受けていない。

 接触すれば、いたずらに刺激を与えるだけかもしれないと云う判断だった。ただし、要警戒な相手である事は間違いなく、学園外では監視の下に置かれている。


 他の立候補者については、初等部から2名。内、1名は……男子だ。何を思ったか不明だが、男子児童にも関わらず手を挙げた。確かに女子に限るとの記載などなかったので、受けざるを得なかったのだろう。


 ……一定の需要はありそうである。


 更には、憂の復学―――もはや『転入』とは言われなくなった―――までは、生徒会長と共に蓼学の誇る美女と噂されるB棟の2年生女子。彼女()選挙との重複立候補であり、チャンスとばかりに立候補したのであろう。

 そんな女子はO棟からも立候補している。やはり、男子たちの選挙立候補者に差を付ける優位性は……間違いなくある。ミスコンの開催を否定し続けた生徒会の危惧は的中……だった訳である。


 後の10名ほどは、文乃たち生徒会が口説き落とした、いずれも高等部の美少女たちである。


『立花 憂さんは特別参加枠のようなものです。彼女への票は、純粋に1人の女性として見られ、入れられるものではありません。それは大半の生徒が理解する事となるでしょう。つまり、準グランプリに輝いた方が本当のグランプリと言え、校内一の女性……と、云う事になります』


 梢枝に授けられたこの言葉は、参加の意志は持ち合わせていたものの、憂が勝つのが当たり前な状況を前に尻込みしていた女子の背を押した。

 梢枝の類稀なる分析力と、口の旨さが作用した結果……とも、言えるだろう。


 近況はここまでとし、憂たちに目を向けてみる。


 1時間目の修了後、憂たちの輪の中に6組からの転室者である凜たち3人の姿があった。


「私も……男子制服……着てみたい」


 クラスで2番目の低身長である凜の言葉だ。憂の新調された男子制服は、既に役割を果たし終え、今はタンスの中にでも眠っている事だろう。あれは逆に目立ちすぎたのである。


「――かしても――いいよ――?」


 凛は、ショートカットの小動物的な可愛らしさを持つ少女だ。似合うかもしれない。


「……えっと。嬉しいけど……入るかな……?」


 140センチ弱の憂に対し、凜の身長は150cm弱。その差、およそ10センチ。折角の憂の好意だが、残念ながら厳しいかもしれない。


「――ぅ」


 か細い声だった。憂からして見れば、凛は小さな可愛い女の子といった印象なのだろう。そんな子に『君のは小さいからサイズが合わないよ』と言われたら、そうもなってしまうだろう。

 千穂も佳穂も千晶も苦笑いである。憂の背の低さについては、触れてしまえば大概がこうなる。触れようとはしていなくとも、時々、近付いてしまうのだ。


「あ! ごめん! 気にしてるんだったね!」


 凜が憂に寄り、慰め始める。これで半径1m以内に150cm前後の千穂、凛と140cmに満たない憂が大集合した訳だ。

 ……中学校のようであるが、間違いなく、高校1年生の教室である。高1の教室ならば、150cmほどの少女は、クラスに2名は居るだろう……が、憂が混じると印象が変わってしまうのである。


「――んぅ?」


 憂の意識が他に向いた。タイミングから察するに意図的なものかもしれない。

 スンスンと鼻を蠢かす。釣られて千穂も佳穂も千晶もクンクンと嗅覚に集中してみた。


「これは……焼き肉臭!」

「だね。制服で行ったの?」


 今度は凛が「ファブしたんだけどなー」と、苦笑いである。


「昨日、この子の誕生日だったんだよー。それで、お祝いに食べ放題でゴチしたんだ」


 凛と一緒に転室してきた1名が、もう1人の少女を指差す。少々……。少々、ふくよかな生徒さんだ。


「あ! おめでと!」

「おめでとー! これで結婚出来るぞー?」

「ちょ……佳穂ちゃん、やめてよー……」

「おめでと! そうだね……。3人、転室してきたから……」


 千穂の言いたい事は……。

 この教室には、誕生日を祝い合う習慣がある……と、言うか出来上がった。祝ってあげられなかった事に対し、少し寂しそうなのである。

 この習慣の発生は、憂が誕生日を気にしたからに他ならない。その憂もどんどんと年齢的に追いつかれていっている。『としうえ――』と自慢出来る相手も減ってきてしまった。


 憂も、千穂の囁きにより、前日が誕生日だった子に「おめでと――」と流れに乗った。遅ればせながら全員で祝福したのである。プレゼントは流石に無い。こればっかりはどうにもならない。


 何気に、転室してきた3名の誕生日は全員が終わっていた。凛に至っては憂の誕生日の僅か1日前だったことが判明し、憂は顔を顰めた。

 低身長の凛が自分より、早く産まれていたのである。過去を(かえり)みるに、少し、ショックだったのであろう。


 そんな1時間目の修了後だった。


 2時間目の授業、憂はどことなく落ち着きが無かった。何度も梢枝や康平をチラ見しては、「憂? どうしたの?」と、千穂に問い掛けられたほどである。

 その落ち着きがなかった理由は2時間目の修了後に判明した。



「ボクも――いきたい――」



 千穂に「言いたい事、言ってごらん?」と優しく声を掛けられると、俯き、さも申し訳なさそうに切り出したのだ。

 3人で焼き肉と言う事は、間違いなく放課後である。それくらい憂にも想像出来る。今、世の中は不思議な状況である。焼き肉や串揚げの店を覗けば、大抵の店には高校生だけで食す少年少女の姿がある。制服でもお構いなしだ。

 凛たちと同じように、翌日には匂いをプンプンと放っている事だろう。


 それが今時の普通の高校生たちの一部だ。


 憂は普通の生活を望んでいる。言い出しにくかったのは、自分が言い出せば、大勢の人が動かざるを得なくなる事を理解しているからだろう。


「お姉さんの……許可があれば……ですえ?」

「梢枝……お前……」


 危険なはずだ。巷には憂を狙う輩が潜んでいる。それは梢枝が1番理解している事だろう。


「憂さんは思い通りに行動するべきですわぁ……」


「……良いことだ」


 ポツリと呟いた凌平が印象的であり、「あたしも行きたいぞー!!」と大騒ぎする佳穂が寂しく見えるほどだった。



 昼休憩。おばちゃま授業の座学を修めると、お昼を後回しに、憂たちはC棟を飛び出した。

 中央管理棟の『コンビニ』を訪れたのである。

 愛は、時間を貰ったのだろう。レジの近辺で一行を待ち侘びていた。


「行っておいで! ……って言うか、みんなお金は大丈夫なの?」


 既に梢枝からチャットにより、事の詳細を受け取っていた愛の返事は早かった。やばい夢を見た愛は葛藤した事だろう。

 だが、あの時(・・・)とは違い、今回は『大人たち』の協力がある。


【憂さまのご希望ですね。それならば問題はありません。本日の放課後。時間も十分にあります。お任せ下さい】秘書


 総帥秘書の力強い後押しもあり、本日の放課後、発覚以来初となる、通学帰宅時に於ける東門の徒歩通過が決定した。何気に千穂も初となる。






「うむ……。何故、儂に早く伝えんかった……?」


「憂さまのご希望です。肇さまが仰った事でしょう。『あの子の意思は絶対だ。何事にも優先し応対しろ』。まさか、お忘れですか?」


「もちろん憶えておるわ! ……だが、後少し早い。今回の旅路、危険なものとなるぞ?」


「重々承知しております。憂さまに何かあれば、蓼園グループは消滅しかねません。もはや憂さまは蓼園ブランドそのものです。学園内や自宅での怪我はともかく、外部で襲撃によりダメージを与えられた時、状況にもよりますが場合によっては、蓼園の信用は失墜する可能性があります」


「……理解しているようで少しは安心したわ。アレ(・・)の動きはどうだ?」


「マンション内にまで何度か足を踏み入れております。以降は諦めたのか、学園周辺を徘徊し、機会を窺うばかりです」


「……消せ」


 急激に温度が下がった。錯覚なのだろうが、それだけの何かを感じたはずだ。


「……ご冗談を」


「何を勘違いした? 憂くんの周りに不要と云う事だ。チャンスとも謂える。この機を逃すな」


「畏まりました」




 総帥と秘書の血生臭い対話をこれくらいにしておき、憂のテンションが跳ね上がった。

 姉の手を取り、嬉し泣きのような顔で見上げ「ありがと――! お姉ちゃん! ありがと!」と上下にプンプン振り回すと、梢枝と康平には「――よろしく――おねがいします――!」と頭を下げ、千穂たちに確認を取り始めた。


「千穂――! いける――よね?」


「拓真は――!? 美優ちゃん(・・・)も――よぼ?」


「佳穂も――千晶も――? ――やった!」


 こんな調子である。

 もちろん、コンビニ内での出来事だ。

 しかも昼休憩に入ったばかり。大勢の生徒で賑わい始めている。この中には、美形の愛目当ての者もいるのかもしれない。反対に愛を避けたい者は、違うレジに並べば良いだけの話である。

 因みに、普段は愛の立ったレジが何気に人で溢れている。

 そろそろ愛もレジに入らなければ、やばい時間となる。今はまだ、昼休憩に入ったばかりであり、昼食を見繕いつつ、憂たちに目を向ける者がほとんどだ。


「憂? とりあえず……邪魔! ほら! みんなも用事が終わったなら教室戻って。放課後、出かける前に立ち寄ってくれると嬉しい。時間は取らせないからさ」


「はい! これ、お願いしまっす!」


「あ。買い物あったんだね。ごめん。レジ開けるよ」


 かなりの品揃えの商品の中、凌平と圭祐が持ってきた物。

 女の子用の赤いマフラーだった。


「……それ、私も乗っていいかな?」


 千穂は流石だ。鋭い。


「ウチもええですかねぇ……?」


「とりあえず、支払ってからなー」


 この男子2名の買い物は、昨日が誕生日だった元6組女子3人衆の1人へのプレゼントだ。

 みんながみんな、そそくさと乗っかったのである。憂を除いて。

 憂は……、また何か縫うつもりなのだろう。




 最後に放課後焼き肉への参戦者を列記しておこう。


 まずは憂。当たり前だ。この子が言い出さなければ、こんな事にはなっていない。

 次に千穂。2人でワンセット状態である。千穂は今のところ、憂と離れる気はないのかもしれない。

 佳穂、千晶のセットも『やった!』と憂が喜んだ通り、即答だった。この喜んだ意味を考えれば、何も出来ていない……などと悩む必要もなくなるはずなのだが、上手くいかないものである。

 拓真も了承した。美優も行く事となった。拓真は誘う気がなかったようだが、憂がまさかの行動に出た。個別チャットで誘ってしまったのである。これはこれで快挙だ。憂が受け身ではなく、自ら開通させた個別は、美優が初めての人なのである……が、美優が知る由もない。

 バスケ部連中は残念ながら不参加となった。圭祐が恨みがましい目を拓真に向けていたのは語るまでもないだろう。理由は、秋季大会決勝間際だからに他ならない。土曜日には準決勝だが、そこは問題なく突破することだろう。

 憂とのバスケ会で抜ける事が多い、彼ら3人にとっては今、部活を離れれば大きなダメージとなってしまうのである。

 凌平は至極、あっさりと参加を表明した。


「学友たちとの食事など、会を除けば初めての事だ。どんなものか知りたい」との事だった。


 他のクラスメイトは、突然の事であり、行ける者は居なかった。それは前日に焼き肉パーティーと洒落込んだ転室者3名もである。早々、『今日も焼き肉行ってくるねー!』など、言い出せないのが普通である。

 何とかしてしまう佳穂や千晶のほうが変わった環境なのである。



 ……もう1度、まとめておこう。


 女子隊より、憂、千穂、佳穂、千晶、梢枝。ゲストのように美優。

 男子隊は拓真、康平、凌平。


 ……何気に大所帯となってしまったのだった。





「……少しずつ、戻ってきてるって実感」


 これが決定後、千穂が親友たちに漏らした嘘偽りのない感想である。


「……そだね」

「何もなければいいなー。ね?」


 ……実は、その親友たちも心内(こころうち)では、強い覚悟を決めていた事を千穂は知らない。

 また、この何気ないお出掛けが何かと変わっていく切っ掛けとなるとは、おそらく誰しもが予測出来ていない。





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