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207.0話 親衛隊長の心意気

 


 飛び出したものの……。急ぐ必要は余りありませんねぇ……。

 靴、履き替えてしもうたわぁ……。

 もっと慌てて探す風を演出したほうがええんですかねぇ……?


 場所はD棟周辺。そこで間違いありません。

 七海さんは人気の疎らな時間帯から、C棟正面玄関から東門に向かって掃き掃除をされていますからねぇ。

 そこらで人目に付かない場所と言えば、今はまだ未使用のD棟。

 分かりやす過ぎますわぁ……。


 どうしますかねぇ……?


 今回は少し迷います。

 七海さんに絡んだ人間は、今まで憂さんへの関心をさほど感じていなかった人たちやわ。それが数人……。流石に1人ではやらないですわぁ……。

 彼女の親衛隊がもたらしたリストバンドでの支持表明。これが原因です。中立的立場だった関心を寄せない人間たち。『レイシスト狩り』はそんな人たちにまで及んでしもうた。


 ……やりすぎですわぁ。


 蓼学の方針上、直接的な暴力にまでは至りません。せいぜい言葉の暴力止まり……とは言うても、これが案外きついんですえ?

 少し、行き過ぎた親衛隊隊長さんにお灸を据えて貰いましょうかねぇ?

 ここでウチが出張(では)れば、中立だった皆さんが……。レイシスト狩り以降、少しベクトルの変わってしもうた人らを敵に回す事になってしまいます……。


 せやけどねぇ……。


 親衛隊もなんだかんだ言うても、憂さんの味方そのものですしねぇ……。

 状況を確認してから……ですかぁ……。


 とりあえず……。見付けましたえ……?

 予想外の人が居ますわぁ……。少々……。少々どころかかなり邪魔ですねぇ……。

 貴方は見てるだけでええですよ? 樹さん?




 この梢枝の発見より5分ほど前。


 七海は、臆する事なく高等部の先輩たちに連れられるまま、付いて行った。

 D棟の校舎の陰に入ると、3人の先輩たちは七海に要件を切り出した。


「ねぇ……。お願いがあるんだけど」


「……なんでしょうか?」


 至って普通のチャラチャラもしていない男子2名と女子1名の3人だった。ネームカラーの色から2年生だ。七海から見れば、2つ上の先輩と言うことになる。


「リストバンド……。親衛隊の……。やめさせて貰えないかな?」


 話すのは女子生徒だ。男子2名は大きな壁を背にしている七海が逃げないよう、退路を断つように立っているだけである。


「どうしてですか?」


 七海はトレードマークの飛び出た髪のひと房を揺らし、先輩を見据える。武器になりそうな(ほうき)は取り上げられ、男子の手に握られている。

 親友である美優は、この頃、兄と通学をしている。時々だと喜ぶ美優だが、毎日となると嫌がり始めた。しかし、嫌がっても『駄目だ。危ねぇ』のひと言で却下されてしまうのである。

 拓真は拓真で妹が心配なのだろう。


「どうして……って、迷惑だからよ」


 女生徒は何を今更……と、云った様相だ。


「気になされなければいいんじゃないですか? これはあたしたちが勝手にやっている事です! 先輩には味方が必要なんですから!」


「リストバンドしてないせいで嫌がらせされる私たちの身になってよ!」


「先輩も、先輩の動画を見て下さい! 間違いなく、先輩を支持したくなっちゃいます! そうすれば問題解決です!」


「なんで私が! 私は何の関係も無いのよ! あの子の事には関係ない! 私は私で普通に暮らしてるだけよ! 確かに可哀想な状況だった時期もあったみたいだけどね! 私には関係ない! なんでわざわざ他人に興味持って、首を突っ込まないといけないのよ!」


「そんな事ありません! 情けは人のためならずって言葉があるじゃないですか!」


 憂を支持するべきと信じて疑わない七海。

 憂はあくまで他人であり、自分には関係ないと言う先輩。

 両者の対話は不毛だ。平行線を辿るのみだ。


 ……それは次第にヒートアップしていく。


「憂先輩には大勢の人の力が必要なんです! わかって「うるさい!!」


 身振り手振りを交え、熱弁する七海の手首を女生徒はカッとなり、掴み上げてしまった。






 やばい。

 やばいやばいやばい。

 あの子って憂ちゃん親衛隊の隊長さんだろ……?

 どうする俺!?

 俺、暴力沙汰とかぜってー向いてない!

 裏サイトで暴れるくらいしか脳が無いぞ!?

 裏サイト!?

 そうだ! 裏サイトに応援を求めれば「勝手に押し付けないでよ!」


 そんな暇が無いー!!

 でも先輩だぞ!? 男2人も居るぞ!?


「中等部で盛り上がってるのはトレンドだからでしょ!? 単なる流行よ! あんたは違うかもしれないけど、ほとんどが流行に乗ってるだけよ!」


「違います!」


「違わないって!」


 もうダメだー! 行くぞ! 行くしかないー!!






 樹が七海を助け出そうと、張り付いている壁から飛び出そうとした時、彼の右手が捕らえられた。白くしなやかな長い指だった。


 樹は驚き、振り返ると、そこには唇の前に人差し指を立てた梢枝の姿。

 静かに……! ……と、言う事らしい。


「梢枝さまっ!?」


 ……静粛に……実らず、声を出してしまった樹と、彼を睨み付ける梢枝なのであった。




「梢枝!?」

「それって!」

「やばいっ……!」


 3名の男女は狼狽する様子を見せ、梢枝は物陰から姿を現した。


「に……逃げっ!」

「そだね……!」

「その必要はありませんえ……?」


 樹のせいで出ざるを得なくなった梢枝は3人を引き止める。ここで逃しては、彼らは敵に回ってしまう。敵は減らして然るべきだ。

 梢枝の言葉通りに2年生3名の足が止まった。この梢枝、学園内での噂が物凄い。


 彼女の個別スレッドでは(まこと)しやかに囁かれている。


 曰く。榊 梢枝の記憶力は円周率4桁を語呂合わせの必要無く記憶する。

 曰く。榊 梢枝に記憶されたが最後、立花 憂の敵に回れば追い詰められる。

 曰く。榊 梢枝は総帥・蓼園 肇の執行代理人である。

 曰く。榊 梢枝の身体能力は密かに学園ナンバーワンである。

 曰く。榊 梢枝の武術は実は鬼龍院 康平を陵駕する。


 その他、数多くの逸話に溢れており、どれも正解のように感じる。それだけの雰囲気を彼女は持ち合わせているのだ。


「……榊さん? 色々と噂は聞いてます。今度は私に権力をぶつけてくるんですか?」


 啖呵を切ったこの女生徒は大したものだ。だからこそ、男子2名は彼女に任せているのだろう。だが、そんな男子生徒2名の顔は青ざめている。

 憂の味方であり、憂と面識のある七海に絡んだ。そこを梢枝に見付かった。彼らは幻視している事だろう。目の前の日本人形のような女性、そして憂の背後に見えるとてつもなく巨大な影がニヤリと嗤う姿を。


「いいえ……。聞かせて頂きましたえ? その上でウチの意見を七海さんにお伝えしようと思います……」


 梢枝の切れ長の瞳が親衛隊長を捉え、思わず七海は「……え?」と零した。女生徒の先輩の頭上には大きなクエスチョンマークが1つ浮かんだ。


「ウチも憂慮しておりました」


「……え?」


 七海は状況が飲み込めていない。これ以上はない味方が助けに入ってくれたと思っていたはずだ。


「リストバンドによる支持表明は親衛隊が率先してやめるべきですわぁ……」


「……え? なんで……?」


 先輩に対する物言いではない。七海の素の言葉が。それこそ美優と話すときの口調が出てしまっているのだろう。


「……今の状況を(かえり)みて分かりませんかぁ……? 七海さん? 貴女は貴女の意見を先輩方……、いえ、中等部の生徒さんにも強要しているだけに過ぎませんえ? 学園長に呼び出された時、何を言われましたかぁ?」


「で、でもっ! 憂先輩には味方が必要なんじゃないんですか!?」


 少しは頭の冷めてきた七海が敬語を取り戻し、反論を開始した……が、「味方は増えれば増えるほどええですねぇ……。けれど、その意思表明は要りません。現にこちらの支持も不支持もしておられなかった先輩方はどうなっておられますかぁ?」


「あ……」


「形骸的にリストバンドを付けておられる方も増えていっているはずですえ? それは憂さんを蔑み、機会があれば叩こうと思っておられる方にも同様です。リストバンドを付け、笑顔で憂さんに近付いてくる輩はウチらとしても脅威と成り得ますわぁ……。ですから自重を、憂さんの身辺警護として望みます……」


「………………」


 遂に何1つ言い返せなくなってしまった。噂に1つ加えたほうが良いだろう。

 榊 梢枝は口から先に産まれてきており、口喧嘩では比類無き強さを見せる……と。


 七海は俯き、唇を噛んでいるようだ。いっぱいの涙も溜めている。


「あの……さ。リストバンドさえやめて貰えれば、私たちも文句ないから……ね? そんなに落ち込まずに……。ほら、私は無関係って立場だけど、憂ちゃんを応援してる子たちの事は凄いって思ってるんだよ……?」


「あ、あぁ……。それは僕も思ってる、よ? なぁ?」


「う、うん。そうだな……。応援はしてる……ぞ? 参加はしないけど……な」


 ……絡んできたはずの先輩方にまで慰められる始末である。


「先輩? すみませんでしたねぇ……。この通りです……。この子にも悪気はありません。少し考え方が幼かっただけですわぁ……。許してやって下さい……」


 梢枝は頭を下げると、七海の隣に移動し、その頭を押さえた。

 ……強制的に頭を下げさせたのである。


「……うん。わかったよ。それでいい……」


「ですが先輩?」


 そそくさと立ち去ろうとした先輩を梢枝は止めた。言い足りない事でもあるらしい。


「男子を引き連れての相談は、感心しませんえ? それともう1点……。親衛隊は時間が掛かりますが、リストバンドの着用をやめて下さると思います……。ですが、それ以降、リストバンドの流れが高等部に残ったとしても、それは親衛隊に一切の責任はありませんえ? これは元々、憂さんの右手の傷跡を隠そうと、高等部発祥でブームとなっていた事ですよって……」


「……わかりました。私も……ごめんなさい……」

「すいません……」

「………………」


 完全無欠の正論を前に、先輩方も頭を下げ、いよいよ立ち去る事が出来る……と言う段階となり……。


「――梢枝! ――七海!」


 あの子が来た。白いセーラー服姿に戻っている。ちみっこい、騒動の中心の子だ。もちろん、千穂付き……どころか、大勢の親衛隊と凌平を引き連れて……。

 佳穂千晶の姿は見えない。上手に凌平が千晶を使い、止めてくれているのだろう。佳穂が混じれば状況はややこしくなる。彼の判断は正しい。だが、本日の送りの者なのか、黒服まで付いている。康平は苦笑いを浮かべながら、右足の麻痺の影響で難しそうに駆ける憂と、並走する千穂の逆サイドをフォローしている。


「「「………………」」」


 3人は声もない。自分たちは隊長に噛み付いた。親衛隊の怒りのほどはどれほどか。そんなところだろう。


「梢枝さま! 応援連れてきましたっ! 僕に出来るのはこのくらいですっ!!」


 ……樹が自信満々に放った言葉に、梢枝の口角が引きつったのは気のせいではないだろう。




 この後、すぐに騒動は収まった。


「はぁ――はぁ――」


 憂が息も絶え絶え、なかなかの人数を従え、進み出た。息を切らしている理由は単純なものだ。憂はもやしっ子である。100メートル以上も走れば息も切れる。


「――あの――」


 小さいのが余計に縮こまっている。怯えているのだろう。()でさえ、争いごとには不向きだった。憂となった今、これほど修羅場に向いていない子も珍しい。


 状況説明は受けているようだ。親衛隊員が下がっている事がそれを証明している。


「――ごめん――な、さい――」


 震える声と同時に深く頭を下げた。


「……憂、先輩……」


「七海も――しんえいたい――も」


「わるくない――」


「ボクが――こんな――だから――」


 ……震える美声で頭を下げる憂の姿を見て、七海はどう感じたのだろうか。親衛隊は何を思ったのだろうか。



 先に絡んだ3名は……。


「憂ちゃん……。頭、上げて? 私も……自分勝手……だった……」


 そう憂を諭すよう、優しく……、ゆっくりと……、途切れ途切れに……、「ごめん……ね」と頭を下げたのであった。





「凌平さん? 親衛隊を一緒に連れてきはるとは何事ですえ?」


 これは解散後の会話である。梢枝には言いたい事が山のようにあるだろう。


「簡単に言ってくれるな。親衛隊長が連れていかれ、動揺する親衛隊だ。しかも、そこに憂さんが向かっていけば、あーもなるだろう? 説明の時間を確保しただけで有り難く思って欲しい」


 凌平は、千晶の説明を受けると、その千晶に佳穂を押し留めるよう、教室へと戻らせた。

 直ぐに正面玄関に移動すると、そこには七海が連れ去られた後に到着したと思しき、親衛隊員の姿がチラホラ。いつもいるはずの親衛隊長の姿が見えない。


 そんな飼い主に捨てられた犬のような隊員たちに『心配の必要はない。憂さんが到着した後、隊長の所在について、説明しよう』と光を与えた。

 憂の到着待ち……。単なる時間稼ぎに過ぎなかった……が、そこに樹が血相変えて現れた。

 ここでも要らん事を口走っている。


『凌平! 親衛隊の隊長さんが大変だ!』


 ……隊長を助けに!!


 息巻く親衛隊メンバーに『不要だ! 梢枝さんが対応している! 応援を待て!』と一喝した。親衛隊はぞくぞくと到着し、何十人にもなっていた。応援など必要のない状況だったが、彼ら彼女らにとって、梢枝の名前は絶対だ。その絶対の名前が、憂のグループメンバーとして名高い凌平の口から出た。

 ……従わざるを得なかったのである。


 その後、憂の乗った黒塗りの高級車が到着。本日の通学が黒服の運転手付きなど、凌平は知らなかったはずだ。


 だが、応援は本当だった!


 親衛隊が盛り上がる中、凌平は憂たち3名と何故だか、黒服に状況を説明していった。そうしなければならなくなった。


 ……こうして、あの状況へと至ってしまったのである。


「これから樹はんは、黙って裏サイト専門がええみたいやな」


「……はい。反省してます」


 蛇に睨まれた蛙のように、梢枝に睨まれた樹なのであった。





「美優ー! 聞いて聞いて!!」


 七海のテンションはメーターを振り切っていた。


「梢枝先輩に言われたんだよ! 親衛隊の気持ちは憂さんに伝わっておりますえ? ウチも厳しい事言いました。せやけどねぇ……。表明などせずとも分かる人には分かるんです……。ウチも分かっておりますよって、これからもお願いしますわぁ……って!!」


 ……どうやら相手を下げておいて持ち上げる。そんな梢枝の常套手段に嵌まってしまったようである。


 この日のこの一件は雨降って地固まる……とも謂えるのかもしれない。

 そう考えると、樹くんも役に立ったのであろう。



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