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206.0話 梢枝が説く

 


 ―――11月20日(月)



 この日の憂と千穂の通学に、些細な異変が生じた。

 梢枝の姿がなかったのである。


 それは憂を取り巻く情勢が安定してきていると、言える……のか? 少なくとも前日、憂に関連したデモが起こったのだが、状況から察するにそれとこれとは話が違う……と、言う事らしい。

 まだまだ不安定なのは間違いない……が、梢枝康平セットの護衛範囲は学園内のみへとシフトされている……のかもしれない。

 学園外は危険なのである。それは身の危険……だ。

 敵対する企業や研究所から命が保証されているのは、当事者であり中心である憂くらいなものである。

 命の駆け引きに於いて、総帥は極めて優勢に事を運んでいる……が、それでも学園内で起こりうるイジメの類いとは違い、外で起きれば重犯罪の可能性まで転がっている。


 ……とまぁ、憂を攫いたい者たちとは別の、個人の怨恨やらそんなものは除いて語らせて頂いた。



 その最初に名前を挙げた梢枝は、いち早く学園に到着していた。

 佳穂、千晶の両名に話があると呼び出されたのだ。

 だが、教室内には4人居る。佳穂千晶が入室した時には、凌平が既に参考書を開いていたのである。

 2人が問うと、彼は結衣に請われ、一緒に通学しているそうだ。サッカー部の朝練がある日も……だ。

 謎の関係だが、今は気にせず、話を進めることとする。



「状況はややこしいですえ? まず、昨日のデモは『不正をしておきながら誰1人として咎められない事に対する抗議』です」


 梢枝はルーズリーフの1ページを取り出し、要点を纏めていく。相当にややこしいらしい。

 佳穂千晶の目は真剣そのものだ……が、佳穂には後で分かるまで千晶が説明してくれる事だろう。


「それって、憂ちゃんの事は……?」


 千晶の問いだ。佳穂は無言で相棒に顔を向けた。何も考えていないかのような、のほほんとしたお気楽顔だ。


「間違いなく人として捉えて下さっている方々ですえ? だからこそ、特別扱いと見做し、抗議したんですわぁ……」


「なるほど。でも、今は……」


「これに関しては単なるアピールに過ぎません。これ以上の特別扱いはやめろ……と言う事です。訴える気の方々もおられるそうですが、状況を鑑みた時、已むを得ない行為だったと言わざるを得ない上に、誰が指示を出し、誰が実行したのやら……。千晶さんならどなたを訴えますかぁ?」


「指示を出したのは総帥さんですよね?」


「そうですねぇ……。どこにも証拠がありませんけどねぇ……」


「性懲りもなく証拠を「佳穂ちゃん、お口チャックね」


「はーい!」


「実際に実行した者は間違いなく役所の人間でしょうし……、戸籍を復活させた方も役所の方……。もしも、戸籍の復活が認められねば人権屋が動き出し始めますよって、市役所のお偉い方も印を押すしかなかったんですわぁ……」


「なるほどなるほど。理解できました。そこまでややこしくないような気がしますよ?」


「僕も問題ない。続けてくれたまえ」


「十分、ややこしいぞー?」


「付いてこられませんかぁ?」


「ぎりぎりせーふ」


 ……佳穂にお口チャックは不可能らしい。


「ややこしくなるのはここからですえ? デモは今週の金曜から日曜にも予定されています。そして、このデモに対するカウンターデモの動きが出ております。しかも複数……」


「……はい?」


「どゆこと?」


「人の考え十人十色。これがよく分かる事例になりますわぁ……。おそらく実行されるカウンターデモは『戸籍の偽造は、憂さんの事情を鑑み、やむを得ない事だ。全面的に許せ』と主張する方々と『そもそも戸籍など与えなくて良い』と主張する方々です……」


「…………」


「それって……」


 千晶の口元が嫌悪感に歪み、佳穂の表情が消え失せた。後者の人々の主張は……憂を人と思えない人々だ。


「……更に」


 梢枝は気付いた事だろう。気付かないはずがない。2人の感情を流し、説明を続けるのみだ。


「その後者に対するカウンターデモも起こるかもしれません……。届け出がないとデモは出来ないんですけどねぇ……」


「……混乱してきました」


「わけわかめ」


 今しがた話した内容を梢枝が図解していく。矢印が増えていき、確かにややこしい。


「可笑しいな」


 凌平の反応は2人と違った。しっかりと理解に及んでいるようだ。少しも考え込んでいない。


「……そうですかぁ?」


 梢枝が嗤う。彼女には、この凌平との対話を喜んでいる節があり、事実そうなのだろう。


「デモは昨日起きた事だ。動きが速すぎる。何か聞いているな? 聞かせてくれたまえ」


「総帥秘書の一ノ瀬 遥さんからの情報ですわぁ……」


「どう言う事……?」


「あたしにはさっぱりだぞー?」


 梢枝の嗤いは崩れていない。チラリと2人それぞれの目と合わせると、最後には再び、凌平に固定された。彼の回答待ちという事らしい。



「……先導しているのか?」


 1分ほどの黙考の後、出した問いに梢枝がにこやかに笑った。凌平には、実に満足そうな表情に見えた事だろう。


「そうですねぇ……。そうだと思います。そうでなければここまでの情報は提示出来ないでしょうねぇ……」


「……それで何が得られる? マイナス面が目立つ気がしてならん」


「ここからはウチの推測です……。おそらく、嫌悪派の炙り出し……が、1点。中でもデモに賛同し参加出来るほどの行動力を持った嫌悪派となれば、危険です。名前が名簿に載る事でしょうねぇ……」


「おぉー! 黒いリストって奴かー! ちょっと憧れるー!」


「そんなアウトローな佳穂ちゃんは嫌いです」


「なんだとー?」


「それが1点。他の点は……?」


「おっと! 千晶と遊んでいる場合じゃないー!」


「……ちょっとむかつく」


「うむ……。気持ちは分からんでもない」


「話を進めてええですかぁ?」


「ごめん」


「済まない。僕まで乗ってしまった」


「ええ傾向だと思いますえ? それよりも……他の点ですねぇ。複雑な世論を一本に纏めよう……とされている……のかもしれません」


「詳しい詳細ぷりーず」


「……詳細の時点で詳しいと思うのだがな……」


「この子、わざとやってるから……」


「……詳細は語れません。もっと確信を得たらまたお話しますえ? あの総帥さんは、あのナリでよく考えてはる御方で困りますわぁ……」


「そうか。それならば僕も深く熟考してみる事にする」


「あたしはまた教えて貰うだけだー!」


「佳穂ちゃん、付いてこれてるの?」


「うん。大体わかった」


 凌平のボケはスルーされてしまったらしい。


 それはともかく、それは本当か……? と、他の3人全員が思っている事だろう。

 何はともあれ、会話は一段落付いたようだ。

 それを感じ取ったのか、「ちょっと、トイレ。梢枝さん、一緒にいこー?」などと騒がしいほうが言い出した。


 すると、「ふむ……。女子同士での話か。それでは僕は少し早いが席を外すとしよう」と凌平が腰を上げた。憂と出会った5月と比べれば、とんでもない進化と言えよう。


「あ。なんかごめんね……」


「構わない。毎日のようにしていることだ」


 千晶の感謝の意に問題ないと言わんばかりに、教室を離れていったのだった。




「彼は、以前、『学園内の騒動を未然に防ぐ部』が担っていた、憂さんの到着前の巡回を買って出て下さっているんですえ?」


「そうなのかー!?」


「……知らなかった」


「ウチら護衛でするべきなんですけどねぇ……。でも、憂さんの側を緩めるわけには行きませんよって……」


 申し訳なさげに眉尻を下げた梢枝に千晶が何やら気付いたようだ。千晶も殊勝な態度へと切り替わった。


「今日……。わたしたちの為にわざわざ……」


「……そだね。梢枝さん、ごめん」


 謝る2人にクスリと笑い、梢枝は回答を示した。


「構いませんえ? お2人は大切な友人……。憂さんにとっても、ウチにとっても……です」


 優しい言葉だ。優しすぎる年長の女性の心遣いに余計に2人が小さくなってしまった。梢枝は彼女たちの本題に切り出すまでもなく近付いてしまった。これも2人の言葉を引き出す梢枝の優しさ……かもしれない。彼女は会話をコントロールしようと思えば、可能だろう。


「それで……本題をお聞きしますえ?」


「「………………」」


 言い出しづらい。梢枝は言った。『大切な友人』と……。

 千晶にも佳穂にも葛藤が生じている事だろう。この本題は自身を卑下する事になる。


「……情けない事だと思います」


 ここまでお膳立てしてくれた梢枝に応える為、目を逸しながら千晶が呟く。このままでは本当に居場所を失うと2人は憂慮している。


「わたしたち、何もしてない……。出来てない……。凌平くんも出来る事をやってるって、今さっき知ったばっかり……」


 元気印の佳穂も萎んでしまっている。何かを堪えるように俯き、上下の歯を噛み合わせている。


「……何もしていないなんて事、ありませんえ? お2人は千穂さんと一緒です。憂さん、千穂さんのお2人と一緒に居てあげて下さい。それだけでええんですえ? 他の事など要りません。他の物騒な事はウチや男子が引き受けてますよって……」


「それだけじゃ……。それだけじゃいけないって思ったから相談してるのに……」


 千晶も俯いてしまった。梢枝も気持ちは分かっているはずだ。分かっているはずだが、次に出た言葉は彼女たちにとって、若干、厳しいものだった。

 それは2人が、女子であるから……だろう。

 例えば、凌平に成り代わり、朝の巡回を行ない、敵意の欠片を発見、排除したとしよう。その時、その敵意を向けた相手のベクトルは彼女たちに向く事に成り得る。異彩を放つ凌平や、如何にも強そうな風貌の康平に拓真……。そんな男たちにこそ適任の雑用だ。

 普通の女の子である2人には向かない。


「それでええんですわぁ……。現状を維持して下されば、いつか必ず分かりますえ……? 例えば、凌平さんの役割を担おうと仰るのであれば、ウチら護衛の片割れが貴女がたに付き添う羽目になります……。それは憂さん、千穂さんの危険度を高める行為……ですえ? よく考え、やってはいけない事を理解して下さい」


「………………」


 千晶は黙した。どうにも納得は出来ないらしい。恩のある、そして負い目のある憂に対し、何かしてあげたい……。そんな虚栄心にも似た感情が理性を押しとどめてしまっているのだろう。


「梢枝さんっ!!」


 そんな時だった。本題に入って以降、口を開かなかった佳穂が吠えた。


「大事な話の時にごめんっ! やっぱりトイレ行ってくる!!」


 猛ダッシュ。ピューンと駆けていった……かと思えば、スライドドアにぶつかり「いったぁ!」と、教室を後にしていった。せわしない。


「ホンマにお手洗い……。行きたかったんやねぇ……」


「梢枝さん……。ごめんね……。大事な相談してたのに……」


 佳穂の行動により、生えかけた棘が抜け落ちてしまった両名なのだった。




「……今、それでも憂さんの傍に居る。これだけでも本来、勇気の必要な事なんですえ?」


「そうは……思えないから……困ってて……」


「今も持ってますえ?」


 梢枝は自身の白いセーラーカラーに手を触れる。


「……はい」


 千晶も倣った。梢枝と同じ左側だ。その内側には、隠しポケットが取り付けられている。千晶は自分で取り付けた。佳穂のセーラー服にも取り付けた。

 梢枝のものは千穂が取り付けた。千穂も自身で取り付けた。

 そこには小さなピルケースが収納されている。佳穂が通販サイトを巡り、見付けたペンダント。完全防水の筒型のそれはチェーンを外されている。

 それはそこそこ値が張った。銀製品だった。粗悪な安物で薬をダメにする訳にはいかなかった。

 千穂、千晶、佳穂の3名はそれぞれ、親に頭を下げ、お金を借りた(・・・)。梢枝が纏めて出そうとしたが、断った。

 何を買うとも伝えなかった。そんな危険な薬を持っている事を親は知らない。それでも必死にお願いする娘に、各家庭、さほど追求する事無く貸し出した。


 親たちも娘の置かれた状況を理解している。そこは憂の姉も父も、近しい友人の親には説明していった。

 ……聞かされた親たちも、それでも憂と共に歩もうとする娘の想いを大切にしている。そこには様々な想いが存在していることだろう。だからこそ、娘の年齢に不釣り合いな金額を貸し出した。


 その銀色に輝くピルケースには、遥から覚悟を問われたあの時のカプセルが入っている。大切に大切に仕舞われている。

 憂の周囲の女子4名は、このピルケースによって繋がっている。


「……でも、わたしにこれを持つ意味が……。わたしは何もしてない……。出来てない……」


 再び漏れた弱気に梢枝は「ふう」と息を吐き出した。


「千穂さんに聞いてみれば分かりますえ? お2人が傍に居て、賑やかなグループを演出してくれている意味が……。ですが、それはおすすめしません。千穂さんはすぐに気に病む方です……」


「ごめんっ! 今、帰ったぞー!?」


 前方のサイドスライドドアが横に動くと同時に佳穂の声が響いた。


「おかえりっ!」


「ただいまでしょ!!」


 千晶の律儀なツッコミに佳穂が満足そうな笑みを漏らした。

 その直後、今後は後方のドアが乱暴に開かれた。


 そこに見えたセーラーカラーのラインは2本。紺のプリーツスカート、アレンジ制服の少女だった。


「先輩! 助けて下さい! 七海が!!」


「佳穂さん千晶さんは凌平さんを探し、彼に伝えて下さい! 先生方には不要です! 貴女は中等部に戻って! ウチに任せて避難して下さい!」


 梢枝は指示を飛ばすなり、場所も問わぬまま、早々に駆け出したのであった。





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