205.0話 demonstration
153話の後ろ(172部分)に挿話を行ないました。
全体の動きが把握しづらいので、感想でのリクエストに飛びつかせて頂きました。
ほんの1000字ほどですけど、分かりやすくなったと思います。また挿話させて頂く予定ですのでよろしくお願いします m(__)m
本編ここからです。
↓
―――11月19日(日)
あの後、更衣室に飛び込んで電気つけたら梢枝さんが居て……。本当にびっくりした。本当に驚いた時って、声も出ないって初めて知ったかも……。
更衣室に潜んでいた梢枝さんは全部知ってた。食堂で何を話して、私が何で逃げてきたのかも……。予知能力者なのかな? 魔法使いなのかも?
『何も言わなくてええですえ? 全部分かっています』って。
たぶん、本当。何があったかは聞かれなかったし、言わなかったけど……。
全部、知った上で私をぎゅってしてくれて……。恥ずかしかった。けど、私はハグされるの好きなんだろうね。特に女の人にされるのが……。
……お母さんって、こんな感じなのかなぁ……って。
少しの間、こんこんノックされてる音を無視。2人して無視。
それも1分間くらいの事。
『ちほぉ――?』
綺麗な声が聞こえたから。
ノックせずに開ければいいのにね。憂は女の子なんだから。でも、やっぱりそこは優なんだよね。気持ちが男の子のままで女の子なら、女子更衣室だって覗き放題なのにね。
女の子の着替えを見たいだけ見られる環境なのに、憂は紳士さん。おかしな表現にも思えるけど、ジェントルマンなんだよね。愛さんならヘタレってひと言なんだろうけど、それは姉弟だから……かな? そんな憂だから着替えご一緒のみんなも何も言って来ない。言ってきてもおかしくないんだけどな。何だかんだ言っても元は男の子なんだしね。
そこは5組6組女子の優しさ……と、言い方悪いけど、総帥さんの耳に入る可能性を気にして……だよね。
…………。
……京之介くんとは気まずいまま。たぶん、全部を聞いてた圭祐くんとも話せずじまい。
京之介くんと圭祐くんの2人も、ぎこちなかったし……。
それでも、練習には熱が入ってたんだけどね。そこはそこ、バスケはバスケで切り離せてるみたい。凄いよね。今までも部活で色々あって、それを乗り越えてきたんだろうな。バスケに対する姿勢は、全員が真剣そのもの。後から合流した勇太くんも、違和感は感じたみたいで、私に目で訴えかけてきてたんだけど……。話せるワケないし……。
なんか、私1人で塞ぎ込んじゃったみたいだった。卑怯だよ。みんなバスケに熱中出来て羨ましい。
昨日の夜には、憂も『なにかあった?』とか聞いてきたし……。意外と……じゃないね。相変わらず良く見てるよ。
そう。その憂。
拓真くんが色々なテーピングを試してくれたんだよね。足首はバッシュでそれなりに固定されてる。でも、あれ以上は足首の動きを完全に封じちゃって余計に危ない……。だから、膝。膝にテーピングして、右足の弱さを軽減しようって、四苦八苦。
テーピングの技術は拓真くんが1番なんだね。京之介くんも圭祐くんも見てるだけだった。勇太くんだけが声を掛けたんだよ。
『拓真ー。お前、よく憂の肌、触れるよな。オレ照れちまって無理だ』とか。うん。拓真くんは憂に触れる事に抵抗を感じていないんだよね。もちろん、嫌悪とかそんな意味じゃなくて、憂は女の子なのに……って、こっちの意味で。
そんな勇太くんに、拓真くんは表情1つ変えず『俺が巧いからな』だって。
俺がお前らの中で1番……だよね? 拓真くん、略しすぎ。
拓真くんと憂……。
ちっちゃい憂とでっかい拓真くん。
すっごく可愛い憂とちょっと強面の拓真くん。
ぴーぴー鳴く小鳥みたいな声の憂と、声が低くて少しドスの利いたような拓真くん。
あはは。外歩いてたら職務質問されるか、兄妹って思われるかだね。
でも、憂と拓真くんの繋がりは深い。私も負けてない……って思いたいけど、時間だけは追い付けないから……。
もしも……。もしも、憂が女の子だって意識を持って、拓真くんと付き合うと……。憂は女性として成長するかもしれない……。
私……。やっぱり、一緒に居たら憂の成長を邪魔してるの、かな?
私は憂が好き。優も好き。大好き。
夢も半分叶えばいい。
……それは憂の可能性を摘み取ってる。私が傍に居ると、憂は男の子気分のまま……なのかな?
………………。
『かな?』……じゃなくって、そうなんだよ。
本当は京之介くんの言う通りなのかも……。
だとしても、私は憂の傍を離れたくない。憂を守ってあげたい。離れて通学した文化祭で憂は私の居ないとこで過呼吸を起こして……。あの時、決めたのに……な。あの時は『もう離れない』だったのに……。今は、ちょっと違っちゃってて……。
考えれば考えるだけ分からなくなって……。
憂の心が男の子のままなら、梢枝さんのほうが憂を守るには絶対に向いてるって……。
憂の心が女の子になれたら……。子どもだって産めるはずなんだ。憂が子どもが欲しいって強く想った時に憂の生理は始まるはずなんだから……。
……どうしたらいいのかな? 誰か教えてくれないかな……?
文乃さん。文乃さんなら相談出来るかな……?
でも、前と違って相談したら誰のことか丸わかりだし……。
愛さん。愛さんは……。きっと、悩んじゃう。今の私みたいに、はまり込んじゃうから……。
梢枝さんには絶対にダメだし……。
誰か助けて。誰かに『こうしなさい』って言って欲しい……。
悩みに悩む千穂だが、現在の時間は未明。まだ外は真っ暗な4時である。
寝付きも悪く、ほんの2時間ほど眠れただけだ。
周囲を気にしすぎる千穂の良いところであり、悪いところ……なのだろう。圭祐のように自分の想いを貫く姿勢を取れば、千穂も憂も想いを遂げられる。しかし、子どもへの執着とも謂える感情を内に秘める千穂には、憂が母になる可能性を捨て去らせる訳には行かないのだろう。
千穂の『相談相手』に利子の名前が挙がる日が来れば、その両思い同士の恋は実るのかもしれない。何しろ、利子は圭祐に自分の想いを貫く事に同意したばかりなのである。
―――そのまま千穂は眠る事が出来ないまま起床時間を迎えた。
「千穂――? だいじょうぶ――?」
憂は、さも心配ですと顔が物語っている。眉がハの字になっている。愛の表情も翳ってしまっている。2人だけではない。憂の父も母も兄も……。千穂の父も本日は元気がない。
「ん……? 大丈夫だよ?」
目の下に薄らと隈を作った顔では、説得力に欠けすぎている。
更衣室で梢枝に慰められた後、千穂は憂の前では取り繕った。しかし、バスケ会では精彩を欠いた。元々、バスケ会最弱だが、それでも間違いなくレベルアップし、バスケ部じゃないのにクラスの中で上手い奴のレベルにはなっていた……が、千穂の動きが悪い事をバスケ脳の憂が気付かないはずはない。
だからこそ、前日の夜も慰めたのだが、意味を成さなかった。憂は『何かあった』くらいの理解を出来る。出来るようになった。忘れてさえいなければ。
「憂! 千穂ちゃん! 今日、出掛けるよ!」
突然の宣言だった。宣言は突然だったが、実は元々の予定通りである。
「ホント――!?」
「……え? いきなりで大丈夫ですか……?」
憂は笑顔を見せ、千穂は驚いた。先週の日曜、モール内に外出し、憂の従姉に遭遇してから僅か1週間後である。警備の態勢を考えた時、莫大な費用が掛かる。千穂の疑問は分かりやすい構図だ。
「大丈夫だよー。もう行くところ決めてあるから準備してきてね! 動きやすい格好で! 1時間後に出発だよー」
立花家、漆原家、総勢7名での外出だ。
憂の母も姉も、千穂には秘密裏に準備を進めていたらしい。千穂の父は知っていたらしく、憂のテンション向上により、ウキウキしながら隣の自宅に戻っていった。
立花家では、幸が大きな籐の籠……。バスケットを千穂に見せびらかした。
「あの……。私たち……だけですか?」
「うーん……。気持ちは分かるんだけどね……」
本居家や佳穂、千晶など、声を掛けても……。これが千穂の思いだろう。
だが、立花家の思いは少し違う。
思い切り巻き込んでしまった漆原家には、とことん良くしてあげたい。しかしながら、本居家と総出の外出をすれば、折角距離を空けた意味合いが薄れてしまうのである。
世間の立花家に対する目は未だに厳しい部分がある。戸籍を偽造し、『再構築』を公表せず、隠し通そうとした。
真実を調べようと憂の動画に手を出した者、憂のHPを覗いた者たちは憂の現状を知り、理解を示す者も間違いなく存在しているが、そうでない者から見れば、何食わぬ顔で嘘を吐いていながら今も尚、平然と総帥の庇護を受けつつ、一部の人間や学園の中で未だにアイドル的立場に居座る元男子だった少女……なのである。
……この話は一旦、置いておくとしよう。
愛の車で移動中、千穂は憂の隣りで眠ってしまった。憂の左手と、千穂の右手は繋がれたまま……だ。歩く時とは逆の手だが、これは憂が窓際を好む為だ。
それはさておき、その寝顔は悟りを開いたかのように安らかであり、千穂の寝顔を覗き込んだ剛が言った。
「気持ち良さそうに寝てら。今度は何の悩みなんかね?」
助手席から右後ろの千穂を見る為に、わざわざ身を乗り出しての発言である。
「色々ある……こりゃ! 女の子の寝顔を覗き込まない! 憂ぅ?」
わき見運転はやめて頂きたい。中心部からは随分と離れ、現在は山道疾走中である。愛の車の前には康平と梢枝の乗る車が。後方には、遥が付けた警護の車が走行している。時々、ヘリの姿が見えるが、流石に違う……と思いたいが違うと言い切れない。
「んぅ――? あ――!!」
いつもの通り、ぼんやりと車窓から流れる景色を眺めていた憂が、兄の狼藉に気付くと、空いている右手の平で千穂の顔を隠そう……としたが、手が小さい。残念ながら大して隠せていない。
一生懸命、千穂の優しい顔立ちを隠そうとしている憂だが、千穂が寝始めた当初は、穴が開きそうなほど、愛しい少女の寝顔を凝視していた。既にそんな事は忘れているか、憶えていながら独占欲で妨害しているか。どの道、褒められたものではない。
「……別に……いいだろ? 俺、彼女……出来たし」
「だめ――! まえ――むいて!」
小さく並んだ歯を見せ、威嚇しているが何故だか可愛らしい。
そして即答だった。絶対に剛の言葉を咀嚼していない。何を言われてもこう言っていただろう。
「あ……。ホントだね。よく寝てるよ」
今度は誠人さんが覗き込んだ。一番後ろに座っていたが、わざわざ立ち上がり、中腰で移動してきた。
「だめ――! ――じゃ――ない――」
そんなおとぼけな憂に笑声があふれた。
……どうやら、しっかりと千穂の父だと認識できているようで何よりである。
何気に剛の彼女出来た発言はスルーされてしまったらしい。真実かどうか不明だが、嘘を付く事に大した意味の無いタイミングだったので、きっと本当なのだろう。
「よく寝てますね」
「んー? そうだね。はしゃぎまわったから疲れちゃったんでしょ。ここまで寝なかったんだし」
帰りの運転は迅の運転だった。助手席の愛が身を乗り出し、憂の寝顔を覗き込んでいる。
「あは。気持ちよさそう」
乗車中の各員、同じ考えに行き付いている事、間違いない。
行きの道中では気持ちよさそうに眠っていたのは、千穂のほうである。
「……そう言えば、憂の寝言って、ほとんど聞いたことないなぁ……」
両家で行った先は、なかなかの規模のアスレチックがある森林公園だった。
子どもっぽい遊び場だったが、憂は大いに喜んだ。まともに出歩いていない憂には、これ以上ない遊び場だったのだろう。そう思えば、置かれている現況は可哀想にも思える。
「聞いた事あるんですか? ……憶えてます?」
パンツルックで共にアスレチックに挑戦していく姿は、両家の年長者たちに癒しを与えていた。
木造の遊具で千穂は憂のフォローをし……。剛がその千穂のフォローを……。そんな感じでアスレチックコースを制覇していった。
「えっと……。あ! あれだ! 読めない漢字と読める漢字が戦ってたって!」
……制覇と言っても、憂にはどう見ても無理だろ……と、言うような難易度のものもあり、それらは横目で見つつスルーされたが、仕方のない事だろう。
「……なんですか? それ?」
今回、遊んでいる最中、前回のモールとは違い、必要最小限の人員配置が成されていた。周囲には同じように遊ぶ子ども連れがほとんどであり、故に問題が発生しなかったのだが、大きな収穫と謂える。これを以て、圭祐とのお試しデート及び、研究所訪問へのGOサインが出される事となるのであろう。
どちらが先かは決まっていない。
ついでに言えば、研究所訪問の話は未だ、憂の耳には届いていない。
「なんかね。忘れられた恨みか何か知らないけど、うなされてた事があってね。その時の夢はしっかりと憶えてたんだよー。んで、知ってる漢字のほうが少ないから負けちゃったんだって。『魚たち、頑張ったのに』だってさ」
意味不明である。姉はその時の事を思い出し、笑っているが、ほとんど伝わってこない。千穂は千穂で別の事を思い出したようだ。
「そう言えば憂って、魚偏の漢字はいっぱい憶えてるんですよ!」
「あ! それ!」
「あれはビビったなー!」
剛も乱入した。なかなか盛り上がっているが、憂はスヤスヤと眠ったままだ。よほど疲れたのだろう。
「憂って魚が好きなんですか? 優の頃、そんな事、言ってなかったんですけど……」
「……どうなんだろうね?」
「食べるのは好きだけど。こいつ元々、嫌いなもん少ないからなー」
「試してみよっか?」
「試してみる……って?」
「水族館!!」
こうして、お試しデートも研究所も後回しとなってしまうのだろうか?
据え置いた話に戻そう。
憂とその家族に対する世間の目の事だ。
……この日、それを象徴する出来事が起きた。
立花家と漆原家が外出中の事だった。テレビなど見る可能性を排除する為、この日、わざわざ森林公園へとお出掛けとなったのである。
彩の会社が創った憂の公式HP。そこで明かされた憂の戸籍の選択。これが物議を醸した。
月曜にHPを開設して以降、日増しにその戸籍についての疑惑が強くなっていった。
―――何故、誰1人として、罪を問われないのか?
この疑問は、日曜のこの日、確かな形となった。
―――形となるよう遥の手の者が仕向けた。
市役所を取り囲み、その疑念を持つ者たちがデモを行なった。
当然、日曜の役所は休みであるが、その影響は計り知れない。
【特別扱いを許すな!】
【市政が平等を捻じ曲げるな!】
【あの少女も同じ人間のはずだ!】
そんなシュプレヒコールは、地元のローカルニュースで扱われる事態となってしまったのだった。
……もちろん、その局にも総帥の息は掛かっている。




