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204.0話 亀裂っぽいモノ

 


 見渡す限りの一軒家と、頭が抜け出たマンションやアパート。

 そんな住宅地の意外と広い道を、超絶可愛くなってしまった元親友に牛と評された男が、赤い巾着袋をぶら提げ闊歩していく。


 目的地は謎のバスケ施設。ここから100mほど進み、交差点を左に折れると拓真の家が。その3軒先には告白した相手が住んでいた家が今は寂しく佇んでいる。


「……大して寒くないよな……。もう11月も半分過ぎたってのによ……」


 独り言だ。きっと寂しさを紛らわす為、口を突いて出たのだろう。


 蓼園市は標高がやや高い土地だ。盆地のようなそこは夏暑く、冬は冷え込む事が多い。ところが雪は少なく、降水量が少ない事も特徴の1つと言えよう。

 そんな蓼園市だが、異常気象か気候変動の余波をしっかりと受けている。


 今年は冷夏、暖冬。今のところ、夏頃の天気予報通りだ。

 コートやジャンパーの類いを着用していない者がほとんどであり、女子の中にはお洒落アイテムとして、マフラーを巻いたり、カーディガンを羽織っている子も多く見られているが、それでも未だ全員ではない。


「あー。やっぱ迎えか送り……して貰うべきだったなー……」


 母の車で送り……か、康平か誰かの車に迎えを依頼……だ。

 母の車での送りは、もしも誰かに追尾された場合、要らぬ危険を憂たちに引き寄せる事になると自制した。

 康平は実際に『終わったら連絡しとくれや? 迎えに行くで?』と言ってくれていた。だが、腰が引けてしまった。バスケで盛り上がっているところに連絡し、康平を抜けさせるとなると、なんとなくバツが悪い。

 その為、圭祐は三者面談終了連絡もせず、とぼとぼと歩いている。長距離に思えるような愚痴だが、そこまで遠くはない。単なる横着者なのだろう。


「そこを曲がると……拓と憂んち」


 早足になった。バスケをしている時の憂は、文字通り光り輝く。持てる力を出し切ろうと汗を流す。

 汗を流すスポーツ少女は圭祐の好みだ。それも特上の美少女。早く見たくて仕方がないと言ったところか。


「拓はどうやって行ったんだ? やっぱ歩き……の必要ねぇか。親の車で自分ちまで帰りゃいいわ」


 この予想は外れだ。拓真の母は独自の思想を持っている。徒歩30分圏内では、基本、歩く以外の方法は取らない。つまるところ、一緒に歩いて帰った。


「……にしても、おふくろのバカ……。リコちゃんにバレちまったじゃねーか」


 三者面談。圭祐は母と父、両親出席で受けた。

 誰から聞いた事か知らないが、『今は勉強よりもバスケよりも、好きな子に一生懸命で困っています。昨日だって、充実してますって顔してたかと思えば、今まで興味も示さなかったファッションの雑誌なんか読んじゃって……』などと、のたまわった。

 そこでピンと来ないほど、白鳥 利子という教師は鈍くない。


 その利子は、妙に優しい顔で圭祐に『頑張ってね。応援……は、立場上出来ないけど、圭祐くんの言う通り、自分の想いを貫くって方法もあると思います』とか言って聞かせた。


「……憂、か」


 拓真の家を越え、憂の家の真正面で足を止めてしまった。閉鎖された簡易な門扉は南京錠を使い、施錠されている。

 小さな庭先には、バスケゴールが寂しそうに主の帰りを待っていた。


「ちょっとあんた!!」


 急な大声に身体が竦んだ。でかい割に……と言われそうだが、突然の大声に驚く事に体の大小は関係ない。たぶん。


「この家は、今は儂らが守っとる! その表札が外されない限りは何もさせんぞ!」

「そうだ! 立ち止まらんと行きんさい!」


 慌て、振り向いた圭祐の視線の先には老夫婦が居た。視界の端では、誰かが電柱の陰に入った。

 電柱の陰に隠れた男は総帥が派遣した人だろうと圭祐は思っている。絶えず、監視のような護衛のような誰かが離れて見守ってくれている。それだけ憂の重要度は高いのだろうと思っている。


 しかし、目の前の老夫婦は何だろう? 全く迫力がない。意味が分からない。


「……立花さんのお知り合い……ですか?」


 口調に人生の大先輩への配慮が見られる。偉い。


「単なるお向かいの住人だ! だが、割られた窓ガラスの音を聞いてからは儂らがこうして守っておる!」

「優くんは笑顔で挨拶をしてくれる良い子だ! 謂れのない差別は許さんぞ!」


 老夫婦の後ろでブレーキ音。黒塗りの車が停車した。すぐにウィンドウが開くと、助手席の男が身を乗り出した。サングラス着用の怪しい男だった……が、圭祐はそんな人たちをよく目にする為、気にならなくなってきている。


「おじいさん! おばあさん! その子は立花 憂さまのご学友です!」


 変な展開に引いていた圭祐だったが、その男の言葉で合点がいったらしい。


「お爺さんもお婆さんもお勤めお疲れ様っす。早く帰ってくるといいっすね」


 人懐こい笑顔だった。意外と年配者……。爺様、婆様が好きなのかもしれない。


「渓さん……。すみません……。このお2人、何度、危険だと言っても聞き入れられず……」


 この車の2名は、投石など収まった今でも、旧立花邸を守護する者たちである。

 同じく、立花家を守ろうとするほぼ(・・)お向かいの爺さん婆さんと面識があって当然だ。

 何を隠そう、この老夫婦。以前は憂の通学に合わせ、お散歩の時間を設けるほど、憂を孫のように眺めていた経緯があるのである。


「全然、問題無いっす! 爺さん婆さん、早く戻ってくるといいっすね!」


「立花さんは何も悪いことしとらん。戻ってくるさ」

「そうだね。早うあの子の笑顔を見たいもんじゃわ……」


 圭佑はどこかほっこりした気持ちで、再び歩みを始めたのであった。






 一方の例の施設では……。

 休憩時間に入ったばかりらしい。休憩時間は短時間。何度も何度も取るスタンスで練習が行われている。

 疲れが早く、回復速度の半端ない憂に合わせた方法なのである。

 そんな他愛のない時間、1フロア分しか移動しないエレベーターが1FとBFの間をしきりに行ったり来たりしている。

 電気代が気になるところだが、お代は総帥持ちなので問題ないだ、ろう?

 無意味に往復するエレベータ扉の正面では、拓真と憂、佳穂と千晶がこれ以上はないと言えるほどの無意味な会話を繰り広げ、姉と兄、康平と凌平が遠巻きにそれを眺めている。


「――えれべーた――はやくくる――」

「……変わんねーって」

「ちょっとぐらい変わるのかも……」

「そうかー? いくら憂ちゃんの意見でもそれは無いって断言するぞー?」


 到着を知らせる電子音が鳴り響くと、少しの時間を置き、そっとその厚い扉が静かに開いた。


「ほら――おそい――」

「えー?」

「ごめん、やっぱり……わたしも……分からない……」

「……変わらん」


 3人の反応を感じ取ったのか、憂は「もう――! ちゃんと――みて!」とエレベーターに乗り込み、【1】を押すと、また降りてきた。バッシュ着用の足元は不安をさほど感じさせない。


「変わらん……」

「――拓真! かぞえて――!」


 エレベーターは無人のまま、また無意味に上昇していった。拓真は、ちっとも数える気などなさそうだ。



 それから10数秒が経過。

 憂は上矢印の付いたボタンを一生懸命、連打し始めた。実に頑張って押している。これでもか……とばかりに押しまくっている。


「「「………………」」」


 3人は何も言えない。無言でエレベーターの無機質な扉を睥睨(へいげい)している。

 そして……。その閉ざされた扉は、憂の手により開かれた……とでも言えば、ファンタジー感も出るが、呼ばれたエレベーターはその内そこに辿り着く。文明の利器にファンタジー要素は残念ながら入ってこない。


 ポーンと電子音を鳴らし、扉が開くと憂は得意顔となった。


「――ほら!」


 どうだ! 早かっただろう!

 こう言いたいらしい。



 憂に何と言えば分からない3名を横目に、愛が呟く。剛と2平に向けて……だ。


「ごめん。あれ、私のせいなんだ。先週のお出かけの時、つい冗談言ったんだよ。『エレベーターってボタン連打すると早く来る』ってさ……。憂が素直に連打始めたら運良くすぐに来ちゃって……」


「姉貴、何くだらん事やってんだよ……。第一、『運悪く』だろ?」

「得意満面な憂さん、可愛いんでええんちゃいまっか?」

「……ふむ。思い込んでいる以上、今更、修正しようと思っても難度が高いですね。ストップウォッチで計測でもせねば無理です。しかし、あそこまで自信満々では、指摘すれば傷付く……」


 こちらの4名も次第に悩み始めてしまった。


「……憂にとって、エレベーターの知識は消え去ってたんだろうね。憂になってから憶えたものなんだよ。だから、憂はエレベーターの隠しコマンドは当然のように存在しているものだと思ってるんだねー。確かにある事はあるんだけど、ほとんどが点検用とかなんだよ。きっと」


 だから、姉や島井、現在は千穂も家族も何度も入力している謎のコマンドは、憂にとって普通の事。

 愛はここまでは言わなかったが、こう言うことなのだろう。


「まぁ……。その内、姉貴が付いた嘘って気付くだろ……」

「そうやとええですね……」

「……嘘の上書きでもしておかねば、恥ずかしい思いをする事になりますよ。『多用すると壊れる』等と……」


 ……難儀なものである。


 そもそも、憂がエレベーターに執着し始めた理由は、千穂と梢枝、そして京之介の3名が連れ立って1階に移動してしまったからである。

 追いかけようか、どうしようか……と、エレベーターのボタンを見詰めているときに思い出してしまったらしい。

 そこで拓真を呼び、実演を始めたのだ。移動していった3名の事は憶えているのか些か怪しい。周りは見えていないのかもしれない。




 ……その1階に上がっていった内の2名は食堂に居た。千穂と京之介だ。

 梢枝は席を外した。現在、お手洗いに入り込んでいる……はずだ。


 この階には、もう1人、追加されている。圭祐が到着。カードキーにて施設内に入る……と、そこで足を止めた。

 千穂の声が、開け放たれた食堂から聞こえてきたのである。


「……そろそろ休憩、終わりにしないと練習できないよ?」


 千穂は緊張を隠せていない。丹精な柔らかい顔立ちが強張ってしまっている。わざわざ2人切りとなった理由。大事な話がありますよ……と、言っているようなものである。


「……そうだね。ここまで来て貰って、梢枝さんも席を外してくれて……。絶好のチャンスだから……ね」


 チャンスと聞き、ますます顔が強張り、腰も引けてしまった。

 正対する京之介も何気に緊張している。何気に美少年とも謂える面持ちは赤く染まり、言葉の切れも悪い。


 ……それでも、京之介は言葉を振り絞った。


「千穂ちゃん……。僕たち、付き合わない?」


 この言葉を聞いた瞬間、千穂の表情の緊張が解けた。いや、表情を失った。


「……どうして、かな?」


 千穂の表情の変化に戸惑いを見せた……が、京之介は続けた。

 彼には確信があった。この形が1番、望ましいものである……と。


「千穂ちゃんの好みのタイプに僕は合致しているんじゃないか……って、思うんだよ。優との共通点は、他の3人より多いし……ね」


 静かに耳を傾けていた千穂は……。


 ふわりと笑った。憂の1番大好きな表情だ。


「……ごめんなさい。まだ、私は憂に想いを伝えられてないから……」


 深く頭を下げた。千穂の中で燻ぶり始めた種火を踏み付けている事に京之介は気付かない。その想いについても、捉え方が違ったのだろう。

 ……拒否された焦りもあったのかもしれない。


「……どうしてかな? その必要は無いよ。僕と千穂ちゃん、拓と憂……。この形が今のところベターだとは思わない?」


「……どう言う意味かな? やっぱり私の事、好きになってくれた……とは、違うんだよね? 私が言うのも変だけど、憂をそこまで想ってくれてる事は……嬉しい、よ。でも、だから優の代わりに京之介くんと付き合う? 好意があるってだけで? 本当に夜も眠れなくなるほど好きって訳でもないのに? ……これっておかしいんじゃないかな? ホントにベターかも……だけど、私の気持ちはどう、なってるのかな……? 私は……。憂にとっての邪魔者でしかないの?」


 手厳しい。千穂は恋に敏感だ。京之介に自分に対する感情は、把握していただろう。

 それなのに呼び出され、2人切りに……。


 そして、告白。


 告白以降、燻っていた小さな火は京之介本人によって、油を注がれた。

 千穂は言ってしまった後悔からか、顔を上げられず、踵を返し食堂を出る……と、「きゃっ!」と、悲鳴を発し、そこに潜んでいた圭祐とぶつかってしまった。


「……千穂ちゃん」


 千穂は「ごめんなさい」とだけ短く伝えると、女子更衣室内に逃げていってしまったのであった。


 バスケユニ姿の千穂の背中が消えると、圭祐は食堂内に足を踏み入れた。目が据わっている。エレベーターが何度か電子音を発している事に気付いていた為か、またその音が鳴った事を気にも止めていない。


「圭祐……」


(ケイ)お前……。俺が憂に告ったん知ってんよな……」


「……もちろん」


「お前と千穂ちゃん、拓と憂の組み合わせがベターだって?」


「僕がそう思ってるだけ「あ――! 圭祐!」


 突如、甲高い声が後ろから投げかけられた。反射のように振り向くと、そこにはもちろんのバスケユニの憂の姿。


「……憂。どうした?」


 乱入を果たしたちっこいのに、気勢を削がれてしまった圭祐なのであった。


「――千穂は?」


 小首を傾げる。探しに来たのだろう。後ろにはでかい拓真が控えている。

 男子のみとのエレベーターの同乗を嫌がる憂の為に、わざわざ階段を上がってきたはずだ。


「更衣室、じゃね?」


 圭祐に教えて貰うと「ありがと――!」と、更衣室に足を向けていった。

 更衣室と聞いた拓真は、そこには同行出来ない。それにプラスし、圭祐は可能な限り不穏な気配を消していたが、京之介の纏う重苦しい雰囲気に気付いたようだ。


(けい)……。お前、何した?」


「……告白。大失敗したけどさ……。僕は後から恋愛感情が付いてきてもいいと思ってるんだけどね……。怒らせちゃった」


「だから言っただろ」


「あの時の……『あの子は……』の後に続く言葉、教えてくれる?」


「あれか……。あの時、言いかけたんは……『鋭い』、だ」


 拓真の回答に思い切り苦笑いしてみせると、「聞いておけば良かったよ……」と最後には肩を落としたのだった。




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