199.0話 戸籍情報と
―――11月15日(水)
憂の戸籍情報が書いてある紙……。あれ、なんて言うのかな? 昨日の夜、見せて貰っちゃった。
すっごい事になってた。
死亡、生存とか無茶苦茶……。
性別は、はっきり変更とは書かれてないんだね。改製だって。
……あと、しっかりと【立花 憂】って書かれてた。
法的に死亡が消されて、優は憂に。男から女に。色々と問題があったみたいなんだけど、そんな諸問題は突破。伝家の宝刀、『差別と偏見』に晒される。これを押し出して、法律の解釈をねじ曲げて、強引にやっちゃったんだって。医学的に憂は完全な女の子なんだから、変えないといけなかったって。
ん。着替え完了。憂とお揃いの制服。慣れたけど、よくよく考えると複雑な気分。
これからは、憂と一緒になろうとすると、また色んな問題を突破しないといけなくなっちゃったんだって。もしかして、戸籍が男のままだったら結婚とか出来たの?
でも、変更しなくちゃいけなかったし……。男のままにしてたら、それこそ男の娘疑惑が……って。
……えっと。
とにかくややこしいよ?
憂の新しい方の戸籍のままって方法は不可能だったんだとか。嘘が書かれていたから仕方ないって……。
両親どっちも不明……だったかな? 空欄? そこからだとダメなんだって。よくわかんない。
それより……。愛さんたちはこんな事を教えてくれた。
もしも、憂も千穂も望むなら、島井先生も渡辺先生も憂に性同一性障害の診断を下して、性別を男に戻す道をひらいてあげるつもり……って。
確かに女の子の体を受け入れられてない憂は、性別が法的に女になった今、同一性障害に苦しむ女の子……なんだよね……。
今回は特例的に変更が認められたけど、次に性別を戻そうと思えば、法律に従う必要があって……。
その条件は、ググって調べた。
2人以上のお医者さんの性同一性障害の診断。
二十歳以上で申請当時、婚姻してなくて、未成年の子どもがいない事。この辺りは結婚してても、とりあえずって形で籍を外せばいいんだって。
あと……最後に、申請した時点で登録されている性別の性機能を持ってない上で、外見の不一致……。女の子っぽい人はホルモンとか手術とかで男っぽくなってからね! ……って、事……なのかな?
公衆浴場が例に出されてた。外見は完全に男性なのに『性同一性障害診断からの手術で正式に女性になりました!』って女の人が、女風呂に入ってきたら驚きますよね? ……って。
……うん。確かに驚きます。その人だって、いちいち言いふらしながらトイレに行かないといけなくなっちゃったり……。
条件はクリアしてたり、無理だよ!? ……みたいなのがあったり、前途多難……。
……男のままじゃダメだったのかな?
『立花 憂です。今は完全な女の子の体だけど、元が男の子なので、法律上そのままです!』
……ダメだね。こうすると、今は完全な女の子ってフレーズに違和感を感じちゃってさ。
必要な事だったんだよ?
……とか、昨日から自分に言い聞かせてばっかり。
こんこん。
ノック。そんな時間になっちゃってたんだね。がちゃ。嘘!? 開けた!?
「まだ返事してないです!」
「ごめんっ! ……って、なんだ。着替え終わってるじゃない」
「確認しないでよ……」
高校生の娘が着替えてる最中だったかもなんだよ? もしかして、成長具合を確認したかったり……?
「違うからね!?」
「なんで分かるの!?」
もしかして梢枝さん化してるの!?
「……難しい顔して間を作られたら流れで分かるよ……。千穂も顔に出るタイプだし……」
顔に出る? ……そうでもないはず。そうでもないよね!?
ぴんぽーん。
立花さんちはきちんと施錠。誰もこの階に来られなくてもきちんと施錠。
……してない康平くんが問題なんだよ。特に立花さんちはウチよりも用心しないとね。
かちゃ。鍵が外れて、すぐにがちゃ。
「千穂ちゃんおはよ! お父さんもおはようございます! 憂ぅー! 行っくよー!」
「おはようございます」
「愛ちゃん、おはよ」
『愛ちゃん』って……お父さん……。別にいいけど……。
「はようせい! 何を今更、恥ずかしがってんだ!」
愛さん、元気。憂とまた一緒に寝るようになってから、超元気。
「――お――はよ――」
「憂もおは……よ……」
……………………。
…………可愛い。
「千穂ぉ――?」
……これは……反則……。
「――うぅ――みないで」
「何を……言っとるか!」
「あぅ――!」
「あんたが言い出したんでしょうが! わざわざ超特急で仕立てて貰ったんだよ! 今更、やめたは……無し! 大体、あんたは男の子のつもりなんでしょーが! 何で男子制服恥ずかしがってんねん!」
ホントに……やっちゃった……。男子制服……。戸籍が女になったばかりなのに……。
「可愛いでしょー! むしろセーラー服より可愛いかも?」
「可愛い。ごめん! 憂ちゃん! 誰がどう言おうと可愛すぎる!」
お父さん、興奮しないで欲しいんですけど……。憂も、もじもじしないの!
「それより……どうして……?」
「んー? 梢枝さんたちと話し合った結果? まぁ、憂のしたいようにさせてあげたいから発注はしてたんだけどね。遥さんに相談したら、猛スピードで……」
……?
「ぅ――うん――じぶんで――いったし――」
愛さん、凄い。憂が話し始める直前、静かになった……。
「お。偉いじゃん。覚悟決めたか」
グレーのブレザー。色はやっぱり薄め。私の着てるセーラー服のラインと同じ色。同色のネクタイ……。覚悟決めた憂は……。可愛い。ダメ。いつもは綺麗だったりカッコよく見えたりするのに、今日の憂は可愛いばっかり。
セミロングのお陰なのかな? 何故だか男装してる可愛い女の子にしか見えない。女の子の姿が逆に強調されちゃってるのかも……。
あ。ちょっとズレてる……。
「憂? ネクタイ……」
「んぅ――?」
かがんで直してあげるって変なの……。普通、目線の高さくらいだよね? 私の場合、小さいし……。
んー? ネクタイって、どう締めるの? 勉強しないと……。またググル先生にお願いだね。
「「………………」」
……?
なんでそんなに見て……?
「夫婦?」
「僕、して貰った事ないのに」
…………!! 恥ずかしいっ!!
ちーん。
…………。
エレベーターの音だ……。
梢枝さんと康平くん。ナイスタイミングだったり……。
「いつもより遅いので心配に……!」
「梢枝! 止まんなや!」
どさっ。バッグ落とした。赤くなった。梢枝さん、その反応、分かりやすすぎですよ? カメラとか入ってるんじゃないのかな? 壊れてなければいいけど……。
あ。慌てて拾った。あはは……。
梢枝さんを追い抜いた康平くんが今度は立ち止まって……。また梢枝さんが前に。何やってるんだろ……。
「憂さん……。似合うて……ますえ?」
「――へんじゃ――ない――?」
小首を傾げて梢枝さんの目をじっと見て……。憂は表情をこうやって窺うからね……。
憂も即答だった。似合ってるか似合ってないか、心配してるタイミングだったんだね。ネクタイ直す時もなんか不安そうだったし。
「変って言えばへ「康平さん!!」
「うがっ!! お前! 足先踏むなや! そこは鍛えられんのや!」
……痛そう。
変って言えば変。それは間違いないんだよ。でも、似合ってるか似合ってないか……で言えば、似合ってる。2人とも嘘付いてないのに、面白いよね。
それより、腰回りの細さっ! どうなってるの? セーラー服の時よりも細く見える……。
それから、やっと出てきたお母さんとお兄さんに行ってきますとか、梢枝さんと康平くんにおはようとかして、エレベーターで駐車場に。そこでお父さんにばいばい。
今日はお姉さんの送りの日。ローテーションじゃなくって、バラバラ。
島井先生だったり、遥さんだったり、総帥さんの車だったり、康平くんと梢枝さんの会社の人だったり……。特定されない為、なんだろうけど……。知らない人の時は緊張するから嫌。愛さんの時は緊張しなくていいんだけど、時間が早いんだよね……。
今日は予め、拓真くんの家に連絡済み。美優ちゃんから七海ちゃんに連絡して貰って、親衛隊に一斉メール……かな?
毎日が大変です……。
梢枝さんも康平くんもいつも後ろに座ってるんだよ? ちょっと話しにくい。
「梢枝……?」
「えぇ……。伝えないけませんねぇ……。皆さん、聞いて下さい。千穂さんには特に申し訳ないです……」
……何のことかな? 憂には聞かせなくていい事みたい。
「猫殺しは、ほぼ間違いなく今も学園内に存在します」
えっ!?
思わず身を乗り出して、振り返ると梢枝さんの真剣な瞳……。
どう言うこと……?
「梢枝さん? 詳しく聞かせて」
愛さんは車を路肩に停車させてから梢枝さんに問い掛けた。
「良かった……。思ったよりも冷静ですねぇ……。それは信じられないから……ですか?」
「……はい」
元・蓼学2年生の犯行。犯人は逮捕。保護観察処分中で、今は遠い県で暮らしてて、遥さんが目を光らせている……。それもわざわざ、接触して、存在をアピールして……。
「愛さん? ここらは危険です。まずは学園に行きますえ? 運転しながらでも話は出来ますよって……」
「あ、はい……」
車は……また道路を走り始める。この辺り……危ないんだ……。
「11月7日の事です。ウチの下駄箱に一通の手紙が入れられました。猫が顔を洗っているだけのイラストが一枚。それだけが入っている、妙な手紙でした」
あ……。それ、憶えてる……。梢枝さんが『いたずら』って言った手紙……。やっぱり誤魔化そうとしてたんだ。
「防犯カメラの解析の結果、C棟2年4組。特進の女生徒でした。なかなか綺麗な子でしたえ?」
でも、ただのイラスト一枚でどうやってそこまで……?
「千穂さん? 聞いておられますか?」
「あ……はい。聞いてます」
「それで……その女の子がキャットキラーって、どうしてですか?」
愛さんはハンドルを握ったまま、梢枝さんを促して……。ぼんやりしてた……。なんかごめんなさい。
「その時は単なるファンの1人、と。余りに上手に描けたイラストを、ウチに見せよう思うた……。その時、緊張の余り、手紙を入れ忘れた……と」
「……梢枝さんのファン?」
ちょっとくらい聞いてみてもいいよね……? 私、真剣味足りない? でも、現実感ないし……。捕まって、処分も受けたんだから……。
「……えぇ。そう思いかけました。丁度、凌平さんに叱られたタイミングでもありましたからねぇ……」
「凌平くん? イケメン凌平くんは、梢枝さんにでも意見出来ちゃう子なの? バスケで集まった時もあの子、いっつも誰か捕まえて練習してるからほとんど話した事ないんだよね」
「はい。優秀なお方です。ウチを諭して下さる貴重な人物です……。話を戻してよろしいですか?」
「はい。お願いします」
梢枝さん……。チラって顔を見てみたら苦笑いしてた。愛さんの敬語が気になってるんだろうね。
「嘘……とは思わなかったです。それでも調べ始めた理由は、可能性を感じたならば、否定せず調べるのみ……と、以前、あの秘書さんが仰っていたからですわぁ……」
……いつの事だろう? 私の知らない時かな? ……知ってる気がする。けど、思い出せない……。
「彼女は蓼園関連企業外の重役の1人娘でした。屋敷と呼べる代物に住む、お嬢様です。その屋敷には猫が2匹飼われております」
「猫好きなんですか? それが猫殺しって?」
「愛さん? 敬語は、よして下さい……」
「あ。ごめん……なさい……」
「……愛さん」
「う。ごめん」
あれ? 愛さんから梢枝さんへの敬語問題解決……?
「猫好き……。それなのにどうしてですか?」
今度は私が愛さんの代理で質問。
「千穂さん……。千穂さんも敬語はよして下さい?」
……えっと。
「……努力します。それで、猫好きって事なんじゃないんですか?」
「今年だけで保健所からたくさんの猫を引き取っているにも関わらず、たったの2匹しか、屋敷内におりません」
……え?
「……ちょっと待ってくだ……。別荘とかも調べて見ないといけないんじゃない……か、な? お嬢様なワケでしょ? そっちで飼ってたり……?」
たしかに! きっとそう! 愛さん、ナイスです!
「……別荘は他県に1つのみ。そこはもぬけの殻と報告が入っております」
……。
猫の人が……? ホントに……?
「本日、再接触します。そこで脅迫状を出した主が捕まった男子生徒か、今回のお嬢様か判明しますので、ウチらの報告をお待ち下さい……」
「そんな……危ないです……」
「その為の護衛よ? 俺も行くし、安心しとき?」
……康平くん。
でも、どうして今、私に伝えたの……?
「……確かに聞いたよ。もしも何かあったら通報すればいい? 学園内じゃなくて、それ以外のところで……かな?」
あ……。そこまでの覚悟で……。
「えぇ……。よろしくお願いします」
もう1度、振り返ると梢枝さんも康平くんも優しく微笑んでくれた。
「さ……。着いたよー。憂が静かだね。寝ちゃってない?」
あ……。そう言えば……。隣に目を向けると、じっと俯いたまま……。
……雰囲気で察しちゃったのかな?
「憂……? だいじょうぶ?」
私の声で顔を上げた憂は涙目……。そっか。何かあった事に気付いちゃったんだね……。
「だいじょうぶ――じゃない――」
今にも泣きそう……。
「憂さん? 大丈夫……ですえ?」
「憂ぅ? 大丈夫……だって」
愛さんは梢枝さんたちを止めないの? 危険……なんですよ? 聞いてみたほうがいいのかな……?
「お姉ちゃん――!」
「な……なに?」
「ボク――きょう――やすむ――!」
……え?
「――やっぱり――はずかしい――」
「はぁ……」って、愛さんの大きなため息と梢枝さんのクスって、少し笑った声。
……ぜんっぜん、違う事、考えてたんだね……。
「無理! 引き返したら……私が……遅刻する!」
「あの? 制服……。いつものセーラー服は……?」
「皺になるから持ってきてないよー。最悪、体操服でも着せてあげて? ジャージあるでしょ?」
「愛さん? 今、この時期に憂さんが体操服で過ごせば、イジメに遭うたんじゃないか言うて大騒ぎになりますえ?」
「行け! 私が送り担当の日は、少しでも遅くって、ギリギリに出勤してんだ! 憂! 行け!」
車の窓からは親衛隊の皆さん……。今日は時間が早いから少ない……。って言っても、ひとクラス分の人数くらい……? 今はフィルムのお陰で、外からは見えないはずだけど……。車を降りたら、どう考えても黄色い声が……。
「うぅ――」
「そりゃ! 千穂ちゃん! 連れ出して!」
……なんでそんなに強引に? 梢枝さんと話し合った結果……だったかな? 何かの作戦……?
……仕方ないよ、ね?
「憂? ……行くよ?」
中腰に立ち上がって、憂の手を引く……と、立ってくれた。
物凄く泣きそうな顔してるけど……。その格好で、それやめて?
康平くんが先に降りて開けてくれた。
憂をそこに引っ張ると、「――まけるな――まけるな――」って呟いてた……。がんばろう……ね?
「「「………………」」」
憂を車内から降ろしてあげると……。静か。梢枝さんと一緒……。耳を塞ぐ。左手は憂と繋いでるから片方だけ。
「「「き※%〒§~ゝ♯∀∂あぁぁああぁぁぁ!!」」」
……思わず目をつむっちゃうほどの大歓声。可愛いもんね。
憂は……。真っ赤になってて涙目で……。ぷるぷる震えながら、それでも顔を上げてました。
……えらい。