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197.0話 憂の公式HP

 


 ―――11月13日(月)



 ……寒い。

 そろそろ急激に気温が下がってくる頃ですね。暖冬と聞いていたのに、外れのようですね。何もなかったように今年の冬は寒くなりそうです……とか。

 私服組も冬着の生徒ばかりです。

 制服組もカーディガン着用者が大半。残りはコート。もう1週間もすれば、みんながコートに切り替わっていくのでしょう。



「あ! 生徒会長! おはようございます!」

「おはようございます。早いですね」

「文化祭の振り替え、期待してます! 頑張ってください!」

「ありがとう」



 冬休みまで一ヶ月半を切ってしまいました……。

 中止された文化祭で使用した衣装や大道具など、ほぼ工事の終わったD棟内に保管されているらしいのですが、それでも時間切れが押し迫ってきています……。


 早く開催の承認を頂かなければ……。


 最近は毎朝、毎放課後、学園長室通いです。この中央管理棟、生徒会室よりも滞在時間が長くなってしまって……。これでいいのでしょうか?



 ……榊 梢枝さんの提案は見事です。あれ以上、文化祭おかわりへの注目を集める方法は無いでしょう。それと同時に憂ちゃんの男の娘……? そんな疑惑を払拭する手段……。高い能力を有する彼女。生徒会に入ってくれないかしら?


 まずあり得ないわね。


 あのボディーガードの両名、憂ちゃんから離れる訳がありません。

 ……憂ちゃん、ね。優くん……かしら?


 あの文化祭中止の日、全てが繋がりました。


 千穂ちゃんの言ってた事。彼女の相談。千穂ちゃんには夢があって、その夢が想い人との関係の障害になってしまっている……。その夢は、母の遺言。そこまでは語ってくれた。

 私は聞き役に徹してあげただけ。相槌を打ち、時には反芻し、先取りしてあげると、人は気をよくし、どんどんと言葉を溢れさせる。


 ……それでも、その遺言の中身と想い人に関しては、聞かせてくれなかった。理由は絶対の秘密に抵触してしまうから……だった。

 話し終えた千穂ちゃんは、全部を話さなかった事に申し訳なさそうに……。それでも、晴れ晴れとした顔を見せてくれた。可愛いかったな……。私も妹が……、せめて女姉妹(きょうだい)が欲しかったわ……。

 真面目一辺倒な兄が2人だけなんですから……。


 千穂ちゃんも憂ちゃんも妹になってくれないかしら?

 ……千穂ちゃんは1人娘。母とは生後まもなく死別……。その母からの遺言。

 子ども関係の事だと抱いていた推測は、正解だった。

 その想い人こそが優くんであり、憂ちゃんだと、解った時に回答を得ました。


 複雑な憂ちゃんと千穂ちゃんの関係。何とかしてあげたい……けど、こればっかりは2人の間にお任せするしかありません。

 だから、せめて邪魔な物は取り除いてあげたい。

 あの提案を利害の一致と梢枝さんは笑ったけど、私の気持ちは少し違う。もちろん、生徒会の為でもあるけど、加えて憂ちゃんの目の前の障害の排除。私にとっては、一挙両得な手段。


 ……なんとしても文化祭のおかわりを承認して頂きます。


 強い決意を胸に秘め、学園長室のドアをノックします。

 するとガチャリとドアノブの回る音と共に重い扉が開かれました。

 ……学園長先生はいつもドアの傍に待機してられるのかしら?


「ふむ。時間通りですね。いつも君はこの時間に訪ねてきてくれる。待っていたんだよ?」


 ……理解致しました。




「学園側の回答としては、立花さん1人を好奇の視線に晒させる訳には行かない……と、言う事です」


「ですが! 学園長先生も……」


 反論を開始すると、手の平を向けられました。反論させないつもりかと思いましたが、表情を見る限り、そうではなさそうです。


「私も立花さんへの疑惑は把握しております。困ったものだ」


 学園長先生は、憂ちゃんの味方だと思っているのですが……、だとしたら何故プッシュしてくれないのでしょう……。

 肩入れ……しすぎると反発を招くから……ですか?


「1つの案を提示しました。渋い顔をする先生方を大人しくさせる提案です」


 やっぱりそうなんですね。私と似たお立場……。本当なら、思い切り憂ちゃんの側に寄りたい。それを抑えて立ち回っておられる。


「ですが、通した提案の条件は難題ですよ? そこは心して聞いて下さい」


 学園長先生の眼鏡の奥の瞳が、難しい問題を生徒にぶつける時のいたずらっぽい光を湛えておられました。


「その条件をお聞かせ下さい……!」


「ミスコンの立候補者を最低でも20名は立てる事。学年、クラスの重複は問いません。それどころか、この際、中等部、初等部からの立候補も許可しましょう。多くの立候補者を立てる事で立花さんへの視線を分散させるのです。幸い、教職員の間で例の噂は広がっておりません。一部教員が噂を耳にしている……か、同じ疑問に辿り着いたか、程度です。

 これには文化祭おかわりの開催とイベントを周知する必要があり、学園として、今、これを承認し全面支援を約束しましょう」


 文化祭開催決定……!


「ありがとうございます! 20名ですね!」


 叶った……! 少しでも早く生徒会に伝えてあげようと背を向けた時、「まぁ、待ちなさい」と、制止されました。


「文化祭おかわりについては認めます……が、選挙及びミスコンの開催については、今はまだ承認しておりません。20名に満たなかった場合には、このイベントは無かったこと……としますよ? 生徒会選挙も、HRの時間を利用し、執行する運びとなります。過半数割れの選挙結果など、学園として不要です」


「はい。心得ております」


 20名の候補者……。中等部も初等部も可能なら5000名以上の女子が居るんです……! この条件で行けます……!


「まぁ、しっかりと頑張って下さい。私は生徒会を応援していますよ? あぁ、そうだ。文化祭おかわりの告知に立花さんの出場は記載なさって下さい。それが集客の目玉となるのですから」




 ―――これから今週いっぱい、生徒会長及び生徒会員はなかなか手の挙がらない立候補者集めに苦戦、奔走する羽目になろうとは、今はまだ思ってもみないのだった。



 ……土曜の混乱はどうなった? と言われれば、初等部、中等部、高等部、それぞれの朝礼時間に合わせ、学園長のお言葉が放送にて流された。


 実名を伏せた上で、土曜日、部活中の中等部、高等部2,3年生の6時間目の授業が中止に追い込まれた経緯に触れ、『立場の弱い特定の生徒を助ける為の行動であり、その勇気は認めましょう。しかし、行き過ぎた行為は学園として、断じて許せません。これから先、同様の暴言、暴行により傷付けられる児童、生徒が現れることがあれば、断固とした対応を執らせて頂きます』と自制を促したのであった。


 更に高等部の放送では、学園長を超える大物が熱く語った。


『差別、偏見、欲望に嫉妬。醜い感情だ。だが、それは儂の中にも無い事は無い。ただ、表に出さんだけに過ぎん。醜い感情を表に出せば、自らを貶める行為となる。つまらん行為で未来に霧を掛けるな。誤魔化し進め。すれば、蓼園はこの両手を広げ、受け入れ、君たちの未来に道を示すだろう』


 わざわざ蓼学に足を運び、こう演説してみせたのである。この私立蓼園学園は蓼園グループである事から出来る荒技だ。


 この演説を簡単に纏めると、学園長が憂への支持派に自制を促し、その直後、あの男が憂への嫌悪、不支持派を牽制したのである。


「――――?」


 憂は解っていない。千穂も囁かない。憂は知れば、気に病む。知らないままのほうが良いとの判断なのだろう。

 憂を支持する者。支持せぬ……どころか、あからさまに侮蔑の言葉を口ずさんでいたのだが、それでも支持派に激しく糾弾されたとなれば、ショックを受けてしまうだろう。


「そうすい――?」


 目だけでは無く、耳も良いらしい。校内放送……と言うか、こう言った放送だと、誰の声か判別し難いものである。


「――なんで?」


 小首を傾げ、千穂に目をやると……。千穂は逸らした。『教えて?』と主張する、横から覗き込むような上目遣いの視線……。逃れたくなる気持ちは解る。


「まぁ、皆さんの中には、憂ちゃんに変な目を向ける人も、それを見て噛み付く人……は、何人か居そう……」


 主に佳穂と圭祐、あとついでに護衛2名の事だろうか? 利子の言葉に、未だ人数の少ない教室内にクスクスと噛み殺したような笑いが生じてしまったが、佳穂も圭祐も我関せず。


「誰のことだー?」

「誰でもありませんよー?」


 前言撤回。やはり強い子である。即座にお返し出来た利子も手慣れたものである。


「ぅ――?」


 教室内のどこか重かった空気が軽くなるのは感じたらしい。諦めたのか、千穂から視線を外すと……と、言うか今までじっと千穂を覗き込んでいた。千穂も変な汗を掻いてしまった事だろう。今度は発言をした佳穂を眺め始めた。しかし、佳穂は正面を向いたままであり、後頭部が見えるのみだ。


「今日はまだお知らせがありますよー! 瀬里奈さん、陽向さん……どうする?」


 ……何か発言するかと言う事らしい。


「いえ、停学明けの身だから、褒められたものじゃないです……」

「はい……。それでなくても少ない時にごめんなさい……」


 流れとは言え、結局発言した2人に対し、さくらが拍手を打った。いつかの憂グループを除く女子みんなで話し合った通りに。

 それはすぐに全体に波及した。

 憂も何事か解っていないはずだが、2人が戻ってきた事は理解しており、ペチペチと両手を合わせている。


「まだ、大事なお知らせがありますよー!」


 何とも嬉しそうに自慢の生徒たちを見詰めていた利子だが、拍手が鳴り止む頃合いを見計らい声を張り上げた。


「憂さんは、正式に憂うと言う字を当てられました! その理由は憂ちゃんの名前で検索かけると1番に表示されるHPに記載されていますので、是非、覗いてあげちゃって下さい! 今朝は夢中になっちゃって朝ごはん食べ損なっちゃってます!」


 途端にざわめき、スマホを取り出し始める教え子たちに「待ってー! 後で……ね?」

 教師らしく止めると、「本日、最後のお知らせですよー」と叫んだ。油断すると大騒ぎし始めるクラスである事には変わりがない。人数が減っても喧しい。

 人数と言えば、未だに受け入れたのは健太&有希、その後の千晶に6組に居た女子3名だけだ。申請はあれども、学園からなかなか許可が降りない。

 この理由は公表されていないが、教師も生徒も噂をしている。



 ―――総帥・蓼園 肇の介入により、本人の素行は元より、周辺の人物、背景、詳細な調査が行われているのだ……と。



 実はこの噂、完全な正答である。総帥は憂が傷付けられる可能性を排除する為、このような指示を出したのである。もちろん、即時転室を認めたのは、正副学園長と教頭のごり押しであり、この辺りの動きが実にややこしい。


「「「………………」」」


 利子の叫びに静かになった……が、利子は言葉を発しない。1人だけ、スマホを操る手を止めない者が居る。


「こりゃ! 健太! あんたのせい!」

「痛てっ!」


 久しぶりの委員長の鉄拳制裁により、罰せられた健太が、渋々スマホを待機画面に戻すと、ようやく利子は口を開いた。


「三者面談の時刻表を配りますよー! ウチの子、少ないから余裕を持ったスケジュールにしてありますー! 早く来てくれたらいっぱいお話が出来ますよー! 遅れると内申に響くから遅れないようにねー! すっぽかしたら私が泣いちゃいますよー!」


「なんだぁ……そんな事?」

「健太ぁ!!」


 ここら辺りでカットさせて頂くとしよう。

 因みに、有希と健太の遣り取りを見た憂は可愛らしい笑顔を見せていた。ツッコミが激しければ激しいほど、憂にとっては楽しいようだ。

 もう一点。もう一点ある。さぁ、HPを閲覧! そんな雰囲気になったタイミングで利子が戻ってきた。文化祭おかわりが認められた件を伝え忘れていたのである。

 この白鳥 利子と云う教師は優れているのか、そうでないのか、判別が難しいのだ。





 この日、このC棟1年5組は平和そのものであった。

 グループに悪意の眼差しを向ける者も皆無と言って良いほど、見られなかった。

 隣のクラスに在籍したまま、憂への嫌悪を隠さなかった、かつて大運動会に於いて憂のサイドに立ち、抱え上げたまま疾走した少女は友人1名と共に、転室届けを提出、昼休憩前には姿を消したらしい。

 伸也先輩の創り上げた直接的な『レイシスト狩り』は、息を潜めただけだ。

 一見、平和が戻ったようにも見える蓼学だが、無視や無言の蔑みと言った、別の物に変質したのだ。いずれはこの狩りに遭った者の中に憂のせいで……と、悪意を更に進化させる者が出現する……。

 空気の良化の代償として、そんな危険を孕む状態となってしまったのである。




 放課後。


 その中心で、思いやりの中に生きる憂は……。


「うぅ――これ――」と、その可憐な顔を顰めている。


 憂はタブレットを用い、ついに開かれた自身のPRサイトを閲覧していた。今日はスマホをじっくりと覗き込んでいる者が多かった。

 それほど気にする様子は見られなかったが、放課後となり、千穂までもがスマホを開き、微笑みを湛えてしまった事が発端となった。


 ……千穂は十分に我慢した。気になる憂の公式HP。それを放課後まで観なかったのだ。褒めてあげて頂きたい。




 ―――『なに――みてるの――?』


『え? えっと……』


『千穂? 誤魔化さないの。これは土曜の件とは話が違うよ?』


『そうだぞー? 覚悟決めろー? 千穂が観たせいで気にしちゃったんだぞー?』


 親友たちに責められた千穂は為す術もなく、憂のタブレットを開き、【立花 憂】と入力したのだ―――



 憂のタブレットを千穂も佳穂千晶も……。拓真や凌平に梢枝、康平さえも覗き込んでいる。圭祐は部活に向かった。

 ……覗き込んだ理由は……。スマホよりも大画面なタブレットで観たかったからであろう。


 HPが開かれると写真をアルバムのように据えた背景に、パステルカラーのリンク、ポップな文字が躍っていた。

 ……アイドルの公式HPそのものな仕様である。


 憂のアイドル化計画は暴露後も総帥一派の中で進行中なのだろう。比類なき偶像とし、今度は『知られる事』により、好意的な一般人の目を向け、憂を護る盾とするつもりかもしれない。


 このHPについて……。

 もちろん、憂は聞かされている。こんなHPになるとは思っていなかったか、忘れていたか……。そんなところだろう。自分の為と知った時、『しかた――ないよね――?』と簡単に同意した憂の自己責任……なのか?


「うぅ――はずかしい――」


 憂はコンテンツの1つ、【 photograph 】内に収められていた画像の一枚に嫌そうな目を向けている。バスケ会で使用する練習着を着用した、ポニーテールの憂は、ゴールを決めたのか、誰もが目を奪われる……。そんな輝く笑顔を見せている。


「可愛いぞー? そう、思わない?」


 ついに問われた。実はここまで学園内の誰1人として問い掛けていない質問だ。問うたのは強い子めげない子な佳穂である。




 ―――自分を可愛いと思うか?




 この問いに対する憂の回答は……。


「ぅ――かわいぃ――」


 ……だったのである。



 このHPには、憂自身が『憂』と言う名を取った事。その理由は【内緒にされてしまいました】と、可愛らしく綴ってあった。

 これが蓼園市を大きく揺るがす事態に発展するとは、純正の高校1年生たちは知る由もなかったのである。




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