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194.0話 久々のお出かけ:影

 


 薄夕闇……。夜の帳が下り始める。


 華美な装飾の成されていない(・・・)立花家の入っているマンション。

 その正面の道路を挟んだ向かいの歩道で、長細い高層の四角い建造物を見上げ、恨めしく睨む目があった。


(どうやって行くんだろ……?)



 ―――まだ幼さを残す顔立ちの女性がこのマンション……上層階は億かもしれないが、不明だ。

 とにかく、女性がこのマンションに辿り着いたのは、今から2時間ほど前。まだ明るい時間帯だった。


 近隣のワンコインパークに、運転歴1年未満を示す若葉マークが装着された、黄色い軽自動車を駐車すると、迷う事無くマンションの正面玄関をくぐった。

 数メートルの内に発見したインターフォンのパネル。傍にあった使用法の説明文を読みつつ、記憶している立花家の部屋番号を入力すると【ERROR】の表示。何度、試行すれども正解には辿り着けなかった。


 硬く閉ざされた自動ドアを呆然と眺め、怪しい人物と化していた時、他所様がたまたま通りがかった。一向に反応を示してくれなかった自動ドアは、一切、その人の歩行を妨げる事無く、開いてしまった。自動認証システムが備わっているのか、住人に配布されるリモコンでも使ったのか、少女を卒業したばかりと云った年齢の女性には判らなかった。

 そして、思わず付いていった。一緒に自動ドアを通過させてくれた人は、何ら気にすること無く、エントランスを素通りすると、エレベーターに向かい、少し待つと乗り込んでいった。


 周囲を見回してみる。殺風景だった。商談に使うものなのか何なのか、謎のテーブルと付随する四脚の椅子。これが2セット。無機質で質素な空間にポツリと置かれている。

 誰も居ない。ガードマンの姿の1つも見られない。


(ここのセキュリティ、大丈夫……? ありがたいけど……)


 この時にはそう思っていた。単純な言葉で表すと……舐めていた。このマンション名と立花 憂を合わせて検索してみた事がある。その時、得た情報はほぼ(・・)間違いなくここに住んでいる……と、書いてあった。有名となった憂が住む、このマンションにこのセキュリティ。不足しているように思えた。


 ……だが、女性はさほど表情を変えず、先ほど余所様の乗り込んでいったエレベーターに乗り込んだ。

 その1分後。1Fから動かず、困った顔で降りてきた。


 聞いたはずのフロアへのボタンがそこだけ、ぽっかりと数字が飛んでいたのだ。エレベーターから降り、3分ほど。もう1度、乗り込んだ。


 更に30秒後、女性は胸の鼓動を抑えるように、胸に手を当て、立花家の1つ下のフロアを歩いていた。

 キョロキョロと見回しつつ、コソコソと歩を進めていく。自身の姿を監視カメラが追っている事に気付いている様子は無い。警備を担当する者たちが、侵入を果たした女性を姿無く追い掛けている。


(あ……。あった)


 女性は階段を見付けたらしい。これが無ければ、法律に違反する。元々、要人が住む為に建造されたマンションでは無い。セキュリティが強化され、警備員が増員されたのはその後の事だ。

 もちろん、総帥主導。憂の為……である。


(あれ? このドア……ドアだよね!? 何で開かないの!?)


 厳密に言えばドアでは無い。閉じられた防火扉である。絶えずロックされており、立花家、及び、漆原家には辿り着けない。因みにもうひと部屋あるが、そこは空き部屋だ。蓼園の名義で抑えられている。


 それから夕焼けの時間を通り過ぎるまで、この女性は延々と立花家への道を探し続け、やがて、諦めたのか、2時間前に通った自動ドアから退出していった。


 興味本位で話題の人物との接触を図ろうとする者。

 悪意を持って、憂の住処(すみか)を探す者。

 金になると、少女の痕跡を探る者。


 このような人物は日に何人か訪れる。その全ての人物が監視カメラに依って、リストへと追加されていく。蓼園グループはそのリスト内の人物を自動認識するシステムを、多くの名だたる海外の企業と提携し、開発中である。全ては、立花 憂の自由と安全を確保する為に……。各分野の最先端を走る企業たちが、共に手を取り合ったのだ。

 憂の再構築の発露はこうした予想外の分野にも、多大な影響を与え、進化を加速させているのである―――



「はぁ……」


 憂が住むはずの最上階から1つ下。そのふた部屋からは、確かに人の存在を示す、暖かな明かりが灯っている。それは暮らしの息遣いだ。


「逢いたい……なぁ……」


 ……この呟きは、彼女をマークする警備の耳には届かない。

 ただ虚しく空気を振動させただけだった。




 ―――11月12日(日)



 前日、学園で騒動が起きてしまったワケだが、この日、とある計画の1つが実行の運びとなった。


 それは……憂の再構築発覚以降、初めての外歩きである。

 何も先週、凌平に言われた為にこの計画が立てられた訳ではない。

 憂もいつまでも表に姿を見せない訳にはいかない。

 以前から計画は立てられており、この日、決行の判断が下されたのである。


 この決行に際し、前日の学園内の大騒動が大きく影響している。

 塞ぎ込んでいるかのような、他者に姿を見せない生活をやめ、憂は今日も元気である……と宣言する意味も込められている。


 そして、憂、愛、千穂、拓真の4名は蓼園モール最上階の駐車場へと降り立った。美優も一緒に行きたがっていたが、敢えなく兄に撃沈された……が、今は関係のない裏話だ。


 時間は10時半。これから人が増えていくであろう、まだ人混みのない時間帯だ。


 千穂は憂の手を取る。そんな2名を愛が目を細め、優しく見守る。

 拓真は、周囲に目を配る。視界に入ったのは、多くの黒服だ。探偵社の派遣した身辺警護ではない本物のシークレットサービスである。

 初日のこの日の為、総帥は前日、騒動の後、グループが抱える警備会社に1つの指令を下した。


『憂くんの自立に向けた再出発だ! 何としてでも成功させろ!』


 蓼園綜合警備(TSK)の株価は目下、急上昇中である。連日のストップ高。この株高は憂が無事である限り、当分続くだろうと予測されている。裏を返せば、憂に何かあれば、株価は急落し、存在さえも怪しくなるだろう。

 だからこそ、TSKは全力を尽くす。社運を賭けた憂の警護体制。例え、蓼園商会(グループ総本山)から潤沢な資金が流れていなくとも……。契約が無く、無償であったとしても、TSKは動かねばならない。蓼園グループ傘下の警備会社。この看板が憂を守れと告げている。



「ここだけで12人か……」


 ぽそりと拓真が呟くと、千穂は苦笑いを向けた。この最上階だけで少なくとも12名。過剰な人海戦術を以て、憂の身辺は警護されている。


「いくらくらい、掛かってるんだろう……とか、思う事あるけど……。仕方ないんだと思う」


 黒いタイトなチノパンに、白の厚手のパーカーを合わせた地味な服装の憂を愛おしく眺めつつ、愛が拓真に自身の考えを披露した。愛は、1つの可能性を夢で見た。これは愛の想像からもたらされたと渡辺は語った。その愛の想像は起こり得た未来……だったのかもしれない。だとすれば、このくらいの警備体制は必要なのだろう……とでも、思っているのだろう。


「……そうなんすかね?」


 拓真は聡い。彼もこの警護の必要性を理解しているはずだ。だが、心のどこかに『俺が守る!』と言う感情でも転がっているのだろう。だから、何やら曖昧な物言いをしてしまったと推測する。


 一行が棟屋に入ると、私服の男女がそこに居た。両名ともに、イヤホンを装着している。どこかにマイクも仕込んであるのだろう。この2人もまた憂を護るべく派遣された者たちだ。


「憂ぅー? ボタン、よろしくー」


 言われた憂は従順だ。トテトテと千穂を追い越し、言いつけの通りにエレベーターのボタンを押すと、生憎、(かご)が居なかったようで待ち時間が発生した。


「憂? 連打すると……早く来るよ……?」


「んぅ――?」


 数秒、首を傾げ、理解に至ると……そのボタンを連打し始めた。そして、すぐにエレベーターの厚い扉が開いた。


「ホントだ――!」


 嘘だ。この蓼園モールは横に広い建造物だ。高さは無い。すぐに到着して当然である。

 当の本人は良い裏技を教えて貰った……とばかりに顔を輝かせている。何せ、憂としてはエレベーターの隠しコマンドは在って当然。何度も何度も、姉たちが謎の動作を繰り返している。


「愛さん……」

「ごめん。冗談って言うタイミングを逸した……」

「……まぁ、いいっすけど」


 どうせ、すぐに忘れるだろう……と、我先に進んでいった憂に真実を告げぬまま、エレベーターに乗り込んだのだった。



 1階に到着し、少し歩くと、憂はオドオドとそれでなくとも小さな体を縮こませた。エレベーターに乗り込んだ直後は、「みんなに――おしえる――」と、嬉しそうにしていた様子は見る影もない。


「おい……。あの子って……」

「……うん。噂の子だね……」


 道行く若いカップルも。


「お父さん……?」

「ん? あ、あぁ……。何も言うな? 俺のクビが……」


 旦那が蓼園グループ勤めと思われる中年夫婦も。


「なんとまぁ、かわいい……」

「あー。どこかで見たなぁ……。アイドルかの? 今頃は若い子が増えたなぁ、ばあさん」


 長年連れ添ったと思しき、老夫婦も、誰しもが一度は視線を送ってくる。

 以前とは異なり、その目付きは様々だ。これが憂を萎縮させてしまった要因だろう。


 憂のその姿を目の当たりにしてしまった為か、警備会社の者たちに動きがあった。

 散開していた人員を憂の周囲10メートル以内に近付けたのである。

 その効果は絶大だ。チラリと憂を盗み見る目はもちろん存在するが、ジロジロと見続ける目の大半が消え去った。


「……梢枝?」


「まぁ、今日のところは仕方ありません……。憂さんが護られているアピールとしてはええと思います……」


 いつもの2人もやっぱりモール(ここ)に居た。憂を見る梢枝の目は優しいものだ。その少女は、自身に多数の警護が付いている事をようやく悟ったのか、オドオドする姿は消えたものの、どこか申し訳ないような……、悲しそうな……、そんな表情を浮かべていたのだった。



「……憂? こっち」


 足の止まった憂を姉が手招きすると、いつもの通り、千穂に右手を引かれた憂が、動き始めた。最初の買い物は、憂が欲しがった物。


 ……メンズの衣服だ。


 過去、愛が『女の子らしく』にこだわっていた理由は、少年ぽさを消す必要があったからだ。少年ぽい姿は秘密の発露に繋がる恐れがあった。だが、その必要性は消え失せた。もはや、今の憂に女の子らしくしなければならない理由は無い。

 姉はそれでいいと思っている。

 折角、可愛くなった憂に可愛らしい服を着せ、着飾らせたい衝動はもちろんあるが、時々、発散出来れば良い。

 憂のやりたいようにやらせてあげたい。姉の根底にもそれが横たわっている。一年間を入院により棒に振り、その後の半年は女の子らしくを強要する必要があった。その反動なのだろう。


 憂の物を捨てられないと、以前、千穂に明かした愛だが、それは本当だ。

 仏間に飾ってあった男子制服以外にも、優のお気に入りだった服の類いも残されていた……が、サイズが合わない。だから、この日、発露後初の買い物として、憂のメンズの服を一緒に買いに来たのである。


 愛も千穂も拓真も周囲を警戒しているのか、どことなく目線が(せわ)しない。

 それでも歩けば、目的地に到着する。

 最初に到着したのは、モノトーンを主体とした、愛も千穂もよく使うショップだった。


「いらっしゃ……い、ませ……」


 元気にスタートしたショップ店員の声は、尻すぼみとなった。

 他の店員は愛想良くしているが、最初の店員の裏の感情に気付いた千穂は「ここはやめておきましょう……」と、すぐにショップを後にした。


 千穂は、さっきの店員さんたちは、内心、ホッとしてるんだろうな……と、思う。

 若い世代には、比較的、憂に対する偏見が薄れていっていると聞かされている。あの梢枝の投稿した動画の力であり、SNSの使用頻度に比例しているらしい。人の声を聞いた調査結果か、動画のアクセス解析の結果なのか不明だが、遥からの情報である。

 だが、あくまでも薄くなっている割合が若い世代に多い……だけだ。もちろん、存在している。

 この入店早々、背を向けたショップには、そうでない者が多いのだろう。この中に1人でも偏見を消し去った者がいれば、そこから徐々に薄まる。いなければ……ずっとそのままだ。

 きっと、並んだ衣類を物色した後、消毒される。

 これを想像するだけで、千穂にとっては腹立たしい。行き付けだったショップだが、印象は悪く成り下がってしまったのだった。



 2件目のショップ。第2候補の店に向かう最中、1人のモノトーンな服装が印象的に残る小綺麗な女性が、ビクビクしつつ4人に近付いてくる……と、何名もの私服、黒服の男女が立ちはだかった。知らぬ者の接触を許さぬ蓼園綜合警備(TSK)の者たちが壁を築いたのだ。


「あっ! あのっ!! 通して下さいっ!! 私、あの子に話があるんですっ!!」


 怯えつつもはっきりと宣言したその女性に、愛が近付いていく。憂も付いて行こうとしたが、千穂が右手を離さず、更に拓真が憂の前に立った。


「……なんでしょう?」


 愛は務めた笑顔で対応を開始する。背筋はスッと伸びた。母も姿勢が良い。憂はきっと、そんな家族の中で育ち、自然とその立ち振る舞いを学んでいったのだろう。何気に憂は姿勢が良い。


 TSKの者は数名が軽く距離を置き、反対に2名の女性が愛の隣に立った。その目はモノトーンな女性の顔では無く、指先に向けられている。下手に動けば、飛びかかるつもりなのだろう。


「憂さんをずっと待ってました!!」


「……え?」




 その女性は、何度かこのモールを訪れた憂を目撃した事のあるショップ店員だ、と自己紹介した。

 ……1人で買い物をしたその時にでも、見たのかもしれない。あの時はある意味、大きな騒動を巻き起こした。多数の者が陰で見守る状況は、相当、異常な光景だった。その中心を覗いた店員も多かった事だろう。そんな店員の1人だったらしい。


 そのショップでは、憂の来店を心待ちにしていたと言う。

 蓼園市で、憂を知らない者など居ない。捉えようも人それぞれだ。最初のショップこそ、すぐに退店したが、そうでない店員も居る。女性の働くショップでは、適当な雑談の中、憂の話題が上がった……のではなく、真剣に語り合ったのだと愛に向け、熱く語った。その上での結論として、今度、このモールに憂が姿を現した時、声を掛け、ショップへと導き、笑顔で接客しよう。そう決定しており、今回、憂一行に声を掛けた訳である。


「あらためまして……いらっしゃいませ!」

「いらっしゃいませ! ホントに来てくれたんだねー!!」


「わぁ……モノトーンいっぱい……。こんなお店、知らなかった……」


 千穂の感想だ。千穂も憂の復学までは、よくこうしてモールに足を運んでいた。このモールは蓼学生が数多く姿を見せる場所なのである。


「商品の入れ替え中です! ウチのブランドは、このショップ限定でモノトーン主体に商品切り替えの真っ最中なんですよ! でも、まだ中途半端で……」


 色々と情報を入手し、色々と思惑がありそう……だが、会議により話し合った事は本当のようだ。品揃えがそれを証明している。

 おそらく、憂となった初めての来店、その後の黒ロリ、『お買い物』の時のモノトーン。更には千穂の好み……。こう言った情報を統合し、店内の品を一新。憂へのマイナス感情の者の集客をそのままに、憂へのプラス感情の者をごっそりと見込む……。そんな戦略が透け見えた。


 愛はそんな戦略に気付いた事だろう。憂のよく着るモノトーン。その憂と共に在る千穂の好みはモノトーン。そんな2人が笑顔を見せ、買い物をした時の宣伝効果は如何ほどか。


(試験的な変更なのかもね)


 あわよくばブランド全体の商品の見直しまで視野に入れているのかもしれない。憂の宣伝効果は時折、接触を試みてくる宗教団体の勧誘を見れば判る。


「憂さんのサイズでしたらこちらですよ!」


 それでも、裏表を感じさせない店員の態度に好感を持った愛は、このショップでの買い物を決めたのだった。




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