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193.0話 正義とは

 


「お前は何を考えてるんだ……!」


(……うっせーな。俺、わりぃこと何もしてねぇよ? 逆にわりぃヤツを退治する俺、大正義じゃん)


「5時間目が終わる直前になって隣のクラスに乱入! 4人の生徒に絡み、糾弾! 他の生徒を主導したお前は停学を免がれんと思え!」


(B棟の棟長さんだっけか? こんな奴いたんかー? 先生方もやっぱお偉いさんは頭がかてーんだなー)


「なんだ、その顔は!? 少しくらい反省する様子も見られんのか!!」


「だ・か・ら! 俺、わりぃことしてねぇって!!」


 なかなか口を開かない。ようやく開いたと思えば、発言した教師を小馬鹿にするような物言い。これの繰り返しである。棟長の苛立ちも当然だろう。

 有り体に言えば、少年は粋がっている。


「授業妨害が悪いことでは無い……とでもお思いですか?」


(おっと。教頭殿。この人は話わかりそうだよな。担任もひと言も口きかねーし、学園長なんかみーてーるーだーけー)


「……お答えください」


 まるで尋問そのものな風景だが、この少年が起こした事件は、学園全体の授業を中止させた。授業の中止ともなれば、学園教師の上層部が雁首を揃えても無理はあるまい。


「あー。そのー。授業中に突撃したんは悪かったっす。でもさー。隠れてコソコソしたんじゃ意味ないんだよね」


 少年は中畝(なかせ) 伸也(しんや)と言った。かなり明るい茶髪に染めた、チャラチャラとした生徒である。ネームのラインは黄。2年生だ。


「その授業妨害の理由は!?」


(ぜってー、話さねー。あんたらのご想像通りだろーけど、俺は言わねーよ?)


 少年が行動を開始させたのは、昼休憩の終了前だった。

 まずは同クラス。仲間4名を率い、B棟2-6のクラスメイトに激しく絡んだ。激しく絡み、その後、体育館裏で長く話し合った(・・・・・)。この件はクラスメイト全てが口を閉ざしている為、ここに揃った教師たちの耳には届いていない。


 クラスメイトたちが硬く口を閉ざしている理由。

 中畝 伸也の暴挙にも横暴にも見える行動に、一定の正義を感じている為だ。


 5時間目の後半、絡みに絡んだ男子生徒を解放すると、次の行動に移った。この次に起こした行動により、現在、伸也は『お偉いさん』に責められている。


 彼は自身のある意味、広い交友関係に物を言わせ、一斉にメールを送信した。その中には中等部の後輩の名前もあった。他の指導室で指導を受ける彼の仲間が、そのメールの存在を明らかにした。

 彼の送ったメールは至極単純。


【お前ら、5時間目終わったら、レイシスト狩り始めっぞー】


 たったこれだけの文章を以て、高等部2,3年生の6時間目の授業を中止に追い込み、全生徒の部活さえ強制的に終わらせた。


 5時間目の終了間際、クラスメイトとの長い話し合いを済ませた伸也と、その仲間は、教室に戻るように見えた……が、彼の入室したクラスは隣の2-5だった。驚く2-5の教師と、慌てている多数の無関係な生徒に『ごめんねー! ちょっとお邪魔しますよ―!』と一応、詫びると、4名の生徒名を挙げ、その場で吊し上げ始めた。


『お前らだよなぁ!? 気色悪いとか、腐った意見を隠しもしねーのってよぉ!? 俺、そーゆーのむかつくんだよなぁ!! 悪口は陰でコソコソしろや!! そのほーがお前らに似合ってんよ!? 腐った意見はてめーの胸にしまっとけ!! 他人に聞かせてんじゃねーよ!』


 その4名の男女は憂への嫌悪感を隠しもしない生徒たちだった。再構築の……。とりわけ崩壊期の連続画像を目の当たりにし、感情を剥き出しにしていた生徒たちだ。


 意味分かんねーわ。

 なんであんな気味の悪いの支持できんだよ。

 リストバンドとか笑わせんなってよ。

 人間かどうかも分かんねーじゃん。


 これは伸也が直接、耳にした台詞ではない。


 蓼学にもチャラチャラしたヤツも、ツッパったヤツも当然ながら存在している。彼らは各クラスに散らばっている。蓼学の処分は厳しい。集まれば集まるだけ、目を付けられる事を理解しているのだ。

 これは黎明期から口伝てされた伝統だ。

 彼らの大先輩たちは、分散することで教師たちの目を盗む事を学び、後輩へと伝えていっているのである。

 その横への広がりは、彼らの中に容易に存在し得るはずの上下関係を、希薄なものにさせている。力による支配はなかなか難しい。蓼学の情け容赦の無い処分が暴力行為に歯止めをかけている。

 それでも、目立つヤツは出現する。この伸也の場合もそうだ。口が立つ。舌がよく回る。一歩間違えれば道を踏み外しかねない彼らの中で、中畝 伸也は人気者だ。

 彼の交友関係はB棟だけに留まらず、他棟どころか中等部にまで及ぶ。この私立蓼園学園に於いて、真面目に過ごすことの出来ない彼らは少数派だ。そんな少数派の彼らは、彼らの中で交友関係を構築しているのである。


 前述の差別的な発言は、隣のクラスの友人の耳に入ったものだ。大きな声で隠すことなく、徐々に増えているリストバンド着用者を揶揄していたと聞いた。リストバンドを着用し、憂とその仲間への支持を表明する、親衛隊がもたらした流れは大きな本流へと移ろってきている。

 このリストバンド着用者を歪んだ目で見る者の声は、次第に大きくなってきている。


 そこで伸也は立ち上がった。

 彼は1度、その差別を受ける少女・憂と直接的に接触したことがある。その時は何故だが、おかしな方向に話が進んでしまった。


『憂ちゃんはよっ! いかついのどうした?』


 彼女に掛けた、この第一声が示す通り、元々は憂を愛でる内の1人だった。ところが、憂のグループとの初接触に失敗。何故だか苛立ち、絡んでしまった。そんなつもりは無かった。仲良く真面目に過ごすグループへの羨望がそうさせてしまったのだと自己分析している。


 だからこそ謝罪しよう。


 謝罪した上で、差別主義者(レイシスト)たちの嫌な目線から憂を救い出すべく、前日の放課後、C棟正面玄関で待っていた……が、いつまで待っても憂のグループメンバーは姿を見せてくれなかった。俺みたいなのが入ったら迷惑じゃん? 怯えちゃう子も出るし可哀想でしょ? けどさ。いつまで待っても出て来ないから1-5に足を踏み入れた。

 そこにたまたま居たのが拓真くん。『あれ? 憂ちゃん居ないの? じゃあさ、拓真くん、ちっと顔貸してくれる?』とか言って、屋上に連れて行った。


 拓真くんは大したヤツだった。明らかにチャラい俺に『久しぶりっすね。今更、どうしたんですか?』と、きたもんだ。まぁ、この拓真くんにガッツリ絡んじまったんだから、しゃーねぇよな。オマケで付いてきた2人も肝が据わってたよ。1人は知らね。もう1人は俺に『去れ』とか『姿を見せるな』とか言ってくれた超気が強ぇヤツ。まぁ、そいつらは付いてきただけだし、どーでもいーよ。


『憂ちゃんの事、俺、今でも可愛いって思ってる派なんだよねー』


『それがどうしたんすか? 勝手に思えばいいじゃないっすか』


 つっけんどんな言葉は事前に情報収集した通りだった。ちと、苛ついたけど、これが拓真くんだって我慢して話を続けた。


『拓真くん、憂ちゃんと幼馴染みなんよね? だから拓真くんも憂ちゃんもお互い守り合おうとしてたんなーって、憂ちゃんが変わったって知った時、感動したんよー。だからさ。俺も混ぜてくんない? 全力で憂ちゃん守ってあげるよ?』


 憂ちゃん、健気で可愛くて、マジ絡みたい。

 もちろん打算あり。それよりも……な。んな事よりも、俺もなんか役に立ちてーって。こいつら頑張って生きてんだなーとか。


『だから勝手にすりゃいいじゃないっすか。なんで俺に断り入れるんすか? 色んな人間が勝手に動いてますよ。俺も憂も関知してねーとこで動いてるんです。その内の1人になりゃいいんじゃないんすか?』


 ツレねーヤツ。けどよ。その鋭い目は俺を見定めてて……。全力で憂ちゃんを守るって意思が伝わってきたワケよ。


 拓真くんと別れると、すぐに行動開始。俺の連れ()に連絡開始。憂ちゃんへの悪口を公言してる連中をリストアップしろ……ってな。


 そして、昼休憩に入ると伸也は動き出した。前に憂の仲間に関して話題になった時に『あんなの(・・・・)とまだ一緒につるんですげーよな! 俺は無理だわ。なんか感染りそうだしよー!』と、何1つ隠すことなく言っていた少年を取り囲み、『俺よー!! あの子の支持派なんだわ! お前さー! 何様なワケ!?』と詰め寄った。


『え!? ……お前に関係ねーだろ? 俺がどう思おうと勝手だろ……?』


『あー! 勝手だよね! お前みたいな自分の腐った考えをひけらかす馬鹿野郎に喧嘩売って矯正しちゃうのも勝手だよね!?』


 クラスメイトの誰1人として、止めに入らなかった。伸也の言い分がよく理解出来たのだ。


『ちょっとさ! 話し合おうよ! こっちおいで!!』


 その後の話し合い(・・・・)で、伸也は一切、手を上げていない。憂不支持派……いや、嫌悪派の少年を体育館裏で正座させ、2度と差別的な発言をしないと約束させただけだ。心の内に秘めてやがれ……と。

 予想以上に時間が掛かった。なかなか嫌悪派の少年は約束(・・)してくれなかったのだ。


 だが、まずは1人。


 確かな手応えを感じた伸也は、一気に打開へと始動した。


 ―――レイシスト狩り。


 そう名付けた伸也は横の繋がりにメールを一斉送信。直後、リストにあった隣のクラスの4名を約束させるべく、ただ1人、乱入した。


『お前らだよなぁ!? 気色悪いとか、腐った意見を隠しもしねーのってよぉ!? 俺、そーゆーのむかつくんだよなぁ!! 悪口は陰でコソコソしろや!! そのほーがお前らに似合ってんよ!? 腐った意見はてめーの胸にしまっとけ!! 他人に聞かせてんじゃねーよ!』


中畝(なかせ)!! 授業中だぞ!!』


 嫌悪派4人を吊し上げ、晒し者とした伸也に、授業中の教師が詰め寄ったところで、修業のチャイムが鳴り響いた。


『お前! 指導室に来いっ!!』


 それ以降、伸也は大人しく従っている。彼には確信があった。1つの流れを創れば、後は勝手に広がっていく……と。


 彼の目論見通り、事は運んでいった。


 伸也のクラスメイトに約束させた時、一緒に居た4人の仲間は、2人セットで別のクラスに乱入を果たした。そして、5時間目の修業の鐘を合図に彼の広い友人たちは一斉に、同様の行動を開始した。嫌悪感を隠さない者は格別、目立っていた。リストに載った者たちは、やり過ぎていた者たちだ。嫌悪派は糾弾された。声を大に吊し上げられた。


 ……もちろん、伸也の友人たちの中にも隠れ(・・)不支持派は居たのだろう。だが、声高にレイシスト狩りを叫ぶ、伸也の声に押され、不支持派でありながら、嫌悪派を糾弾した。


 その伸也と友人たちの創った一連の流れは、午後に授業の無い1年生を除く、全高等部に波及し、そこから部活中の一部の高等部生徒と中等部に広がった。

 リストバンドをしていない者は不支持派と見做された。見做されたくない者は、糾弾する側に回らざるを得なくなった。

 暴力こそ見られなかったものの、高等部2,3年生は大混乱を来たした。


『全生徒、全児童に告ぐ。即刻、帰宅せよ。これ以上の暴言は暴力と捉え、停学、退学処分を下す。繰り返す……』


 延々と繰り返される放送の中、教師も警備隊も全力で制止に入り、ようやく事態は収拾を見せたのであった。






「君は誰の為にこんな事をしでかしたのですか?」


 何を言われても飄々としていた伸也を前に、遂に西水流学園長がその重い口を開いた。

 伸也は、にっこりと笑うと「絶対に言いません。勝手にやった事っすから」と、彼の中で最上級の丁寧な言葉を以て応えた。ようやく出てきた最上級の大物に見せた顔もまた飄々としたものだった。


彼女(・・)たちに指示された行動……ではないのですね?」


「それだけは絶対に違うっす。言ってるっしょ? 俺が勝手にやった事って。俺が勝手にやった事に勝手に乗っかっただけっすよ。みーんなね」


 そう言うと、金に近い茶髪を掻き上げてみせたのだった。



 結局、この伸也先輩には1週間の停学処分が課せられた。行動を起こした理由は教師たちの推測の域に留まってしまった……が、彼の起こした行動には、理解出来る教師も数多く、強い処分を下す事が出来なかったのである。

 それでも停学処分を下した。これは断固とした態度を改めて示してみせた事に他ならない。彼の中に正義を見出した者が多かった……が、手段が悪かったのである。


 この処分については、重い、軽いの両極端に意見が分かれる。

 糾弾された側の人間から捉えれば軽く、彼に共感した者たちにとっては重い処遇と見られた事だろう。


 この日、またしても事件の原因となった憂だが、学園に姿を見せる事は無かった。先輩は最後まで憂の名前を出さなかった。行く必要が無かった。

 この一連の流れが月曜にまで波及する可能性は低いと、梢枝が判断した影響が大きい。

 だが、その梢枝の表情は晴れない。これから先、同じような大きな事件は起きないだろう。しかし、これからは水面下で同じような『レイシスト狩り』は継続される。その狩りの被害者の矛先は憂へと向かう可能性を秘めている。


 差別的な言葉の数々が排除される代償として、これから先、憂の警護は更に厳しいものとなる。

 整った和風の顔立ちを引き締めると、憂を見てみた。


 その憂は、バスケスタイルから私服へと着替え、バスケコート脇のベンチでスヤスヤと穏やかな寝息を立てている。


 姉に連れられ、シャワーで汗を流した後、脳の疲れを癒やしているのだろう。


 憂を見詰め始めてしばらく。彼女の表情は平穏を取り戻していったのだった。





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