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187.0話 一文字名三者会談

 


 ―――11月9日(木)



 今朝の憂は、いつもと違う事を言い出した。

 いつかの騒動の原因となった男子制服を引っ張り出して、これを着ていきたい……って。

 もちろん、却下。理由は『それって中等部制服だよ?』

 大した違いは無いんだけどねー。グレーのスラックスに入ってるタックの数だったり、カッターシャツの背中の……。こっちもタックだね。こんなちょっとした違いなんだけどさ。

 それでも、中等部時代の制服着てバレたら恥ずかしいじゃない?


 ……ささやかでも違いを作ってるのは、中等部から高等部に持ち上がった時に、制服を買い直させる為……としか思えない。お金儲けに一生懸命だよね……。蓼学は。


 憂は中等部と高等部の男子制服が違うって事、知らなかったみたい。すぐに納得してくれた。中学生に見られたくない子だからね。


 男子制服ねぇ……。あの子はまだ女子になっちゃった事、認められないのかねぇ? まぁ、男子制服で通ってみたいのなら通ってみればいいんだけどね。もう、憂が優だったって事はみーんな知ってんだからさ。

 憂が男子制服着て行ったら、学園生も憂の葛藤を知ってくれて、優しい思いを抱いてくれるかも知んないし。


 ……何故だが男子制服で通学してきた憂。萌える子続出しそうだね。私も見たい!

 サイズが無いんだけどね。特注か?


 一応、千穂ちゃんにも通学の送りの時に、言い出した理由を知らないか聞いてみた。そしたら、『なんでそんな考えに辿り着くのかな……?』って、変な顔してた。変な顔しても可愛いんだけどね。千穂ちゃんも。


 ……なんか、京乃介くんの時みたいに圭祐くんとお試しデートがなんとかかんとか……。モテモテだねぇ。我が妹は。

 なんでデートの話から男子制服に? ……違う話なのかや?


 デートと言えば外出だよねぇ……。大丈夫かね? 今日、相談しとこ。


 おっと! ぶるっちょきた!


 相手は……。遥さん。これから毎週木曜日の午前中、遥さんと情報共有の為に密会。密会じゃないや。別に会ってる事バレても問題ないんだからねー。

 そんな事を考えながら通話開始。


「はい。すぐに降ります」


『お待ちしております』


 ツーツーツー……。


 ……3秒で電話終わったよ。いつにも増して事務的ですこと……。

 ま、慣れてきちゃったけどね。遥さんとしては、私と会わないといけない時間の分、総帥さんの傍を離れないといけないからちょっと不機嫌なんでしょ。


 ……不機嫌なんだよね?





 運転手付きだった。

 超イケメン運転手さん。黒塗りの高級車。すっごいセレブ感。でもまぁ、気にしても仕方なし……。


 ……格好、変じゃなかったかな? 一応、オフィス努めの頃のスーツを引っ張り出したんだけどさ。


「それでは早速、こちら側。蓼園商会が把握している情報を提供致します」


「あ。はい」


 車中で始めるんですね。時は金なり……なんだろーなー。

 運転手さんに筒抜けで問題ないのは、私たちの立場が変わった証明。バレちゃってからは、本当に蓼園さんに頼りっぱなし……。


「運転手が気になりますか?」


 おっと……。


「堂々となされれば宜しいかと」


 畳みかけられた! ……堂々と……かぁ……。

 あ。笑われた。


 ……その瞬間、ちょっとだけ目が優しくなったような? 何なんだろう?


 総帥さんがバラす方向で動いてたって……。

 何でなんだろうね? 全部バレたから今、大事(おおごと)になっちゃってるんですけどね。でも、蓼園さんは憂の為に全力を注いで下さってる……。


 何が目的なんだろうね……?


「……深く考えすぎでは御座いませんか? 肇は憂さまに悪いようには致しません。絶対に」


 ……ちっから強いひと言ですね。

 憂のが……世間バレしてから蓼園さんにはプラスがいっぱい。製薬会社だって、タダ同然で手に入れちゃったんでしょ……?

 私たちは蓼園さんにお任せするしかないし……。もしかして、いいように使われてる……?


「……くす。仕方の無い御方ですね。貴女は立場が違えば私のようになっていたのかも知れません」


 ありゃ。また笑われた。それよりさ。私の事。


「買い被りすぎです」


 ええ。本当に。


「……そう言う事にしておきましょう。それでは本題に……と、言いたい処ですが、愛さま? 心労が溜まっておいででは? お疲れのご様子です」


 心労……ね。溜まらないワケは無いですよ。とんでもない事になっちゃってるんですから……。SNSとか……。


「眠られておられないのですか?」


 あー。それは……。


「最近、夢見が悪くて……。酷い夢を見るんです」


 毎日毎日同じ夢……。恐ろしい夢……。


「……そうですか……。心情お察し致します……。それならば、一度、島井先生にご相談なされては如何ですか? 必要ならば、専門医もご用意出来ますが、本日は憂さまの定期検診。丁度良い機会です」


「そう……ですね。相談してみます」


 親身になって貰っちゃった。遥さんから見た私って……、やっぱり頼りないんだろうなー。出来る人だし。


「……違う話をしている内に、まもなく到着ですね。本題はそちらでお話致しましょう」


「はい」


 ……なんか、全然、不機嫌じゃなかったり?

 掴めない人。




 到着したのは何の変哲もないビル。案外、前の我が家に近い辺り。どうしてここにしたんだろうね? オフィスより、住宅の多い地域なんだけどね。やっぱり、我が家に帰るタイミングを探ってくれてるのかな? 実際、名義は未だに立花 迅のままだし……。千穂ちゃんちもね。


 ……で、そのビルに入ってるのが、蓼園関連企業の1つ。フトイさんが社長に就任したばかりの新しい企業。蓼園IM。IMはインフォメーションマネージメントの略……だと思う。情報管理の事だね。


 今日はここでお話。


「おはようございます! お待ちしておりました!」


 ありゃ、気持ちいい挨拶。若い女子社員さん。


「おはようございます」


 しっかりと挨拶をお返ししたら、にっこり笑顔。同い年くらいかな? 受付に向いてる可愛い人。

 ……私も良くない顔で見られる事、多くなっちゃってるから嬉しいかも……。


「こちらには憂さま及びご家族に対し、負の感情を持たぬ者を集めております。何も心配なさることはありません」


「あ……。それは助かります……」


 んー。今の言葉の裏を探ってみると……。

 蓼園関連企業内でヒアリング調査が行われた……と。

 その中で問題なかった人材を選りすぐって、憂の広報となってくれるこの企業を立ち上げた……かな? そのヒアリング調査で嘘ついた人……。もし居たらクビにしちゃいそ……。蓼園さんとこの秘書さんなら簡単にやっちゃいそ……。


 にしても!! ……動き早すぎない? あれから20日ほどしか経ってないんですけど。

 やっぱり準備してたんだよね。きっと、役所とかそんなとこにもとっくの昔に根回し済で……。


「愛さん! おはようございます!!」


「フトイさん、おはようございます」


 なんだか活き活きされてますね。


 通された部屋は応接室……兼社長室。そんな豪華じゃないけど、明るくてセンスのいい部屋。ソファーも機能性重視で感じいい。フトイさんが選んだのかな?




 この会社、従業員何人居るんだろ?

 ソファーに座ったのは、私と遥さん、彩さんの3人だけ。まぁ、無駄に人数増えても仕方ないし、十分だよね。


 ……彩さんに呼び方、矯正されてしもた。気持ちはわからんでもない。


「それでは報告致します」


 確認の為に目を向けられたから「はい」と返事。ちょっとずれたタイミングでフトイ……彩さんもお返事。


「ご存知の通り、蓼園グループは新たに製薬会社を傘下に収めました。これは憂さまを手放す意思を蓼園が持ち合わせていないと云う、対外的なアピールとなります。これに加え、今回の買収に協賛した企業や投資家などは、憂さまを守る防壁として機能する手筈となります。事実、既にそのように動いております。憂さま自身を手に入れたい研究機関などは、蚊帳の外となりますが、これらの排除に各社、各人、乗り出してくれる事でしょう。その為に各国、発言力の大きな企業などと交渉を行なったのです」


「えっと……。よくこの短期間で出来ましたね……」


 あれだけの評価額の製薬会社を買収するだけの資金が動いた……。常識で考えると不可能なんじゃないかな? 決済とかそんなのだけで時間を使っちゃうのが現代のシステムなのに。


「肇は……多少、無理をしました……が、それだけの価値を憂さまに見出した者が多かったと云う事です。ロス、ニューヨーク、ロンドン、パリ、ベルリン、アブダビ、香港、上海など、それほど多くの地を巡った訳ではありません。行く先々で先方が肇を待っていたのです」


 あらためて……おも、う。

 めっちゃとんでもない事になっちゃったよ。誰でも知ってる企業名とか富豪とか……。今回の買収劇の協賛相手には名前があった。すっごいなー。


 ……他人事みたいだけど、実感いまいち。


「もちろん、問題も残っております」


 ですよねー。


「各国政府に干渉出来るだけの企業と手を組みましたが、それでも政府が指を咥えて見ているだけ……とは、残念ながらならないでしょう。未だに我が国の政府は一個人への干渉は避けるべきとの意見が大半であり、期待できません。

 ですが、憂さまへ手出しすれば蓼園に投資した企業や個人が黙っておらず、防壁は強固な物となりました……が、それでも国単位で動かれる可能性は拭いきれません。いずれは……いえ、早い内にいずれかの大国の庇護を求める必要があるのかも知れません」


 ああん。ワケ分かんなくなってきた。

 彩さんもそんな感じ。困った顔して……あ。気付いた。苦笑い! 良かった! 私だけじゃないね!


「もう少し、噛み砕いた方が宜しいですか?」


「あ。はい。出来れば……」

「お願いします……」


 彩さん? 言い淀むの、たで……えっと……。総帥さんは嫌うみたいですよ? wikiに書いてあった。


「憂さまは、蓼園グループに続き、各国の大きな企業の後ろ盾を得ました。ところが、その大企業を物ともせず動くかも知れない国があるのです。国を抑えるには国の力が必要……と、言う訳ですね」


 あ。分かり易くなった。


「納得できました!」


 ……彩さんもですね。


「それじゃあ、どこか大きな国の後ろ盾を得てしまえば、憂さんは平穏無事な生活を送ることが出来る……!」


 それは……違うかな? 残念だけど……。


「……残念ですが、そうもいきません……」


 ほら……ね。


「愛さま? 開設したアカウントへの反応をお伺い出来ますか?」


「はい……。1週間前、私の本名を使用したアカウントを作りました。これと、着信制限により、私へ直接の接触を図ってくる人や団体を、一極に集中させました。そこでは、直接の誹謗中傷など、鳴りを潜めていますけど……。ダイレクトメッセージでは妙な宗教から『メシアを渡す気が無いのならば、強硬手段に出る』だとか、別の宗教団体からは『悪魔の子は滅すべし』だとか……。もちろん宗教ばっかりじゃありません。憂がバスケ好きって情報が漏れて、NBAの選手と会わせてあげたいから渡米を……なんてメッセージとか、個人からもやっぱり脅迫めいた文面とか、色々……。もちろん、危険と判断したものは警察に届け出てますし、遥さんにも報告しています」


「連絡では?」


「いえ、報告です」


 遥さんは渋面。珍しいものを見た。レア度高いよ。SSRクラスかも。でも即答。


「どっちでもい「良くありません!」


 うおっと……。遥さん怒らせちった……。タイミング悪かった彩さんごめん。私のせいだ。


「愛さま? 貴女のお立場上、私どもが報告する側です。憂さまはもちろん、その保護者であるご両親、キーパーソンである愛さまは、蓼園にとっての最大のクライアントである事を肝に御命じ下さい。立花家はもはや、ただの一家庭ではありません。これを忘れてしまっては近い将来、大きなミスを犯してしまいます。憂さまを失うと云う事態を回避したければ、憂さまはともかく、貴女さまは意識なさって下さい」


 ……怒られた。


「そうですよ。特別です」


 彩さんに追撃された。なんでよ。


「……でも、生活は普通でいいんですよ? その普通な生活を我が社がPRしていくんです。来週明けにはHPを開設出来る予定です。憂ちゃんの魅力的な画像満載でやっちゃいますよ! でもネット環境がない人たちにも届けないといけないので、まずは月刊誌として、創刊予定です。こちらはもうちょっと待ってて下さい! 個人からの攻撃は蓼園IM(ウチ)が敵を減らす事で皆無……までは無理だけど、何とかしますから……ね?」


 慰められた。彩さんの仕事は、憂を人間として証明する仕事。人と思ってくれず、敵に回ってしまった人たちを戻してくれる……。それだけの仕事。


 ……本当に責任感じてるんだろうなぁ……。


「その為に、今日、愛さん! インタビューいいっすか!?」


 …………。


「はーい」


 何で軽いノリで来られましたか?





 結局、憂の迎えの時間まで、彩さんの会社で過ごした。

 HP内の情報の確認とかね。個人情報を垂れ流すんだから、私たち家族や友だちの確認はもちろん必要。


『出し惜しみするくらいでちょうどいい』って彩さんの言葉もあったし、むしろどこまで出さないか……に集約された感じ?


 遥さんもずっと一緒に居て下さった。

 忙しい人なのに、わざわざ……じゃないんだね。今日の話だと、蓼園商会にとって今一番大切なのは憂ってことだから……。総帥の懐刀が登場しちゃってるんだよ。


 どうやって聞けばいいのか分からないから、総帥さんがなんで全部明るみに出る方向で動かれたのかは聞けずじまい。まぁ、いいよね? あの憂にデレデレの総帥さんが憂に悪くなんか出来ないよ。


 たまには女の直感ってヤツを信じてやろうじゃないか!











 一方、蓼園学園内では……。


 前日と打って変わって、特に何もない一日であった。


 リストバンドを装着し、憂への支持を明らかにする者は高等部に於いても過半数を超えそうな勢いとなってきている。


 近日中に何やら起きてしまいそうな気配である。






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