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184.0話 狼藉者

 


 憂は巾着袋をゴソゴソと漁ると、秋冬仕様のジャージ下を取り出した。


(…………?)


 千穂が首を傾げる。拓真の片眉が跳ね上がる。梢枝が口元を隠し、笑う。

 学園どころか世界中の注目を集める少女は上靴を脱ぐと、ジャージ下を履こうと両手でズボンのウエスト部分に持ち替える。


 ……そして足をそっと上げた。


「ちょっと! 憂!?」


 千穂が堪らず、上擦った声を上げた。


「んぅ――?」


 右足を少し上げた体勢で止まり、小首を傾げた。いつも通りの左側だが、今は関係ない。思えば、随分と左足の筋力も付いたものだが、問題はもちろんそこではない。


 憂は自分が男子バスケットボール部の部員だとでも思ったのだろうか? 目の前に居るのは、高等部からの外部入学組を除くと、どこか見慣れたメンバーである事が悪かったのだろうか?

 体育館でお着替え……。しかも、先ほど美しい涙を見せてしまい、男子どころか女子も固唾を呑んで見守っている中での美少女の行動である。


「あ、あの……! このB棟の更衣室、お借りしてもいいですか!?」


「あ、えっと……。女子更衣室だよね。俺らにはちょっと……」


 部長さんだろうか? ゴーグルのような眼鏡をかけた男子が千穂に恐る恐る言葉を返した。

 180を超えているだろう先輩だが、女子との会話が少ないタイプなのかも知れない。ここだけを見ると、どうにも頼りにならなさそうな印象を受けてしまうが、部長に選ばれている以上、キャプテンシーは持ち合わせている……と、信じよう。

 きっと相手が悪いのだ。相手は千穂。憂と同じく、学園内の超有名人なのである。


「どうかな!? 女子更衣室使える!?」


 男バス部長が大声を発すると女バスさんに憂たちの応対の役目が移り、ちゃこ引退後の新部長さんと女性顧問に誘導され、B棟体育館付随の女子更衣室へと入室したのだった。ちなみに部室は大グラウンドの片隅に存在している。





「……私たちまでバスケするんだね……。ユニフォーム借りちゃった……」


「だね。部員さんたち、さすがにユニフォーム着てないのに……。いいのかな?」


「貸してくれるって言うんだからいいんだろー? 千穂も千晶も難しく考えすぎだぞー?」


「……そうなのかな? でも、ユニフォーム着たことの無い、ベンチ外の部員さんだって居るんじゃないのかなぁ?」


「だよね。なんか気が引ける」


「お古やろうし、問題ない思いますえ?」


「それよりもなんでだ? 落ち着かないぞ? 憂ちゃんもウロウロ、ソワソワしてるし」


 佳穂も落ち着きなく、更衣室内を見回している。慣れないB棟更衣室での更衣……だが、作りは同じだ。落ち着かない理由は別にあるはずである。


「皆さん、バスケ(うも)うなりはった。その力を女バスさんに見て貰えるチャンス……。気分が高揚してはるんやないですか?」


 正解かもしれない。しかし、真相は不明だ。佳穂には今現在の自分の気持ちを読み取れないだろう。


「そうなんかなー? あたしには分からないー!」


「わたしも分からないな……。あ、憂ちゃんも着替え終わったね。行こっか?」


 因みに憂だけは自前の体操服である。流石に130cm台のユニフォームは女バス内に存在していない。他の面々は様になっている。千穂には少々、大きいサイズが当てられたようだが、バスケのユニは少々大きいサイズでも『らしく』見えてしまうものである。


「あー!! 憂ちゃん発見!! ちょっとびっくり!!」


 さほど音もさせず扉を開け、B棟体育館更衣室に侵入を果たした人たち。


 ちゃこと、その仲間たち一行である。その人数、ちゃこを含めて5名。スタメンを張る機会の多かったメンバーだ。引退後もOBとして可愛い後輩たちの練習を見てあげているのだろう。


「なになに!? 女バスの練習に参加!? 私の時、誘ってもダメだったのにー!」


 ちゃこのテンションが猛烈なまでに上がっているようだ。


「バスケ部入ってくれるなら毎日練習付き合ってあげるよー!」


 苛烈な勢いでの言葉は当然、聞き取れない。憂は小首を傾げてしまった。ちゃこは、そんな憂に(おもむろ)に近づいていく。


 耳元で囁く千穂にも、キョトンと先輩を眺める佳穂千晶にも目をくれず、梢枝を一瞥したのみだ。


 ちゃこは、千穂の声に耳を傾ける憂の真正面に立った。



 ……そして、狼藉を働いた。


「――――――??」


 なかなか理解が及ばない。ちゃこの右手はしっかりとその部分を鷲掴みするかのように伸びている。


「「「……………………」」」


 石像のように憂も女子隊も……。ちゃこの仲間も固まった。石化した。


 ……それから数秒。


「――ひゃあああああああああ!!!」


 理解に及んだらしい。ちゃこの右手は憂の股間。女の子の部分に伸び、そこを掴むかのように触れているのだ。


 憂は両手を用い、ちゃこの悪い右手を引き剥がそうと力を込めるが、ちゃこの右手は離れない。女子バスケ部のエースとして、鍛え上げられた筋力は女性ながら憂を遥かに凌駕している。


 …………?


 憂は特別小さな障がいさえ抱える少女……。当然だ。バスケなどしていなくとも、中学生女子以上の腕力があれば勝てる。


「ちょっと!! ちゃこさんっ!!」


 千穂の声に我に返ったちゃこの仲間たちが動いた。


「あんた! 離しなさい!!」

「どこ掴んでるのよっ!!」

「ちゃこの変態!!」

「信じらんないっ! 何考えてんのっ!!」


 ショートカットの先輩も、バスケ仕様なのか髪を後ろで1つに纏めた先輩2名も、ヘアバンドの先輩もちゃこに殺到し、ようやく悪い先輩は取り押さえられたのであった。




「ちゃこさん……。何を考えてはるんですか……?」


 梢枝は、千穂たちに慰められる憂の泣き顔を横目に見つつ、レズ疑惑が急浮上した先輩に疲れきった声で問い掛けた。


 梢枝もガッツリ見てしまった。あそこを掴むように触れていただけでなく、ふにふにと蠢いた悪い手を。


「ごめんっ! 最近、なんか変な疑惑が憂ちゃんに掛かってるから確かめてみたんだ!」


「ごめんじゃないっ!」

「憂ちゃん、ホンっと、ごめんね……」

「この阿呆にはよく言い聞かせておくから……」

「怖かったよね……?」


 謝ってはいるものの、ちゃこはしたり顔である。全く、説得力が無い。

 ……が、疑惑は本当の事だ。こうやって部活に顔を出し、聞いてしまった。女バスでも男バスでも同様の噂話がなされていた。


「だから、その疑惑を払拭しないとね。あんたたち、何をのんびり私に説教してるの? 早く行きなよ? 『ちゃこが変態行為働いて、やっぱり女の子で間違いないって言ってるー!』……ってさ」


 ……純粋に憂の身を案じての行為だったらしい。『見せて』と言っても見せて貰える場所ではない。強硬手段を講じた理由は理解した。梢枝も千穂たちも。


「……だからって酷いです。この子、力で訴えると怯える事があるんですよ……」


 憂は衝撃の瞬間から数分。未だに落ち着いていない。千穂たちが借りたユニフォームは純粋な白ではない。白とピンクと黒を組み合わせたユニフォームなのである。つまり、抱っこすると憂が抵抗する。その為、現在は佳穂と千晶が髪をいじってあげている最中である。

 髪いじりされる事を好む憂は、背もたれの無い、更衣室内のベンチに浅く腰掛け、警戒心剥き出しの視線をちゃこに送っている。


「それは知らなかった……。本気でごめんなさい」


「……ったく、しっかり謝りなさいよ」

「まぁ……、ちゃこの言う事も本当だから拡散してくるよ。みんな行こ?」

「あいあい。行こうか」

「うん……って、その前に、本当に女の子だったの?」


「間違いない。妙なモノは付いてなかった。行ってきて?」


 元キャプテンの2度目の拡散依頼を受け、他の4名はドアに向け、何やらブツブツと呟くように会話しながら進み始めた。


「……憂ちゃんの悲鳴、可愛かったなぁ……」

「ちょっと……。あんたも男子より女子がいいワケ?」

「あー。衝撃受けた。ちゃこの趣味に合わなくて良かったよー」

「彼氏作んないとか思ってたけど、そんな理由だったとはね……」


「違うからね!?」


 ちゃこの最後の否定の頃には、更衣室の扉は閉まってしまっていた。彼女の声が届いたかは定かではない。



「………………」


 彼女らの消えていったドアを見詰め、ちゃこは無言になった。


「………………」


 千穂はちゃこを咎めるような視線で捉えている。この瞬間だけ切り抜けば、気が強いように感じるが、憂が絡んでいるからだ。普段の千穂はそうでもない。


「「………………」」


 佳穂千晶もどうして良いやら分かっていない。憂の髪は千晶の手により、後ろで1つに綺麗に結ばれた。普段から自分の髪の毛を纏めている千晶は女子隊随一の髪いじり能力だ。それはスキルと呼べる代物……だが、話の進行上、どうでも良い話だ。

 佳穂は静かな空間を嫌う。嫌うが、相手は曲がりなりにも憂の事を思っての暴挙だったらしい。責めるにも責めにくく、褒めれば憂に悪い。憂から見た自分の評価まで下がってしまう可能性も拭えない。よって、佳穂も黙ってしまっている。


「……ちゃこさん?」


 誰1人、口を開かない妙な空気を嫌い、動いたのは梢枝だ。


「……はい」


 丁寧なお返事である。おそらく、ちゃこは梢枝の本当の年齢は知らない。ただ単に叱られる予感がしての事だろう。


「なして、この更衣室に?」


 確かに謎だ。ちゃこもその仲間たちも普段からジャージだ。部に在籍していた頃は部御用達のジャージで。今は、自前のジャージである。着替える必要は無く、更衣室に姿を見せた理由にはならない。


「えっと……。私らの間でも本当に……って話が出てて……。優くんの写真も見せて貰ったし……。私も気になってたんだよね……。憂ちゃんが更衣室に居るって、2年生に聞いたから……。外の康平くんにも憂ちゃんに会いたいから通して……って……」


「それは……言い換えると、ちゃこさんも男の娘疑惑を気にされていた……と、言う事ですよねぇ……? チャンスと思うたんです?」


 ちゃこの目がせわしなく動く。言い方を変えれば目が泳いでいる。梢枝の追求は少し、手厳しい。自分も興味を引かれている……。愛しい人……とまで謂える憂の大事な場所が触られた結果から鑑みると、当然の対応なのかもしれない。


「あー! もう! はっきりさせておくね!」


 急な大声に憂だけでは無く、千穂まで驚いた。ちゃこは180cmに達しているかも知れない。女性に対して褒め言葉にはならないだろうが……でかく、逞しい。そんなちゃこを梢枝が責めるように突付き、その直後に大声を出せば、びびる人も出てしまう。


「私さ! 憂ちゃんのこと、好きになっちゃってるんだわ! だから、触りたいと思ってたし、確信犯的な部分もあるよ! でもね! それでも、憂ちゃんの為にしたってほうが大きいからね!!」


 ……突然の愛の告白である。言うだけ言うと女子更衣室を飛び出していった。


 恥ずかしいのだろう。真っ赤になっていた。意外と純情な子らしい。


「……なんや、悪いことしましたわぁ……」


 大柄なちゃこを呆然と見送ると梢枝は呟いた。


 続いて「梢枝さんが責めるみたいに言うから……」と、千穂が梢枝を責めると「どうすんだー!? ライバルがいきなり増えたぞー!?」と佳穂が動揺し、「憂ちゃん狙いの人、何人いるんだろうね……」と千晶が誰に問うでもなく口ずさんだ。

 言われた当人は、告白された事を理解していない。千穂の通訳は今のところ無い。千穂にとって、実に伝え難い先輩の告白だった。


 なんとなく、体育館に戻りにくくなってしまった女子4名はしばらくの間、更衣室で時間を潰した。


 その中で『なんで――じょしは――』と、独り愚痴った憂が印象的だった。


『男子がやったら、過剰なスキンシップとかじゃなくて犯罪だぞー?』と答えた佳穂に一同、納得。


 それはともかく。


 ……憂を巡る恋騒動は、ちゃこが改めて行なう告白を機に、再び動き始める事になるのだ。










「おうよ! 触ったよ! めっちゃ女の子だった!!」


 更衣室の外で待機していた康平が合流、女子隊と同様に男子更衣室で着替えていた拓真や凌平などがB棟体育館に再度、姿を現すと……、ちゃこが吠えていた。完全に居直っている。


「前部長さんは幼い子を狙うオオカミさんだったんだよー? 1年生、誰も襲われてないよねー?」


「襲ってない……はずだよ?」


「なんで疑問形なん!?」


 3年生……。引退した上級生の遣り取りに不可思議な雰囲気となってしまった、現役の部員たちなのだった。


「ちゃこ……、ちょっといいか?」


 いつの間にか男バスを引退した3年生も合流していたらしい。

 ちゃこに話し掛けたのは、憂の憧れの人……と、球技大会後、一時期だが噂に上がっていた当時、男バスのエースだった少年である。


 憧れの人と噂された理由は、彼のダンクシュートに憂がキラキラとした瞳を送ってしまったからである。あの時はダンクシュートへの純粋な憧れだった筈だが、その情報はゆっくりと拡がり、すぐに消え失せ、今はその噂を憶えている者は数少ないだろう。


 ……当然だが、当の本人は憶えているはずなのだが、彼から憂へのアクションは何1つ無かった。幼く見える憂に興味が無かったのだ。


 彼は、体育館の隅にちゃこを呼び寄せた。ヒソヒソと小声の会話だ。怪しいこと、この上ない。


「ちゃこ……。お前、俺の告白断ったのって、レズだったからなのか……?」


 高身長の、見ようによっては男前の男子生徒だ。彼も特待生。女バスと違い、男バスには特待生として入部している者が何名も居るのである。


「違う違う……! あの頃はバスケの事しか考えていなかったから……」


「……じゃあ、あれか? お前も憂ちゃんの内面は男子だから大丈夫ってヤツか?」


「異性とか同性とか……、憂ちゃん見てたらどうでも良くなってさ。1人の人間として、守ってあげたくなっちゃったって言うか……」


「……俺がもう1度、告白しても可能性は無いか……?」


「分かんないよ。してみたら?」


 ……何やら、ここでも憂が切っ掛けで恋が動いている様子である。






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