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183.0話 勇太

 


 放課後となり、憂は今日も動いた。千穂のスーパーへの買い出し以降、その無さそうで意外とある行動力は実に活発になってしまっている。

 梢枝は反対の意思を示さなかった。その場の全員に意見を求めたのみだ。


 簡単に纏めてみよう。


「問題ないんじゃね? 憂も籠の鳥みたいなの嫌だろ?」と圭祐が口火を切った。

「そうだね。折角、憂ちゃんが行きたいって言ってるんだし」と、千晶は憂の意見を尊重し、「あたしは憂ちゃんの為ならどこでも行けるし、何でもするぞ?」と佳穂は相棒に同調した。


『なんでもする』は安易に使わないほうが良いのだが、そこは今は関係ない話だ。


 拓真は「……いつまでも過保護なままじゃいけねぇな」と顰め面をしてみせ、康平は「せやな。梢枝にゃ悪いが、憂さんにも自由があってええやろ」と言いつつ、ニカッと良い笑顔を見せた。


 これだけの人数が憂に自由を、と主張したとなれば、千穂も心配顔ながら「そうだよね……。進まないと……」と理解を示した。


 他のクラスメイトたちは、特に意見を出さなかった。彼らが知ったのは発覚後であり、発覚前からグループとして憂と共に行動していたメンバーには口を挟めない。



 このアンケートのような問いは、もう1つ行なわれた。


 憂の学園外での行動について……。


 こちらには慎重論が多かった。危険である……と、全員の意見が一致したが、絶対にやめておくべきと語ったのは拓真と千晶の2名のみ。

 他のメンバーの中には慎重には慎重を期し、万全の体制を整えた上で、実行に移すべきと主張する者が居た。これが千穂と康平の意見だ。

 あとの2人、圭祐と佳穂は自分が命を賭けて守るから問題ない……と、言い切った。いや、佳穂が主張し、圭佑が同調したのだ。


 凌平は、そんなメンバーたちの遣り取りを満足そうに眺めていただけだ。彼は気付いているだろう。梢枝がこんな問いをしたのは授業中のチャットが切っ掛けであり、康平もまた同調してくれた事に。



 全員の意見を取り纏め、晴れて梢枝のOKが出ると、憂は小さな両手で梢枝の手を握り、喜んだ。


 興奮に顔を紅潮させ、自身を見上げる憂の潤んだ瞳に梢枝の動揺がピークに達したのは、言うまでもないだろう。




 それから10分ほど。

 何故だが、巾着袋を2つぶら下げた憂は、「憂ちゃん、ばいばーい!」と手を振る女子に笑顔で手を振り返し、「憂ちゃん、C棟からお出掛けするようになったんだねー! なんか嬉しい!」と、走り寄ってきた先輩には、小首を傾げつつ見上げ、千穂の囁き後、「ごしんぱい――おかけしました――」と、ペコリと頭を下げ、ゆっくりとB棟体育館に到着した。


 因みに、実は5組で唯一の現役バスケ部員となってしまっている圭佑だが、悪い顔を浮かべ、憂に追従している。京之介と勇太を驚かす気、満々らしい。




 ―――その勇太だが、この日の昼休憩、拓真と凌平の襲撃を受けている。


 彼にとって、憂の来襲を躱した直後の襲撃。さぞかし驚いたに違いない。


 勇太は昼休憩、A棟に居なかった。中央管理棟の学食で藤校から来たでかいヤツと、毎日一緒に昼食を摂取しているらしい。凌平はこの情報を梢枝から得て、急襲したわけである。拓真はおまけとして付いていっただけだ。姿を見せる事に意義があるのだろう。


『立花 優……。あの試合で無双されたお陰で俺、監督に干されて蓼学入学からのお前と行動……。意味解らんわ……』


 日に5回はこの話をしている。他の話題と言えば、やれ誰が可愛い、誰が美人……。若しくはバスケ、主に同ポジションであるセンター談義だ。


『憂なぁ……。俺、顔合わせらんねぇ。裏切ったようなもんだからよー。昨日、俺らのクラスを訪ねてきたって……。あいつ何考えてんだ……?』


『それは冷たい発言だな。憂さんと君とは親友の間柄じゃなかったのか?』


『なっ!! 凌平!! 拓真も! お前ら、なんでここに!?』


 凌平の辞書には恐らく同性間での【臆する】と言う文字は無い。女性に関しては奥手なのだが、男性に対してはとことん強い。


『もはや中等部、初等部には憂さんを敬遠する空気はほとんどあるまい? 憂さんは1度、君の家に遊びに行ったと言う。憂さんと面識ある弟殿も妹君も、学友が離れるどころか、憂さんへの接触のチャンスだとばかりに増加しているのではあるまいか? 何か聞いているだろう?』


『あぁ……。聞いちゃいるけど……』


『言い淀むな。それは君の悪い部分だ。大柄の割には案外、小心者で手間が掛かる』


『ひっでーな……。お前らと違って、オレは普通なんよ。拓真も千穂ちゃんもみんなが強すぎるんだよ。なんで平気な顔してられたんだよ……』


 記者会見前の事を言っているのだろう。どこで見たのか、見せられたのか不明だが、侮蔑と奇異の目に晒されていた千穂たちの様子を知っているらしい。


『ふむ……。そう見えていたのか。目を背けてしまえば、そうなるのかも知れんな』


『お前、何言ってんだ?』


『兎に角、君が何を思おうと、何を考え接触を拒んでいようと、憂さんは君に会いたがっている。近い内にまた君の元を訪ねる。それは間違いない。いつまでも逃げられると思うな。異端を嫌う現代社会で様々な視線に晒され、それでもC棟を飛び出し、君に会おうとする憂さんの想いを汲み取れ。それすら断ると言うのならば、はっきりと絶縁するがいい。それが誠意ではあるまいか?』


 言うだけ言った凌平は拓真と共にC棟……。憂の傍にへと踵を返したのだった。


『まぁ、色々あるだろうな。どうすんだ? 勇太?』


 凌平と勇太の話をただ傍観していた彼と勇太の身長は合わせて380弱。ただ座っているだけで異様な存在感やら威圧感を周囲に放つ。そんなコンビの片割れに言いたい放題。


 やはり凌平と云う男はネジを1本どこか締め違えているらしい―――




「こんちゃーす!! 遅くなりましたー!!」


 制服姿のままの圭祐が、これから部活動。男女バスケ部がストレッチを行なっているB棟体育館に突撃した。もちろん、多数のグループメンバーを引き連れて。


「きゃー! 憂ちゃんだー! 遊びに来てくれたのー!?」

「憂ちゃんって言うか、優くん!? どっちで呼ぶべき?」

「女バスに混じって? 一緒に部活しよ?」


 とりあえず包囲したのは、ちゃこたち3年生の引退後、2年生が主役となった高等部女子バスケットボール部員たちだ。この女子たちの中、中等部からの持ち上がり組は知っている。男子バスケ部の中、下から数えるほうが余裕で早いほど小柄でありながら、男子バスケットボール部を引っ張っていた存在である優を。


 それは当然、女子だけでは無い。


 男子バスケットボール部員の1,2年生も持ち上がり組は知っている。外部入学組も知っている者は知っている。全国に勇名を馳せ、のちに全国を制した藤ヶ谷学園の中等部を撃破した立役者の1人である優を。


 女バスに取り囲まれ、見えなくなった憂だが、その輪を遠巻きに見る、立役者の1人が居た。


 ……勇太だ。


(今日辺り、あるかもな……)


 凌平の襲撃後、そう思っていた。だが、梢枝の慎重な性格から、まだ先の可能性のほうが高いと踏んでいた。京之介も昨日の昼の去り際の遣り取りから、まだ先だろうと言っていた。


 彼らは梢枝が凌平に諭され、メンバー全員に意見を求めた事を知らない。


「――せんぱい。ごめんなさい――。勇太と――」


 憂の澄んだ甲高い声に輪の一角が崩れた。手前で練習する女バスに対し、男バスは奥で練習している。その奥への道が拓けた。


 憂はひょこひょこと歩みを進める。拓真と千穂が追従した。梢枝と康平もごく僅かだけ遅れて移動を始める。佳穂と千晶、凌平はその場に留まった。女バスの部員と同じように、小さな小さな背中を心配そうに見送る。

 少し、年配の女性も居る。顧問なのだろう。








 憂が僕らに近付いてくる。巾着袋を2つぶら下げ、右足を少し引きずり、真っ直ぐ隣の勇太を見詰めて……。


「勇太? いいの? こんな大勢の前で責められるかも?」


 勇太に問い掛ける。彼の覚悟が定まったか確認しただけ。憂はそんな事で人を責めない。僕はそれを知っているから。


「あぁ……。ここで逃げたら、もう訪ねてきてくれねぇかもだし……。(ケイ)、何か聞いてるか?」


「聞いてないよ。ほとんど(・・・・)ね。でも、憂……、相当、勇気要ったと思うよ?」


 チームの中心。僕ら男バスの現1年生を引っ張ってたのは間違いなく優だったんだからね。女の子になって、まともにバスケ出来なくなって……。その姿をバスケ部員に晒してるんだから……。


 ほら……。先輩たちも複雑な顔してるよ。


 今のガード……。レギュラーの先輩。憂が優のままだったら、優が即レギュラーのはず。優が優じゃなくなったから今、レギュラーの梅田先輩とか……。何を思ってるんだろうね?


 憂はゆっくりと進み続ける。いつもより遅い……。


 躊躇ってるのかな……?

 残り10m……。声を掛けてもいい距離なのに誰も声を掛けられない。


 斜め後ろ、いつもの場所でいつでもフォローに入られる体勢の拓真だって、バスケ辞めてなかったら今頃、レギュラー。本当にあの事故で大きく変わった。僕らバスケ部は大きく変えられた。


 ……僕だって、優に活かされる前の形だったらレギュラー奪えているかも……なんて?


 拓。拓と目が合った。厳しい顔してるね。わざとそんな顔してるんだ。そんなに憂の事、大事なら憂を千穂ちゃんから奪えばいいのに。


 千穂ちゃんを憂から奪えば、拓も動いてくれるかな?


「――勇太!!」


 でっかい声。珍しいね。


 ……あー。感情、弾けちゃった。ポロポロと涙。


「――やっと――あえた――」


 憂? 気付いてる? 周り大勢居るんだよ? 周り見えてないのかな?


 勇太は……? 困った顔してる場合じゃないだろっ!

 だから勇太の尻を蹴飛ばしてみた。


「痛って……」


「勇太に――ひとこと――いいたくて――」


 ブレないなぁ……。真っ直ぐ勇太だけを見上げてる。涙も隠さない。




 ……綺麗だね。




「勇太――今まで――ありがとう――」


 勇太の目に困惑……? 動揺かな? 予想外みたいだね。憂は人を責めないよ。責めたら負けくらいに思ってるんだ。昔っからこうだよ。そこは変わらない。やっぱり根元は優のままだよね。


「それだけ――いいたくて――」


 憂と勇太の距離、3mほど。微妙な距離感で憂は立ち止まってる。この距離感が今の憂と勇太の位置関係?


 寂しいね……。


 何となく周りを見回してみたら……変な空気になってた。そりゃそうだよね。勇太も憂と一緒に居たメンバーの1人だったってみんなが知ってる。その勇太に泣きながら『ありがとう』……。しかも、『今まで』って。


 仲違いしましたって宣言してるようなものだから。


 ……あ。


 やっと憂と目が合った。すぐに目元をセーラー服の袖でごしごし。チラリと見えるリストバンド。そのリストバンドさ。バスケ部でも流行してるんだよ?


 ……それどころじゃないみたいだね。恥ずかしそう。俯いたけど耳が赤い。やっぱり周り見えなくなってたんだね。今、初めて僕たちに気付いたって感じ?


「憂!」


 静まり返った体育館に響いたのは圭祐の声。弾かれたように顔を上げた憂に向けて飛んでいくバスケボール。


「わ――!」


 突然なのに見事にキャッチ。ドッヂボールみたいに抱え込む、バスケじゃやっちゃいけない受け方だったけどね。


「ちょっと……遊んでけ? 監督、いいっすよね?」


 ……あれ? 監督、いつ来てたの? 誰もアップしてなくて驚いたんじゃないかな?

 今は、なんだろう? 期待の眼差し? 待ち人がやっと来たって感じなのかな?


「でも――」


 珍しいね。バスケが出来るって分かると、喜ぶのが憂なのに……。やっぱり、控えだったメンバーたちの前ではやりにくいのかな? 知られちゃった後だと違うものなの?


「優くん……。君さえ……良ければ……」


 監督、泣きそうだね。現役を退いた今の3年生から聞いた事がある。


 監督は優の入部を心待ちにしてたって……。藤校撃破の切り札だと思ってるって言ってたって……。もちろん、今の3年生に話した訳じゃない。優とは同じ部で被らない、3年生の上の世代……。現大学生たちに話しているところを聞いてしまったんだって……。



 その優は、事故により監督と一緒に全国を目指す事は無くなった。



 それから亡くなったって話を聞いて……。



 …………。



 監督も監督で色々と想ってる事があるんだろうね。




 憂の瞳は不安に揺れてる。憂はもちろん知っている。僕らが手加減している事を……。

 可能な限り、身体的接触を避けてあげているから、ある程度のポテンシャルを発揮出来ているんだって事を……。


 僕たちの世代はレギュラー5人が固まってしまってた。


 控えの面子は面白くない部分もあっただろうと思う。


 だから……だよね……。憂がバスケのお誘いに悩むなんて有り得なかった事が起きているのは……。



「憂? やるぞ……」



 拓真の低い声に、憂は振り返る。僕から見えるのは拓の変わらない表情。

 でも、憂は余り変わらないから分かり易いんだって……。


 ……繋がり。深いよね。


 拓と憂と……。


 なんとかくっつけちゃおう。圭祐には悪いけどさ。



 お! 憂が頷いた!



 見せちゃおうよ! 男子バスケ部にも女子バスケ部にもさ! 僕たちのバスケのレベルの高さを!


「よっしゃ! バッシュと体操服、持ってこさせて正解だった!」


 気になってた巾着袋……。圭祐の仕業だったんだ……。






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