182.0話 凌平の1日
HJネット小説大賞、2次審査にて落選しました!
もっと本を読まないとですねー。
過去編はまもなく完結となります。
まだ未読の方は是非!!
―――11月8日(水)
「凌平くん、おっはよ。またトースト? 変わらない。飲み物も。コーヒー違うし」
「うむ。おはよう。和の朝食よりも洋の朝食の方が、早く食せるからな」
結衣。サッカー部の特待生。最近、よく話し掛けてくるようになったな。憂さんとの繋がりになると言う打算……でもないか。そんなに器用ではあるまい。
「レモンティー? 紅茶は毎回。違うね」
「その日の気分だ。結衣さんは和の朝食か」
ご飯に味噌汁、鮭の塩焼きに壺漬け……。時折、食したくなるメニューではあるな。明日にでもそちらのメニューを食してみよう。
「憂ちゃんがそうなんだって。千穂ちゃん情報。間違いない。将来、一緒になった時の為。今から和の朝食に慣れておくんだ」
……この子はどこまで本気なのか分からんな。どこまでも真剣に見える。それは不健全……では無いのか。憂さんの場合、男性と付き合おうが女性と付き合おうが、正常に思える。
それは憂さんにとって、得なのか損なのか……。僕のように憂さんを想う者には不利なことに間違いない。そろそろ動かねばならんか……。僕が初めて守りたいと思った人だ。初心は貫くべきだろう。
「引いてる?」
「うむ。結衣さんの場合、元が男子だと認知せぬ頃からだったからな」
「そう? こちらから言わせて貰うと。元が男子だって知ってからも追い掛ける男子に引く」
「…………」
「…………」
なるほど。一理ある。
「……ままならんな」
「うん。本当に。きっとね。憂ちゃんの場合、どっちでもいいんだよ。男女の間とか、そんなの超越しちゃってる存在?」
「巧い事を言うではないか」
「あ……っと。目立ってる……」
5組での態度と違うではないか。
……ふむ。無理をして目立とうとしているのか。今、ようやく確信した。
「なんで? 堂々としてられるの? 極意ある?」
「……極意などない。外野に興味がないだけだ。気にする必要などない。己の道を進めばいい。違うか?」
動きが止まったな……。どうした?
ん? 何故、突然、味噌汁をご飯に掛ける?
茶碗に直接、口を当て、ずるずると流し込んだ。何をしている?
「あー! 美味しい! こうやって食べるの好き! 家族の前以外でしたの初めて!」
……なるほどな。
「ふむ。それでいい。他人の目などどうでもいい」
「師匠。これからそう呼ぶ。いい?」
「それは勘弁してくれたまえ」
……いかんな。やはり、授業中、どうしても憂さんを盗み見てしまう。障がいにより、付いていけない授業。それでも憂さんは必死に食らいつく。
苦しいだろう。
悲しいだろう。
それでも憂さんは立ち止まらない。削られた脳を活動させ、前を見据える。だが、限界はある。理解力に難のある憂さんの成績は下降線を辿るのみ。
……どうにかならんのか? 梢枝さんは請われれば、いくらでも講師を引き受けるだろう。しかし、それに意味は……。
……あるのか。今、勉学に励む事は将来、間違いなく……。
見習わなねばなるまい。努力出来る才能を僕も物にせねばならん。今はもう勉学だけを見ていた……。違うな。勉学以外、知らなかったと言うべきだ。そんな以前の僕とは違う。
1時間目の終業の鐘。
梢枝さんが何やら耳打ちし、千穂さんも席を立つ。それに追従する康平くん、拓真くん、圭佑くん……。今回は佳穂さん、千晶さんも一緒か。
少し、慎重過ぎるように思える。憂さんに様々な思いを持つ者が多い事は理解している。
危険性の排除。解る。
全ては可能性を摘む為だ。だが、この学園内で危害を加えようと行動する者、出来る者がどれだけ存在しているのか?
……学園内だけではあるまい。
学園外……。蓼学の生徒以外で憂さんに興味を抱く者がどれだけ居るだろうか? 実際に行動に移せる者はどれだけ存在しているのか?
寄ってくる者は憂さんの価値を求める者だ。それこそ、何名か付き添えば、誘拐の芽など踏み潰せるはずだ。誰もバレる犯罪など早々、犯さん。
求める物が利益ならば、不良債権となる可能性を前に、簡単には動けまい。蓼園氏に付いた企業は、憂さん自身の価値ではなく、憂さんの齎す可能性に価値を見出した者たちだ。
憂さんは、間違いなく若返った。拓真くんはそれを『人類の夢』と表現したと云う。見事な言葉選びをしたものだ。安易に不老不死などと言うべきではない。この可能性を欲する者は金持ちや権力者に多い。蓼園氏はそこを突いた。とんでもない額面を憂さんで得た。
……まぁ、いいだろう。
今の憂さんの気掛かりは勇太くん。彼は文化祭のあの日を最後に、憂さんと会っていない。憂さんの胸中を察すると僕まで胸が痛くなるな。
梢枝さんも康平くんも動かん。拓真くんは電話などで連絡を取っているだろうが、上手くいってない。
もう1度、行くか。A棟に。僕は憂さんに笑っていて欲しい。
ふふ……。勉学にしか興味が無かったこの僕が……。変わったものだ。人の為に動くのも悪くないと今は思える。
5分経過。
……遅いな。未だに多目的トイレを使用中か。
憂さんが決めたと云う。彼女は人の気持ち、想いを優先する。過去の僕とは正反対の生き様だ。
……いつまでそうする? 人の悪意はどこからでも沸いて出る。憂さんの飛び抜けた容姿1つで、嫉妬、欲望、渇望、いくらでも悪意を買うことが出来る。人とはそんな生き物だ。それら全ての人間の想いを掬い上げようとしても無理だ。全ての魚を同じ水槽で飼えばどうなる? 全て等しくなど不可能だ。
一体、どこに向かっている? 憂さんも梢枝さんも。
うむ。ようやく戻ってきたか。無事で良かった。
……うむ? 僕も心配が過ぎているのか……?
憂さんは……やはり、勇太くんが気になるのか。席に付く前、ほぼ毎回、後ろの席を気にする。そして圭佑くんに笑いかけられ、余所を向く。
話してみよう。もう1度、彼と。
2時間目の開始直前、憂さんの護衛2人が揃って、教室から抜け出した。
凌平【何があった?】
2人揃って外すなど……。
何かあったのだろうが、何があったかは想像も付かんな。良くない事態でも進行しているのか?
【昨日、頂いたお手紙が少々、気になっているんです】梢枝
その手紙の内容は、単なる猫のイラストだったそうだ。猫のイラストの封筒と猫が描かれたノートを1Pだけ切り離したような便箋。宛先は梢枝さん。
過去に起きた事件にあった裏側を、2人はチャットを通じ教えてくれた。あの猫殺しの逮捕劇の裏で、千穂さんに殺害予告のような手紙が送られていたらしい。
その猫殺しと今回の梢枝さんへの手紙の関連性を疑っている。
……考え過ぎだろう。
猫殺しに動きは無いと聞いた。県外の引っ越し先から一歩も踏み出していないそうだ。
現在は防犯カメラの解析中。どうやらその手紙を下駄箱に入れた人物は、C棟2年の女生徒らしい。2時間目の授業が終わり次第、接触する予定だ。
【普通、わざわざ猫のイラストを手紙にしませんえ? 確かに上手に描かれてますわぁ。トラ猫が前足で顔を洗ってるだけの可愛いイラストです。普通、送りますか?】梢枝
【梢枝は、首を洗って待ってやがれ……と、受け止めたってワケや】康平
凌平【気になるのなら調べるまで……と言う事か?】
【ええ。そうです。今まで、そうやってきましたし、これからも変わりません】梢枝
過去の脅迫状は警察に届けていない。警察が彼女の秘密に近づく可能性を排除する為に。
……この情報は表に出さないほうが良い。憂さんと『知っていた』者にとって、マイナスとなる。憂さんの秘密の保持と殺人の可能性を秤にかけ、秘密の保持に傾いたと言う事だからな。梢枝さんもそれは承知しているだろう。
……何にせよ、今回の手紙は単なるイラストだ。無視すれば良い。
凌平【慎重過ぎる。憂さんと千穂さんの行動を制御し過ぎている。冷静になりたまえ。憂さんも君たち2名と千穂さん、拓真くん。4名も傍に居れば外も歩ける。憂さんの自由を奪うな】
少々、厳しい文言となってしまった。これも梢枝さんが小さな可能性に怯えているからだ。
凌平【仲間は多い。少しは意見を求めてみたまえ? 1人で背負うな】
これで少しはマシになってくれるといいんだがな。
【ウチのこの邪推を千穂さんの耳に入れろ……と? 千穂さんは前回、かなり怯えておられました。あんなモノを送りつけられては当然です。もう怯えさせる必要はありませんえ?】梢枝
【もしも放置しといて、それが原因で何か起きた時、凌平はん? 責任取れるんかいな?】康平
……予想外としか言いようがない。梢枝さんだけでは無く、康平くんも十分、心配性のようだな。
凌平【卑怯で下劣な言い分だ。可能性を挙げればキリがない。道端を歩けば車から外れた車輪が歩道を疾走し、人の命を奪う世の中だ。自宅に居たとしても隕石に当たり死ぬかも知れん。小さな可能性を全面に押し出し、責任を問われれば何も言えない。それくらい知っているだろう?】
今しがた挙げた例は極例だ。憂さんの拉致の可能性は、今しがた挙げた事例よりも高い。それでも、憂さんの自由は奪うべきでは無い。憂さんには制限された中だが、自由奔放な魅力がある。この魅力を消し去る事になれば、支持を失う事に成り得る。
……これも可能性の1つだ。
【ほうでんな……。すまんかった。この1件が落ち着いたら、憂さんと千穂ちゃんの護衛体制について、よう話し合ってみるわ】康平
チャットの向こう側では喧嘩中かもしれんな。
3時間目の開始前に身辺警護の両名は戻ってきた。
なんでも手紙の送り主は梢枝さんのファンだったらしい。巧く描けたイラストを見て貰いたかった。緊張の余り、折角書いた手紙を入れ忘れた。ただ、それだけの事だった。
彼女は1つ1つの事例を。1人1人の人間を疑い過ぎる。かと思えば、僕のように信頼を築く事が出来れば、妄信的に信じ込む。
……妄信的に信じ込んだまま、切り捨てる事が出来る人間だがな。
彼女は憂さんの問題の発覚時、仲間を全員巻き込もうとした。それは今も忘れていない。憂さんを頂点とし、守るべき人に優先順位を設定している。
悪いとは思わんが、良いとも思えん。
昼休憩。憂さんは卵焼きが好物なのだろう。顔を見れば分かる。
あの卵焼きの味付けは砂糖か塩か? だし巻きには見えん。色合いから醤油でも無い。
「……嬉しいな。今日の卵焼きは私の作なんだよ?」
「なんだとー!? 千穂の卵焼き寄こせー!」
「こら! 千穂! 早く食べちゃいなさい!」
「え? 私、好きな物は最後に食べたい……」
「千晶ー! 邪魔するなー! 乳を掴むなー!」
………………。
良からぬ瞬間を強調するような台詞を……。この佳穂さんは、どうにもここを女子校と勘違いしている節がある。
「凌平くんも康平くんも圭祐くんも赤くなっちゃったね。憂まで」
……仕方なかろう。見るよう仕向けたのはどこの誰だ?
「大概が佳穂のせい」
「胸掴んだ千晶が言うのかー?」
「んぅ――!? ちがっ!!」
珍しい瞬間だ。憂さん、聞いていたのか……。流れを確実に捉えられているな。脳の機能に改善が見られたのか?
それとも脳機能に変化無しだが、佳穂さんと千晶さんの過剰なスキンシップを現認し、直後に千穂さんから名前が挙がったからか?
……把握しかねる。
「渓やんも2平も否定せんのかー? 目ー逸らしても見たの知ってるぞ? あたしの形の良い乳が揉まれたシーン」
む……。突っ込みたい部分が多すぎて突っ込み不能だ。どうすればいい?
「わたしを見られても困ります。わたしは佳穂の保護者じゃありません」
ふむ。ここは『スルー』が正解なのだろう。康平くんも圭祐くんもスルーの様子だ。間違いない。
「保護責任遺棄罪だぞ? 千晶? いいのか?」
くっ……。何故だ。何故そんな罪名を知っている? 侮れん……。
「佳穂ちゃんはそんな小さい子じゃありませんので」
保護責任者じゃない! ……と否定するところでは無いのか!? この2人の遣り取りは底が知れん!
「たにやん――!! おこらない――! ずるい――!」
「……憂? いきなり……どうしたの?」
「あー。渓やん、いっつも憂ちゃんに訂正してるよね? 圭祐だーって。ダブルスタンダードいっけないんだー!」
そうだな。確かに佳穂さんは『渓やん』と呼んだ。佳穂さんは良くて憂さんは駄目。これでは憂さんが怒りを表出するのも已むを得ん。
だが……。よくダブルスタンダードなどと言う単語を知っていたな……。この佳穂さんは阿呆を演じているのか? ボケ役には優秀な知能が必要と聞く。
「男子は……『圭祐』……呼べ?」
「おい。圭祐……?」
一気に不穏な空気を纏った。拓真くんは憂さんに男女の枠を当て嵌めようとしない。その話題から出来るだけ避けるようになっている。
彼も一体、憂さんをどうしたいのか解らん。
男子か女子か。これは避けては通れん問題だろう?
「――圭祐」
……素直だ。憂さんは憂さんで未だに男子と思われたいようだな。それでは困るのだが……。いつまで経っても再度の告白の機会を得ん。
「小さい子だぞ? おつむの中身、おこちゃまだぞ?」
まだ言っていたのか……。もう良かろう。
「身長だけだぞー?」
「女として育っちゃってるでしょうが」
この2人は……。女性ならば多少の恥じらいを持つべきだ。
……と、言えば叩かれる時代か。
「しんちょう――?」
憂さんは振り向き、拓真くんと圭祐くんを見上げる。そして、目を伏せた。身長の言葉1つで勇太くんを連想か……。
……ご馳走様。寮の弁当も飽きたな。
行くとするか。勇太くんを5組に戻してみせよう。
「あれ? 凌ちゃん、どこ行くんだー?」
「凌ちゃん!?」
驚いた……。本当に突拍子の無い子だ。思わず上擦った声が出た。
「なんだ? 渾名は嫌いなのか?」
「佳穂? 話、変わってる」
「あ! ホントだー!」
「それが話をすり替えるやり方なんですえ?」
「おー! あたしもマスターするぞー!」
「……わかったの? やり方?」
「じぇんじぇんわからん!!」
……何なんだ? この流れは? どうすればいいのか解らん……。
「凌平くん? ところでどこに行くのかな?」
千穂さん。話を戻してくれる君は天使か何かか?
ならば答えねばなるまい。
「A棟へ」
「俺も行く」
……待っていたと言わんばかりか。
「ふむ。いいだろう」




