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179.0話 憂のA棟訪問

 


「――ごちそうさま――でした――」


 いつものように小さな両の掌をしっかりと合わせ、食事の終了を告げた。多くの者が訝しげな顔をしている。そうでない者は拓真と圭佑と云った、男子組の中に集中しているようだ。


「憂……? 今日……早かったね……」


 まるでハイエナの襲来に怯えるかのように……と、言えば言い過ぎだが、普段より咀嚼の回数も少なく、どこか急いでいるような節が見て取れた。


「うん――。行きたいとこ――あるから――」


 千穂の言葉に素早く返答してみせた。千穂曰く、考えている事柄に触れる話題だったのだろう。


「どこ……行くの……?」


 小首を傾げ、柔らかな髪をふわりと揺らし、千穂が問う。他の者は聞いているばかりだ。憂との会話に横槍を入れると今、千穂がそうしているように小首を傾げてしまう事例が多い為だろう。その場合、千穂とは違い、最悪長時間のロストとなってしまうのだ。


「えーとう――? だったよね――?」


 自信が無さそうだ。誰も、何がとも誰がとも問わない。憂の気掛かりに気付かないメンバーたちではない。むしろ自分たちも気になっている相手が所属する棟だ。


「あぁ……A棟だ……」


「ホンマやったわぁ……。デコピンにはバスケ部の何かがあるんでしょうねぇ……」


 梢枝の言葉に、拓真も圭祐も苦笑いを浮かべたのだった。



 ……因みに憂のデコピン能力は酷い。カブトムシの装甲すら突破できないだろう。それでもやることに意義を見出している様子である。



「まぁ、ええ機会やろ? 憂さんもC棟に閉じ籠ったままやあかんわ。せやろ? 梢枝?」


 いかつい顔を綻ばせ、康平は確認を取った。この中で最強の慎重派は間違いなく梢枝であり、彼女は警護上のパートナーなのである。


「もう少し早い気ぃするんやけどねぇ……」


「憂……? 梢枝さんが……「千穂さん!? まだ前置きの段階ですえ!?」


 憂に囁き始めていた千穂の端正な顔立ちが、小悪魔フェイスと化していた。


「大したもんやわ……」


 康平の言葉の通り、今のところ梢枝を手玉に取ることの出来る存在は千穂だけなのである。完全に天然な子は除外するものとする……が、この分だと、すぐに梢枝の扱い方はメンバー内に拡がり、梢枝の立場は悪くなりそうである。


 梢枝は黙し、何やら考え事を始めた。急遽、脳内で対策会議でも実施しているのだろう。






『再構築』発覚後の昼休み中、護衛以外のメンバーがお手洗いと移動教室の余波以外でC棟の廊下に姿を見せたのは、実は初の出来事である。


「憂ちゃん、ちゃおー!」

「相変わらず……可愛いねー!」

「憂ちゃんだ……。雰囲気良くなった証明だな……」

「だな! いい事だよ! うん!」


 多くの他クラスの生徒たちが、憂たちに笑いかけてくる。彼らにより、憂は再び守られ始めた。増えたであろう敵意を封じ込め、彼らの暖かな眼差しに見送られ、憂は正面玄関を抜け、C棟から飛び出した。目的地は大体育館にほど近いA棟である。


 A棟へのルートは単純に分けて2つある。登下校で降り立つ、C棟駐車場を抜け、そこから繋がるグラウンド経由のルートと、正面玄関を出て左に折れる、グラウンドを経由しない最後まで舗装された正規ルートの2つである。


 この度、憂たち一行は正規ルートを選択した。こちらのルートを進む場合、初等部、中等部の子たちの姿も見られる為である。


 C棟の廊下をゆるりと進んでいた時には、会釈を挟めるほどに柔らかかった憂の表情が硬くなっていった。

 それは千穂も同様だ。不安を隠せていない。


 それに対し、康平、拓真、圭祐、凌平の男子隊と佳穂辺りは周囲に鋭い視線を送っている。いや、拓真の場合はそんな気はないはずだ。拓真もまた梢枝と同様、敵は減らして然るべき……と、普段から主に佳穂と圭祐に説いているほどだ。


 ……目付きの悪さは素のものなのだ。


 康平、凌平に至っては周囲への警戒心がそうさせているのだろう。

 ……もしかするとわざとかも知れない。


 グラウンドの裏手側にある正規ルートを通り、C棟を通過すると、中央管理棟がある。そこからは学食やコンビニを利用したと思しき生徒たちが見え始めた。


 ……ここは全ての棟の生徒たちが混在する地だ。


「おい……。あれ……」


「あ! 憂ちゃんグループじゃん!」


「なんで出張ってきてんだ……?」


 周囲の声は好意的な物ばかりでは無くなる。支持派が大勢を占め始めたC棟とは違い、他の棟は拮抗しているのである。

 ねめつける悪意の眼差し……。微笑ましく憂たちを見守る眼差し……。


 憂は、それら全てを受け止め、頼りになる仲間に囲まれB棟へと突き進む。

 B棟の北校舎の生徒たちが、窓を開け放ち、一行に向け指を差す。いつでも彼女は注目を集める。今に始まった事ではない。


「やっほー!」


「やめなさいって……」


 3階の教室から手を振る女生徒に向け、佳穂は手を振り返した。その隣の窓では厳めしい顔をした男子生徒の姿があった。

 千晶の言葉に千穂は引き攣ったような笑みを見せている。同意見らしい。


「やっほー!」


 B棟の3年生のお返しに笑顔を見せ、尚も彼らは歩みを続ける。



 そしてC棟引き篭もりから脱却し、姿を見せた要因。目的地であるA棟。ここの南棟、正面玄関から左に折れ、2番目の教室が最終目標だ。A棟1年7組。男子バスケ部が来年の球技大会に向け、集結しつつあるクラスである。ここに憂の会いたい人物が居る。京之介ではない。彼とは先週、バスケ会とも謂える集いで会ったばかりだ。今回の訪問の目的はA棟1年9組に転室後、同じA棟の7組に転室していた京之介の勧めで再度、転室した勇太なのである。


「おい……。憂ちゃ……くん……?」


「どっちでもいいって」


「あのでかいのに……?」


「そうなんじゃねぇの? 相変わらず可愛いわぁ……。元が男子とかどうでもいいレベルだよな!」


「……あ、あぁ……そうだよな……」


「……お前、もしかして……」


「いや! 違うぞ!? 可愛いよな! 可愛い!!」


 そんな会話をしている男子2人の横を通り過ぎると、A棟の正面玄関に突入した。


「……やっぱ足、ひきずってんな……。守ってあげたくなっちゃわね?」


「わかった……。俺もその気持ちわかったぞ……」


 歩く姿1つだけで、不支持派だった男子1名を支持派に変え、憂は丁寧に横向きにローファーを並べた。小さな千穂のローファーよりも更に小さい。


 上靴は持参しなかった。中等部への訪問とは違い、高等部の正面玄関には他の棟からの生徒の訪問の為に、多くの来客用スリッパが用意されているのである。


 気の利く康平が女子全員分のスリッパを抱えてきた。女子5名はそれぞれ「――ありがと」「さっすが! 気が利くねっ!」「おおきに……」「康平くん、ありがとね」「素晴らしいです。モテたでしょ?」と御礼を述べた。


 この訪問メンバーでも実はひと悶着あった。


 有希も優子もさくらも結衣も……、男子たちも、みんながみんな同行を申し出たのである。

 憂と千晶を心配しての申し出だったに違いない……が、憂はそれを丁重にお断りした。そんなに大勢で行くとA棟の1-7組さんに迷惑だ……と。


 そこでいつものメンバーでの襲撃と相成ったのである。それでもなかなかの人数なのだが、それはそれ……と、言ったところか。


 憂たち一行の到着に、A棟はプチパニックに陥った。憂たちへの支持を隠さずにいた、リストバンドを見せ付ける女生徒は大歓喜し、憂に纏わり付いた。嫌悪感を剥き出しにしてしまった少女は、顔面蒼白となり、自身の教室へと駆けていった。『再構築の過程』でも思い出したのかも知れない。あれは強烈な画像だった。


 梢枝のファンを自称する男子生徒が出現し、「写真を1枚!」と依頼すると、なんと梢枝はツーショット写真を提案した。

 そんな飛び跳ねる勢いで喜ぶ男子生徒が出現すると、多くの生徒たちが同様にスマホを掲げ始めた。


 千穂も佳穂も千晶も……、凌平も撮影に応じた。ある相手には相手が望んだ通り、千穂&佳穂&千晶の女子隊、元から親友トリオで……。


 その間、憂は康平、拓真、圭祐のごつい3人衆の真ん中で『さつえいえぬじい』と謂わんばかりに顔を伏せていたのだった。


 ……ちらりと覗く耳が赤い。単に恥ずかしいのかも知れない。




 ある程度の時間をA棟の生徒たちとの交流に充てると、一行は、やっとこさ7組に到着した。すると待ち受けていたかのようにドアは開放されており、すんなりと入室を果たした。7組の子たちも当然、騒ぎを聞きつけていたのだ。つまり……、待っていたのである。


「憂? いきなりの……訪問だね? 元気?」と、出迎えた京之介にとことこ近づき、「勇太――いる――?」からの上目遣いで問い掛けた。挨拶も無しだ。憂の思考は勇太に逢いたい……に集約されていたのかもしれない。


「勇太……。昼休憩は……どこかに……消えるんだよ……」


 憂への配慮の口調で勇太の不在を伝えると、「勇太はね。このクラスに転室してきてから孤立する事は無くなったんだよ?」と、メンバー向けの会話速度に切り替えた。


「バスケ部員が多いからね。でも、昼休憩には、どこかに消える。きっと勇太なりの罪滅ぼしなんだよ。極端に笑わなくなっちゃってさ……。楽しく過ごすことは許されない事なんだろうね」


 語った京之介は、寂しそうだった。バスケ部員が数多いクラスだ。男女比率さえ歪になっているほどに、バスケ仲間が多い。それでもC棟を離れた彼と勇太にとっては寂しい。望郷の想いに似た感傷が付きまとっている。


「1本連絡入れておいて欲しかったかな? 梢枝さんなら勇太が居ないことくらい把握してたんじゃないの?」


「そーなのけ?」


 佳穂が確認すると梢枝は否定をせず「「梢枝さん……」」と、2千はジト目を向けた。


「あはは……。まぁまぁ、そんな目で見ずに……」


 やんわりと笑みを見せ、2人を止める優男は「それじゃあ、僕の方の件を優先かな?」と梢枝に目線を戻した。


「そうですねぇ……。勇太さんのことも心配ですが、ウチは憂さんを優先させて頂きます……」


 黒髪ロングの和風美女は拓真と圭祐を見やる。


「圭祐ー。お前、急にキレやがってよー。かなーり痛かったぞー」


「はは……。わりぃ。カッとなるとダメなん知ってんだろ?」


「まぁ、俺も悪かったよ。優だったーって思ったら要らんこと口走ってた」


 部活中、殴り飛ばした相手と和解完了したようだ。その彼は、チラリチラリと千穂たちと話す憂の姿を盗み見ている。その憂の両サイドには康平と、憂と手を繋いだままの千穂のすぐ後ろに凌平が控えており、安易に話し掛けられない状況だ。


「でも、マジ対外試合禁止とかならんで良かったよな」

「そうそう! お咎めなしには驚いた! なんかあったら圭祐? お前、退部に追い込まれてたぞ?」

「だよなー。気をつけるわ……マジで……」


 どんどんとバスケ部員たちが集まってきている。以前、球技大会で対戦した、藤中出身の拓真よりもでかいヤツは不在のようだ。


「総帥さんの力だ。お前ら、憂の後ろには総帥さんが居る。忘れんな」


 その拓真の言い様に梢枝の口角が僅かに上がった。そんな梢枝とは対照的に部員たちには緊張感が漂った。特に圭祐の暴力事件の発端となったひと言を発した少年の反応は顕著だ。


 もしもあの発言が録音され、総帥の手に渡ったら彼は家族ごと、この街から姿を消さざるを得ない状況となっていたのかも知れない……などと思っている事だろう。それだけの悪評と権力を総帥と呼ばれる男は持ち合わせている。


「チクらないでくれて助かったよ……」


 彼の呟きは本心からのものだろう。だが、本来の総帥は、そこまで器量の狭い男ではない。憂のかつてのチームメイトにそこまで容赦の無い手段は選ばないはずだが、彼は生憎、その情報を持ち合わせていない。


「ところで……、優と話せねぇかな? 俺だって何年も優とバスケしてたんだよ……」


「あぁ……。話してやってくれ」


「大勢で話し掛けると憂さんには厳しい。1人ずつ当たってくれたまえ」


 拓真の言葉を補足するように凌平が千穂の前に出た。康平と共に妙な威圧感を放つ男だ。

 凌平は峻厳な表情など見せていない。それどころか、憂の横に立ち、どこか朗らかにも見える。それなのに重い雰囲気を醸し出しているのは、彼の放つ独特の雰囲気だ。


 圭祐に殴られた少年が憂の眼前へと進み出た。話の流れでそうなった。誰よりも1番、7組の生徒の中で、憂の近くに居た。比喩ではなく、物理的な距離の事だ。


「優……? 優……なんだよな?」


 今更とも思える確認だが、彼には彼で優……、憂と言うべきか? ……彼女に色々な想いがあるに違いない。レギュラーでは無く、優たち5人をベンチから眺めていた彼だったが、間違いなく同じ夢を見た、かつての仲間である。


「――うん。そうだよ――」


 その華奢な姿と可憐な声に、少年は押し黙る。そこには拓真や圭祐と云った個性的なレギュラー陣に指示を出し、大きな相手に怯むこと無く戦った、以前の姿は微塵にも感じられない。その心情は拓真も勇太も……、その後に京之介も圭祐も経験したものである。


久しぶり(・・・・)――じゅん(・・・)――」


 少し涙の膜を張り、小さく儚く笑った……かと思えば、すぐにその類い稀な美貌を強ばらせた。


「……お前……おれの「俺は!? 俺のこと憶えてねぇ!?」

「オレ! オレは!?」

「マジか!? 憶えてんのか!?」

「優! 優は「うるせぇぇ!!!」


 拓真は、騒ぎ始めたバスケ部時代の仲間たちを一喝。黙らせてしまった。彼のバスケ部時代の立ち位置が集約されたような怒声だった。


 俯き、肩を震わせ始めた憂を隠すように、大きな拓真が割って入った。


「記者会見……見てねぇのか……? 憂は憶えてるヤツと憶えてねぇヤツが混在してんだ。それはお前らに差を付ける事に成りかねねぇ……。(じゅん)、お前の名前を呼んじまったのは(こいつ)の失言だ。ついつい懐かしさに出ちまったんだろうよ……。他の連中は……悪いが聞いてやらねぇでくれ……。頼む……」





 それからすぐにタイムアップ。憂たち一行はC棟へと戻っていった。


 その帰りの際、男子バスケットボール部の練習を覗きに来て欲しいと請われた。憂は乗り気だったが、拓真も圭祐も京之介も……何より、梢枝が難色を示し、保留となった。

 実は何気に、憂の行動には可能な限り制限せず、思うがままにさせてきた梢枝だったが、流石にまだ時期尚早との判断だった。


 ……梢枝は確かに『外出はまだ早い』などと公言している上、千穂には、はっきりと制限していたが、憂の行動は、そう阻害していない。憂が梢枝に『あそこに行きたい!』と、お願いしていないだけなのである。


 梢枝には、憂の行動を抑止出来ない。惚れた弱み……と言えば、しっくりとくるのだろうか?






 A棟1年7組を去るメンバーの見送りに、A棟正面玄関まで同行した京之介と梢枝は語り合った。


「梢枝さん、ありがとう。今回の憂本人が来てくれたお陰で、憂が1人の……。か弱い女の子なんだって理解してくれたと思う。5組に戻る時期が早まりそうだよ」


「憂さんの希望です……。ウチはまだ早い思うてましたわぁ……。振り回されてばっかりいますえ?」


「ははっ! 僕もだよ。憂の意外な行動力に驚かされるね」


「そうですねぇ……。デコピンの練習期間が出来たんちゃいます?」


「デコピン……?」


 何のことだろう……と、京之介は首を捻った……。


「デコピン」


 梢枝はそれ以上、何も言わずただ微笑むと、憂たちの後を追ったのであった。











 お知らせです!




 なんと! 『半脳少女』にスピンオフ作品が誕生しました(*´ω`*)

 執筆は『いしいしだ』さん。

 半脳のキャラを使ったちょっと違う世界……に、なるのかな……?

 詳細は、活動報告を御覧くださいませ!

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