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176.0話 フトイさんって呼ばないで

 


 ―――11月5日(日)



 へぇ……。バスケって、こんなにキュッキュキュッキュ足音すんだね。

 この施設自体、憂ちゃんの為に作られた施設って……。総帥さん、半端ねー。


「憂! お前、ディフェンス俺の前に来んな! 吹き飛ばしそうだ!」


 えっと。圭佑くんだったかな? 憂ちゃんの中学時代のバスケ部レギュラー。中学からバスケを始めて、持ち前の気合と根性でどんどんと頭角を現したガッツの人。気性が荒いのが珠に傷なんだけど、士気を高める役割も担っていた……と。


 あはは……。早口で言ったからポカーン。唇出てきて不満そうだわ。めっちゃ可愛い。

 お。千穂ちゃんの囁き。あれは綺麗なワンシーンだね。憂ちゃん出席の記者会見。千穂ちゃんの同席は大正解だわ。好感度超アップ。誰の発案なワケ? 賢い参謀がいるんだねー。






 一ノ瀬さんを経由して、憂ちゃんのお姉さんの返事を聞いた時は、飛び上がるレベルでテンション上がった。

 なかなか発信出来ない、憂ちゃんの側に立った情報発信。


 あの内部告発からすぐにあたしは退職。



 ……その翌日に接触してきた総帥秘書さん。



『総帥の懐刀』が来た時は……ぶっちゃけ、ビビった。

 この世から消されるかも……。くらいに思った。この記者って仕事してる人間は時々、消息不明になっちゃうからね。


 咄嗟に保身の為に起動したテープレコーダーには、今もあの時の言葉が残っている。


『貴女の勇気ある行動に肇は敬意を表しております。尽きましては、貴女を蓼園グループにお招き致したく、お伺い致しました』


 そんなつもりで内部告発に踏み切った訳じゃなかったからねー。ただ、会社も多見も許せなかっただけ。憂ちゃんの窮地を静観出来なかっただけ。


 それなのに総帥さんは、あたしを拾うどころか、あたしの主導で新事業を展開したいって。


 憂ちゃんを人間とは思えない人を減らす為の事業。

 憂ちゃんの情報を公開していく仕事。


 あたしの記者としての経験を活かしたいって……。あたし以外にもその事業に関われる人はいくらでもいるはず。なんてったって蓼園グループだからね。

 でも、その最低条件は、憂ちゃんを好きである事。

 人の心の奥底なんか、なかなか見えないからね。だから行動に移したあたしは、打ってつけの人物だった……。



 ラッキー……なんだけど、その役目を果たすには、もちろん憂ちゃん自身とご家族の同意が必要で……。


 ………………。


 きっと、内心は複雑。


 あたしが憂ちゃんに興味を抱かなけりゃ、憂ちゃんの秘密は今も秘密のままだったのかも……って……。


「彩さん? 手ぇ止まっておりますえ?」


 あ……。


「ごめんなさいっ!」


 すぐにカメラを構える。ファインダー越しの憂ちゃんは笑顔。天使もサキュバスも真っ青になって裸足で逃げ出すほどの魅力に溢れた笑顔で、大きな大きなバスケットボールを操る。そんな憂ちゃんを捉え、シャッターを押し続ける。8連射連発。便利機能。これ以上の連射って必要あるのかいな?


 写真、撮りまくり。


 ……全員撮ったほうがいいんだけど、ついつい憂ちゃん撮っちゃうわ。


 今は3on3。えっと……。あれ? ちょっと、攻守変わったね。

 憂ちゃん、千穂ちゃん、圭祐くんvs剛くん、佳穂ちゃん、千晶ちゃん。反対側では拓真くんと京之介くん、凌平くんvs美優ちゃん、康平くん、愛さんで同じく3on3。

 3on3は、東京オリンピックの追加種目に決定。バスケ界の情報収集も開始しなきゃいけないね。

 名前、憶えたわ。個性的な子たちが多くて助かるよー。


 ……この街、前に来た時には田舎だなーとか、思った蓼園市。住んでみるとなかなか良い街じゃない。近所付き合いも軽く残ってるみたいだしね。


 ……引っ越ししちゃったんだってね。憂ちゃんと千穂ちゃん。やっぱり、あたしのせいだよなぁ……。


「貴女が調べなくても、いずれ誰かが調べてましたえ?」


 梢枝ちゃん。フォローしてくれるんだ。よく見てるね。考えてる事言い当てられちゃったわ。

 18歳。憂ちゃんの護衛として私立蓼園学園に入学。しかも護衛される憂ちゃんが転入するより前に入ってるんだから凄いよねぇ。用意周到だこと。


「……そうかも。でも、そうじゃなかったかも……。どこまで情報が出てたかも分からなかった。性転換と若返りだけなら、興味と研究対象だけ。全部出てしまったから差別とかそんなの……。やっぱり関わったから憂ちゃんには申し訳ない気持ちでいっぱい……」


「総帥の目的は理解されてますか?」


 声を潜めたね。そこまで聞いてくるんだ。ほとんど初対面なのにさ。真剣な眼差し。本当に憂ちゃんに一生懸命な護衛さん。遥さんの情報すっごい。


 ……でもね。


「予測の域を出ないからまだ言わない」


 信用されてないのかな? まぁ、仕方ないさー。あたしは頑張って仕事するだけだー。そうすればいつかは認めてくれるでしょ!


「奇遇ですねぇ。ウチも予測の域ですわぁ……」


 そう言って笑った。嗤ったって表現のほうがしっくりくるかも?


「これから長いお付き合いになるとええですねぇ……。よろしゅう頼みます」


 ……行っちゃった。この梢枝ちゃんが居なかったら……、ここまで発露が遅れる事はなかったんだろうね。きっと1ヶ月も持たずに破綻してるわ。



 お! 憂ちゃんスリーポイント……って、届かないしっ!


 でも笑顔。可愛いなぁ。マジで。


 あれじゃあ注目浴びるしバレるわ。



 遥さんの危惧。

 これから先、敵と味方のバランスが壊れた時。味方が増えすぎると敵……、憂ちゃんを誹謗、中傷する声の大きい人たちが今度は反対に迫害され始める。叩いていた分、叩かれ始める。ざまあみろ……って、思ってもいい気がするけど、そうもいかない。

 憂ちゃんの味方たちに抑え付けられた敵は、恨みを募らせる。その恨みは直接、憂ちゃんに向けられる。逆恨みもいいとこだけど、そんな敵の出現は……あり得る。厄介だねぇ。


 あの子たち……。誰も傷付けられなきゃいいけど。


 心はもう十分に傷付けられてるはず。だから身体的な意味でね。


 あの子、がっしりとした大きい子が拓真くん。憂ちゃんの幼馴染。憂ちゃんの為なら何だって出来る人。

 何だって出来るのは、あの千晶ちゃんも佳穂ちゃんも一緒。彼女たちは憂ちゃんに恩がある。彼女たちの中では一生かけても返せないほどのおっきなもの。事故に繋がっちゃえば、そう思っちゃっても仕方ないね。

 千穂ちゃんの場合は愛情。憂ちゃんの元カノちゃん。今でも気持ちは変わってないだろうって情報。彼氏が女の子に……か。複雑だろうねぇ……。あたしにゃ想像出来ない。

 京之介くんと圭佑くんの2人は、かつてのバスケ仲間。今もこうやって一緒してるんだけどね。理由としてはちょっと弱い気がする。

 イケメン凌平くんは、最後に入った秘密共有メンバー。憂ちゃんの過去。優くんの事を知らなくて、憂ちゃんに恋しちゃったパターン。今も一緒にいるのなら、それは変わってないって事かな? 惚れた女の子が実は元男子でした……って。これまた想像付かないわ。

 筋肉ダルマの康平くんは護衛。この子も最初は護衛として近付いたんだけど、いつの間にやら憂ちゃんに心酔しちゃったパターンだとか。この子って言い方は失礼? 19歳だし。


 ……秘密共有メンバーの中、本日の不在者は勇太くん。この子はどうなんだろうね?

 憂ちゃんが憶えていた『最初の3人』の1人。でも離れちゃった。今もこうやって離れたまま。圭佑&京之介と同じで薄いんだよね。秘密共有の理由が。


 えっと……。あとは、美優ちゃん。この子も優くんに憧れてた。慕っていたって言っていいレベル。


 遥さん情報、項目多くて笑った。梢枝ちゃん、すげーよ。ほとんどが梢枝ちゃんからなんだろうからさ。


 おっと! ブルッときた! 着信あり。あの映画怖かったなー。


【へんしゅうちょ】


 ………………。


 ハゲ編集長から……。


「はい。今更なんでしょうか? 社長があたしを訴えるとか言ってんですか?」


『社長はもうダメだ! 各方面から叩かれて以前の強気は見る影もない……。あれは近いうちに首でも吊る!』


 ……まぁ、そうだろうね。毎日毎日、電話やら何やらだろうからさ。自業自得だ。人を追い込んできたツケを払う時が来たってだけよ。社員もどんどんと退職。紙媒体なんて出せる状態じゃないわ、HP更新しても全て炎上するわ。


 終わったんだよー。因果応報よ?


「ところでご用件は?」


『彩くん! ……蓼園に拾われたと聞いた』


「相変わらずの地獄耳ですねー」


 ちょー棒読みで言ってあげちゃった。てへ。


『……実はな。俺も退社したんだ……』


「へー。そうなんですか?」


 知ってるけどねー。


『再就職先を探していて、だな……』


「はいはい。それで?」


『……………………』


 そーだよねー。言い出しにくいですよねー。でも、あんたから切り出さないとね。


『頼みがある! 君の口から俺を推薦してくれ!』


「お断りしまーす。2度と電話しないで下さいねー。あ。そっか! 電話番号変えちゃいますので、調べないで下さいね。それじゃしつれーしまーす」


 プチッと、通話終了。ばいばい。編集長。禄でも無い上司だったよ。

 あ! ミスった!! 多見の事、聞き忘れてた!!


 ……遥さんが監視してるかな? 聞いておかないとね。




 さて……と、憂ちゃんは。


 千穂ちゃんにパス。すぐに千穂ちゃんから圭佑くんに。ディフェンス付いてるね。おー! 切り込んだ! 剛くん。お兄ちゃんがブロックにー! あー! 2人とも転倒! だいじょぶかな?


「お兄さん! いや、剛さん、すみません! 完全ファールでした!」


 ……そうなのか? ルール覚えないと。正直、ダブルドリブルとトラベリングしか知らない。攻撃の人と守備の人がぶつかった時って、どっちのファール?


「あー。いいよ」……の後に、何やら耳打ち。「そっ! そんなんと違いますっ!!」って、即座に反応。何だろ? んで、彼は憂ちゃんの傍に行って……「オフェンスファール――おおすぎ――」って怒られた。


 なるほどー。いいとこ見せようとして空回りしてんだね。面白いね。渓くんは。


「こんにちは」


 ……愛さん。えっと……。


「……こんにちは」


 これは……、話しづらい。梢枝ちゃんは愛さんとチェンジしたんだね。因みに、このバスケ施設に来た時も挨拶してる。もちろん、ご家族さんの許可が出たから……なんだけど……。


「………………」


「………………」


 うーん……。やっぱりあたしからだよね。


「あの……」


「……はい」


 あ……。目、合わせてくれた。怒りでも悲しみでもない……。なんだろう。色々混ざってて……。でも、何か押し殺したみたいで……。


「きっと……」


 愛さんから? しっかりしたお姉さんだね。憂ちゃんのキーパーソン、よっぽどの人じゃないと務まらない……か。


「運が悪かっただけなんだと思います。太藺(・・)さんが憂に出会った。これは偶然。たまたま、あの画像が世に出た事も……きっと、不運……。だから……」


「起きてしまった事は仕方ない……ですか? それでいいんですか……?」


 責められても困るし、謝るしかあたしには出来ないんだけど……。


「私は……、複雑です。でも母は『これから味方になってくれるんだから、それでいいじゃない』って……。変わった母で困ってます」



 その愛さんの微笑みは儚くて……。



 思わず「ごめんなさい」って……。



「……宜しくお願いします」



 あたしは愛さんが差し出した右手を両手で受けた。



 ……でも、フトイさんって呼び方は、よして欲しいです。







「千晶の動きが良くなってて困る! あたし、全然目立たないー!」


 佳穂ちゃんは運動得意だったね。でも、このバスケの集いはハイレベルなんだって。だから目立たない。憂ちゃんにアピールしたい子なんだけどね。


「運痴な千穂までバスケだけは動けるよーになったしぃ!」


 この子は憂ちゃんに告白したって……。それは彼女の中にある男の子の優くんを見て……かな? それとも今の健気で可愛い憂ちゃん?


「……だけは失礼。千穂の場合、反論出来ないだろうから、フォローしといてあげるね」


 ……ホント、この子たちの感情は複雑そのものだね。性別の変わった憂ちゃんを中心に混沌としてる。


「それも失礼ですわぁ……。千穂さん、いじけてしもうてますえ?」


 あたしはこれから先、時間を掛けてみんなの本当の気持ちを聞いていく予定。それがいつか役に立つ……はず。


「私は……それでいいもん」


 千穂ちゃんは運動しないと……だったかな? 運動しないと生理に影響が出るって……。あたしもよっぽど運動不足な自覚あるのにそんな気配なし。繊細なんだね。千穂ちゃんは。


 この千穂ちゃんも記者会見以降、外に出辛い状況……。なんか、ごめん。どこからどう見ても、いい子なのに、ね。


「よっしゃ。休憩しまいだ。(けい)の練習すっぞ」

「うっしゃ!」

「うん。頼むよ」

「しゃーないなぁ……。手加減頼むで?」

「康平さん、それじゃ無意味ですえ?」

「やった……!」

「美優ちゃん、嬉しそうだぞ?」

「高等部での1年生レギュラーへの近道なんです!」

「「がんば……」」


 あはは! 千穂ちゃん千晶ちゃん、揃っちゃったね。2人顔を合わせて、はにかみ、笑い合う。可愛い。いいな。高校時代。


 えっと……。京之介くんの練習? 味方に拓真くん、圭佑くん、美優ちゃん、康平くん。

 相手に梢枝ちゃん、佳穂ちゃん、千晶ちゃん、凌平くん。剛くん。


 愛さんは、もう1度休憩時間なんだね。


「きょうちゃん――!」


「京之介!! ケイでもいいよ!!」


「けい――!! がんばれ――!!」


 ありゃ……。瞳キラキラさせちゃって……。こんな子をあたしは追い込んだ……。


「……気になりますか? 憂のこと……」


 愛さん……。気にしないほうが無理「憂は……、昨日の家族会議で、貴女の事、話したら……」


 もう1人。休憩中の千穂ちゃんも見てる。責められる覚悟は出来てる! どんと来い!


「恩人……だって……」


 え……? あたしが……? なんで?


「憂って、人の体を奪った可能性を恐れていたんです。脳移植みたいなの、想像してたんですよ。でも、違った。だから、あの再構築を知るきっかけになった太藺さんは、恩人なんですよ」


 ふんわり笑顔の千穂ちゃん。


 そっか……。憂ちゃん、そんな事、思ってたんだ……。


「太藺さん?」


「愛さん……」


「だから私も言わないとダメなんです。ありが「ふとい――さん?」


 憂ちゃん……?

 憂ちゃんの目線が上から下に……。あたしの体型、見てるね……。


「憂! こらっ!」


 おでこをペチン。


「――ごめんなさい――でも――」


 叩かれたおでこを嬉しそうに撫でながら憂ちゃんは続ける。


「ふとく――ない――よ?」


 千穂ちゃん……? 顔を背けても肩を震わせてたら分かるって……。


「……彩って、呼ぶと……嬉しい……」


 小首を傾げて……。見上げて……。ヤバい。ちょーかわいい。


「あや――」


 ぐっ……! すっごい威力!! そうじゃない……。言わないと……!



「憂ちゃん、ありがとう。愛さんも千穂ちゃんも」



 愛さんも千穂ちゃんも、理解してくれたんだろうね。いっぱい想いを籠めたありがとうに。


 ……優しい人たちだよ。ホント。





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