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173.0話 合同誕生日会直前

 


「プレゼント総数、千晶に負けたぁ!」


 本日のプレゼント受け取り担当とも言えた康平は、会社の者を使い、佳穂の家に配達した。その数、120と4つ。梢枝の予想通り、千晶を下回る結果となった……が、「千穂には勝ったぞ!」と嬉しそうだ。だが、今、千穂の誕生日が来たとすれば、相当な数字を弾き出すだろう。それこそ憂の数字さえ上回るかも知れない、これが梢枝の考察であり、「千穂の次の誕生日、どうなるんだー?」と佳穂はこれも理解している。

 本人の言う通り、彼女は空気が読めるほう(・・)なのである。


 開封は、千穂の買い物の付き添いを終えた梢枝と康平の立ち会いの下、佳穂の部屋で行われた。学生が相手だ。危険な薬品や爆発物までは想定していないが、それでも取扱い注意と云う事らしい。


 危険な物はひと言で言えば無かった。流石に、記名を必要としている以上、悪意を持つ者の毒牙は届かないのだ。それでも憂と千穂の護衛2名が立ち会った理由は石橋を叩く必要があったからに他ならない。


「千晶と違って、バラバラだなー」


 千晶にはユニークポイントとして、ポニーテールがあり、それに伴うプレゼントが多かった。しかし、佳穂にはこれと言った特徴が無い。よって内容はバラバラだった。


 その中で、文房具が一番目立った。


「あたし、やっぱりバカのままだと思われてるぞ?」


 もっと、勉強をしなさい。そんな気持ちが篭っているのかもしれない。

 カットさせて頂いた2学期中間テストでも佳穂の平均点は上昇していたのだが、発言がおバカな為だろう。


「まぁ、自業自得かー!」


 これも佳穂は理解しているらしい。本人に自覚があり、それ故に厄介だ。


 下駄箱には何通かの封筒が入っていた。カミソリの刃などを警戒し、康平の手にて開封されたが、危険物は皆無だった。下駄箱の1番端、1-5組に狙いを定めるかのように、設置された防犯カメラの存在意義は大きい。もちろん、他の下駄箱の列にも同時に設置されたが、そんな事はどうでもいい。


「ラブレターとか必要無いし」


 康平から6通の封筒を受け取ると、意外と片付いている勉強机にペシと放り投げた。心の篭った手紙もあるかもしれない。やめてあげて欲しい……が、佳穂からすれば、憂しか見えていないので興味がないのだろう。


「2人ともありがとね!」


 元気過ぎる佳穂に苦笑いを浮かべる梢枝と康平に良い笑顔を見せながら、プレゼントの品で2位のリストバンドの1つを装着したのだった。


(そのリストバンドはいずれ、大きな問題を運んできそうなんですけどねぇ……)


 リストバンドにより、憂への支持を明確にする動きは日に日に強まってきている。中等部では半数超の生徒が、高等部でも2割程度の生徒が、リストバンドを見せ付けているのである。


「あたしも来週からリストバンドしてくかー!」


 何やら憂慮している梢枝もニコニコと上機嫌の佳穂を前に、小さくため息を付いた。何も言えなくなってしまったらしい。












 旧立花邸と本居家は蓼園市中心部を少しだけ外れた場所だ。

 それに対し、佳穂の大守家と、千晶の山城家はひと駅離れている事実から分かる通り、はっきりと郊外と呼べる位置にある。

 その為、両家ともなかなか広い庭を有していた。

 過去の誕生日会では、両家いずれかの庭を活用し、行なっていたらしい……が、今回は違った。山城家のリビングダイニングで行なうらしい。


 これは佳穂と千晶の両家が話し合い、決めた事だそうだ。


 ―――憂の参加。


 憂への興味、悪意は巷で息を潜めている。


 特に興味だ。


 某掲示板の、とあるスレッドでは、本当に降臨したTSっ娘と、崇め讃えられているそうだ。その中には冗談めかし、憂ちゃんとイチャイチャしたい! 憂ちゃんに近づき、憂ちゃんと愛し合いたい……、果てはTS奴隷として飼いたい! 俺が憂ちゃんと入れ替わりたい! むしろ憂ちゃんになりたい! ……などと、よく分からないが、落書きされているらしい。


 護衛のそんな情報提供の下、目立つ庭は控え、屋内パーティーと相成ったのである。



 佳穂、梢枝、康平の3人はプレゼントの検分を終えると、大守邸を後にした。


 ……。


 その10秒後、山城邸に到着した。


「近っ!」


「だろー? 近すぎて困ってるんだぞー? 部屋もカーテン引かないと千晶の部屋から見えるし、カーテン引いてたら開けろって、メール来たり、チャット来たり、無視したら家電(いえでん)に掛かってきてた(・・・)しー」


 康平の声に振り返った佳穂が不満をぶちまける。千晶の家の庭先で千晶の文句である。


「そりゃ、大変やったなぁ……」


『きてた』と、過去形だった件に関して、気付かない2人ではなかったが、そこは流した。先程の言葉は佳穂と千晶の仲がやはり完全には修復していない事を示している。


「……そんなところで立ち話か」


「佳穂ちゃん、梢枝さん、康平くん、やっほー」




「やっほー。なして2人で?」


 それぞれ挨拶を交わし合うと、佳穂から疑問が口を突いた。


 会に呼ばれた者はクラスメイト全員だ。とりあえずとばかりに佳穂が声を掛けまくった。


 今、到着したのは凌平と結衣。何とも変わったセットである。佳穂が不思議がるのも無理はない……が、「2人とも寮生。しかも同じ寮」と結衣が答えた。



 ―――寮について語っておきたい。


 蓼学の寮は学生数の割に、さほど多くはない。蓼園関連グループの子どもと、子どもを関連グループに就職させたい親の子が、蓼園市とその近郊に集中している為だ。


 だが、遠方の地元から離れ、蓼学に入る者も当然、存在する。


 例えば、スポーツ特待生である結衣。

 既に強豪となった部の特待生は実は少ない。自然と遠方からでも集まって来るようになっているのである。


 女子サッカー部も強豪だ。その女子サッカー部に於いて、スポーツ特待生は結衣と3年生に1人。たったの2人だけである。


 スポーツを目的に蓼学に集った者は、寮生と成り得る場合が多い。


 もう1つ、特進の生徒たちだ。

 蓼学の特進から蓼園大学へ……。このルートは蓼園関連企業の中枢及び、総本山である蓼園商会への最短コースであり、こちらもまた、遠方から蓼園市に移り、寮に入っている場合が多いのである。


 つまり、特待生の結衣も、元特進の凌平も、寮生の中の『よくあるパターン』なのである―――



「唯一の男女合同寮。1番、安いんだよ。ついでに言えば、1番、大きい」


 何やら注釈されたような結衣の台詞だが、たまたまである。佳穂たちも興味を示し、聞き入っている。


「うむ。親元を離れ、蓼学に通わせて貰っているだけで両親に感謝せねばならん。高い寮へなど入寮出来ん」


「意見の一致。5組の寮生2人だけ。親への気持ちが一緒で少し嬉しいかも」


 結衣がほんのり笑顔を凌平に向けた時、ガチャリと玄関のドアノブが回り、千晶が顔を覗かせた。現在時刻、17:30。開始予定時刻は18:00。もう1人の主役の到着が遅く、気になったのだろう。


「千晶はん! ワイら、到着早かったかも知れん!」


「あはは……。大丈夫だよ。凌平くんも結衣ちゃんも来てくれたんだ! ありがと! 上がって!」


 日が落ちた薄闇の中、佳穂はムゥ、とほっぺた片方だけ膨らませ、千晶を眺めていたのだった。更にそんな佳穂に梢枝が何やら耳打ちすると、佳穂はプゥと可愛らしく(?)片頬の空気を吐き出し、頷いたのだった。





 それから20分ほど。


 人数はさほど増えては居ない。正副委員長コンビと、健太さんが到着したのみだ。色々な遠慮が働いたのだろう。受けてしまうと自身の誕生日が恐ろしくなるのである。強く誘った訳でもないので、大体、予想通りの人数……と、言ったところだ。


「憂ちゃんと千穂はぎりぎりの到着だよね? そろそろかな?」


 梢枝に問い掛けた千晶は、おめかしなどしていない。佳穂も同様だ。ありのままのいつもの佳穂&千晶である。千晶はスカート。佳穂がパンツスタイル。彼女たちの内面をよく表しているとも言えるのかもしれない。


「そうですわぁ。もう暗くなってくれたので、そろそろやと思いますえ?」


 日暮れを待ったのは、もちろん、憂を目立たなくする為である。





 ―――今度は現時刻から数時間前。


 千穂が買い物から上機嫌で帰宅すると、ソファーで毛布を掛けられ、眠る憂が居た。その傍らには、どんよりと分厚い雲を背後に感じさせる父の姿。

 もちろん漆原のリビングである。


『バレちゃったんだね。ごめん……』


『話が早くて助かるよ。正直、予想外。憂ちゃんのご家族、誰も憂ちゃんの外出に気付かなかったんだって……』


『自由時間拡大の弊害だね。家だと、もう自由に部屋に戻ったりしてるから……』


 千穂は立花家の内情に詳しくなった。睡眠時間を省けば、半分は立花家で過ごしているほどだからだ。

 勉強をするにも剛が現役大学生として、家庭教師を買って出てくれている。料理は立花家の専業主婦レベルの相当に高い幸から手解き……。千穂にとって、これ以上無い環境が立花家にはある。問題なのは、買い物が出来ない事なのである。


 ……それよりも何よりも、父・誠人以外に家族が出来たようで嬉しいのだろう。


『愛さんには?』


『まだ仕事だよ……』


『あ。そうだった……』


『もちろん、ご家族には連絡済みだからね。ついでに言っておくけど、襲ったりしてないからね!?』


『……誰もそんな事、言ってません……。ところで、眠ってからどのくらい経つのかな?』


『頑張って起きてたからね。バスケしたい! ……って。1時間くらいかな?』


『じゃあ、あと1時間くらいで起きるよ』





 それから1時間後。


『千穂――! ずるいよ――!』


 父から聞かされていた通り、起床後の第一声がこれだった。忘れていなかったらしい。置いてけぼりを喰らった恨みは大きい。


『あんたは……仕方ない……でしょ?』


 姉も帰宅済だった。話を聞きつけたのか漆原家のリビングに居た。両家の敷居は現在、非常に低い。


『でも――! ボクだって――!』


 そんな妹の唇に人差し指を当て、次の言葉を遮ると『明日……バスケ……しよっか?』と言った。もちろん、愛が。


『――え?』


 姉は帰宅早々、梢枝と康平を相手に話し合いの場を持ち、あの旧立花家にほど近い、バスケ施設へと繰り出す許可を得たのであった。

 ガレージに車を直接、乗り入れられるあの施設ならば……と、憂のお出掛けは決定し、千穂に続き、憂もまた上機嫌となったのである―――






 千晶の()親も佳穂の両親も友人たちも……、もちろん主役も千晶の家で待機。護衛の2名だけで、愛のワンボックスカーを出迎えた。雁首揃えて出迎えれば、目立つ事この上ない。


 愛は玄関先に車を付けた。


 停車されると、すぐに横開きのドアが開放され、千穂と美優が手を引き、急ぎ足で玄関内に突入した。

 そこまでする必要は無いのかもしれない。だが、護衛2人は慎重に慎重を期しているのだろう。


 玄関に消えていった憂の後ろ姿を呆然と眺めてしまったのは、その護衛2人だった。2人にとって、全くの予想外れの格好をしていたのである。


「あはは! 驚いた? あの衣装、眠ったままで可哀想だったからさ。もしかしたら成長始まって、着ずに終わるかもしれないじゃない!?」


「……止めたんだけどな」


 拓真の表情で梢枝も康平も理解した。愛が久々に着せ替えたい熱を上げてしまったのだろう……と。






「うぅ――はずかしい――」


 そのスカートの丈は、膝どころか大腿の半分を露出させている。

 そのスカートの裾を下に引っ張り、足を隠そうと精一杯、頑張っている……が、体にぴったりとフィットしたドレスはそれを許さない。


「憂ちゃん!! 可愛ぃぃ!!!」と、お馴染み佳穂さん。


「マジですげぇ……」と、その露出した足から目を離せない健太くん。


「じろじろ見ないの! ……って言っても、女の私でも見ちゃうわ」と、何故だか理解を示した健太くんの彼女さん。


「有希……。わかるよ。恥ずかしがってる姿が……」と、千穂と色々被っている優子ちゃん。


「憂さん……。それは反則だ……」と、見ないように頑張っているらしき、存在感の浮き沈みの激しい凌平くん。


「あはは。ごめん。誰が主役か分かんないよね?」と、憂とセット販売状態の千穂。


「もう先輩じゃなくて、憂ちゃんって呼びたいです」と、憂よりは、よほど大人っぽい美優。


「やられた。あのパーティーで着てたドレス以上の威力だわ」と、本日の主役の片割れの千晶さん。



 大人たちもだ。



「憂ちゃん……。やっぱり佳穂とトレードを……」と、あの時は酔っ払っていたが憶えていたらしい佳穂のお父さん。


「写真でしか見た事無かったけど、本当に凄いね……」と、佳穂のお母さん。スラッとした体型でなかなかの高身長。佳穂は母の血が強く出たのだろう。父はずんぐりむっくりしている。


「やっぱり可愛いわねぇ……。ウチに頂きたいくらい……。ね? お父さん(・・・・)?」と、離婚届を突きつけて以降、主人と立場が完全に入れ替わった千晶の母。


「あ、あぁ……。そうだ、な……。この子が本当に……」


 初めて見る、実物の憂を前に、しどろもどろな千晶の父……。




「そりゃ、こうなりますわなぁ……」


「まぁ、ええんでないです? 憂さんをしっかりと見て頂くには丁度ええですわぁ……」


「にしても派手だ」


「うぅ――あんまり――見ないで――」


 憂は何時ぞやか、総帥から贈られたパーティドレスを身に着けている。かつて千晶がウェディングドレスですか、と問い掛けたパーティドレスだ。


 それは憂の誕生日会で着ていた、どこか大人っぽいデザインでなく、可愛らしさを全面に押し出している。憂には綺麗な衣装よりも可愛い衣装の方がよく似合ってしまう。


「……元が男ってほうが怪しく思える」


 健太の呟きに内心、同意する多くの者たちなのであった。






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