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167.0話 謀られた梢枝

 よくよく考えたら昨日が当作主人公・立花 憂の誕生日でしたね。

 何もしなかったです(´・ω・`)

 


 千穂は1つ、両手を広げ、空気を大きく吸い込んだ。肺に多くの気体を取り込み、普段着にしている白いトレーナーが容積を増す。残念ながら胸は慎ましいままだ。


「ふぅぅ……」


 その肺に溜め込んだ空気は、両腕をクロスさせると同時に吐き出された。

 瞑っていた瞳を露わにすると、インターフォンを睨み付ける。

 千穂はよく憂のこのような表情を見た時、可愛いからキレイに変化すると羨ましがっているが、これは憂に限らない。千穂も十分にその素養を持ち合わせている。


 覚悟を決めた千穂は、凛々しく美しい。


 その細い指先がインターフォンに伸ばされた。

 ……瞬間、その真横のドアがガチャリとノブを回す音と共に開け放たれた。


「きゃっ!!」


 幸い、ドアが凛々しい美少女に衝突する事は無かったが、凛々しかった顔は驚きに崩れ、残念美人のように成り下がってしまった。


「……千穂ちゃん?」


 出掛けようとしていたのか、部屋の主が久々のジャージ姿で訝しげな顔と声を見せた。


「……康平くん。びっくりした。鍵掛けてないの? オートロックだよね……?」


「あー。オートロック解除して貰ってるんよ。何度か締め出されてから」


 千穂は呆れた顔に切り替わった。その顔で「気を付けてね。私たちのフロアと違って、人の出入り自由なんだから……」と忠告した。


「分かってるんだけど、どうしても面倒で……。参ったなぁ……」と、頬をポリポリを掻いた。

 千穂はそんな康平にクスリと小さな笑顔を見せた後、「これからお出掛けかな?」と困り顔に切り替わった。それに対する返答は「いや、大した用事じゃないから大丈夫。何か用?」だった。


 千穂の引っ越し先は、蓼園総合病院裏手に聳える高層マンションだ。つまり……、梢枝も康平も同じマンション内に住んでいるのである。因みに専属看護師4名、いずれもこのマンションの住人だ。新婚さんの恵も、このマンションを離れなかった。それは専属としての使命感か、絶賛無料貸し出し中の恩恵を放棄したくないが為か、不明だ。前者であると信じたい。

 因みに、案外、彼らの部屋は離れている。多少なりとも離れていなければ、息が詰まる場合もあるから……かも知れない。そんな訳で、梢枝は康平の部屋の6階下に、専属のみんなも3フロア分は離れている。


「うん……。ちょっと話があって……」


「……え? えっと……。上がる……?」


 俯き加減で言った千穂に、相談事でもあるのだろう……と、感じ取ったのか、康平はそんな提案をした。康平からして見れば、千穂には悩みがあって当然だ。何を考えているのかいまいち判断の付かない、正式な護衛対象者であるぼんやりとした少女よりも、目の前の少女はしっかりとしている。

 その上、状況は改善してきたものの、玄関先で話すような内容では無いと云う思いもあるのだろう。

 しかし、相手は高校1年生の少女だ。そして、自身は独り暮らし。だからこそ、言い淀んでしまったものと推測出来る。


「え……? え……、うん……」


 対する千穂は、自分の気持ちよりも相手の想いを優先する傾向にある。抵抗感はあるものの、康平の申し出を断れば、傷付けてしまうかも……。


 ……そんな両者それぞれの思いが絡み、千穂は優の以前の部屋に続き、2人目の『男子のお部屋』へ「……お邪魔しまーす」と入室する事に相成ったのである。




「わぁ……。キレイにしてるね……」


 これが康平の住まうマンションの一室に潜入した千穂の第一声だ。リビングに通されるまで、どこかソワソワと落ち着きのなかった千穂は、すぐに態度が切り替わってしまった。


「借りもんだし……。無料(ただ)だけど、汚したくないだろ? あ、適当に座って」


 座ってと言われ、「康平くんは偉いなぁ……」と感想を述べながら、ステンレスとガラスを組合せたテーブルの前にゆっくりと腰掛けた。

 康平は思わず、目を逸らした。見えてしまったのだ。千穂のショーツのラインが。座る際、お尻を突き出すような体勢となり、黒いスウェットから浮かび上がってしまったのだ。


「……ちょっと待ってて」


 自分の頬の熱で、赤くなった事が分かったのだろうか? 康平は繋がったダイニングを通過し、キッチンに移動していった。



 康平の姿は尚も見える。千穂から見て左手に見えるが、チラチラと部屋の様子を伺ってしまった。家事の大半をこなす千穂だからだろうか。


(ホントにキレイに片付けてるね。お部屋も落ち着いた雰囲気だし……)


 長毛の白いカーペットに直座り。康平らしいと思う。そのカーペットの上には目の前のテーブルのみ。右手にある点いていないテレビは小さい。目立つ家具は、荷物の一切を収納していると思しき、ベージュに近い色をしたキャビネットくらいだ。

 左手のダイニングには、食器棚が存在感を放っている。椅子もテーブルも無い。それは康平が普段、ダイニングでは無く、このリビングで食事している事を物語っていた。


(料理もするんだ……。意外……)


 調理実習では同じ班になった事が無い。毎回、佳穂千晶と憂が居る。時々、人数が増えたりするが、女子ばかりだ。


(お菓子……、手際悪かったような……。でも、お菓子は料理するのとちょっと違うし……)


 千穂の表情が緩む。中止となった文化祭の時、ローテーションでお菓子作りをしていた。その時、卵をかき混ぜていた康平は、明らかに手付きが悪かった。

 多少なりとも緊張が残っていたらしく、正座していた事に気付いた千穂は足を崩した。女の子座りやらぺったん座りやら言われる座位だ。崩したついでと言わんばかりに傍らのクッションに手を伸ばす。

 ビーズクッションだった。千穂は手持ち無沙汰か、無意識か、そのクッションを弄ぶ。



 康平は愛用の行平鍋で温めているミルクに、直接、インスタントコーヒーと砂糖を投入し、それを菜箸で混ぜ混ぜすると、沸騰する前に火を止め、2つのマグカップに注いだ。カフェ・オ・レの完成である。


 そのマグカップを両手に、リビングに戻ろうとし、足を止めた。


 千穂は、自身の愛用ビーズクッションを柔らかな笑みで弄んでいた。左手の親指と人差し指でOKサインのように輪っかを作り、ギュッと締め上げ、直径数cmの玉を製造し、右手の人差し指でツンツンと突付いている。

 ふいに人差し指でその玉をクッションの本体側に押し込んだかと思えば、また同じ動作で玉を作った。


(……無防備すぎて困るわ)


 困ってはみたものの、無防備な千穂を前に、佇み、ただ眺めている訳にも行かず、再び、千穂に近寄っていった。


 チン……と、ガラスと陶器の触れ合う音で、千穂はクッションをいじり倒す手をようやく止めた。


「あ! 可愛い!!」


 マグカップを見た瞬間、千穂が輝いた。やや興奮したのか、「これ! くままん! 可愛いよね! 康平くん、分かってる!!」と捲し立てた。

 くままんとは、どこぞの県のゆるキャラであり、何かの大会で最優秀選手にも輝いた事がある、有名人だ。ブサ可愛いの代名詞のような存在である。

 そして、千穂はそのブサ可愛いものに目が無い。その情報を持ち合わせていなかった康平は動揺した。紅潮した。相手が大切な護衛対象者の想い人であるにも関わらず、だ。惚れていない事を祈る。



「……頂きます」


 千穂は、そんな康平の態度に気付いた。そそくさと正座に戻り、佇まいを正した。一度は消え去った警戒心を取り戻したらしい。千穂は何気に人の色恋沙汰には敏感なのである。

 温かいくままんのマグカップを手に取り、ひと口含み、こくりと飲み込む。


「……おいし」


 康平はそんなふんわり少女に笑顔を見せた。


「千穂ちゃん、カフェオレ好きだよな」


 その笑いに釣られるようにふわりとお返しし、「うん。好きだよ。カフェラテの方が好きなんだけど……」と、今度は考える様子を見せた。


 この子も十分、コロコロ表情変えるよな……。飽きさせんよ、……などと、思いつつ、「どう違うん?」と聞いてみた。


「んー? カフェオレは普通のコーヒーでカフェラテはエスプレッソなんだよ?」


 千穂はコーヒー好きである。それは、もはや断言出来る段階だろう。この子の場合、好きになったものの情報を蒐集したがる癖でもあると思われる。バスケも異常に詳しい。対する康平は、エスプレッソ自体、詳しくは知らないのだろう。「そうなんか……」と曖昧に答えていたのだった。


 ……エスプレッソについては、ググって頂きたい。




 それから他愛のない雑談が続いた。


(千穂ちゃん、また無警戒やで……。なかなか切り出してくれんし、どうしたもんか……)


 その雑談もひと段落付いてしまった。


「………………」

「………………」


「……梢枝と俺の事……か?」


 自分から切り出した。千穂と2人の時間に耐えられなくなってきた。部屋の香り自体が時間を追うごとに良い香りに変わってきている気がした。


「……うん。やっぱり、康平くんも凄い人なのかな?」


 どことなく嫌そうな表情が印象に残った。聞いてみたい衝動もあったが、梢枝への事も隠すべきでは無いと判断する。


「俺は普通よ。梢枝と違って……な」


 いかつい顔付きで、淋しそうに呟いた。


「梢枝は賢すぎて1人で突っ走っちまう。ほとんど相談もしてくれない」


「……うん。分かる気がする……」


 こう言った千穂の顔も淋しげな物に変わっていた。


「あの画像の事……。梢枝さん、早くに知ってたんだね……」


「あぁ……。それも隠してやがった。1番、大事な事だろうに、話してくれなかった」


「……それが許せない?」


 千穂の覗き込むような視線に、部屋の主は笑ってみせた。


「俺が意固地になってるだけだ。梢枝が隠してた理由も分かってる。梢枝が知ったのは俺ら護衛が憂さんと接触して、たったの1週間後だ。その時の俺が、あの画像の詳細を知った時、どうしてたのか……。どう思ったのか、自分でも分からない。憂さんへの見方が変わっていた可能性だって大いにあったと思う」


 千穂も、それは仕方の無い事だと思う。もしも、自分が……、例えば適度に距離のある、明日香やさくらと言った面々が、あの過程を経由し、生まれ変わった男性だったとしたら……。


 ……態度を変えないと断言するだけの自信が無い。


 梢枝は幾度となく、暴露されかかった性転換の事実を封じ込めた。全ては憂が他者と接触し、その人となりに触れさせたいが為の行為だろう。しかし、不必要に近づかせては、真実の発露へ繋げる行為となる。

 梢枝は、その頭脳をフル活用させ、絶妙なバランスを維持してきたのだ。


「……ホントに凄いね。梢枝さんは……」


 そんな梢枝に比べ、自分はどうだったのか? 千穂の思考は、いつもここに行き着き、いつも自己嫌悪に陥る。憂の傍に居るべき本当に相応しい人は、梢枝ではないか……と。


「でも……、2人のケンカ……、嫌だよ……」


 ……泣きそうだった。今にも泣き出しそうな顔でスウェットからスマホを取り出し、何やら触り始めた。


「……意固地になっ「梢枝さんが謝ったら許してあげる……?」


 言葉を被せられた康平は、愛想笑いのような引きつった笑いを浮かべると、「……あいつは俺には謝らん。付き合いが長いぶん、よー知っとる」と、断言して見せた。


「……わかった。本気で謝らせる」


 千穂はスマホの画面上、指を躍らせる。綺麗な形の良い女爪(おんなづめ)に、思わず見惚れた。


「よしっと……」


 内容は見られなかった。千穂は上手に隠しながら入力していった。もう送信も終わったのかも知れない。


「………………」

「………………」


 康平は考える。あの梢枝を本気で謝らせる。


「………………」

「………………」


 ……どうやって? どんな方法が?


「………………」

「30秒経過……。あと、30秒くらいかな?」


 千穂は時間を計っているらしい。その意図は相変わらず不明だ。


「あと20秒……。19……、18……17……」


 千穂のカウントダウンが始まった。


「13……、12……、11……」


 激しいノックが聞こえた。続いて、玄関が派手に開け放たれた音が。


「千穂さん!? 康平さんは!?」


 血相を変え、飛び込んできた、肩で呼吸をする梢枝の姿に、ポカーンと情けない顔をしたのは康平だ。

 よく見れば、梢枝は裸足だ。裸足で駆けてきたらしい。何かを脱ぎ捨てる時間の猶予もなく、現れた。


 梢枝は「千穂さん!? どう言う事ですか!?」と、千穂に詰め寄る。初めて千穂に対し、怒りを見せている。


「はははははは!!!」


 そんな梢枝の様子に相棒が大笑いした。喉ちんこまで見えそうな勢いだ。


「あははは!! ……ち、千穂ちゃん、はははっ!! なんて、送っ……あっはははは!!」


「康平さん、笑わないでっ!! 千穂さん、スマホを貸して下さい!! 削除するよって!!」


 千穂のスマホを奪い取ろうと、梢枝の手が動いた……が、千穂は康平に向かって、スマホを投げた。投げた上で、梢枝にしがみついた。


 スマホは放物線を描き、康平の手に収まった。そこには見慣れたチャットの画面があった。


「ダメ! 見たら許さないからっ!!」


 梢枝のそんな本気の抗議の声をスルーし、千穂のスマホの最新のログを確認した。


 千穂【康平くんが! かれのへやにすぎに来てください】


 漢字の未変換から誤字まで挿入し、ご丁寧に慌てた様子まで表現していた。

 梢枝は当然、知っていた。康平が憂たちへの悪意の受け口となり、恨みを買っている事を。更には、何度言い聞かせても鍵を掛けない事も。


 千穂のメッセージを受け取った梢枝は、靴を履く間を惜しみ、いつ到着するか分からないエレベーターでは無く、階段を駆け上がってきた。

 全ては康平の為に。康平の身を案じた故に。


「千穂さんっ!」


 梢枝の怒りは収まっていない。千穂は梢枝に押し倒された。

 それでも千穂は喜色満面だ。


「これだけ心配してくれたんだよ? 謝るより、大きいんじゃないかな?」


 千穂の言葉を聞き、梢枝が観念したように、表情を緩めた。

 梢枝が気付かないはずは無い。千穂の様子と康平の無事な姿を見た瞬間には、全てを理解した。

 このほんわかした少女に一杯食わされた……と。


 それでも梢枝は千穂の上から動かない。


「……敵わんなぁ……、いいわ。梢枝、すまんかった」


 頬を掻きつつ、そう康平が梢枝に謝った。


「……ウチもごめんなさい」


 梢枝も、ぽつりと謝った。

 それを聞き遂げると、万事解決とばかりに、千穂がふわりと微笑んだ。


「あははははっっ!! こずっ! やめ! あははははっっっ!!!」


「千穂さんは許しまへんえ!?」


 トレードマークとも謂える、ふわりとした笑みは早々に掻き消された。梢枝が反撃し、脇の下に手が差し込まれ、その手を蠢かしているのである。


「あははっ! ごめっ! ゴメンっ! ナサイ!! あはははっっ!!」


「お前ら、余所でやれっ!!」


 康平は、自分の部屋で悶絶させられる千穂から目を背け、怒鳴り上げたのだった。



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