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166.0話 新たな疑問

 


 キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン…………。



 終業の鐘が響き渡った。


 4時間目の体育の時間は、大いに盛り上がった。

 憂が何1つ隠す事無く、持てる技術を披露し、教えを乞う女子たちに教えていったからだ。そんな憂も、もちろん元気な笑顔を振りまいていた。


 やはり憂は、バスケが大好きなのである。


「憂ちゃん、いこー!」

「ちょっと――まって――?」

「遠慮しないのー!」

「憂ちゃん、女の子……なんだから……」


 そして只今、C棟体育館更衣室正面で立ち往生である。

 原因は……、もちろん憂だ。3時間目の前、C棟更衣室で憂たちグループよりも早く、ここで着替え終わった少女たちは、憂に抵抗感を感じなかった少女たちだった。

 5組への転室を希望していると言う凛と、その友だちや、5組6組多数の子……。6組でも憂に抵抗のある子は少数派のようだ。

 いや、多少の抵抗感は感じていた子も居るのかもしれない。それでも、窮地に陥り、謝罪会見で涙を見せた憂を再び悲しませる訳には行かない……と云った、使命感めいたモノを感じている子も居るのだろう。


 更にもう1つのパターン。

 憂の背後の存在故。

 元男子であったと知れ渡っている憂を受け入れることで、優しい子だと売り込みたい者。更には、憂をハブれば、もしかしてその情報が総帥に伝わってしまうかも……と恐怖する者。そんな子も混じっているかもしれない。



 その少女たちは、「あとで――きがえる――!」と駄々をこねる憂を何とか更衣室内へ入室させようと説得中だ。

 無理矢理、押し込まないのは、彼女らなりの配慮か何かのはずだ。


 梢枝も千穂も佳穂千晶も、得も知れない表情を浮かべている。


 憂を受け入れてくれた喜び。

 今までを鑑みると浮かび上がる納得出来ないような感情。

 憂を取られたような喪失感。

 断固拒否出来ない憂への怒り……、に似た感情。


 ……他にも色々とあるだろう。


 そんな4名の感情に、必死に抵抗する憂は気付くはずもなく「でも――ボク――」と、煮え切らない。すると今、気付いたと言わんばかりに優子が「あ、そう言えば、憂ちゃんが僕っ子の理由って、単純な理由だったんだね」と千穂と双璧と呼ばれていた可愛らしさで小さく笑った。

 その言葉が聞こえなかったのか、相棒とも言える有希は「もう……、覚悟……決めようよ……」と、呆れ顔だ。

 優子の声に「だね。元々、男子だったとか、気にしなくていいのに。そうは見えないから。憂ちゃんは憂ちゃんだし」と、反応したのは結衣だった。

 5組の中でも憂に見られるのは恥ずかしいと、他の更衣室へと着替えに行った女子は、もちろん居る。明日香と、委員長グループに所属している2名だ。こればっかりは仕方の無いことだろう。なんせ、元々は男子生徒だったのである。

 憂と女子として認識し易いのは、外見上、間違いない。何度も指摘するが、冷静になって考えると男子だったのである。

 この場を離れた者はさて置き、憂に群がる少女たちの目は次第に、千穂へと集まっていった。


 千穂は憂と1番多くの時間を過ごしている。誰もが知る事実だ。憂を説得出来る存在として、救いを求めたのである。


「……憂?」


 千穂の声は若干、不機嫌だった。それは憂に伝わる。憂は五感の全てを使い、コミュニケーションを図るように、いつからか変わってしまったのだ。


「千穂――」


 憂が硬直した。怒られるとでも思っているのだろう。


「女の子……だよ?」


 ……色々と略されているようだ。

 女の子だから、女の子と一緒に着替えても問題ないんだよ。

 女の子なのだから、女の子と……。まぁ、色々だ。


「――でも」


「これは……大切な……儀式……」


 ――――――――。


「うぅ――」


 ――――――――。


 相も変わらず、千穂は憂の理解を待ちつつ言葉を繋げる。


「断ったら……寂しい……思いするよ?」


 ――――――。


「――はい」


 憂の恐怖の対象の上位には、千穂の怒りがあるはずだ。そんな憂にとっては、説得と言うよりは脅迫に近いものだっただろう。為す術もなく了承の意を示した。


「すっごい。さすが、千穂ちゃん……」

「なんか……悔しい……」

「愛だね。優くんだし」

「あ! そうだね!」


 そして、憂と女子たちはようやく更衣するべく、その専用の部屋へと入室を果たした。話は変な方向に向かいかけたが、千穂はスルーを決め込んだ。


「……脅しやがった。憂ちゃん、可哀想」

「同意」

「運命でしょうねぇ……」


 言った順番に千晶、佳穂、梢枝も更衣室へと移動を始めたのだった。




「うぅ――」と、衣擦れの音のみの空間に、憂のか細く小さな声が通った。


 更衣室に入室しても、まだやっている。千穂によって、中央の背もたれのない長椅子に座らされたものの、深く俯きそのまま何やら唸っている。

 維持されているセミロングから覗く耳が赤い。恥ずかしいのだろう。グループ女子隊以外の面々と着替える羽目になってしまった例が何度もあるが、大抵はこうなっている。憂は今まで不躾にジロジロ見るような真似はしていない。それよりも自身の羞恥が勝ってしまっている。それでも、たまに観るのは千穂ばかりだ。何しろ元カノの着替えだ。やむを得まい。


(興味は次に移ってますねぇ……。これは困るわぁ……。憂さんと一緒の着替え……。皆さんの優しさや打算だけではなく、その興味もあったみたいですねぇ……)


 女子隊を除いた周囲の女子たちは、ゆっくりと亀のように着替えている。時折、俯いたままの同級生には見えない同級生を横目で見ながら。

 いや、穴が空きそうなほど、ガン見している結衣みたいな子も存在する。


(どうしますかねぇ……? まさか見せる訳にも行かへんし……)


 流出した再構築の画像だが、大事な場所にはモザイクが掛かっていた。炎上したあの編集社だが、多少のモラルは持ち合わせていたらしい。あの社としては、本気で人体実験の次の被害者を出さない為に……、と思っていた部分もあるのだろう。現在、あのHPではそんな言い訳が連々と並んでいる。


 終わりかけの編集社よりも、憂の話だ。


 画像では、体つきは明らかな女性体……と、認識出来るのだが、核心には至らない。

 どう見ても絶世の美少女なのだが、100%女性である証拠となる陰部を見たことが無い。

 周囲の女子の興味本位……と、言えば聞こえが悪いが、どうしても気になってしまうのだろう。

 そんな事を思う梢枝だが、彼女も直に見た事は未だ無い。そもそも見せるものでは断じて無い。


「千穂ちゃん?」


 結衣が不気味な沈黙を破り、声を発した。


「……何かな?」


 千穂の目が泳いだ。彼女も薄々、女子たちの思考を感じ取っていたのだろう。


「憂ちゃん。どこまで女の子?」


 ……随分とストレートに質問するものだ。


「完全に……って、病院の人が会見で言ってたはず。見た事ある?」


 記者会見に於いても、まさか全裸でモザイク無しの画像を公表する訳には行かず、言及するのみに留まっている。


「水着姿も見たけど、隠そうと思えば、隠せそうだし」


 千穂が赤くなった。何かを想像してしまったらしい。

 佳穂と千晶は見守っている。見守っていると言うより、彼女たちも興味を引かれている。彼女たちも直接、見たことは無い。結衣の言葉で気付かされたようだが、確かに隠そうと思えば、隠せる……とでも、思っている。その表情が雄弁にそれを語っている。


(胸はあるけどねー。可愛い小さいの。いっちょ前に柔らかかったし)


 ……夜這いを働いた子も、下に触れた事は無い。見たのはショーツか、水着に包まれた部分だ。


(隠してた感じじゃなかったんですけどね。不自然な感じもなかったし……。そもそも、そんなまじまじと見てないから……。あったとして隠していても憂ちゃんに何のメリットも無いし……)


 いつの間にか、佳穂も千晶も……、梢枝までもが千穂に注目している。


「うぅ――どうして――」


 ……憂はこの際、放っておく。


「ほら。3人も千穂ちゃん見てるよ? 私、蓼学には高等部から。だから、憂ちゃんイコール優くんって知ってから、聞いた事。優くんと付き合ってたって」


 結衣は元々、付き合ってた2人なら見ていても問題無いよ、不思議は無いよ、と言いたいらしい。しかし、千穂にとってはハードルを上げられただけである。


「えっと……」


(……言わないと! 憂は、ちゃんと女の子なんだよって!)


 その通りだ。ここで千穂が言わなければ、憂が本当に女の子なのか。この疑問は残り、下手をすれば、女子更衣室及び女子トイレ使用禁止問題まで発展する可能性すらある。


 ……憂以外は全員、千穂に注目している。言い辛い事、この上ない。


(なんで私ばっかりこんな目に!?)


「んぅ――?」


 何やら不思議な微妙にピンク色の空気を感じ取ってしまったらしい。憂までもが千穂に視線を注いだ。


「冗談。どう見ても女の子だもんね。ごめん」


 言い淀み続ける千穂の様子に、切り込みまくっていた結衣が折れてしまった。言い出しっぺの結衣が諦めると「……そうだよね」「千穂ちゃん、ごめんね」「ほら、憂ちゃん……着替えないと……」など、ほんのり桃色空気が振り払われ始めた。

 千穂は憂を見下ろす。ばっちり目が合い、慌ててそっぽを向く……と、梢枝がその先に居た。その梢枝は、目が合うなり咎める視線を千穂に送る。その視界では、同じように佳穂も千晶も睨んでいた。


(折角、味方の多い、この場でのチャンス……、みすみす逃すつもりですか!? もう1度あると思ったら大間違いですえ!? こんな話題、早々振れません!!)


(千穂? 一緒にお風呂入ったのは、あんただけ。覚悟を決めなさい!)


(ちほー? ここで男の子疑惑を残すと憂ちゃん、女の子からも狙われるぞー? それは困るだろー? あたしも困るっ!)


 3人それぞれの思いだ。どれが誰か明言しない事とする。


「……間違いなく女の子だよ。お風呂で見たから……」


「「「………………………………」」」


 時間が止まった。女子全員がピタリと止まった。ギギギ……と、再び千穂をターゲットに首を巡らせる。ハーフパンツ脱ぎかけで、そんな動きをした子まで居た。因みにスカートを先に履くタイプの子のようだ。安心して頂きたい。


「「「きゃ○あ△×#~&$σΣ×#~」」」


 そして阿鼻叫喚。完全に桃色と化した。憂は突如沸き起こった女子たちの絶叫に目をまんまるにし、固まった。相当、驚いたらしい。


「千穂ちゃん!! 一緒にお風呂!? その後は!?」

「ちょっと! 詳しく聞かせて!!」

「どんな!? どんな状況!?」

「可愛い2人がそんな関係だったなんてっ!!」

「お姉さ「うっわー! やっばい! 想像しちゃった!!」


 ……千穂が問いに答えられない状況は、しばらく続き、その裏で梢枝がこっそりと、固まったままの憂を着替えさせたのだった。








「病院に避難してた時も一緒に入ったし……。私が入院した時も……。その結構前にも、お姉さんのお願いで一緒に……。憂が慣れないとこの先、困るからって……」


 それからしばらく。


 千穂はようやく言い訳を開始した。言い訳出来る状態に落ち着いたと言い換える事も出来る。後者のほうが正確かもしれない。


「じゃあ、ホントに何も無いの?」と、念を押したのは優子だ。その優子に突拍子もない返答をしてしまった。千穂も動揺していたのだろう。


 …………。


 いや、天然故かもしれない。


「うん。間違いなく、()いてなかったよ。つるつる(・・・・)だったから……」


 ……優子の問いは『憂との性的な関係はホントに無いの?』だったはずだ。それを千穂はあろう事か『憂の股間には何も無いの?』と勘違いしてしまったらしい。


「それは本当ですえ!?」

「ちょっ!! 千穂!? あんたなんて事を!!」

「……生えて……ない……?」


 グループメンバーさえ、騒然とするひと言を発した千穂は……。


「ごめん!! 憂!! ごめん!!」と必死な思いで謝り続けたのだった。


「――なにが――?」


 話に付いていけてなかったようで何よりである。










 昼休憩に入り、中盤と言った時間。ようやく、昼食の摂取を始めた。

 憂は、久々にうずらの煮卵と格闘している。箸で掴もうとしては、幾度となく、つるりと逃げ出す卵に、何やら生命力まで感じさせる憂は、凄い人なのかも知れない。


 そんな憂を微笑ましく眺め、康平は急に問うた。


「千晶ちゃん? 明日の誕生日はどうするんや?」


 康平にとっては何気ない質問だった。だが、モロに反応してしまったのは佳穂だ。


「……今年はどーすんだ? 何も聞いてないから」


(あ……。佳穂と千晶……、上手くいってなかったから話せてないんだ……)


 千穂は、この面子で唯一、それを知っている。千晶は11月1日、佳穂は11月4日が誕生日だ。その近い誕生日から毎年、千晶の山城家と佳穂の大守家の合同で誕生日を祝っていた。優と拓真同様、子どもが縁を繋いだ近所付き合いを続けている。


「4日。あんたの誕生日。今回、ヤケにウチのお父さんが張り切ってる」


(4日……。土曜日だね。いつもと同じ)


 生憎、3日違いの為、中央……、真ん中バースデーは取れない。なので、千晶と佳穂の誕生日に近い土曜日に簡単なパーティーを行なっている。今年も例年通り、土曜日にするようだ。千穂も毎年のように、お呼ばれしている。


「わかった」


(ノリのいい話してみたり、今みたいにギクシャクしてみたり……。何とかならないかな……?)


「千穂も憂ちゃんも来て欲しいって……。友だち大勢連れてこいってさ……」


 千晶のテンションがどんどんと下降線を辿る。千晶は、まだまだ憂を蔑視した父を許せていない。その父が憂に会いたいと言った。どんな展開が待ち受けるか、考えたくもない……、そんな気持ちなのだろう。


 そんな時、憂の箸がついに煮卵を捕らえた。そして、10cmほど、上空に上げると、箸ではなく、顔を近付け、パクリとひと口で頬張った。少し、はしたない気もするが、床に転がった記憶がそうさせたのだろう。


「――おいし」


 達成感も相俟って、本当に幸せそうに、んぐんぐと咀嚼を始めた。うずら卵さえ、憂の口には少々大きいらしい。


「ふふっ」


 そんな憂に棘を抜かれた。丸くなる自分を感じた。


「……楽しみだね」と佳穂に顔を向けた。


「え……? あ、うん……」


 佳穂は、以前の千晶と全く(・・)変わらない微笑みに、小さく微笑んだ。




「愛さんに相談……ですよね?」


「……そうですねぇ。自宅、病院……、100歩譲って教室内が安全地帯ですよって……」


 2人の事など、露知らず。千穂は、憂のお出かけに頭を痛めていたのだった。


「ワイが守るわ。心配要らへん」


 ……康平はどこか冷たく梢枝に言い放った。




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