164.0話 幼馴染と屋上で
―――10月31日(火)
8時前……。早く来すぎました。あと1時間もどうしましょうか?
……仕方ないですよね。
佳穂に、個別チャットで『戻る』って送ったのに、スルーされてしまいました。スルーし続けた代償……ですね。昨日の放課後、C棟1年5組を訪ねた時には、親衛隊が大勢で囲んでて近づけなかったし……。結局、千穂にも憂ちゃんにも会えず終いでした。
……そう言えば、昨日のお昼休みに有希ちゃんと健太くんは転室したみたい。彼らは、わたしよりひと足先に、ここへ戻ったんだって……。
また騒がしくなってきてるんだろうね。楽しみ。
……楽しみなんだけど、気が重い。早く千穂にも憂ちゃんにも梢枝さんにも、みんなにも会いたい……。でも、佳穂と……、佳穂とだけは顔を合わせづらい。
正直言うと、会いたくない。
だから、家を出る時間はどんどんと早くなった。佳穂と通学一緒になったら気まずいから。そんな理由で早く早くって家を出る時間を早めてたら、ついにこんな時間。1時間どうしよ……。
……?
なんか堂々巡りしてますか? いけませんね。
別のことを……。
……お父さん。わたしの評価は現在、マイナス……数え切れないほどです。もう取り返し付かないかもですね。あはは。
お母さんのお陰だよ。5組に戻ることが出来たのは。
まさか、離婚届を突き付けるとは思わなかったな……。今まで亭主関白してたお父さんは、お母さんの初めての反抗に泣いて謝った。憂ちゃんのこと、優くんの事故の原因。わたしが憂ちゃんを全力で守りたい理由。
話をやっと聞いてくれたお父さんは、わたしにも土下座。させられたのかもしれないけどね。
……その姿を醜いって感じたわたしは、もう……、一生、お父さんを尊敬なんか出来ないんだろうね。憂ちゃんのことを物みたいに言った。あれは絶対に許せないから。ホント、あんな人とは思わな……?
ドアが開いた……。こんな時間に誰?
千穂!!
「あ! おはよ! 千晶!!」
憂ちゃん!!
「――千晶! おはよ――!」
「おはようさんや!」
「千晶さん、おかえり……で、ええんですね?」
「……みんな、おはよ」
……やばい。泣きそうです。昨日の放課後も少しだけだけど、姿見たのに……。その時はまだ、再転室が決まってなくて……。声を掛ければ良かったんだろうけど、それも出来なくて……。夕方になってリコちゃんセンセが電話してくれて知ったから……。
「千晶――?」
わたしを見上げて、小首を傾げて……。泣き出しそうで……。それでも笑いながら「おかえり――」って。
「ただいま」って返した声は涙声でした。5組に戻れたって安心感は半端ないですね……。
「よしよし――」
落ち着くまでの間、一生懸命、背伸びして……。慰めてくれて……、泣き止みました。恥ずかしいです。
「……落ち着いた?」
千穂の涼しい声音が安心する。涼しい感じの声なのに暖かい、千穂の不思議の1つ。
「理由は……聞いて欲しくない?」
「……うん。ごめん」
梢枝さん、約束通り黙っていてくれたんだ……。言えないよ。親との喧嘩……みたいなのが原因なんて。そんなの憂ちゃんの耳に入れたくないから。
「じゃあ、聞かないよ? 言いたくなったら話してね」って、千穂のふんわり笑顔。やっぱり癒やし系が2人セットだと違いますね。
ちらりと梢枝さんを見たら、すっごくいい笑顔でした。恥ずかしすぎます。やめて下さい。だから「千穂たち、どうやって来たの?」って、話題転換。
「憂ちゃん。会見……かっこよかった……よ」とか付け加えて。
「今日はお姉さんの車。お姉さん、仕事8時からだから……」
「かっこ――いい――?」
憂ちゃん、嬉しそうだね。
……そっか。憂ちゃん、優くんだから可愛いよりかっこいいって言われるほうが嬉しいんだよね。でも、可愛いんだよ? 時々、かっこいいなって思う時はありましたけど。
「うん。本当……だよ?」
この感じ。憂ちゃんと話しながら『仲間』と話すこの感じ。戻ってこれたって実感がじわっとあふれて……。また恥ずかしい思いをしそうだから、頑張って我慢して、今度は千穂に話を。
「……やっぱり車じゃないとダメ? 危険なの?」
「……うん。学園の外は怖いんだ……」
「――かっこいい――だめ。しゃざいかいけん――だから――」
憂ちゃん。表情と言葉が一致していませんよ? 嬉しそうに言われると説得力に欠けちゃいます。
それから、千穂は憂ちゃんの様子に微笑みながら話してくれた。その内容が内容だけに、微笑みが儚くって……。
……それより。学園の外の怖さ。学園の強硬な態度のお陰で学園内では守られてるけど、外に出たらそれが通用しないから。
総帥さんの力だって、そうかもしれない……。
この蓼園市は総帥さんの街。名前だって蓼園さんの名前が付いているほどですからね。でも、ほとんどの人が総帥さんと直接会ったことなんてありません。知っているのは善悪様々な噂と、テレビや雑誌で語ったことだけです。総帥さんは憂ちゃんを守るって、宣言されています。それがどこまで盾になってくれるのか……。安易に試せることじゃないですからね……。怖いのは仕方ないよね……。
外を出歩けない。これでも先週より、随分とマシな状況……。先週は、もっときつかったんだろうね。なんせ、教室を一歩出ると敵がたくさん……だったんでしょうから……。
更に十数分間。まったりと過ごしてたら拓真くんが到着。
……佳穂を連れて。
「……教室の外に居た」って、教えてくれたのは拓真くん。
佳穂は、みんなの挨拶に「おはよ」って返したきり、席に付いて何も言わない。わたしとは目も合わせてくれない。
「――佳穂?」って憂ちゃんが声を掛けると、すぐにわたしに背を向ける形で振り返って「なに? 憂ちゃん?」って……。普通の声。普通の声に聞こえるけど、わたしには分かる。
唯一、チャットの遣り取りをしていた梢枝さんは『佳穂さんは信条を捨ててしまったのかも知れませんねぇ……』って、メッセージをくれた。
……わたしには分かるんだよ? 佳穂? あんたは、あんたのポリシーを捨て切れてないんだ。『みんな仲良く』を破ってる佳穂の声。言葉じゃ説明できないけど、違うんだ。
「千晶……?」って千穂の声。目を合わせると千穂は横をチラリ。その視線を追うと、憂ちゃんの視線と思い切りぶつかった。そのキレイな宝石みたいな瞳は、少し横に動いた。その数秒後……。また、わたしに。
わたしと佳穂を何度も何度も往復……。宝石は、段々と潤んでいって……、次第にキレイな水を湛えていった。
「皆さん?」
……梢枝さん?
「そろそろ行きますえ? 親衛隊の皆さんが手薬煉引いて待ってますよって。到着していること、教えてあげましょう?」
「憂? 行くよ? 玄関」
「――え?」
「美優ちゃんと……七海ちゃん……。外で……待ってる……」
「……そだね」と、佳穂は立ち上がる。まだ背中を見せたまま。
「――うん。行く――」
千穂がいつも通りに憂ちゃんの右手を取って歩き始めた……時だった。
「……1時間目。サボる」
わたしを見て、はっきりとそう告げた。
「分かった」
「……きついぞ?」
「分かってる」
「我慢出来る?」
「……許さないんでしょ?」
「当たり前」
「でも……ね?」
「…………でも?」
「復帰、初日だから……」
「あー……」
「ごめん」
「わかった。それでいい」
佳穂はそこで切り上げて、千穂と憂ちゃんを追いかけていきました。千穂の配慮に感謝ですね……。先に行ってくれたのは、わたしたちに時間をくれる為だから。
「……ウチも理解に苦しみますわぁ……。2時間目ですえ?」
……はい。1時間目の授業は受けて、2時間目に決定しました。さすがに5組復帰初日の1時間目はサボれません。
「そこまで理解出来れば十分、凄いよ?」
「褒められましたぁ……」
……言った梢枝さんは本当に嬉しそうでした。すぐに憂ちゃんを追いかけていきましたけどね。
親衛隊の皆さんに、おはようしてきて、また5組。やっぱり大勢、付いてきちゃった。
「憂先輩も千穂先輩も到着してるとは思いませんでした!!」
「私たち……早くて……驚いたって……」
七海ちゃんって、ゆっくり話してくれた事あったかな?
う……。なんで中等部の子たちって、私が憂に囁くと嬉しそうにするんだろ?
……もしかして、わざと? わざと七海ちゃんは私に通訳させようとしてる?
「七海? ゆっくりって、何度言わせるの? クラスに戻ったらまたお説教だね」
「美優さまぁぁ! ご勘弁をー! 忘れちゃうんですぅぅ!!」
…………。
違うんだね。天然さんだ。七海ちゃんを見てたら分かる。私は天然じゃないよ。うん。
「お前ら……。いつまで続ける?」
「お兄ちゃん……」
「美優のお兄さん!! 当分の間です!!」
「驚いた――? そうだ――!」
ぴんぽんぱんぽーん。下がっていった。
「「「失礼しました」」」
思わず、ハモらせたら大勢がハモらせてた。これは面白い。
「「「ぴんぽん「中等部3年E組、一条七海さん。学園長室までお越し下さい。繰り返します。中等部3年E組、一条七海さん。学園長室までお越し下さい」
……そのまま放送しちゃった。せっかく、ハモらせようと思ったのに……。事務のお姉さんに1本取られた気分。
「お前ら解散だ。親衛隊長さんが呼び出し食らった」って拓真くんが言うと、隊員さんたちは「はーい……」とか気のない返事で解散していく。
「ほら……、七海? 学園長先生待ってるよ?」
「今のって高等部の放送? もしかして七海、有名人!?」
あれ……?
「七海ちゃんって、自分の事、名前で呼んでたっけ?」
……覚えてないなぁ。
「千穂? 論点そこじゃない」って千晶が言うと「同意せざるを得ない。この天然め」って佳穂。「天然じゃありません!」って反論しながら、嬉しくてついつい笑顔。
「千穂先輩は……少し天然入ってます」
……傷付いた。美優ちゃん酷い。
「美優! 分かる!!」
「あんたが言うなっ!!」
「七海ちゃんにまで言われた……」
もう再起不能。もうダメ……。
「早く行けっ!!」
拓真くんの一喝で「行ってきます!!」って、七海ちゃんはダッシュ。美優ちゃんも「お邪魔しました!」って追いかけていった。いつも元気だなぁ……。
私は凹ませて頂きました……。
「憂さん? 『そうだ』って……何です?」
あ。そうだ。そんな事言ってたよね。
憂は小首を傾げて……。ホワイトボードを、ううん。その先かな? 忘れたパターンだね。
1分ほど後。
「――わすれた」だって。ほらね! 思った通り!
「千穂さん? 何も言わずに1人でドヤ顔されると怖いですえ?」
……みんな私を落ち込ませようとしてるのかな?
………………。
私の事なんかより……。佳穂と千晶だよ。2人はだいじょうぶ……?
2時間目の開始直前……だね。
さて……。到着しちゃったよ。屋上に。梢枝さんにも付いてきて貰った。キレちゃったら……その……、困るから。梢枝さん、憂ちゃんの側を離れたのって、バレてから初めてじゃないかな? 落ち着いてきた証拠なんだろーね。
屋上に人は……あたしらと別に、ふた組み。2人組の女子と、3人組の男子。絡まないでね。絡まれたらキレるよ?
なーにが『みんな仲良く』だ。ふざけんな。そんな事思ってたあたしはバカだ。知ってたけど。
始業のチャイム。今は戦いのゴングだね。
チャイムと一緒に男子たちは退散。2人、わざわざ睨んでくれたよ。どーでもいいけどさ。仲良くなんて出来ない人には愛想振りまく必要なし。
憂ちゃんが嘘付いてたって?
あー言う連中はさ。憂ちゃんが最初から正直に話してたら絶対、それをネタに憂ちゃんの事、笑ってたんだ。あたし、憂ちゃんのことで色々知った。人って汚い人がほとんど。キレイな人なんて、ほんのひと握り。憂ちゃんと千穂と拓真くん、梢枝さんも康平くんも利子ちゃんもキレイ。
あれ? 結構、居るんだね。
……でも、……さ。
……千晶も勇太も。違うって思いたいよ!! 思いたいけど、今のままじゃ無理なんだ!!
「ケンカはダメだぞ!!」
……3年生。茶髪セミロングの先輩が立ち去り際にそう声を掛けてくれた。千晶や勇太の転室は有名だからね。お陰で冷静になれたから「ありがとうございます!」ってお返し。バイバイしながら笑顔を見せてくれた。
茶髪のセミロング。あれはきっと憂ちゃんの真似。さっきの先輩方は憂ちゃん支持派。バイバイしてくれた時、見えたリストバンド。分かりやすいよね。
「……佳穂?」
千晶……。落ち着いてるね。クリクリっとした目が、あたしを捕らえて離さない。あたしが怒ってるの、知ってるでしょーに。
……ま、いっか。始めるよ? まずは前置き。
「省略しないよ? どっかで勘違い混ざったら困るから」
「分かった。全部、伝える」
即答。逃げる気なんか一切無いって、態度。そんな態度が頭にきて、「逃げた癖に」って、一気に切り出した。
「佳穂。略さないでくれる?」
……なに? その余裕は? いつだって冷静。みんなで興奮するような事、驚くような事があっても最初に復活するのは、いつも千晶だった。今は梢枝さんと半々だけどさ。
こんな時にまで冷静じゃなくてもいいじゃん。
「……憂ちゃんが……。憂ちゃんたちが1番、助けて欲しい時に逃げた癖に、なんで今になって戻ってきた? 千晶って、そんな卑怯者だったっけ?」
「………………」
何も言えないのか。でも悔しそうだ。それは……なんで……?
「ごめん」
謝っちゃった! 違うだろ!? 佳穂! しっかりしろ!?
「言い方悪かった。あれじゃ何も答えられないよね」
……よし。冷静だ。負けられるか! もうひと押し、次の言葉!
「理由は? あるはずだよね。理由が」
「言えない」
千晶が即答した瞬間、頭の中が沸騰しかけた。「佳穂さん?」って、タイミングのいい梢枝さんのひと言が無かったら暴走してた。千晶につかみかかってた。
梢枝さんがワンクッション置いてくれたお陰で、千晶の悲しそうな顔を見る事が出来た。
それでも……、あたしは納得できない。憂ちゃんが苦しい時に逃げてた千晶が、まだ許せない。
「瀬里奈と陽向は……。2人で考えて、2人で望んで停学なった。なんでか解る?」
「イジメへの断固とした対応を学園に取って貰う為。学園の本気を見せる為に2人は自分たちを犠牲にした」
……正解だと思う。
「もう1点。ウチからええですか? ウチ、あの2人には特別な思い入れがありますよって」
「いいよ」って、あたしが言うのと、ほぼ同時に「お願いします」って千晶の声。
「2人は憂さんの優しさを学園中に再認識させる為に、罪を告白しはったんです……」
なるほど……。それでも憂ちゃんは許して一緒に5組に居たって広める……って、感心してる場合じゃないぞ。
「セナヒナも自分たちに出来る事したんだ。千晶はどーしてた?」
あたしの追求に千晶は屈した。俯いて、「……憂ちゃんから離れてた」って、認めた。
勝ったよ。千晶に。
やった。勝った。
…………。
……むなしいよ。
それに悔しい。理由はあるんだろうけどさ。
――――『一緒に守ろうね』って誓ったよ。
あれは何だったんだ……?
「……千晶さんも佳穂さんと一緒に戦っていたじゃないですか。観てないですか?」
梢枝さん。梢枝さんの立場は、お馬鹿なあたしでも理解してるよ。
あたしと千晶を仲直りさせたいんだよね? あたしたちがギクシャクしてたら憂ちゃんが悲しむから。
でも……。
「意味解らない……」
逃げてたじゃないか……。千晶も認めたし……。
「ウチが投稿した憂さんを知って貰う為の……」
言い淀んだ。珍しい。
「隠し事は抜き……ですね。言い直させてくれはりやぁ? 憂さんを人と認識して貰う為に上げた動画。あの第1弾は、当時、了承してくれはった人がモザイク無しなんですえ? 顔も名前もです」
あの最初の……。バスケ編って言える動画で顔出しした人。
憂ちゃんはもちろん、千穂、拓真くん、たにやん、ちゃこさんと、梢枝さん、康平くん。
第2段は人間ドラマ。その出演者のほとんどが顔出し。
屋上で車椅子から降りて……、たにやん、きょうちゃんコンビの足に縋り付く憂ちゃんの姿。あたしの告白シーンも無音声で使われてた。他にも、あたしとちあ……。
千晶!!
「気付きましたえ?」
「……それくらいしか出来なくてごめん」
……なんだよ。千晶も戦ってたんじゃないか……。大勢、顔出ししてたから気付かなかったじゃないか……。
なんて言えばいいんだろ……?
今さら……謝れない……。
「……憂ちゃんの前だけでいいよ。お願い。憂ちゃんの前では……、仲良し演じてくれない?」
…………。
「……わかった」




