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163.0話 名前の選択

 


「立花さん、お疲れさん! もういいよ。()さん、そろそろ終わりの時間だろ? 急いであげな!」


「やまさん……。ありがとうございます」


 本当に助かります。山田さん。この『コンビニ』最古参のパートさん。体型的にも性格的にも恰幅のいい人気者。学生からも可愛いって言われてる元気なおばちゃん。外見じゃなくて、気さくなところが可愛い……って、失礼だね。ごめんなさい。

 私は……、このやまさんが居なかったらコンビニ辞めてたかも……。


「あんた、なんて顔してんだ! せっかくの美人が台無しだよ! しけた顔の店員なんか要らないね! さっさと帰りな!」


 あはは……。敵わないなぁ……。


「早く裏に引っ込め! 邪魔だよ! 邪魔!」


「はい! ありがとうございます!」


「なんで笑ってんのさ! あんたアレか? マゾってヤツか?」


「勘弁して下さいっ!」


「あっはっは! そうだ! 笑ってな!」


「……はい。失礼します」


 シッシッって、笑顔で追い払われた。


「愛ちゃん、お疲れさん!」

「…………お疲れ様です」


「お疲れ様でした!」と挨拶を返し、裏に引っ込む。やっぱり嫌う人は嫌うよね。正社員で採用された事がここに来てマイナスだわ。

 ……私たち家族を許してくれた人、許してくれない人は、はっきりと分かれた。それでも挨拶くらいは返してくれる。学園の支持と、総帥の庇護が私たちを守ってくれている。

 マイナス感情の吹き出し口に、重い石で蓋をした状態。

 これはきっと、憂たちも一緒。大丈夫だったかな……? 昼休憩の電話で千穂ちゃんは明るい声を聞かせてくれた。でも、千穂ちゃんは隠して溜め込む子だから、やっぱり不安。


 あー! もう! ボタン外れない!

 ……落ち着けー? 慌てるとダメなんだ。余計に時間掛かるぞ?


【空気が変わりました。学園内のポジションは元に戻りつつあります】梢枝


 実感はある。


 レジに立ってても土曜日まで、避けてた子たちが今日は普通に並んでくれた。

 ……やっぱり謝るって大事だね。




 キーンコーンカーンコーン。


 懐かしい鐘の音は、聞き慣れた音に戻ってきた。少し、肌寒いね。そろそろ厚着の季節かな? 憂のコート、買ってあげなきゃ。千穂ちゃんのも、お揃いで買ってあげちゃおうかな? 一緒に行くと遠慮しそうだから勝手に買ってきちゃう?


 ……そうしよ。


 ワイワイガヤガヤ。騒がしくなってきたね。戻りたいなー。高校生時代。

 正面玄関が見える位置に移動すると、仲良く手を繋いで家路につくカップルを発見した。

 凄いね。私らの頃、あそこまで堂々としてたかな?


 ……してる子たちは、してたかも?


「あ。お姉さん、こんちゃっす」


 おっと……。すぐに「こんにちは」って返せた私、偉い。茶髪に染めたちょいと軽そうな少年。


「なんとなく学園の雰囲気、良くなってるっぽいですよ。ユウ……、えっと……。なんて呼べばいいんすかね?」


「もうちょっと待っててあげてね。憂がどっちの名前を取るか……だから」


「そっすか……。そうっすよね。じゃあ、決まるまでは今まで通り『憂ちゃん』でいいすかね? ……って言っても、声を掛ける機会なんてないんすけどねー」


「失敗したわぁ……。チャンスだったんだよなぁ……」とか、続けてブツブツ……。


 憂の戸籍問題。極めてレアケース。偽造の件で何かの罪に問われるかな? ……って、思ってたけど訴えられることは無さそう。土曜日の会見が終わって、初めての月曜日。お役所が開いてる今日辺り、何かアクションあったかも? お母さんの連絡は無かったんだけどね。


「……だから、俺、応援してるっす!」


 ……あ。ごめん。聞いてなかった……とか思いながら、「ありがとね」って笑顔をお返ししておいた。「それじゃ失礼します!!」って、慌てて逃げちゃったよ。可愛い奴。

 ここで彼氏、探そうかな……とか、思ってたら大集団が玄関から出てきた。


 ……すっごい人数。


 ローファーじゃなくて、白スニーカーだから中等部の子が大勢だね。靴も自由なんだけど、中等部の子はほとんどが右に倣え。私もそうだったし。

 そんな蓼学生を遠目に見る時のコツ。ローファーは中等部の頃、憧れだったなぁ……。


 ……何人居るのよ。その中等部の子たちって……。噂の親衛隊さんたちなんだろうね。100人くらい居るわ……あはは……。あの中心に憂も千穂ちゃんも居るんだろうね。


 集団が私に向かって近づいてくる。

 ちょっとずつ……。きっと、憂が遅いから……。

 

 ……これは参った。なんて挨拶すればいいのよ?


 お。長い手発見。その振ってくれた手の主はたっくん。でかいと便利だね。お。集団が割れた。憂が見え……って、誰かダッシュしてきた!! ショートの子! その後ろに美優ちゃん発見。この子が七海って!! 止まってよ!!!


 ……止まった。急ブレーキ。キーって、ブレーキ音まで聞こえそう……。


「はじめましてっ!! 憂先輩のお姉さん!! 教室から駐車場まで、無事、親衛隊は先輩方をお送りしましたっ!!」


 90度以上の挨拶……。すぐに頭上げると、物凄く良い笑顔。うん。可愛い。元気印だね。短めの髪をピコンて結んでるのが活発さを印象付けてる。


「あっ! あの……「七海は勢いありすぎなのっ! ……憂先輩のお姉さん、お久しぶりです」


「……そうだね。久しぶり。七海ちゃんは初めまして。親衛隊の皆様、ありがとうございます」


 しっかりとお辞儀。本当にありがとう。


「……愛さん?」


「千穂ちゃん……」


 千穂ちゃんは困り顔。これだけ大勢の下級生に護衛されたら複雑な気分だよね……。右手を引かれてる憂でさえ、困った笑顔してるんだから。


「……ある程度……、ですが、戻りましたえ?」


「……そうですね」


 ある程度。これは間違いない。また憂はみんなの優しさに守られ始めた。でも、憂へのマイナス感情を持つ子は増えたはず……。それでも、この学園内ではマシ。いつになったら学園の外を歩けるかな……? いつか歩ける時……、来るよね?


 お。佳穂ちゃんも居るね。千晶ちゃんも発見。でも、なんかすっごく距離が空いてる……。千晶ちゃんは親衛隊に混ざってる……? 私の視線に気付いた2人はそれぞれ、会釈してくれた。私もお返し。


「――かえろ?」


 ……そだね。


「皆さん、本当にありがとうございました!!」


 もう1度、改めて挨拶。君たちのお陰だよ。


「――ありがとう――ございました!」


 ……憂。あんたも分かってるみたいだね。










「……憂? 千穂ちゃん……呼んできて?」


 ご飯出来たよーって。


「――わかった」


 うんうん。言うこと聞いてくれるいい子だよ。すぐにコントローラーを置いてくれた。


 ……漆原さん()がお隣さんになって、変わった事。

 正に家族ぐるみ。たっくんたちと離れちゃったのは寂しいけどね……。

 また、どこかに遊びに行けるといいな……。時間が解決してくれる……かね? その内、風化してくれると助かるんだけどね。


「いってきます――」


「気を付けてね」って、立ち上がった憂に声を掛ける。この子、最近ゲームと裁縫ばっかりだわ。勉強少なくなったね。何か心境に変化でもあったのかな? 聞いてみないとね。

 私も余裕出てきたし。


「――となり――だから――」


 ……心配要らないって? 心配に決まってるじゃないか! それでもこの安全なフロアくらい、活動範囲広げてあげてもいいんじゃないかなって……。

 この階は、マンションの上層階。最上階の一つ下。一番上の階じゃないのは、最上階が危険だから……だって。屋上からの侵入者からしてみれば最上階は近いからって。


「いってきます――」


「いってらっしゃい」


 ……2度目な気がするぞ?

 まぁいいや。それでなんだっけ? あぁ……、危険性の事だ。

 どこのスパイ映画か! ……って思った。よくよく考えると、そこまでの危険……は、あるんだよね。引っ越しの為に前の家に帰った時、留守番電話が凄いことになってた。

 日本国内の団体や企業。国外からの電話もいっぱい。片言の日本語とか流暢な日本語とか、よりどりみどり。変な宗教団体からも来てたね。ついにメシアが降臨されたとか何とか。なんのこっちゃ?

 誹謗中傷は捨てておくとして……。宗教団体含めて、ほとんど全部が憂の再構築絡み。憂の変貌は医学を飛躍的に進歩させる可能性を大きく含んでるから。

 島井先生があの画像を残していたのも、その可能性を捨てきれなかったから……も、あると思う。でも、島井先生は憂を研究対象としなかった。


 ……それはきっと島井先生なりの贖罪。島井先生にとって、事故直後に優の体を好きに弄った事は罪なんだろうね。私にとっては、憂を助けてくれた恩人なんだけど……。


 ……それにしても広いマンションだわ。憂の1人部屋をしっかりと確保出来た。4LDK……。部屋数は減ったけど、仏間は必要無くなったから問題無し。


 …………。


 買おうと思ったらいくらするんだろうね?

 万じゃなくて億ションだったりして……。

 形態は借家。総帥はプレゼントしてくれる気満々だったみたいだけど、遥さんはやり過ぎによる白い目を考えて、借家って形態を提案してくれた。正直、この方がありがたい。


「姉貴? 憂は……?」


 ん? あ、いかん。座り込んでたじゃないか。いつ、私はリビングに戻ったんだ?


「最近、ぼんやりしすぎだろ? しっかりしろよ」


「あー。ごめん。でも前向きになってんだぞ?」


「それでかよ。んで、憂は?」


「漆原さんち。呼びに行った」


「なっ! 1人でか!?」


 ドタドタと騒がしい()っちゃ。走ってったよ。過保護だねぇ。

 ここのセキュリティも優秀だぞ? このフロアへのボタンは消された。『・』があるだけ。普通に押したんじゃ、うんともすんとも言わない。またも隠しコマンドだ。意外と多いんだってね。エレベーターの隠しコマンドって。


「――ただいま」

「お邪魔しまーす!」

「……お邪魔します」


 ほら見ろ。防火扉も封鎖されてんだぞ? 誰も入ってこれやしないって。消防点検の時には開放するんだろうね。


「お兄ちゃん――?」


 またもやドタバタ。やかましいって。


「姉貴っ!」


「なんで怒ってんのよ?」


「玄関の外で転んだらどーすんだ!?」


 こやつは……。憂に抵抗が無くなったら今度はシスコンかい。


「……過保護すぎるぞ? お兄ちゃん?」


「……そう思います」


 だよねー。


「あの……! 2日連続のお呼ばれで嬉しいんですけど……」


 千穂ちゃん。言いたいことはよく解る。今までご飯作ってたのに、急に作らなくてよくなったら、落ち着かないよねー。


「あらあら? お勉強の時間に充てていいのよ? 憂と遊んでくれるのもいいわね!」


「あっ……いえ、そうじゃなくて……」


 あはは。しどろもどろだね。可愛い。でもね、お母さんは無理だよ。この人はキッチンから離れてくれないんだ。よー知っとる。


 おっ! 覚悟を決めたね! その顔、綺麗だよ!


「私もお料理、好きなんですっ!!」


「まぁ! それじゃあ、明日から一緒に作りましょう? いっぱい教えてあげるわよ。手取り足取り」


「手も足も取らなくていいですっ! ……手解きお願いします」


「はーい! 可愛い素直な娘が増えて嬉しいわ!」


 ……それに私は入ってないんだろうね。





「わ……。これも美味しい……」

「母さんは料理上手だからね」

「まぁ……ありがとうございます」

「――千穂?」


 千穂ちゃんのお父さん。あんまりお母さんの料理を褒めないで下さい。千穂ちゃんが不機嫌になっちゃうんです。


「……全部、吸収するから……」って、呟きに「お! 闘争心に火が付いたね!」って剛が茶々を入れた。ジト目で剛を見てる。仲良くなったもんだ。


「――千穂? ――お兄ちゃん!!」


 あ。怒った。千穂ちゃんをいじめたとでも思ったのか?


「……憂? 私……料理、頑張るから……!」


 ん? 何の宣言だ? 深い意味はあるのかな?


「千穂の――ごはん――おいしいよ――?」


 なんかくすぐったいね。こう……むずむずする。みんな同じみたいだね。千穂ちゃんまで。


「うん。そうだね。補正値抜きにしても千穂ちゃんは凄いと思うよ? なんて言ってもまだ16歳なんだからね。末恐ろしいほど」


「えっと……。そんな……」って、いつも通りに謙遜開始。


 お母さんは「そうねぇ」って言いながら、顎の下……、『おとがい』って言ったかな? そこに人差し指を当てる。何を言うつもり……?


「愛は簡単に超えちゃうわね」


 ぐ……。傷付いた……。





「――ごちそうさまでした」


 今日も会話に参加しちゃったからね。千穂ちゃん効果かな? お陰で食べるの遅くって……。ま、いいんだけどね。すぐにお母さんと2人で憂の食器を流しに移動。洗い物は後回し。


「それじゃ始めよっか。憂?」


「――なに?」

「始めるって……何をですか?」


「大事なこと……。だから3回目」


「はぁ……」


「見れば分かるよ」


 誠人さんは無言で身を乗り出した。興味津々ですね。


「憂? これの2つ、どっちがいい?」


 お父さんが憂の目の前に一枚の紙を置いた。たった二文字だけ書かれた紙。


 優と憂。


 早いこと決めないとね。憂に好意的な子たちも、どっちで呼べばいいか戸惑ってるからさ。


「あ……」

「なるほど……」


 漆原親子の前では初めてだね。千穂ちゃんは優の方が良かったんだったよね? それで結果が変わるのなら、迷いがある証拠。だから……「千穂ちゃんは……こっちが……いいって……」って、憂に教えた。


「――お姉ちゃん――ずるいよ――」


 唇出てきた。押してやんない。


「さぁ、どっちが……いい?」


 今日の担当はお父さん。昨日はお母さんだった。


 ……憂の手が動いた。


「千穂――ごめん――」って、言いながら示した文字は【憂】。


 結果に変化なし。意志は硬そうだね。


「……どうして?」って、千穂ちゃんは困惑気味だね。憂になって1年未満。優は14年以上。慣れ親しんだ名前は()で間違いないはずなんだから……。


 ……女の子として生きる決心か、古い優って名前を脱ぎ捨てる儀式か……。そんなところかな?


 憂の言葉は前2回と同じく、「ひみつ――ごめん――」だった。


「決定か……」って、お父さんが言うと「……ちょっと待って下さい。理由……聞きますから……」って千穂ちゃんが反論。


 ……そうだね。家族の前だと言いにくいのかもしんないね。千穂ちゃんと2人の時に聞いてみて貰おう。


「お願いね。任せた。でも、無理そうなら無茶しないでね」


「はい……」


「ついでにお風呂、憂と一緒に入る?」


 2人切りの時間だよ?


「え……? その……。恥ずかしいから許して下さい……」


 ……おや? 千穂ちゃんが恥ずかしいのか?

 秘密がバレて、有耶無耶になっちゃったけど、結論出したっぽかったんだよねぇ。これは……、憂にとっては嬉しい答えが出たのかもね。


「千穂――? げーむ――しよ?」


「え? ……うん。いいですよね?」って、確認のおずおずとしたお伺いの声。


「確認不要だよー。お風呂の時間だけは確保してね」


「はいっ! 行こ!」


「――うん!」


 ……なんと言うか……。まぁ……。「2人とも嬉しそうだな……」って剛の声。本当にね。相思相愛なのかな?


 ……だったらいいな。


 それにしても……。勉強しなくなったわ。


 ……聞き忘れてたわ。反省。




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