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158.0話 学園休んで遊ぶ子

 


 ―――10月26日(木)



 圭佑は、遅い時間に起床した。共働きの両親も姉も家を出てしまった後の時間だった。

 ……暴露されたあの日、圭佑は憂の現状を話し、3人の家族は理解を示した。


【本日、憂はお休みします。ごめんね……】愛


(……何があった?)


 スマホを睨みつける。


(襲われたりしてねーよな……。元が男ってバレちまって……)


 良からぬ想像をしてしまったのか、怒りやら何やらごちゃ混ぜの変な顔となった。


(あー! くそっ! 暇すぎる! 暇すぎて考え過ぎちまう!)


 圭佑は暇を持て余している。彼は同じ1年生。同じバスケ部員に暴力を振るい、停学処分を課せられた。

 蓼学が下す処分は、基本的に重い。だが、今回に至っては情状酌量の余地ありと今週いっぱいの停学処分に留まった。しかし、もしも2度目を起こせば、良くて無期限停学は逃れられないだろう。



 ―――月曜の放課後、部活中の出来事だった。



『憂ちゃんが優とかビビったよなぁ!』


『あぁ……。想像もしてなかったわ。確かに憂ちゃん、後遺症の割にバスケ巧かったけど、元が優なら納得だわ』


『今は女の子ってかぁ? あいつどんな気分なんだ? なんで隠してたんだぁ?』


 話は当然、ユウについて。外部入学組の中にも、優について知る者は多かった。中学高校バスケ界屈指の名門である藤校撃破の立役者として、優の名前は拡がっていたのである。


『いや、言えねーだろ。言ったら今のこの状態だろ。普通に暮らせんわ』


 同級生も先輩も……。半数ほどの者が、その言葉に笑い声を挙げた。圭佑も京之介も勇太も……、そんな優を笑い者にする態度に眉を潜めた。


 そして、次の会話でキレた。


『あー! 憂ちゃん、バスケ部、戻ってこねぇかな? 優しい顔して誘ったら入部してくれんじゃね? 男バスに』


『……なんでだよ。付いてこれねーだろ? あのバスケ少年がバスケ出来ねー体になったんだ。可哀想じゃねーか……』


 憂を思いやるような発言の同級生に、どこかホッとした瞬間だった。


『入部して貰ったらヤらせてくれそうだろ? あいつも興味あるって! いや! もうヤッてんじゃねーか!?』


 この言葉を聞いた瞬間、もう自分を抑えられなかった。止めに入った京之介を突き飛ばし、鬼の形相で殴りかかってしまったのだった―――




(まずかったよなぁ……。秋季大会前だってのによ……)


 あれからどうなったか、彼には分からない。最悪、対外試合禁止まであり得ると圭佑は思う。

 多量の息を吸い込み、そして吐き出すとスマホを手に取った。


(よっしゃ……。憂の事も気になるし、気分転換を兼ねて……)


 圭佑は入力を始めた。相手先は愛だ。開通していない個別チャットだが、彼の手はスムーズに動いている。圭佑は男女の壁に物怖じしない。


 圭佑【ども! 停学中のアホです! 憂に会いたいんすけど、大丈夫っすか?】


 圭佑はコンビニに何度か立ち寄っている。目的は憂の綺麗な姉だ。面食いの彼は美人姉妹である2人、どちらともと接触したいのである。

 以前は『千穂ちゃんいいよなぁ……』などと、言っていた事もあるはずだ。


【圭佑くん! 会ってあげて! 迎えにいくから住所教えて!】愛






「……昨日ね」


 愛は、圭佑に昨日の出来事を語っている。圭佑が全面的に憂を守ると宣言したからに他ならない。それはこの姉が、妹の味方を心底、欲している事を如実に物語っている。

 個別チャットから時間は経過し、現在、愛の車内だ。いつもの白いワンボックスカーでは無い。誰かから借りたものだろう白いセダンだ。

 憂とその一家が病院に匿われている事は、既にマスコミの知るところとなっている。だが、表立った報道は成されていない。公然の秘密とされている。憂が未成年者であり、障がい者である事実が報道を控えさせている。




「じゃあ、憂はそれがショックで……」


「……うん。そうみたい。面と向かって言われちゃうとね……。さすがに傷付いたみたいなんだ……。その後にも……現国も家庭科も先生が味方だから問題なかったんだけどね……」


「リコちゃんはともかく、おばちゃまも理解してくれたんすね」


 言った圭佑の表情に光明が差したが、愛の言葉に再び沈んでしまう。


「6時間目の地理……。先生は、教室内を歩きながら読み聞かせてたんだって。それで千穂ちゃんの横を歩いてた時、憂が消しゴムを落としちゃって、先生の前に転がっちゃって……」


 愛の表情は伺えない。声もくぐもっている。サングラスとマスクでその顔を覆ってしまっているからだ。


「とっさに拾おうとして……、躊躇っちゃったんだって……。気付いた佳穂ちゃんがすぐに拾ってくれたみたいなんだけど……」


「それって……」


「……うん。憂の持ち物だから触れにくかったんだと思う……。千穂ちゃんが全部、教えてくれるんだよ」


「……その千穂ちゃんは?」


「今日も学園に行ってる。『憂は仕方ないけど、私たちまで逃げる訳にはいきません』って。憂の居場所を守るんだって……」


「強いな……。千穂ちゃんは……」


「なんだか、気負いすぎてて、潰れちゃわないか心配だよ……」


 愛のハンドルを握る手が震えている。それを助手席で見ると、話を少しだけ逸してみた。


「拓真はどうっすか? 今朝のあいつのコメントは見たんですけど……」



【おっさんが学園の外をウロウロしている。たぶん記者だ。みんなは大丈夫か?】拓真


 チャットで書き込みする人数は、随分と減少してしまっている。その中で返信があったのは護衛2人に佳穂だった。いずれも記者らしき人物を目撃しているらしい。佳穂は【写真撮られた気がする】とまで、コメントを残した。


「拓真くんは今日から自宅に戻るって。あの子のお母さんは強いから……。『何も悪いことはしていません。我が家は堂々と生活していくだけです』ってさ」


「そっすか……。あいつ……」


「うん。拓真くんも強い。千穂ちゃんと拓真くんが憂の仲間で本当に良かったって思ってる」


 圭佑は横目で愛の手を確認した。その手の震えは収まり、圭佑は暗いながらも安堵の表情を宿した。


「……そろそろ隠れてて」


「え……?」


「……写真。撮られちゃうよ? 病院の傍では……ね」


 そう言われ、圭佑は大きな体を窮屈そうに屈め……やめた。


「……いいっす。俺は。撮られても何言われても」


「……え?」


 今度は愛が聞き返す番だった。表情は伺えないものの、愛の目は見開かれている事だろう。圭佑は憂の支持をコメントだけでは無く、態度で示してみせたのだ。




 2人の乗った車は地下駐車場入り口、今まで配置されていなかった警備員との短い会話を経て、駐車された。今のところ、この地下駐車場内には記者の影は存在していないはずだ。だが、近いうちに患者に紛れ、更なるスクープを模索する者たちが現れるだろう。もう既に、混ざっているのかも知れない。

 警備員も今は職務に忠実に動いている。それもいつまで持つか分からない。現状は不安定そのものだ。


 エレベータに乗り込み、最上階に上がるとそこは安全圏と云える。エレベータと南北2箇所に階段が存在するが、その防火扉は現在、閉鎖された上、電子ロックされている。消防の監査が入れば、是正を勧告される状態だ。

 要するに、このフロアに行こうと思えば、エレベータの隠しコマンドを入力するしか無いのだ。


 鉄の箱から2人が姿を現すと、そこには裕香の姿があった。

 それでも、不安は拭いきれない。よって、専属の誰かがこの廊下で雑務をこなしている。

 近い内に遥の手の者の中、憂に対し、負の感情を抱かなかった者を選定し、詰めさせる手段等も検討されている。


「愛さん! おかえりなさい! 圭佑くんですね! お久しぶりです!」


 裕香との短い遣り取りを終えると、NS(ナースステーション)を経由し、憂の誕生日を祝って以来、2度目のVIPルームへの入室を果たした。


「――たにやん! ――ひさしぶり!」


「憂! ……元気そう……だな……」


「……さっきまで口を開かなかったのよ。友だちの力って偉大ね」


 母・幸は困り顔で微笑んでみせた。この母は、この現状を前にしても、どこか朗らかに笑顔を見せている。きっと明日が今日より良くなると信じている。








「けいすけ――? あれ、とれる――?」


 そう言って、コントローラーを圭佑に手渡そうとした。


 到着から1時間ほど。

 憂は毛足の長い絨毯に直接、座り込んでいる。憂たちの暇つぶしになれば……と、伊藤が持ち込んだゲーム機だ。以前の護衛2人からのバースデイプレゼントの物ではない。あれとはメーカーそのものが違う。


「ゆっくり……近寄れ?」


 自分で取れと言う、圭佑の言葉に不満の象徴が突き出た……が、それでも同様に渡辺が運び込んだテレビに向き直った。この部屋、標準装備のスクリーンは巨大すぎてやりにくいのだ。


 憂は左スティックを小さく前方に傾ける。ゲームの中の主人公は、ゆっくりと眼前の木に近付いていく。


「そいつは……レアだぞ。慌てるな……?」


 要らない事を言った。その言葉で焦った憂は、スティックを押し込んでしまい、謎のクワガタは飛び去っていった。


「うぅ――」


 ……悲しそうだ。やっているゲームはその昔、CMも打っていたはずの、まったりゲーム。『どうぶつたちのもり』である。


「――たにやん――」


「圭佑、だ」


「けいすけ」


「ん? 呼び方矯正中?」


「そっす! 最近、渓やんって呼び方するヤツ減ってきたんで。きょうちゃん……、じゃない! 京之介も一緒っすよ。高等部入って時間経ったからっすかね?」


「そうかも。私の時も高等部で渾名の使用減ったからね。私は渾名無かったけどさ」


 あはは……と、笑って見せた綺麗なお姉さんに「愛さんは仕方無いっすよ。変えようねぇっす」と、圭佑が笑った瞬間だった。


「わぁ! また――!」


 圭佑も愛も幸も恵も、思わずテレビ画面を見やった。そこには巨大な蜘蛛に追われる主人公の姿。ちなみに憂が選択した主人公は男主人公だった。男を選んだ。理由は誰も聞いてない。聞けなかった。


 蜘蛛は逃げる主人公を猛追している。時折、現れては主人公を襲撃する。追い付かれると、拠点である自宅へと強制送還される。ゲームオーバーは無いゲームだが、厄介な存在だ。


 その時、憂は主人公を反転させた。そして虫取りの網を振るった!


 ……が、空振り。蜘蛛に襲われ、主人公は自宅ベッドから再始動した。


「――――」


 無表情だった。無表情に、また主人公は家を出た。


「憂? 勉強……いいんか?」


 圭佑は問い掛けた。キリの良いところだと思っていたのだろう。


「いまは――いい――」


 返ってきた言葉は圭佑を驚かせた。今までの()を考えると信じられない言葉だった。後遺症の影響により苦労しながらも、それでも……と、頑張っていたはずだった。


「……どうして?」


 祈るような気持ちで聞いたはずだ。憂は、大好きなはずだった久々の学園で傷心した。愛に聞かされた事柄以外にも、興味本位の視線、侮蔑、嘲り、憤怒……。様々な視線に晒された。今までと同じように微笑ましく見る者たち、憂たちの現状を憂う瞳も存在するが、それ以上にそんな人目を感じてしまったのだろう。それは今までとは全く違うものだった。


「べんきょう――ついて――いけない――」


 憂の手は止まっている。画面の中では少年が退屈そうに座り込むアクションを見せ始めた。


「ちょっと――きゅうけい――って――」


「……」


 少しの沈黙の後、圭佑は「学園は……?」と聞いた。憂は画面を見詰めたまま答える。小首は傾けない。考える様子を見せず「どうしよ――?」と呟いた。


 チラリと愛を見ると、目が合った。そして、愛は首を横に振った。同じような問いに同じような答えを愛は貰った。そう理解する。


「……逃げんなよ」


 勝手に理解すると勝手に怒り始めた。圭佑は感情で動き始める節がある。愛と専属の咎めるような怒ったような眼差しが圭佑に集中する。母だけは微笑んでいる。


「千穂ちゃん……。今日も……戦ってんだ」


 そんな視線に圭佑は気付いたはずだ。だが、言葉は口から溢れ出す。


「京之介は……俺がキレた……理由を……あいつらに……」


 憂は圭佑を見上げ、小首を傾げた。言葉が足りない。理解には至っていないだろう。


「月曜……。俺が……引きずってでも……連れていく」


 ――――――――――――。


 ――――――。



「ちがう――!」



 ――――。




「ボクは――! ――――――!」



 次々と言葉がこぼれ落ちていった。圭祐は、憂に想いを発露させようとしたのかも知れない。













 この日、総帥に大きな動きが見られた。


 蓼園商会会長職へと電撃的に復帰を果たしたのだった。



 ―――蓼園 肇の動きは迅速だった。


 真実が暴露された土曜には動き始めた。土曜の内に通知した通り、月曜、緊急の取締役会議を開くと、満場一致で会長職復帰は可決された。蓼園商会は総帥の帝国だ。逆らえる者はいない。重役たちがどのような想いを抱いていたとしても……だ。


 そして、本日、月曜に告知された通り、緊急の株主総会が執り行われると、多数の報道陣が詰めかける中、会長職復帰が告知された。


『儂の復帰を歓迎しない者も無数、居るだろう。思う事もあるだろう。しかし、儂に力を貸して頂きたい。儂が今年の始め、会長職から退いた理由はあの少女の存在故だ。彼女の秘密を……、いや、彼女自身を守る為には身軽である必要があった。そして、秘密が暴露された以上、今度は権力が必要だ。困難に直面するあの子を守る為、儂に今一度、力を与えて欲しい。あの子を差別と偏見から守りたい。蓼園グループは差別と偏見の撲滅! それを強く訴え続けてきた! まさか、それを知らぬ訳ではあるまいな!?』


 ……強い言葉に反論は、ほとんど無かった。株主総会に於いても会長職復帰は承認され、晴れて会長室へと舞い戻ったのである。

 彼と秘書は、差別と偏見と戦う姿勢を印象付け、問題をすり替えた。それを主張されると反論し難いのが現代社会だ。反論すればレイシスト……。差別主義者のレッテルを貼られる。これは社会的にマイナス評価となる。

 よって、公然と反論できる者が少なかったのだ。


 学園内の構図もまた、これと同様だ。憂への偏見が、元仲間たちへの猜疑心が。更には、『知っていた』と云う態度を押し出す護衛、千穂、拓真への糾弾が、息を潜めている理由はここにある。


 彼ら協力者たちは、その社会構図を最大限に利用しているのだ―――





 総帥の動きはそれだけに終わらない。

 会長職に復帰した肇は、立花 迅……。憂の父に強く転居を迫った。それまでは提案、若しくは打診だったが、この日は命令だった。

 その命令に逆らえず、この日、迅は住み慣れた我が家を離れる決意をし、その命令を受け入れた。


 更には立花一家に1つの提案をした。こちらは提案だ。これには憂が多分に絡んでくる為、提案に留まった。

 憂はこの夜、その提案を保留した。人目に対する恐怖心を抱いてしまった事が原因なのかも知れない。


 梢枝にも動きが見られた。

 梢枝はこの日、動画の第2段を投稿した。そこには憂とそれに親しい者たちの恋模様を含めた人間ドラマが収められていた。多くの友人たちがモザイク処理されていなかった。

 第1段は確実に効果をもたらしている。ONにされたコメント欄には、好意的なコメントが大勢(たいせい)を占めている。憂を1人の人間として認識させるこの投稿動画は一定の成果を上げている。


 しかし、それはあくまで投稿動画を視聴する者に効果が限定している。テレビと新聞で情報を収集する世代からの偏見を薄める必要があり、その為に憂の記者会見への同席を提案されたのである。






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