156.0話 偏見
この156.0話で100万文字突破です。本当に長い間、お付き合い頂き感謝です…… m(_ _)m
そして。
暗い話が続いておりますので、147話付近に閑話を差し入れております。短い、ほのぼのなものですよ。
また、その内、差し入れます。
―――10月25日(水)
……昨日、通学した拓真くんから色々聞いちゃって、不安は隠せない……かな?
教室内は少ない人数になったって聞いてるけど、残った人たちは全力で憂を守ってくれるはずだって……。
教室内は大丈夫……。でも教室から離れて……トイレとか行くと、視線が痛い時があるって。拓真くんって人の目を気にしないタイプのはずなのにな……。
「不安ですか……?」
……梢枝さん。梢枝さんは今日の通学に反対。もう少し待ったほうがいいって……。でも、肝心の憂が通学を望んだ。
梢枝さんも憂の想いは叶えてあげたい1人だから、すぐに折れた。優しい笑顔で……。
「梢枝さんは不安じゃないんですか?」
あ、れ……? 苦笑い……?
「いつまでも千穂さんは敬語なんですねぇ……」
「あ……。そうかも……」
……嫌なのかな? 今も年齢関係なく、同級生として見て欲しいのかな?
「……梢枝。意地の悪い事すんなや」
…………?
何が……?
「不安はありませんえ? 出来る事をするだけですよって……」
「あ……」
拓真くん! 肩が震えてるよ! 久しぶりに梢枝さんにやられて、見事に引っかかったけどさ!
「ぷくく……」
愛さんまで笑ってるしぃ……。運転しながらですよ……? 事故らないで下さいね?
その愛さんも今日から職場復帰……。大丈夫なのかな? 生徒が多く集まるコンビニだよ? 愛さんの事も心配だったり……。
「千穂ちゃん? 笑ってたほうがいいよ。不安が感染してるわ」って、康平くんの指摘。
憂……。そうだよね。1番不安なのは憂のはずなんだよ。
憂に微笑み掛けてみる。ついでに1つ質問。戸籍問題。これからどうなるんだろう? 戸籍の偽造って罪は重いの? 誰が罪に問われるの?
……まぁ、いいや。したい質問しなきゃね。
「憂は……ね……?」
あれ? どうやって聞けばいいんだろ?
「――うん」
真っ直ぐ見上げる憂の綺麗な目。綺麗な理由は憂の目が赤ちゃんの目と同じだからだった。憂の目は赤ちゃんの目と一緒。新しいからだったんだね。肌が綺麗な理由もそう。髪の色がだんだんと濃くなってきてるのも、赤ちゃんの髪が成長するに連れて濃く太くなっていくのと同じなんだって。渡辺先生がそう言ってた。
……渡辺先生の印象。最初と全然違う。今はすっごくいい人なんだって思える。本当は違ったりして? 誰がいい人で誰が悪い人かなんか分からない。そもそもそんなの無いのかも……?
「――千穂?」
「あ。ごめん」
えっと……。聞こうとした事……。わかってくれるかな? いいや。聞いちゃえ。
「憂は……。これから……憂? それとも……優?」
「――んぅ?」
やっぱり小首傾げた。長くなりそう……。ごめん。
「千穂ちゃんは……どっちがいい?」
運転席からの質問。
……どうなんだろう? 優って字はもちろん好き。優しい優をひと言で表してるから……。
憂は……憂は……。今の憂の雰囲気にぴったりでこっちも好き。
「……どっちも好きです」
「うん。私も……。みんなは?」
「俺はやっぱ優しいほうがいいっす」
……拓真くんは当然。そうだよね。私もやっぱり優がいいかな?
「ワイは憂うですわ。憂さんになってから出会ってるんで……」
「……ウチもそうですねぇ。康平さんと同じです」
「あはは! キレイにバラバラだねー!」
……ですね。肝心の憂は固まったままだし。やっぱりややこしかったよね……。
「……憂の意見が気になるけど、時間切れ。着いちゃったよ。結構、大事な事だからきちんと憂に聞いておいてね?」
「はーい」
うん。大事な事だよ。
「……そんなこんなで日本は太平洋戦争……って言うか、大東亜戦争に突入していっちゃったワケだね。こんな事言うと教育委員会とか色んなとこに怒られちゃうかも知れないけど、ぶっちゃけね。日本は喧嘩売られちゃった感じがして仕方ないんだよね。もちろん、色々と頑固に突っぱねちゃった事も要因なんだけどさ」
……日本史。全然、頭に入って来ない。入ってこないって言うより、聞いてない。私が。
佳穂も聞いてない。
【色々と予想外の教室だと思う。驚いたよね?】佳穂
個別チャット。先生、ごめんなさい。静かにしてるから許して下さいね。
千穂【……うん。千晶は……?】
千晶のことは梢枝さんも聞けてないみたい。梢枝さんは教室に入ると、遅刻したのに健太くんの席に座ってビデオカメラを憂に向けた。
憂が入ると……、クラス全体、ふんわりとしたものになった。きっと、ここは優しい5組だから。憂は入室すると、深く……、長く頭を下げた。謝罪したんだね。今まで隠しててごめん……って。授業中だから無言の謝罪。
【A棟の特進クラスに居るらしいぞ? 勇太もA棟。京之介くんもA棟】佳穂
……仕方ないとは思ってる。でも……。それでも寂しい……。隣の憂は今、じっと前の席……。千晶の席を見詰めてる。時々振り向いては勇太くんの席を見て……。きょろきょろと空席を次々に眺める。どこか不思議そう……。
【きょうちゃんはバスケ部員に事情を話すんだって転室したらしいよ。きょうちゃんは大丈夫! 味方だ!】佳穂
……佳穂。その言い方は良くないよ……。それじゃあ、千晶と勇太くんが敵みたいじゃない……。
…………ん?
「……憂? どしたの?」
……超小声。聞こえたかな?
「千晶――。かぜ――?」
……え? もしかして……分かってない? えっと……。あー! 凌平くんがチャットで教えてくれてから説明してない! あの文章、漢字いっぱいで……。きっと凌平くんは私たちが説明するんだって……。
どうしよ!?
「みんな――かぜ? いんふるえんざ?」
ざわざわ。人数は少なくなっちゃったけど、ざわざわ。憂の声は相変わらず、よく通るから……。これも声帯が新しいからじゃないかな? ……って渡辺先生が……。
……って、そうじゃない。
……ちらり。
隣の凌平くんが目で訴えてる……。『どうするんだ? 今となっては説明し難いぞ?』って、口も動いてないのに、声まで聴こえた気が……。幻聴だよね?
授業……中断しちゃってるし……。5組が分解した原因は……、間違いなく憂だから……。先生も気になる……よね。
「はっきり伝えろ。それか、俺が言うか?」
……拓真くん。甘えちゃいたい……。でも……「私が……」って。
「みんな……転室……しちゃった……って」
「――え?」
小首を傾げる。いつも通りの向かって右側。
「先生……? 少し時間かかります……。ごめんなさい」
「……うん。勉強より大事な事だってあると僕は思う。いいよ」
「ありがとうございます」
本当に助かります。
「――てんしつ――した――?」
良かった。転室は憶えてるね。
「……はっきりと、だ」
……分かってるよ。誤魔化しても憂はすぐに理解する。私たちが隠したら余計に傷付くから……。
「いっかげつ――あれ――?」
待機期間……。そこも憶えてるんだね……。余計にややこしくて……。
「特例……」
「とくれい――?」
「……特別に……1ヶ月……無しで……」
――――――。
「――うん。たいき――なし――?」
「そう。だから……」
……言わないと……。
「距離を……取ろう……って……」
「きょりを――?」
「比喩じゃねぇ。あー。やっぱ俺が伝える」
……ごめん。やっぱり私には……辛いよ……。
「憂?」
「――?」
憂は柔らかい体を後ろに体をよじって、拓真くんを見上げた。
「原因は……大きく……2つだ」
「ふたつ――?」
「あぁ。ふたつだ」
拓真くんは背もたれに預けていた体を起こすと、指を1本立てた。
「ひとつ。隠した……理由は……あった」
「りゆう――?」
「だが……俺らは……隠して……いた」
「――かくして――うん――」
憂の目がうるんだ。理解しちゃったんだ……。
「だから――おこって――」
「そうじゃねぇ……。ったく、難しいな。あとで……紙に……」
頭をボリボリ掻きながら、憂にそう伝えた。
……難しいよね。怒って出て行った人は5組では少数派だと思う。それよりも怒った人から憂の事を知ってたんじゃないかって、疑いの目が向く。それを恐れたんだよ……。
「――うん。おねがい――」
「……ふたつ……め……」
拓真くんは、2本の指を立てて見せた。憂のうるんだ瞳が2本の指に注がれる。
「――きもちわるい――から――」
「っっ!」
……憂……。
拓真くんは絶句。何も言えなくて……。
「ボクも――きもちわるい――おもう――」
「そんな事ないっ!! 憂ちゃんは! 優くんは! 必死に! 生きようとしただけなんだっ!! どうやって変わったかなんて関係ないっ!! 憂ちゃんは憂ちゃんなんだよ! いつも前向きに頑張る憂ちゃんなんだっ!!」
……佳穂……。
憂は佳穂に目を向けて……。呆然。途中から、ゆっくりも途切れ途切れも出来なかったから……。
ツーって、憂の目から大粒の涙が零れ出した。それを見て、佳穂は憂の手を取って、引き寄せると強く……。強く抱き締めた。
「きもちわるく……なんか……ないよ……?」
「そんなの……言う奴……あたしが……」
「あたしが……全員……だまらせる……から」
「そんな風に……思わない……で?」
「 Ms.Yuuko Kokura?」
「 Yes.I,m here. 」
佳穂の言葉は憂に届いたのか分からない。でも、佳穂はみんなの想いを代表する形で話してくれた。私の気持ちも、もちろん佳穂と一緒。
……憂は人の感情の動きを表情で読み取れる。読み取れるようになった。いつの間にか……。
「 Ms.Chiho Shinohara?」
だから大丈夫。憂のこと、『気持ち悪い』なんて思わない人も存在するんだって伝わったはず……。
「――千穂?」
ほら……。憂はすぐに泣き止んで、今はこうやっていつもの憂に戻ったんだから……。きっと、謝る暇も無かった事がショックなだけなんだから……。
「漆原さん!?」
「ひゃい!?」
……か、噛んじゃった……。それより何!?
「……点呼だ」
「はい! 居ます!」
クスクスと笑い声……。恥っずかしい! ……英語の授業だった。この2時間目が終わったら移動教室……。大丈夫かな……?
1時間目の終了後だって、覗き窓やグラウンドからジロジロと憂の事、見に来てたし……。何も……無いよね……?
「……もういいです。人数は数えれば、すぐに分かる人数ですので……」
山下先生。ちょっと……怒ってらっしゃる……?
「千穂すまん! あたしもやっちまったんだー! あはは!!」
「私も。全然、集中出来ない。元々、集中力無いけど」
佳穂と結衣ちゃんが自白……。私で3人目なんだね。人数減っちゃったから、私も順番早いのに……。
怒っちゃうのも仕方ないかな……。ごめんなさい。
「……意外と元気そうで安心しました。こんな事、言っていいのか分からないけど、職員室でも1-5の話題は良く上がってるんですよ。元々、多かった気もしますけどね」
「あはは! いつでも注目の的だー!」
「そうですね。5組さんは明るい良いクラスでしたから……。何があっても5組さんだけは……って、思ってたんですけどね……」
山下先生……。先生たちにも色んな想いがあるよね……。でも、先生方は立場上、5組を放棄出来ない……。山下先生は大丈夫そうだけど……、先生の中にも居るよね。憂を嫌悪してる人……。例の『不気味の谷現象』だったかな? 憂を人と思えなくなって嫌悪する人たち……。
「今も明るいよー?」
「佳穂さん……。ごめんなさい。そうですよね。私は5組さんが元に戻ってくれるって信じてますよ!」
あれ? 瀬里奈さん……。どうしたのかな? じっと憂を見詰めて……。あ。気付かれた。
……逸らされちゃった。
もしかして……。
「今日は身に入らないみたいだし、自習でもなく、自由時間にしますね! デイビッドには内緒ですよ! 彼は生真面目ですから!」
「あははー! 山下センセ大好きー!」
「ホンっと、最高。愛してる」
「結衣さん!?」
「結衣! あんたが言うと本気に聞こえる!」
結衣ちゃん。こんなに話す子だったかな? ちょっと風変わりだと思ってたけど、面白い子なのかも……。さくらちゃんもいいツッコミしてるよね……。いいコンビ。佳穂と千晶みたい……。
「……っつーワケだ」
教室の後方。つまり、私たちの席に集まって憂に状況説明中。1時間目後の小休憩で、もちろん間に合わなかったから。雰囲気は良好。憂が泣いてない限り、みんな明るい。
「近いうち! 健太! 帰ってくるって!」
「そうそう! 人数! すぐ! 戻るって!」
……ちょっと話すの、早いかな?
「ちょっと早いぞー?」って、佳穂が教えてあげた。
「もうちょいゆっくりか! わかった! さんきゅ!」
なんか……。あんまり話さなかった人たちとの距離が近づいた気がする。
「……不思議ですかぁ?」
…………。
「梢枝さん……。頭の中を覗かないで下さい……。なんで分かるんですか……」
あっ!
みんな何のことって顔してる! 面白い!
「今までウチら護衛と拓真さんは知られないように……と、クラスメイトを必要以上に近づけなかったんですわぁ。もう知られてしもうたから、その必要が無くなったんですえ?」
……そんな事してたんだ……。知らなかった……。
「皆さん、すみませんでしたねぇ……」
梢枝さんがやんわりと謝ると「いいんだって!」「隠して当たり前だよ!」「むしろ辛かったよね……」って……。
みんな優しいな……。山下先生も遠目から聞いてるだけだけど、どこか嬉しそう。
あ。じわってきた……。
「――よし――よし」
……憂。
なんでろうね。憂にこうやって頭をなでられると、安心する……。
あ! みんな生暖かい目で見てる!! 恥ずかしい!!
「……憂ちゃんと……千穂ちゃんって……その……」
瀬里奈さん?
「……まだ、付き合ってる……の?」
……え?
「優くんから……変わる前……。付き合ってたよね?」
そっか……。そうなるよね。当然、生まれる疑問。
「付き合ってるみたいなもんだよねー!」
「ごめん。佳穂ちゃん? 私、千穂ちゃんに聞いてる……」
「お、おう……。ごめん」
……えっと。えーっと……。
「そこまで。一応、授業中だからね。恋バナはまた今度!」
先生……。助かりました……。
2時間目の終了は憂のトイレの時間。1時間目か2時間目か迷ってたけど、こっちの方が無難みたい。
康平くんも拓真くんも梢枝さんも佳穂も付いてきた。優子ちゃんたちも一緒に、って心配そうに声を掛けてくれたけど、さすがに大所帯すぎるから……。
……ホントにじろじろ見られる。ヒソヒソと囁かれる。
嫌な空気……。ほんのちょっと前までと全然違う。同じ注目だけど全く別のもの……。
いつものトイレに到着。特進クラス側のトイレ。使う人がいない多目的トイレにしようとか思ったけど、不自然だよね。梢枝さんもこっちに来た時、何も言わなかったからこれでいいんだと思う。
4人でトイレ内に……。拓真くんと康平くんは外で待機。当たり前だね。
あ……。
1人出てきた。アレンジ制服の……特進かな? 大人しそうで真面目そうな子……。
「ちょっと! ここ使わないでくれる!? 気持ち悪いから!!」
………………。
憂を見て豹変……。ちょっとそれは「酷くない!? あんた何言ってるか分かってる!?」
佳穂が思った事をそのまま代弁してくれた。でも、そんな佳穂を梢枝さんが手で制した。
「分かりましたわぁ……。でもトイレを共用するくらいええんでないです? 憂さんは今、紛れもない女の子ですえ? どうして、それが嫌なんです?」
「……質問されたから答えるだけだからね。逆恨みして、大物に伝えるとかやめてよ?」
「ええ。約束しますえ? 貴女が言いたいのは、何か感染されそうとか言う、偏見ですか?」
「…………!」
……図星を突いた。大人しそうに見えた子の顔がみるみる内に赤く染まった。
「そないな事はありません。病院の発表の通り、憂さんは変な病気になど罹っておりません。きっと『生きたい』言う当たり前の気持ちで死を乗り越えたんです。貴女が憂さんの立場なら……と、置き換えて考えてみて下さい……」
憂に暴言を吐いた子の目が泳ぎ始めた……。
「……宜しくお願いします」
梢枝さんは、しっかりと腰を折って丁寧なお辞儀……。
「それでは別のところに行きますえ……?」
……私たちは、居心地悪そうな彼女を残して多目的トイレに向かった。
「……梢枝さん。納得できない」
佳穂の気持ちはわかる。でも……。
「真摯に伝えていく事です。誠意を見せていきましょう……」
それが……きっと、いちばん。
それは分かってる。頭では理解出来る……。
でも……私に出来るかな?
「やるしかありません。このままだと憂さんは退学してしまいますえ……?」
憂は……俯いて、私に手を引かれて……トボトボと歩いてた……。
梢枝さんが昨日、詳しく教えてくれた通りの状況……なのかな?
憂の事、気持ち悪いって思った人は一定数、居るはずだ……って。
騙されたって思った人は……、結構、居るはずだけど、本当に怒ってる人は学園では少数派なんだって……。半数は隠してたのは仕方のない事だって、理解してくれてるって……。
本当に怒ってる人たちは憂が可愛い可愛いって、外から盗み見てた人たちと、優に近かった人なんだって。今は落ち着いた報道だけど、一時期は偽って通学してた……って、叩かれた。そんな情報を鵜呑みにしたんだって……。勝手だよね……。遠巻きに憂を見てて、色んな感情持って、元が男子って解った瞬間に手の平返して、騙されたって、叩き始めて……。
悔しいけど、そんな悪い感情の人たちは声が大きいんだって……。
声が大きいから、その声に萎縮しちゃうんだって……。飲み込まれちゃうんだって……。
だから何か切っ掛けを作って、大きな声を消してしまえば、憂への支持は取り戻せるはずなんだって……。
学園へは、支持を取り戻してからでも遅くないって……、はっきりと梢枝さんは教えてくれてたのに……。梢枝さんは、その自信があるって、ちゃんと言ってくれてたのに……。
……私は、憂が行きたいって言ったから、それを叶えてあげたくって……。
私って、ダメだな……。