153.?話 秘密が秘密で無くなる時 ~side総帥~
一ノ瀬 遥の運転する車は、黒塗りの高級車ではない。なくなった……と、言う方が正しいのであろう。現在、白い車だ。しかも、スポーツカー。正直、この秘書と総帥の肩書を持つ男には似つかわしくない。
似合わないスポーツカーに乗る理由。
信奉する少女の為だ。この男は黒塗りの車を避けるようになった。憂としては、『黒塗りのリムジン』まで到達して、初めて拒否反応を示したのだが、この男は黒さえも控えるようになった。
例えば、スーツ。
以前は、黒いスーツを好んで着用していたが、今は着ない。グレーに紺、稀に奇抜な彩色のスーツを着用している。
彼は憂に好かれようと必死だ。いや、嫌われないよう苦心していると言い換えたほうが良いのかもしれない。
現在、後続車が車間距離をたっぷりと取りたくなるであろう白の外車で蓼園商会本社ビルへと移動中である。
「まずはどこから手を付けましょう? メディアも政治家も経済界も何もかも貴方の行動を待ち望んでおります」
「役員の招集は?」
「掛けております。月曜には取締役会にて承認、緊急株主総会の開催を告示し、木曜には会長職復帰出来ます」
「うむ。大事は速度よ。解っていて何よりだ。他には?」
「メディアの対応は如何致しますか?」
「……そうだな。手始めにグループの方針を固めた後、儂の姿でも連中に晒してやるつもりだ」
「何と仰るおつもりか伺っても?」
「決まっておるだろう! 憂くんの素晴らしさを伝えてやるわ!」
ガハハハ! そんな大きく口を開ける笑い声を上げると、いきなりピタリと止まった。
厳めしい表情だ。憂の前でこんな表情を見せたのは、事故の謝罪の時だけである。
……これは蓼園 肇の裏の顔とも謂える。
「肝が冷えた。久々に味わった感覚だ」
「……千穂さま、ですか?」
いきなり転換した話題に付いていった秘書は、この男を深く理解している。秘書は運転中。先ほどの裏の顔は目にしていない。声音と空気で感じ取ったのだろう。
「全ての計画が海の藻屑となるところだった」
「……はい。正直、驚きました。貴方に真っ向から反論出来る者がこの蓼園市に居るとは思いませんでした。子どもだからこそ成せたのでは無いかと」
「うむ……」
「「………………」」
「お灸でも据えますか?」
「要らん。儂らの動きを阻害せぬ限りは千穂くんも主役の1人だ」
即答された秘書の口元が綻んだ。
それは千穂に対する感情を示しているのだろう。
「何はともあれ、これで大半の計画が成される。これからひと月は休みなど取れんぞ」
「理解しています」
「これも君のギャンブルの賜物だ。経過はどうあれ、結果は最高のものだ。感謝する」
「…………」
遥は数秒、軽く目を瞠ったかと思うと、瞬く間に冷静沈着ないつもの顔に戻った。
「ご冗談を」
ハンドルを左に切ると、意外に背の高くない本社ビルへと2人を乗せた車は消えていったのだった。
感想でリクエスト頂きました総帥サイドのお話ですね。
確かに全体の動きを把握するには、この人の話を進めていくのが1番分かりやすく、飛びつかせて頂きました。
他の部分にも、また挿話していきたいと思います。