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149.0話 非情アラーム

 


 ―――10月20日(金)



 文化祭3日目である。本日はC棟1年5組のメイド喫茶の営業日だ。

 前日、お祭り2日目の終了後、5組の面々は、再び話し合いの機会を設け、営業方法について議論を交わした。


 そこで決定した事は大きく4つだ。


 1つ。女装の看板を下ろし、純メイド喫茶として営業し、お客の回転率を落とす事。

 初日の営業が早々に終了してしまった大きな要因の1つは、女装メイドに当たったお客さまが、すぐに店を去ってしまった事にある。ギャンブル性が下がり、面白みこそ無くなってしまうものの、顧客満足度を考慮すれば、間違いなく向上するだろう。


 1つ。手の空いた男子たちが、メインである飲料、サイドメニューの制作、輸送を一手に引き受ける事。

 もちろん、出来る者が出来ない者の面倒を見る事にはなるが、下地は既に完成しているものが多い。それにプラスする感覚で製造に当たれば良い。それならば、慣れていない男子にも可能だろう。前日のローテーションでの厨房入りが大いに役に立つはずだ。


 1つ。行列の整理、管理は手隙の女子と男子が合同で行う事。

 これにより、女子のメイド服姿を見せ、待ち時間の苦痛の軽減と、ひと目見て立ち去ってくれる来店者を見込んだ。


 1つ。憂と千穂、梢枝には可能な限り、受付と行列の整理に回って貰う事。

 思い切った賭けだ。何と言っても憂や千穂たちと接する数少ない機会。これがとてつもない客数を惹き付けたのだ。ここを思い切る事により、スムーズな営業を成そうと決まった。


 利益の追求と云う観点から考えると、本末転倒な気もするが、この日の目標は『最後まで営業する事』だ。まぁ、有りか無しかで選択すれば有りだろう。



 そんな心意気で臨んだ3日目の営業は順調だった。憂たち3名が、待合の客の応対をする事で、問題のほとんどが解決した。

 見込み通り、クオリティの高い噂のメイド服を目にした生徒は、それが目的だった者は入店する事無く立ち去った。

 3名のいずれかが目的だった者は、彼女たちと多少なりとも接触し、店内に入ると、接客に当たったメイドさんと笑顔で語り合った。


 予定通りの顧客満足度の向上だった。

 客の欲望を満たすと共に、きちんと昼休憩を取れるオマケ付きだ。各自、しっかりと休憩時間を確保する事が出来た。これは予め、メイドさんたちの休憩時間を公表した事が大きかった。人気店員たちの休憩時間をずらした結果、一気に閑古鳥……と言う事も無かった。策のほとんどが的中したのである。



 店内では丁度、そんな会話が客とメイドの間で繰り広げられている。ホワイトボードの上の簡素な壁掛け時計は15時45分を差していた。5組のメイド喫茶のラストオーダー時間を突破している。限りなく最後に近いお客さまだ。


「なるほど。席の数も減らしたのですか」


「はい。お陰様で随分と余裕を持った営業が出来ました。初日のお昼には『やばいー!』って、駆け回ってましたから……」


 メイド喫茶に入店した執事っぽい学園長と、教師でありながらメイドさんな利子である。


「……榊さんですかな?」


 楕円の眼鏡がキラリと光った……気がした。実際には光っていないのだろう。


「彼女は会議の冒頭に『このままでは無理ですえ?』と発言しただけです。私も聴いていただけなんですよ!」と、梢枝のモノマネまでしてみせた。だが、残念ながらクールビューティーな梢枝と元気印の利子の差か、全然似ていなかった。


「……と、言うことは1年生たちで話し合って決めたのですか?」


「そうなんです!!」


 答えた利子は誇らしげだった。教え子たちの成長を現在進行形で目撃している為だろう。


「それは素晴らしい。立花さんもですかな?」


「……憂さんは……一生懸命、考えて……は、くれたんですけど、思い付かなかったみたいで……」


 光景が目に浮かぶようだ。おそらく小首を傾げ、考えている内に他の発言があり、それを理解するとまた次の意見が……。そんな繰り返しに終始したのだろう。


「立花さんはともかく、生徒たちで考え、これだけ店を落ち着かせた事は賞賛に値します。良い生徒たちを育ててくれましたね」


「えっ!? いえ! 私は何も!」


 両手の平を学園長に向け、パタパタと手を振って否定した瞬間だった。



 ピピピピピピピピ…………。



 両名のスマホと少し離れた場所からも、その電子音が聴こえた。


 学園長と担任教師は顔を見合わせ、どちらからともなくスマホを取り出し、アラームを停止させ、パスワード【秘密を知り得た者たち】を入力した。






 ―――そこには余りにも非情な文字が踊っていた。







【近日中に憂さんの秘密が暴露されます。既に記事は告知の段階です。情報の入手が遅れ、対応は不可能です。憂さまは、すぐにVIPルームにお向かいください】秘書









【皆さん、まだ拡散はされていません。落ち着いた行動を】Ns.伊藤


 真っ先に反応を示してみせたのは、随一の入力速度を誇る伊藤だった。


【嘘だろ? 嘘って言ってくれ】勇太


【どう言う事? なんでそんな事に】佳穂


【どっから漏れた?】圭佑


 続々とコメントが寄せられる。そんな中、護衛の発言力は否が応でも高まった。


【学生はVIPルームに行きます。車の手配を】梢枝


 これに反応したのは学園内の大人たちだ。チャット内は、ごちゃごちゃしている為、ポイントとなる発言を抽出させて頂く。


【教職員駐車場へ! 私の車があります!】愛


【私の車もお貸しします】学園長・西水流


 動き始めた『仲間』も何名か居たはずだ。そんな時に理路整然とした意見が出された。


【待ちたまえ。今、憂さんと行動を共にすれば、知っていましたと告知する事と同義だ。僕もバレた時の危険性は十分に考えた。知らなかったフリをし、それでも友だちでいる……。VIPルームとやらに行かず、性転換の情報が出た後、そう主張すれば同調する生徒も多かろう?】凌平


【なるほど。冷静さを欠いておりました。凌平さん、感謝します。秘書さん? 時間の余裕は?】梢枝


【判りません。未だ、その会社の実情把握の段階です。いつ大手マスコミに漏れるか不明です。既に漏れている可能性も十分にあります。そのマスコミも真偽の判断出来ぬまま、速報するとは思えません】秘書


 ……どうすれば……? 各々、そう思った事だろう。そんな迷い子たちに道を示したのは、姉だった。


【……凌平くんの意見。刺さりました。文化祭3日目終了後、C棟応接室で話しましょう】愛


【それまでに報道されたら憂さんが危険です】梢枝


【憂のキーパーソンとして、ここは意見を押し通させて頂きます】愛







 16時、文化祭3日目の終了が校内放送により告げられると、利子は直ちに撤収作業を指示した。15時半のラストオーダーより、徐々に片付けられていた為、作業は素早く終了した。終了すると『今日の営業、完璧だったよ! みんなありがとう! お疲れ様!』と締めた。


 ―――何名かのスマホが一斉に鳴った件については、誰も触れなかった。彼らがSNSで遣り取りしている事は認知されている。時折、一斉にスマホを取り出す様子は何度も目撃されている。今回は珍しく、電子音によるお知らせがあっただけ……とでも、思われたのかも知れない。

 だが、間違いなくスマホを開いた面々の顔に緊張が走った(さま)は見られたはずだ―――




 16時20分前、『知る』仲間たち全員が応接室に集まった。その内の2名、憂と康平は既に学園を()った。(かね)てより、決められていた行動だ。バレた情報がどの段階(・・・・)であろうとも、VIPルームに即時避難。その行動予定に沿ったのである。


「私は凌平くんの意見に目から鱗が落ちました。最初の3人と意見を混じ合わせた時には、一緒に戦っていこうと思っていました。でも、みんなで矢面に立つ必要なんて無い。憂は記憶障害で何も知らない。これでいいんだと思います……」


「ウチは反対です! 憂さんが優さんだった頃の出来事をポロッと話してしまえば、憂さん1人が騙していたと見做(みな)され、たった1人でターゲットとなってしまいます! ウチは知っていて、動いていた! これでいいです!」


「……梢枝さん」


「俺もっすよ。俺は知っていて、学園中を騙していた。これでいいです」


「たっくん……」


「私が知ってないと不自然過ぎます。だから私も知っていました(・・・・・・・)


「あたしもー」


「わたしも……」


 千穂の力強い宣言に同調したのは親友2人だ。だが、千穂はそんな2人に言った。梢枝の表情が緩んだ……が、続いた千穂の言葉で変わってしまった。


「佳穂も千晶も知らなかった事にして? 一旦、距離を置いて? それから戻ってきて? 2人にはクラスのみんなが憂のとこに戻ってくる切っ掛けになって欲しいんだ……。2人には、優が生きてた場合、近づかないといけない理由があるから適任だと思う」


 2人には優に助けられた恩がある。千穂が語った通り、適任だろう。2人がナンパされたところから始まった事故だと言う事実を吹聴しつつ、憂に……いや、()に最接近すれば、『知らなかった』クラスメイトも優に近付き易くなるはず……。千穂の提案は、そんな提案だ。


「……分かった。そうする。なんか卑怯っぽくて気が引けるけど、千穂がそう言うなら……」と千晶が同意すると、「……別にあたしは騙していた側に回ってもいいんだけどね。実際、そうしてたんだし」と独白した後、「でもまぁ、あたしも千晶と一緒に動くよ。不自然だから」と相棒に同調した。佳穂と千晶は2人で1セットだ。片割れのみが、『知っていた』のでは確かに不自然だろう。


「お前らはどうする……?」


 女子隊の動向が定まると、バスケ部員たちに目が向いた。


「お前らも知らんかった事にしとけ。俺は憂と幼馴染だ。知っていて当たり前……。お前らは違う」と、続いた拓真の言葉に反発したのは圭佑だった。


「拓ぅ……。ちと、納得できねぇな。俺だって、中途半端な気持ちじゃねーよ。学園中を敵に回したって問題ねぇ。俺も憂を守りてぇ……」


 苛立っている気配は漂わせているものの、声は荒げていない。押し殺したような声音だった。


「……守りはったらええです。後から知ろうが、最初から知ってようが、出来る事ですえ……?」


「拓真の言う通りかもね。欺いた人は少ない方がいいかも」


 割り込んだ梢枝の意見を後押ししたのは京之介だ。2人の意見に舌打ちを入れると圭佑は「わぁったよ!」と『知らなかった』組に入る事を了承した。

 拓真はバスケ部の最後の1人を見やり、断言した。


「勇太も、だ」


「……わりぃ。そうさせて貰うわ……」


 勇太の言葉に目を釣り上げた子が居たが、発言する前に千晶に押し留められた。佳穂としては最初の3人である勇太が『知らなかった』側に紛れる事が許せなかったらしい。だが、喧嘩をしている場合ではない。可能な限り急ぎ、各員の動向を定めなければならない。


 女子4名、男子4名の今後が決まると、当然、最後の1人である凌平に集まった。凌平は眉根を寄せ、不満を表していた。


()せんな……」


 ポツリと呟かれた。

 訝しむ目線が集中するが、凌平は気にした様子を微塵も見せない。


「……どう言う事です?」


 梢枝のキツめの瞳が鋭さを増し、キツくなっていた。凌平は、それさえも受け流す。


「いくつか質問させて貰おう。良いですか? 憂さんの姉君?」


 幾分、憔悴したような愛に困惑が見えた。そんな愛に助け舟を出したのは梢枝だ。


「愛さん? ウチが答えて宜しいですか?」


「……誰が答えても構わない。では最初の質問だ。何故、こんな大切な事が決まっていなかった? 僕は決まっているものだとばかり思っていた」


 誰が答えても……とは言ったものの、凌平は和風の顔立ちを見据えている。口調も年長への丁寧さが取り払われたいつものモノだった。問う相手は絞ったらしい。


「状況は移ろいます。臨機応変に動くべきだと、そう話し合われました」


「……それは可笑(おか)しいな……。まぁ、いい。時間は掛けたくない。今はそれで納得しておこう。その件について、もう1点。梢枝さん。君は『みんな知っていた』事にしたかった。相違ないな?」


「はい。そうです」


 惑う事も無かった。言い切った梢枝に驚きの目が向いた。さもありなん。彼女は、総帥秘書からの緊急メッセージ直後、メイド喫茶を放り出しVIPルームに集める事で、全員を叩かれる側に回らせようとしたのだった。


「ウチの目的は、あくまで憂さんを守る事です。大勢が騙していた事にしておいたほうが都合がええんです」


 ……手段を選ばない護衛に様々な視線が集まった。敵意とも取れる目付きの者も居た。


 ……勇太だ。だが、彼も佳穂同様、この場での議論は控えたようだ。


「ふむ。そうだろうな。その考え方は一理ある。否定はしない。それでは最後の質問だ」


「はい。どうぞ」


 両者が睨み合う。あの屋上で戦った時の再現のように。互いに目を逸らさない。


「……何故? 何故、こんなに回りくどい方法を取った? 性別が変わったその時に公表すれば良かっただろう? その混乱は、憂さんが研究に手を貸せば次第に収まるはずではないか?」


「ははははっ!!」


 梢枝が笑った。場に不似合いな屈託の無い笑い声だった。

 凌平の問い掛けは、憂の転入当初、島井と初めて顔を合わせたその日にしようとした問いと同じものだった。


「大したお方やわぁ!」


「……違う何かがあるな? 本当に隠さねばならん理由が」


「……今は……。今はまだ……」


 尚も笑い声を上げている梢枝の代わりに答えた者は、今度こそ姉の愛だった。


「近い内に必ず、全てをお話します! 今は……今のこのタイミングでは話せません!」


「……はは……はぁ……。そうですねぇ……。今は無理です。ほな、ここを離れますえ……? 憂さんのご家族はVIPルームに集まっておられるはずですわぁ……。凌平さんも行きますえ……?」


「そこに行かない者はどうする? 全員が明日も通学するのだろう? ……だとすれば、僕は学園に残る。聞きたい事は山ほどあるが、僕にも秘密を一緒に抱えた仲間を守りたい気持ちが芽生えてしまった」


「そうですかぁ。それは助かります。学園に残る皆さんの事、くれぐれもお願いします……」


 ……最後に梢枝は深々と頭を下げた。


 頭を上げた時には、顔付きが違った。我が子を守る為、巨大な敵に立ち向かうかのような、覚悟を決めた凛々しい表情だった。



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