148.5話 編集社内
若干のネタバレが含まれております。
その為、155.0話以降、読まれる事をおすすめします。
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↓ここから始まります
―――都内、芸真ジャーナル社
小さなオフィスが怒声で揺れた。
「反対です! それは世に出すべきではありません!!」
ドンッと煩雑なデスクに両の拳が振り下ろされた。デスクを挟み、頭髪の控えめな中年男性と30歳ほどのコレといった特徴の無い、髪を1つ後ろに流した女性が対峙している。
怒声は突然だった。ほんの少し前までは、ヒソヒソと会話を交わしていたはずだった。何事かと見上げた視線は1つだけだ。他の者は出払っているらしい。空のデスクが数席並んでいるだけだ。小さな部署なのだろう。
「折角の特大スクープを無駄にしろと言うのか!?」
禿げた頭を隠しもしない男が応戦する。オフィスチェアから身を乗り出すと、顔も頭も赤く染まった。
過呼吸に端を発した裏サイトの攻防は、この編集長に焦りをもたらした。世に出す躊躇いを振り切らせた。
「非合法な手段で手に入れた画像です! 首を締める事になります!!」
「……非合法とは失礼な。総帥殿のゴシップを欲したら予想外の物が出てきただけの事」
全てを諦めたような、何の変哲も無い、センター分けの小柄な若い男だった。そんな男が気だるそうに自分の席を離れず、ボソボソと呟くように語った。
そんな冷めきった男に、熱い心を以て女性が怒鳴る。
「多見さんっ! どんな方法を!?」
「彩ちゃん……。知っていたでしょう? 木曜の午後、あの娘は蓼園総合病院の最上階に消えていく。そこで総帥と逢引していると予想した。だから、情報提供を呼び掛けただけだよ」
「何が『情報提供』よ! あんた、あの画像を持ってきた時、『世に出されたら自殺して糾弾するって脅された』って被害者ヅラしてたじゃない!」
「……何の事? 古い話は忘れる主義でね。とにかく……。このままだと、折角のスクープが無駄になるんだ。理解してよ」
「ダメですっ! 人の人生を大きく変えます! 彼女は公人ではありませんっ!」
「……もう遅い。社長からGOサインは出された」
「そんなっ……!」
……憂は関わったものを取り込む。かつて、蓼園市に取材に訪れ、憂と接触した女性は両手で顔を覆った。怒り、後悔。様々な感情が支配しているのだろう。
「まぁ聞け。これを手にして1ヶ月以上。色々考えた。どうするべきか悩みに悩んだ。今日、上に上げたのが俺の結論だ。こんな俺にもジャーナリズム精神が残っていたんだ。会社は落ち目の上、こんな寂れた部署に飛ばされ、長い月日の流れた俺にもな。
立花 憂……。この子は被害者かも知れん。何が起き、こうなったのか、俺には見当も付かん。これを俺たちの中に留めたら、次の被害者が生まれる事になるかも知れんのだ」
「でも……」
「くどいな……。編集長も言ったでしょ。もう上に上がったって。僕らの手を離れたんだよ。すぐに印刷所の人たちも知る事になるんだ」
太藺 彩は編集長に背を向けると、フラフラと歩き始めた。この空間から逃れるのだろう。
「ちっ……」
多見の舌打ちも耳に入らなかったのか、そのままドアノブを回し、編集部を後にした。
「……どうするんです?」
「ふん。気にせんでいい。お前が言われた自殺も嘘だろうよ。お前にバラした自責がそう言わせただけに過ぎん」
「そうですか。自分は捕まってもどうなってもいいんですけどね」
カラカラと笑う男の本心を上司が読み取れたかは、甚だ疑問だった。