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  閑話 文化祭2日目:射的で困ったちゃん

 


 真剣な眼差しだ。

 憂の澄んだ瞳は不細工な得体の知れない蛙のような何かのフィギュアを捉えて離さない。


 過呼吸が発症し、散々周囲に心配を掛けた憂だが、今はもうその面影1つない。


 只今、B棟の2階。8組さんが開いた射的のお店に滞在中だ。


 ルールは至って単純。模擬銃……、コルクを銃身の先に詰め、欲しい景品に狙いを定め、その欲しい景品を撃ち落とす。ただし、両足は床から離れてはならない。これだけだ。


 一生懸命に身を乗り出しているものの、それでも距離がある。


 ―――憂は手が短いのである。


 何度も挑戦している。これで実に10発目だ。弾となるコルクは2発で100円。実に500円を投入している。

 店番をしていたB2-8の先輩が、見かねて踏み台を用意したほどだ。この踏み台は小学生以下が使用出来る……と、注意書きがしてあるが、憂には内緒にされている。知れば、使用を断固拒否しているだろう。


 精一杯、手を伸ばし、景品へとコルクを可能な限り、近付ける。銃のトリガーに掛かるのは右手の人差し指だ。左手は銃身がブレないよう、固定に回っている。

 どちらの手でトリガーを引くべきか……。これでさえ試行錯誤した。結論、今のこの形が1番らしい。精一杯、景品に近付けているのは、この教室の女生徒が教えてくれた。

 ついでに言えば、この手の銃の弾は空気圧で放たれる。よく、コルクを装着し、ピストンのボルトを引く者が居るが、これはこの時点で失敗だ。空気の圧縮率が下がるのである。実際、憂の最初はそうしてしまった。

 これについては2発目に、先輩男子が教えてくれた。『レバーを引いてからコルクを詰めるとよく飛ぶよ』と。

 更には、銃もコルクも吟味し、手渡してくれた。大サービスだ。


 しかし、落とせない。


 景品台の上、二足歩行する蛙のようなモノは、憎たらしい笑みで立っている。


 憂の右手、人差し指に力が籠められる。そうは重くないはずだ。小学生の低学年も出来るようにしておかないと、商売上がったりだ。だが、不器用な憂の右手には、重いらしい。

 グッと力を籠め、そのトリガーを引く……弾みで、左手が動いた。

 勢い良く飛んだコルクはむかつく顔の蛙の左上、5cmほどを通り過ぎていった。


「うぅ――みぎて――ばか――」


 左手だとトリガーは引きやすい。だが、不器用な右手は銃身を固定してくれない。何とも困った状況に陥っている。


「「「………………」」」


 景品を取るためのコツの全てを教えた先輩方に哀愁が漂う。


『この憂ちゃんは、どうすれば取ってくれるんだ……』


 こんな感じだ。ニヒルな笑いを表現しているであろう、その顔を踏み付けたい気分なのかも知れない。


 一方の裏サイトへの工作の為、この場に居ない梢枝を除いたレギュラーメンバー全員も、苦笑いを張り付けている。


「憂……? もう……いいよ?」


 この発端となった千穂が表情を取り繕い、憂に優しく声を掛けた。



 ―――この優しい千穂が発端だ。

 何気無く立ち寄ったB棟。何気なく覗いた2年8組。今朝の発作を知っているのか、何とも悲しそうな、それでも優しい瞳で8組の店番の生徒たちは、グループを出迎えた。


 そんな教室で景品を見回した千穂が、不用意なひと言を発した。


『あ! あれ! 可愛くない!?』


 ……はっきり言えば可愛くない。不細工だ。千穂のブサ可愛い好きが原因だ。


 そんな千穂に、憂は景品を取り、プレゼントしたくなってしまったのだ―――



「先輩! オレもやってみるっす!」


「え? うん。100円ね」


「――うぅ――でも――千穂に――」


 話が混信中である。勇太は100円玉を取り出し、「ちょい……貸して?」と、憂から銃を引き継いだ。


「あ――」と、抗議の目で見上げるちっこいのを無視し、「弾、お願いしまっす!」と片目を瞑ってみせた。意図を察した先輩の1人はコルクを憂の時と同じように吟味し、勇太に手渡した。


 先輩たちの教えてくれたコツの通り、レバーを引き、その後にコルクを詰める。


 勇太は狙いを定める。今までの憂を嘲笑うかのように笑みを浮かべる直立の蛙のような物体に。


 憂の時とは違い、実に近距離だ。憂は両手で構えねばならないが、彼の場合は片手だ。それはもう、倍以上の距離が短い。


 コルクの発射音とほぼ同時に、蛙さまは憎らしい笑顔のまま、パタリと後ろに倒れた。


「あ――! 勇太――!」


 何が起きたのか理解した憂は即座に勇太を睨みつけた。


「おめでとうございます!!」と、先輩が不細工な蛙をつまみ上げると、勇太の手に渡り、続いて「ほい。憂に……プレゼント……」と、憂の小さな手に収まった。


「ぅ? ――あれ? ――んん?」


「それ……憂のだから……誰に……あげ「長い」


「憂? お前のだ。好きにしろ……」


 そうこうし、蛙のような不細工なヤツは千穂の手に渡ったのだった。


「千穂のバカ」

「千穂のバカ」


 ……これはB棟2年8組さんを離れる時の台詞である。

 誰の台詞かは明言しないでおくとしよう。


 おかしな経緯で千穂へのプレゼントが叶った憂は、当初、非常に複雑な表情を浮かべていたのだが、一生懸命に喜んで見せる千穂の姿に、笑顔を見せるようになった。詳しい経緯は忘却されたのかも知れない。




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