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143.0話 初代女子制服

 


 ―――10月13日(金)



「憂ちゃん、似合いすぎだよー! ずるいー!」


「……うん。わかる」


 千晶が憂に顔を向けた瞬間だった。


 ペロリとプリーツスカートの裾が捲られた。淡いグリーンのショーツが露わになり、反射のように悪い手をはたき落とした。本当に反射行動なのかも知れない。


「なっ! 何やってんのよ!?」


 捲られた千晶は少し涙目だった。佳穂のターゲットは千穂の場合がほとんどだ。だから耐性が付いていないのだろう。


「んー? 裏地の確認作業?」


「自分ので確認しなさいっ!」


「でもオリジナルは千晶のだけだー! あたしらのは再現された制服だー!」


 利子の探し物はすぐに見付かった。

 初代・純正制服。蓼園学園高等部の一期生は実に身近なところに存在した。その人は制服を今も大切に残している……と、千穂はしっかりと記憶していた。


 現存する初代制服はこれだけなのかも知れない。そんな超レアな制服を保存していたのは憂の母・幸だった。


「ちょっと、失礼」


 ぺろりん。そんな擬音が似合いそうな動作だった。千穂が、いたずらっ子の笑いを浮かべ、両手で佳穂のスカートを捲った。めっちゃ捲った。後ろから捲ったにも関わらず、正面に立つ千晶と梢枝、更には憂にも白と黒の縞々パンツが見えるほどに。


 ……裏地も白い生地だった。一応、伝えておく事とする。

 千穂は元気そのものだ。今の彼女は底抜けに明るい。


「うっぎゃーー!! なにするだーー!!!」


「あっ!」


 佳穂は猛スピードで駆け出した。現在地はC棟体育館更衣室。すぐに壁に行き当たり、ピタッと壁に張り付いた。流石に足は床に接地している。佳穂は壁登りのような特殊技能を持ち合わせていない。


「千穂のばかぁぁぁ!! 憂ちゃんに見られたぁぁ!!」


 なんとも騒がしい。グループメンバーだけの着替えの際は、堂々と憂に見せ付けるように着替えているではないか。先程もそうだった。やはり、スカートを捲られるとなると、どこか違うらしい。


 時間は5時間目の開始直後。他クラスは……いや、憂の5組も文化祭の準備中だ。

 利子の探していた初代制服の発見は総帥に伝わった。総帥は秘書に命じ、その制服を回収していった。古くなり、若干だが黄色く変色していた為だ。

 そして彼は高らかに宣言した……、とは言ってもチャット内でだったが。


【その制服を再現させる! リコくんに着ている姿を見せてやるのだ!】総帥


 ……憂にだけ……と、思っていた女子隊の面々だったが、考えが甘かった。どんな方法が取られたかは不明だが、新品のように綺麗になったオリジナルは身長的に千晶が着用する事となった。


 憂にも千穂にも佳穂にも……梢枝にまで、初代制服のレプリカ……。レプリカと呼ぶにはクオリティが高すぎるが、ソレは支給された。そして、この時間に、お披露目と相成ってしまった。

 この初代制服はメイド服と一緒に文化祭で使用する予定なのである。


「あぅぅ……。千穂のばかぁ……」


 よよよ……と、壁に体を預けたまま、へたり込んでしまった。


「あはははは!!」


 千穂は大笑いだ。憂はオロオロしている。間違いなく見たと断言できる。


「……誰が先にやったの?」


「……はい!」


 ピッ……と、細い腕が上げられた。そうじゃない! ……と、千晶は眉間に緩く握った拳を当てた。必要なのは『ごめんなさい』のはずだ。


「『はい!』じゃない! 『YES』でも『うん』でも無いよ!!」


 佳穂は少し停止した。停止した後、はっきりと「ウィ」と言った。佳穂なりの意地だ。めんどくさい子の本領ここにあり。


「フランス人かっ!!」

「………………」


 悩むところが千晶に言わせれば減点だろう。佳穂が見上げた。上目遣いだ。恐る恐る千晶を見上げ、ふるふる顔を横に振りながら「うぃぃ……」と呟いた。


「フランス語のNOを知らんのかっ!」


「……ごめんなさい。マジで知りません。教えて下さい」


「わたしも知らないっ!」


「なんだよー! 知っとけよー!」


「佳穂? めんどくさいよ?」


「激しく同意」


「フランス語のNoはNon(ノン)ですえ? 覚えておいて損はありませんわぁ……」


「え? じゃあ、ノンノン……って、人差し指立てて舌打ちするアレってフランス語?」


「そうですえ? イメージ通りやありませんか?」


「わかるー! 気取った感じー!」



 ……少し、偏見が散見される状況となってしまった。ここで切り上げさせて頂く。







「さぁ……入るよ……」


 先頭は発見者の千穂だ。何故かそうなった。強引な子がいたせいばかりでは無い。


「ちょ……ちょっと……待って……?」


 佳穂にしては珍しく腰が引けている。

 ……勇気が居るらしい。気持ちは分かる。


「あー! もう! 行きますえ!? ここまで来たら覚悟を決めて!」


「あ……。目が合った」


 背伸びをし、ドアに張り付き、覗き窓から教室の様子を伺っていた千穂が呟くと、ドアをスライドさせた。


「「「おぉぉ……」」」


 千穂はなかなか似合っている。先頭とした作戦は成功だろう。

 利子など、感動に震えている者もいる。


 千晶、佳穂、梢枝……と入室していくと、なんとも微妙な空気が支配した。千晶はまだいい。まだなんとか見られる。この為に髪を緩く1つ結びにし、前に回した。そのイメージチェンジが良かったのだろう。


 佳穂と梢枝は、申し訳ない。はっきり言わせて頂くと、全く似合っていない。


 初代の制服も、もちろんセーラー服だ。しかも、上下白だった。これがベースとなり、2代目の現行制服が作られた事を匂わせている。


 だが、問題がある。1年間で打ち切られ、黒歴史として回収、焼却処分となった事も頷ける。


 現行の制服のラインが淡いグレーに対し、初代はピンクだった。それも濃いピンクだ。長袖セーラー服の袖口やスカートの下部……裾辺りにも、その目立つ桃色があしらわれている。


 全てはセーラーカラーの前側中央の胸当てに小さく咲く、蓼の花のワンポイントに合わせてしまった事が原因だろう。そのワンポイントが現物の蓼の花のように濃いピンクなのが問題か。現行制服のワンポイントは随分と色が薄い。


 ここまで思い切ったデザインは、私立の小学校の制服でも見ない。いや、あるかも知れない。あったとしても極めて稀のはずだ。


 この初代制服は小柄であれば似合う。それは千穂が証明している。つまり……異様に子どもっぽいデザインなのである。


「えっと……。可愛いよ……。千穂ちゃん……」


 副委員長の優子が声を絞り出した。優子の声を皮切りに「あぁ……。可愛い。小学生みたいで……」などの感想が聞かれた。


 居心地悪そうにモジモジする4名……。特に梢枝の羞恥は相当なレベルだろう。彼女は本来ならば大学生なのである。


「憂ちゃんは?」

「あっ! 制服のインパクトが強くて忘れてた!」

「憂さん!?」


 ドアに一番近い梢枝が廊下に飛び出す……と、コソコソ隠れようと足掻いている憂がすぐに発見された。当たり前だ。早々、学校の廊下に隠れる場所は無い。


「憂さん! こっちです!」


「――ぃやだ!」


「行きますよ!!」


 駄々っ子のように……ではない、そのまんまの駄々っ子だ。憂は梢枝に引っ張られ入室した。梢枝は一杯いっぱいだったに違いない。正常な状態であれば、憂に対してに限り、こんな強硬手段は絶対に取らないはずである。


 何はともあれ、ようやく教室内、クラスメイトたちの門前に引き出された憂を見た反応は、4人の時とは一線を画していた。


 誰1人、声を上げない。そこは4人の……いや、千穂以外の3名の時と変わりない。

 だが、眼差しが違った。ほぼ皆がみんな、優しい顔をしていた。


「……可愛い」


 利子の口が沈黙を破ると「ほんっと似合ってる……」「……驚いた」「さすがは憂ちゃんだね……」「あかん……小学生そのままやわ……」「言うな……康平……」「やっべ。変な趣味に目覚めそう」など各自、感想を口にしたのだった。


 なんとも言い難い表情をしていたのは、憂を優だと知り、優の姿を知っている者たちばかりだった。




 初代制服のお披露目が終わると、もう1つの着替えが待っていた。男女が共に着るメイド服の袖通しだ。サイズは合っているはずだが、確認せねばならない。


「わぁぁ――」


 初代制服を着ていた5人の行動は迅速……、いや、神速だった。自身のメイド服を受け取ると、C棟更衣室に向けて駆けていったのだった。


 ……悲鳴は梢枝と佳穂に抱えられた際に誰かが発したものである。






「クッ……! 勇太……似合ってんぞ」


「拓真ぁ……。お前、人の事言えねーぞ?」


 男子のメイド服はロングスカートのクラシックなものだ。ミニではない事を強調しておく。

 上等な生地がふんだんに使われ、付いたスポンサーの力を感じる。


 ……今回、メイド喫茶を出店するのはC棟1年5組だけだ。当初は5クラスほどが起案を出していたが、全てが取り下げられた。到底、あのクラスには太刀打ち出来ないと、4つのクラスは手を引いてしまった。早くから準備に当たっていなかった事を祈る。


 教室着替え組の男衆は……やばい。


 童顔の健太は……まぁ、見られる。イケメンの凌平など、様になっている。優男な京之介も……マシだ。


 でかい連中と、筋肉だるまのような関西弁のいかつい奴がとてつもない異色を放っている。特に後者だ。


「………………」


 何も言わず、沈黙を保ったままの康平を『まぁ、見られる』健太が突付いた。


「ぎゃはは!! 康平さん、半袖じゃなくて良かったなー! ロングスカートでマジ良かったよなー!!」


「……け、健太……」


「お前……やめとけ……。今、この人に触れるなって……」


 笑い飛ばした健太をサッカー部の仲間が抑える。彼がキレると洒落にならないと言わんばかりだ。


「そう言われてもなー! お前ら見ろよー! パッツンパッツン!!」


「「「ぶふっ!!」」」


 ほとんどの男子が一斉に堪えきれない笑いを吹き出した。慌ててそっぽを向くクラスメイトや、両手で口を抑える仲間が多数発生した。


 余裕を持たせる形で縫われたはずだ。それでも二の腕や胸の周囲など、ところどころ窮屈になってしまっている。各パーツを提供した企業にも想定外の筋肉なのだろう。この人の衣装に関しては修正作業が必要と思われる。


「ぎゃははは!!」


「……っく」


 笑いを一切隠さない健太と必死に堪える拓真を、静かに悲しそうに見詰める康平……。

 健太は彼のリミッターを探訪中なのだろうか?


 ……実はこの康平と言う男。今まで凹んだ事はあっても、クラス内では怒った事がない。何を言っても怒らない人と健太は認識しているのかも知れない。


「拓真はん……あんたも大概やでぇ?」


 ついに口を開いた康平に槍玉に上げられた拓真だが、即座に「康平よりマシだ」とお返しした。


 そして男子全員で大爆笑……と、なったタイミングで女子たちが帰ってきた。

 まさかの憂が先陣だった。初代制服で逃げようとしたお仕置きだと、千穂に放り込まれたのである。


 ……似合っている。


 憂には白と黒がよく似合う。それを裏付けるようなクラシックだが、どこか可愛らしい男子たちとは違うデザインだった。


 出入り口で固まる憂を「ほら。早く……」と、千穂が押し込むと続々とメイドさんたちが入室した。


 男子諸君は大喝采だ。女子たちを褒め称えながらも、彼女たちから離れていった。


 女子のメイド服は足首ほどまである男子たちより、黒スカートの丈が短い。丁度、膝小僧が出現する辺りの丈だ。二重生地の下にある白スカートのフリルが存在を主張している。

 男子の長いふりふりエプロンとは違い、腰で巻くタイプのフリル付きエプロン。スカートの丈を超えるエプロンの結び目から流れる白い布が尻尾のようで何とも可愛らしい。

 上半身に目を向けると、胸元が大きくくり抜かれたような白が清潔感を醸し出している。その上部、首元からは黒のリボンタイが垂れ下がり、揺れていた。

 申し分ない白と黒のバランスだ。どこぞのデザイナーの仕事かも知れない。


「優子ちゃん可愛いよね!」

「千穂ちゃんこそ似合ってるー!」

「梢枝さんもすっごい。モノトーン似合うよね!」

「恥ずかしいですわぁ……」

「センセもよく似合ってるよー!」

「ホントに!? 若い子に混ざっちゃうの、恥ずかしいけど頑張るね!」


 ……利子は年齢の割に若く見える。彼女もメイド服着用のようだ。彼女が『着てみたい』と総帥にこっそりとメッセージを飛ばした事は内緒だ。


「でも最強は憂ちゃんだよねー!」

「うん! あれはずるいっしょ!」


 女子たちがきゃぴきゃぴと褒め合いをする中、憂が自身の席へと近づいていった。移動の連続に疲れ、椅子に座ろうと戻ったように見えた……が、違った。


「あはははは――!!!」


「「「……………………」」」


 女子の皆さんの到着後、何故か窓際後方、一塊になり女子を観察していた男子たちに笑いこけたのであった。




「ぷくく……勇太もおっけいだね……」


「佳穂……笑わないで……」


 以降は、サイズの確認など細々とした作業の繰り返しだった。カーテンは締め切られている。覗き窓は張り紙で塞がれた。


【秘密の作業中! 覗かないでね!(はぁと)】と書かれていた。


 別の場所で着替え、教室に戻ってきた女子たちは、たまたま作業をしていた特進の生徒に見付かったが、写メなどは撮られていない。文化祭当日までは秘密にしておくつもりなのだ。


「圭佑くんもばっちりだね。サイズは」

「千晶ちゃん。最後の台詞は要らない」

「ぷっ! ごめん!」

「吹き出さないで……。クソ……憂のせいで……」

「名案もいいとこだよね」

「俺らは最悪」


 佳穂も千晶もチェック中だ。教室内の至る所で確認作業が行われている。憂は、いの一番に大勢によりチェック済みだ。ヤケに女子の皆さんが群がった。



「健太……あんた、微妙に似合ってるよね……」

「おー! ありがとー!」

「喜ぶなっ!」

「褒めたんじゃないのか!?」

「褒めたけどさっ!」


 いや、ここはよしておこう。ご馳走様な光景は不要だ。



「康平くん……。腕周りと胸元……修正だね……」

「……すんません」


 千穂は笑っていない。彼女は気遣いの出来る良い子なのだ。


「康平――にあって――あははは!!!」


 そんな千穂の気遣いに対して、憂は遠慮しなかった。憂からして見れば、万年コスプレ状態のせつない気持ちを理解してくれる数少ない機会なのだろう。

 彼女は自分が最高に似合っている事を理解していないのかも知れない。


 千穂は均整の取れた顔を背けた。釣られて千穂の肩が震え始める。折角の我慢が無駄となってしまった。


「好きに笑ってくれ……」


 どこまでも可哀想な康平さんなのであった。



 これが、文化祭開幕まで残り5日となった日の出来事だった―――




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