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141.0話 ちくちくチクチク

 


 ―――10月6日(金)



『ぎゃああ! 最悪やぁぁ!!』


「文化祭の準備……忙しいんだねぇ……」


 んー?


「……そうでもないよ?」


 私は縫って繋げるだけだし。

 スポンサーの中に衣装関係の会社が付いてくれて、繋ぎ合わせるだけの状態なんだよね。そんなのでいいのかな?

 有希さんに聞いたら、憂の中2の時のメイド喫茶なんて、夏休みの頃から準備始めてたんだって。


「相変わらず千穂は器用だね」


 ……あんまり見られると……やりにくいかも。


「メイド喫茶だっけ?」

「そうだよー? お父さんのも縫ってあげよっか?」

「要らないよ!?」

「似合うかも?」

「勘弁してよ……」

『わはははは!!!』


 テレビうるさいなぁ……。CM突入? CMは静かでいいね。


「お父さん? テレビ観ないなら切ってくれない?」

「ん? わかった」

「ちょっと待って!」


 このコマーシャル……。ちょっといいかも。

 笑顔のおじいさんおばあさん。お父さんお母さん。この3人は兄妹? みんな笑顔。妹さんは車椅子なんだけど……。

 今度は学校? ここでもみんな笑顔だ……。妹さんが主役のCMだね。


「あ。これ。最近、よく見るよね」


 ……そうなんだ。


『蓼園グループは全ての差別、偏見、いじめの廃絶を訴え続けます』


 総帥さんのとこのCMだった。あはは。びっくり。


「これ、憂ちゃんの事、言ってる気がする……。バレた時に守る為……かな?」


「……そうかも」


 総帥さんならやりかねない……よね?


「じゃ、テレビ切るよ」

「はーい。ありがと!」




 チクチク。ミシンは使わない。憂と一緒。ひと針ひと針、心を込めて。



 チクチク。



 ちくちく。



 ちくちく。



「千穂? 文化祭っていつからだっけ?」


 ……覚えてないとか。プリント渡したでしょ……。


「10月18日から10月22日までの5日間だよ」

「相変わらず長いね」

「最大イベントですから」

「千穂はメイドさんになるだけ?」

「うん。私はね」

「違う人も居るの? 憂ちゃん?」

「……うん。演劇部の依頼はさすがに断っちゃったけど……、茶道部のお茶会とか、奇術研究会のアシスタントとか、手芸部のステージモデルとか」


 家庭科のおばちゃま率いる手芸部さんは、和裁洋裁何でもあり。お着物の仕立てやドレスまで縫っちゃう。凄い先生なんだよね。そのおばちゃまに依頼された憂は、悩んで悩んで引き受けたんだよ?


「……目立っちゃうね」


「うん……。梢枝さんとか、目立つ事はして欲しくないけど、憂がやりたいならやらせてあげたいって葛藤してるよ」

「したいの? 当然、女子用の衣装なんだよね?」

「それ! 憂ってお願いされると基本的に断れないし、その上、自分が頼られる事が嬉しいんだよ。だから出来る事を見付けたら喜んでやってるよ」

「……複雑だね。元が出来る子だっただけに……」

「……うん」


 チクチク。

 ちくちく。


「……でっかいメイド服」

「うん。これ、190センチオーバーしてる勇太くんのだから」

「勇太くんの? 彼は裁縫できないの?」

「私とか縫える人が縫ってる。ご家族に縫える人が居たらお願いしてるし。縫えない人は他の事やってるよ?」

「適材適所?」

「そう言う事!」


 ……これを勇太くんが着る……。ネタにしかならないよ? 優はすっごく似合ってた!! 2年前の話だけどね。


「楽しそうだね」

「うん! 好きだから!」

「……僕が?」


 ……どの話でそうなるのかな?


「……お父さんもだよ」


 サービスですよ!


 ……。


 ……そんなに嬉しそうにされると困るんだけど……。











 ―――10月7日(土)



 チクチク。


 学園でもチクチク。


 放課後なのにチクチク。


 ……隣では憂もチクチク。憂の前では千晶もチクチク。


「………………」


 前の佳穂は私の手元を凝視。昨日のお父さんと一緒だよ……。


 後ろを振り向いてみると拓真くんがチクチク。勇太くんは、頬杖付いて拓真くんの手元を観察。教室の色んな場所で同じような光景。


「千穂ー?」

「んー? なに?」

「そんな針使うの上手になってどーすんだー? 暗殺者目指してんのかー?」


 クスクス……。教室……静かだからね……。


「……どんな発想ですか? 佳穂ちゃんの思考回路は焼き切れちゃってますか?」


「ツッコミ入れたー。千晶ちゃんの負けだー」


 勇太くん。棒読みすぎ。でも、スルーの流れだったよね? そこは正解?


「千晶はどんな男子が好き?」


 ……佳穂って凄いよね。フォローをスルーしちゃうとか。ほら……みーんな手を止めて見ちゃってるよ?


「優しくて思いやりがあって、いざと言う時に頼りになる人」


 ざわ……。男子の皆さんのその反応、わかります。答えちゃう千晶もなかなか我道を行ってるって……。


「じゃあさ。凌平くんは?」


「……一生懸命頑張る子だ」


 ざわざわ。今度は女子主体。わざわざ手を止めて教えてくれる凌平くん、良い人。ホント、イメージ変わっちゃった。

 凌平くんも憂に変えられちゃった1人なんだよね。


 ……裁縫も出来ちゃうんだね。総合力だと梢枝さん以上なのかも……。


「じゃあさ。憂ちゃんは?」


 ざわざわざわざわ!! 佳穂ぉ!?


 ……あれ? 憂? 手を止めない。一心不乱にちく……。ちく……。

 これ、聞こえてないパターンだよ。


「憂ちゃん……?」


「んぅ――?」


 でっかい声で呼ばなかった佳穂えらい。びっくりさせたら刺しちゃうかもだからね。


「どんな……男子が……好き……?」


 ……すっごい静か。みんなで聞き耳立てちゃってるよ。これって大丈夫なの?


 憂は椅子の上、横向きに……。私のほうに体の向きを変えた。更にもう少し、後ろを……。勇太くんを見る。少しざわめく教室……。違うと思うよ?

 憂は片頬杖付いてた勇太くんに頑張って手を伸ばして、頭をポンポン。


 大きなどよめき。勇太くんもポカーン。これは……ちょっと……面白いかも。


「しんちょう――くれるひと――」


 ドッと沸く笑い声といっぱいの溜息。憂って冗談言えるんだよね。分かりにくい時もあるけど、今のは良かったよね。

 ……さりげなく、付き合う気はありませんよ……って宣言してたりして。





 ちくちく。


 また静かに。お裁縫組のほうが時間使うからって、内装組とかは無言のお付き合い。もう少し後から作業開始だからね。


 ……なんかね。一致団結って感じでいいよね? こう言うのって。


「千穂ー?」


 ……またですか。静かにしてられないのかな? 退屈なら遊んでればいいのに。


「千穂ぉー?」


 だーめ。また聞き耳立てられちゃうよ? スルースルー……。


「えいっ!」


 なっ!


「何するの!?」


 この人、胸! 胸、掴んだ!!


「何って……、チチ揉んでみた」

「そうじゃないでしょ! 何考えてんの! 千穂怒ってる! 謝りなさい!」


 そうだ! そうだ! 謝れ!


「謝る? 誰が?」

「「…………」」


 ……誰がって……。


「誰がだと思うの!?」

「はいっ!」


 千晶のツッコミにしっかりと挙手。


「『はいっ!』っじゃないでしょ!」

「いえす!」

「YESじゃないっ!」

「……うん?」

「『うん』でもないっ!」

「なんだよー? 否定しろって言うのかー? ちゃんとあたしだって言ったんだぞー?」


 ……佳穂には何を言っても無駄。解ってました。





 ちくちく。チクチク。こんこん。


 ……あれ? ノックだ。開かれるドア。入室すると「失礼しますね。突然の訪問、ごめんなさい」と生徒会長・文乃(あやの)さんの姿と2名の男女。どこかで見た人たち。またみんながざわざわ。

 急に生徒会長さんが教室に来たら、びっくりするよね。あ。文乃さん、動き出した。きびきびした動作で……なんて言うんだろ? 振る舞いが心地良くて、キレイな人。


 用事は……あれだよね。


 文化祭の4日目には選挙があるんだよ。生徒会長を決める選挙に投票する棟の代表者を決める為の選挙。その選挙に立候補した人たちが、憂に自分を支持して欲しいって、依頼してくるんだよ。文化部さんたちのちょい役依頼に混じって……。


「憂さん、お久しぶり」


 純正制服の生徒会長さんを見上げて……「――んぅ?」って、小首を傾げて……固まった……。

 ……憂? もしかして……。文乃さんの事、忘れちゃってる!? たしかにこうやってきちんとお会いするの、久しぶりだけど!


「――おひさしぶり――です?」


 そんな憂を見て、文乃さんは曲げた人差し指を口元に当てて、クスッと優しい笑顔。梢枝さんと同じ黒髪ロングで同じように強気が顔に表れてるのに、印象がまるで違う不思議な先輩。


「生徒会長の……柴森(しばもり)です。こちらの2人は副会長と広報長……、最後の仕事では、選挙管理委員長を兼任している子です」


「憂? 文乃さんは……知ってる……よね? こちらは……副会長さんと……広報長さん……はじめまして」


 憂への説明ついでに私も一応、挨拶。クラス中の視線集中……。はい。もう慣れてる事です。


「千穂さん、ありがとう」


「あっ……いえ……」


 ……名前、覚えててくれた……。ちょっと感激。


「あの……。差し出がましいようですけど……」


 ちょっと驚いた。梢枝さん……いつの間に後ろに……? 忍者みたいだよ。


「憂さんに難しい話は時間が掛かりますえ? 要件をお伺い出来れば、ゆっくりと憂さんにお伝えしますわぁ……」


 文乃さんと梢枝さん。なんだろ? すっごく絵になる組合せだな……。


「要件は……選挙についてですよねぇ?」


「話が早くて助かります」


「選挙管理委員長さんを引き連れてはったら誰でも分かりますわぁ……」


 誰でも……。分からない人、居ると思う……。


「はいっ! 分かりませんでした!!」


 ……佳穂は正直村の住人か何かかな?


「はい。佳穂ちゃんは静かに」

「はい!」


 大人しくなった。千晶ナイスだよ。


「それで要件ですが……。憂さんを訪ねてくる立候補者についてです。憂さんの影響力、発言力は計り知れません。生徒会は憂さんの支持によって結果が左右される可能性を憂慮しています」


「解りますわぁ……。もしも憂さんが立候補されはったら……、C棟の代表者までは間違いなく登られるでしょうからねぇ……」


 あ。なんか2人……打ち解けてきた? ぶつからないかヒヤヒヤしてたんだけど……。


「もちろん、本当にこの人を支持したい……と、言う方がいらっしゃれば、支持してあげて下さい。でも、そうで無い場合は、控えて頂けると助かります」


「……そう考えると、このクラスの生徒は圧倒的に有利ですねぇ……」


 ざわざわ。文乃さんが苦笑い。副会長さんも広報さんも。


「はい。そうなりますね。まだ立候補は受け付けています。このC棟1年5組から目立ちたい……等の理由だけで立候補者が出ない事を祈っていますわ」


 文乃さんは教室内を見回してにっこり。あ。健太くん、目を逸した。図星かな? もしかして、梢枝さんの発言聞いて、ちょっとくらい興味持っちゃった?


「解りました。憂さんにしっかりとお伝えさせて頂きます……」


「――あ! おかしの――ふくろの――!」


「あ……。思い出して……くれたの……?」


 文乃さん、嬉しそう……。大勢を引っ張る生徒会長さんじゃない、普通の高校生の顔になったね。前に話した時と一緒の人懐こい文乃さん。


「――そのせつは――」


 その節はありがとう。それだけじゃないんだよ? 文乃さんのお陰で平和に暮らしてこれた面があるんだからね。これも後で説明してあげないと……。

 こんなところにも憂の知らないみんなの常識が……。他に何か無かったかな?



 文乃さんと憂は通訳無しでしばらく談笑。生徒会の重役さんを待たせて……。

 これが今の憂のポジション。憂の知らない内に憂は学園内の超大物。目立ってるよね。黙ってても目立つって大変だ……。


 私も……前みたいにちょっとお話したいかも……。


 あ。スマホ震えた。メッセージ着信あり。個別……?


【この生徒会長さんは全てをお伝えしても良いほど、信用に値する方です。悩みを相談するには打ってつけの人物ですえ? ウチらみたいに近い人より話しやすい部分があるのなら話してみるべきです】梢枝


 ……梢枝さんのお墨付き。でも、忙しい人だし忙しい時期だし……。



「皆さんの文化祭の準備の邪魔をしてしまいました。ごめんなさい。そろそろお暇させて頂きますね」


 あ……。どうしよ……。


「千穂さん? 何かあるの?」

「あ……。いえ……えっと……」

「相談なら乗るわよ? 聞くのは得意なんだから」

「お願い……出来ますか……?」

「嬉しい! 明日、デートしましょ! まずは我が家にご招待するわ!」


 わ。トントン拍子……。


 ……気に入られちゃってた……で、いいのかな?









 チクチクちくちく。今夜もチクチク。日課みたいになっちゃった。憂もそうなんだよね。憂も愛さんの隣でこうやってるんだろうな……。


【千穂ちゃんが話したければ話していいよ。話したら教えてね】愛


 愛さん。大事な秘密なんですよ……?

 これも私を信頼してくれてるから……なのかな?


 千穂【大事なところはぼかして相談します】


 あー。ダメだ。今日は集中できない。やーめたっ! ソファーだけどいいや!


「あー。千穂がだらしない。珍しいね」


【バラしちゃっても怒らないからね。何度も言うけど、千穂は私の大切な妹の1人だと思ってる。憂とイコールなんだから】愛


「……うん」


「検査結果……。悪いって言えば悪いけど、最悪じゃなかったから余計に悩んでる?」


「……うん」


 検査結果。まだ若いから何とも言えないって前置きがあった上で……、妊娠しにくい体だって。これから受診を続けて、きっちり体を整えていけば、きっと大丈夫……って。婦人科の蔵迫先生は自分の事のように、喜んでくれた。


「ふぁ……」


 出てきたあくびを封印。横になったら眠くなっちゃった……。


 ……いっその事、妊娠出来ない体です……って、言われたらどれだけ楽だったかな……?


「千穂? 優くんとずっと一緒でもいいんだよ?」



「お父さん……」




 そうすると……ね。





 お父さんの血も……。







 お母さんの血も…………。









 ……残らなくなっちゃう……。










 …………ん……だよ。











「……れてるんだね」


 ……ん? ちょっと……落ちてた……。


「優しすぎるのも考えものだね」


 そんな事無いよ……? 私は自分の事ばっかり……。


「よし……。出来るかな……」


 あ。お父さん近づいてきた。私の肩に手を回して……、膝の裏にも……。


「よいしょ」


 ふわっと体の浮き上がる感覚。

 ……重いとか言われたら寝たフリやめる。


「……軽い。こんなに小さいのに、全部抱えちゃうんだから……」


 …………。


 ……移動し始めた。



 ゆらゆら……。



 階段上がってる……。



 ……気持ちいいな……。




 …………。



 お父さん。




 ……結論は……まだ……。




 ………………。




 ……待ってて…………。




 …………。





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