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138.0話 姉の再就職

 


 ―――10月2日(月)



「行ってきまーす!」


「千穂ー! 行ってらっしゃーい! ごめん! 今、見送れないー!」


「いいよー! 大丈夫! それじゃね!」


「はーい!」


(着替えてたのかな?)


 少し、首を傾げて千穂は学園へと踏み出した。そこに広がっていたのは見事な秋晴れ。涼しい風が頬を撫で、柔らかな髪を揺らして去った。


(涼しくなったね。衣替え成功かも)


 それなりに大きな、人手不足の為に手入れの行き届いていない庭を素通りすると、学園とは逆方向に進んでいく。もう通い慣れた道だ。

 白き純正の制服は合服へと本日、切り替えたばかり。千穂には長袖がよく似合う。


 他の学生の姿はほとんど見られない。彼女の動き始める時間は早い。それでも時折、他校の生徒や蓼学生とすれ違っては、何割かは振り返る。憂や憂たちグループと一緒に居ると目立たなくなるが、こうやって1人で歩けば注目される美少女だ。

 中には密かに想いを寄せる男子生徒なども混ざっているのかも知れない。



(憂を迎えに行くようになって、歩く距離は伸びたはずなんだけどね。スポーツテスト酷かったなぁ……。千晶に抜かれるなんて……。2人はウォーキングみたいな早足だから……その差かな? でも、憂に早足とか可哀想だし……。仕方ないんだよ。きっと)


 そんなこんなで、ぼんやりと考え事をしながら歩く間に、見慣れてしまった一軒家に到着である。憂の姿はまだ無い。拓真や美優の姿も無い。待たせる行為が嫌いな千穂は、徐々に到着時間が早まっていったのだ。

 それを感じ取った立花家は、これ以上、千穂の到着を早くしないよう、家を出る時間を統一した。そうしなければいずれは日の昇る前に……なんて事に成り兼ねない。


 他に待っている者は居ない。あのTVの放送とその後の大拡散から、日は経った。沈静化したのだろう。平穏は蘇った……が、通学中に人が集まり、憂たちを円陣のように取り囲んで歩く事自体は変わっていない。


 千穂は開け放たれた柵から一歩踏み入れ、小さな庭先で立ち止まった。最近のいつものスタイルだ。ほとんど教科書の入っていない手提げのバッグを後ろ手に、壁面に設置されたバスケゴールを見詰める。憂いを含んだ佇まいは、お嬢様然としている。

 教科書が少ないのは置き本しているからに他ならない。蓼学では教科書の置き去りは禁止されていない。故に憂を含めた大半の者が机に、或いはロッカー内に置いたままだ。それでも何冊かの教科書分の重みがあるのは、千穂が家で勉強しているからだろう。憂は置き本禁止だった夏休み以外は、持って帰る事が一切無い。何を隠そう、憂の教科書たちは2セットあるのだ。彼女に教科書の持ち運びは苦痛だろう。


 ガチャリと鍵が開く音が聞こえたかと思えば、玄関を少しだけ開け、ひょっこりと愛くるしい顔を覗かせた……瞬間だった。


「ちぃーほ!!」


 悪魔の所業か、千穂が油断し切ったタイミングで、よく日に焼けた健康的な両手が、千穂の後ろからグルリと前面に回され、白いスカート前方の裾を摘み、ペロリと捲ってしまった。少しでは無い。がっつりとだ。露わになったのは白だ。足を閉じていても隙間のあるほっそりとした大腿も、その上のヤケに光沢のある布も白だった。

 憂はガツンと頭をぶつけながら引っ込み、玄関扉を閉じてしまった。


「なななな」


 千穂のルージュの引かれていない唇が戦慄(わなな)く。心境の変化か何かか、彼女はごく薄化粧さえしない事が多くなっている。所謂、すっぴんだ。時間の都合では無い。千穂には早起きの習慣がある。


「なななな?」


 こっそりと千穂に近づき、狼藉を働いた人物が千穂の言葉を疑問形に真似ている。

 千穂は未だにスカートの裾を摘んだままの手を容赦無く、バシバシバシバシ(はた)いた。涙目で必死の形相だ。まぁ……当たり前か。


「痛いたいたい!!」


 小麦色の両手が離れた瞬間に、スカート前面を抑え「何するの!?」と振り向いた。


「何って……スカートめくり?」


 健康的な美しさを持つショートカットの少女は、あっけらかんと言い放った。


「佳穂のバカっ!」

「痛いっ!」


 そのショートカット部分を思い切り、別の手が叩いた。大きく振りかぶって振り抜いた。


「憂ちゃん、引っ込んじゃったじゃない。今頃、玄関で真っ赤だよ」


 千晶は遠慮なく叩いた事で、溜飲を下げていた千穂だったが、その千晶の言葉で、もじもじし始めた。羞恥の時間を思い出したらしい。


「千穂も変な子だよねー。お風呂も一緒に入ったくらいなのに」


 佳穂は叩かれ慣れている。すぐに復活してしまった。厄介だ。


「スカートめくりは違う恥ずかしさがありますっ!」

「そうなのかー?」

「大体、佳穂に変な子言う権利はあるの?」


 千晶が責めると、そうだそうだ! ……と言わんばかりに千穂は何故かドヤ顔になった。


「先輩方! おはようございますっ!」


 そんなタイミングで本居兄妹出現。元気に妹が挨拶した。


「あ。美優ちゃんおはよ」

「おはよー!」

「おはよ」

「うっす……」

「朝から刺激的な物を見ちゃいました!」


 どうやら本居家の家を出た瞬間に問題のシーンを見てしまったらしい。


「佳穂のバカっ!」

「なんだとー?」

「なんだと……じゃないでしょ! 誰がしたの!?」

「あたしだっ!」


 千穂の眉がつり上がっている。佳穂は煽りが上手い。変な特技の持ち主なのだ。その特技はどんどんとレベルが向上している。目下、成長期とも言える……が、決して褒められない。


「美優ちゃん、見ちゃったんだ。拓真くんも?」


 プンスカしている千穂に代わり、千晶が問い掛けた。


「あー。ヤケに光沢のある白いのなんか見てねーよ」

「「………………」」

「千晶のバカっ!」

「なんでっ!?」

「へー。そんなセクシーなのだったんだー。あの千穂がねー?」


 それには理由がある。憂のスベスベフェチはメンバーの知るところとなってしまっている。それが影響しているのだ。たぶん。

 触らせたいとか、触らせてあげてもいいとか、その辺は謎だ。謎だが、大切な人の好みなのだ。


「憂ちゃんがスベスベ好きだから?」

「たっ! たまたまだよ!?」


「……図星だった」

「だねー。ご馳走様ぁー」


 スベスベ生地にはポリエステル、ポリエチレン……果てはシルク、と、光沢を持つ生地である事が多い。縫製の方法も影響している。サテンがどうとか……。詳しくは先生に聞いてみて(ググって)頂きたい。


「「………………」」


 何とも気まずい沈黙がしばし流れた。


「あっ、あの……。憂先輩は……まだ……?」


 話を変えようと懸命な後輩の優しさが身に沁みた千穂なのであった。




 それから数分後、憂を伴い出てきたのは愛ではなく、幸だった。


「――おはよ」


 ……未だにほんのりと頬を染めている。一緒にフロに入った仲にも関わらず……だ。千穂の言う通り、スカート捲りは違う恥ずかしさなのだろうか? よく解らない。



 それぞれ挨拶を済ませると幸は、さも申し訳なさそうに頭を下げた。でもほんわか笑顔だ。そう言う人なのだ。


「ごめんなさいねぇ。愛が今日から仕事で……。ううん。愛はいいのよ。私が寝坊しちゃって、お弁当作れなかったのよー。『コンビニ』で買って食べてくれるかな? 憂の学生証で買ってね。お弁当は立花家の仕事なんだから」


「え……。でも……」


 因みにTV放送後は佳穂、千晶もこうやってよく立花家まで歩いてくる。美優も時折、後輩の為に朝練へと顔を出す程度となっている。その為、事前に誰が迎えに来るかをアンケートし、全員分の弁当が配布されている。その影響か、手間の掛かるデコ弁は鳴りを潜めた。千穂は内心、胸を撫で下ろしている事だろう。


「でも……?」


 千穂の短い単語を鸚鵡返しした憂の母には、有無を言わせぬ迫力があった。優しい笑顔を浮かべているのにだ。不思議な人である。


「……はい」

「はい」

「はーい……」

「うっす……」


 5人中4人が素直に受ける羽目となった。実は拓真もビビっているかも知れない。


「美優ちゃんはお金を直接でごめんね?」


「いえ! とんでもないです! ありがとうございます!」


 中等部は休憩時間が違う。憂と共に行動すればお昼を食べ損ねる。なので、千円札を一枚、手渡されたのであった。




「千穂ぉー。機嫌直してよー。あたしが悪かったってー」


 2時間目の終了。まだ佳穂は許されていない。拓真にまで見られた事が致命の傷を与えてしまったらしい。何しろ、白ではあるものの、背伸びしちゃって……と思わせるには充分な代物を履いていた。


「誰が悪いのよ」


 相手しない千穂に対して、千晶は反応してあげている。千晶は当事者では無い。これが全てだ。

 だが、千晶の言葉は切れ味鋭い。「胸に手を当てて、よく考えなさい」と反省を促す。


「いいの!?」


 ……会話の流れから不思議に思ったのか、横座りで憂の相手をしていた千穂がふと佳穂に目を向けてしまった。そこで見たのは、両手の平を千晶に向け、わきわきとその指を(うごめ)かす佳穂の姿だった。


 千穂は、ゆらりと立ち上がった。目が据わっている。

 千晶は、ダイエット以降、若干(しぼ)んだものの、グループ随一のその胸を「何考えてるのっ!? 自分の胸に決まってるでしょ!」と、両手で隠した。


「なんだよー! 違うのかぶっ!」


 千穂が大きな判子を付くように右腕を振り下ろした。脳天に直撃した拳は振り抜かず、頭に当たったところで止められた。重い衝撃の走るヤツだ。


「ぎゃああ! べろがんだー!!」


 ……戦隊ヒーローの名前を呼んだワケでは無い。舌を噛んでしまったようだ。自業自得である。


 ……この後、佳穂はコンコンとお説教を喰らったのだった。南無。


「あはは――」


 憂は涙目で謝罪させられる佳穂を見て、楽しそうにしていたのだった。仲良く見えていたのだろう。それが無ければ、まだまだ赦されていなかったかも知れない。





 そして、4時間目終了。昼休憩となり、『コンビニ』へと足を向けた。グループは、ほとんど中央管理棟にあるこの巨大売店を利用しない。しっかり者が多く、文房具も切らさない。お昼ご飯も注文弁当やら、道すがらの本物のコンビニで買ってくる為、利用する必要がほとんど無いのだ。


「あ! 憂ちゃんだ! 『コンビニ』? 珍しいねー!」

「ほら! あれでしょ!?」

「バカ!」

「あ! ごめん! それじゃまたねー!!」


 コンビニの出入り口で出会った女子3名(3年生の先輩)の態度に、それぞれ首を傾げながら自動ドアを突破し入店した。


「いらっしゃい! 噂の憂ちゃんだね! たまには顔見せてよー?」と、少し恰幅の良い、おばちゃん店員さんが出迎えた。


「――こんにちは」



 その小奇麗なコンビニの品揃えは、学園の常識を凌駕している。文房具の類は通常のスーパーの種類を軽く超え、Tシャツや季節柄かカーディガンやマフラーが並び、緊急用なのか下着や靴下の類も豊富だ。

 休憩時間用なのか、玩具や小説、漫画や週刊誌、新聞までも取り揃えられている。


「あれ? 憂?」


 憂は迷いなく進んでいった。すぐに見付けたお菓子コーナーに。


「……違うでしょ」


 千穂がペチンとツッコミを入れると……泣いた。きっと嬉し泣きだろう。


「泣~かせた! 泣~かせた!」と茶々を入れた佳穂は千晶に撃沈された。人目の多い中では千穂の名誉に関わる。


「こっちだ。こっち」


 初めてきちんとした形で受けた千穂のツッコミに嬉し泣きした憂は、すぐに泣き止みご機嫌さんだ。

 拓真に制服の後ろ、セーラーカラーの上部を、猫のように掴まれ、昼ご飯コーナーに連行される間も「あはは――!!」と笑っていた。周囲の……特に男子生徒は、ちらりと覗く白いお腹に赤面していたのだった。

 憂も佳穂も千晶も梢枝もこの日から合服となっている。話し合ったのだろう。




「えっと――。これ――んぅ? こっち――」


 優柔不断炸裂。いやここは()柔不断と言い換えさせて頂こう。弁当コーナーに到着後、5分は悠に経過した。


 ようやく憂が海苔弁当を手に取ると「食べ切れる……?」と、千穂が要らない事を言った。


「千穂さん……」と梢枝は千穂に責める視線を送り、「はぁ……」と拓真は天を仰いだ。

「千穂のおバカー!」と佳穂が怒鳴ると「流石に佳穂に同意するわ……」と千晶は賛同した。

「憂さん、これとか、どうでっか!?」と康平が1つの弁当を指差す。


 千穂は千穂でこうやって時々、天然さんぶりを発揮する。


「――それ!」


 時間を掛け、吟味し、選び抜いた弁当はおかずの入っていない、そぼろ、錦糸卵、緑の絹さやを千切りにした3色弁当なのであった。


 ようやく拓真を先頭にレジに到着する……と、すぐにレジ応援が到着し、「こちらもどうぞー?」と促された。


「あ。支払い、一緒なんで……」と拓真が断りを入れると、そのお姉さんは拓真が並んだレジに移動し、「温めますねー!」と声を掛けた。


 拓真の顔が驚愕に染められた。千穂も千晶も気付いたようだ。「えっ!?」「え!?」とそれぞれ金魚のように口をパクパクさせている。


 もう1台のレジに人が並ぶと、おばちゃんは手際よく、バーコードを読み取り「立花さん! こっちお願いねー!」とそちらに移動していった。


「へ?」

「――はい?」


 憂の場合は、自分の名字を呼ばれたと勘違いしたのかも知れない。一度、顔を上げたが、また左にある胸ポケットへと手を伸ばした。不器用な右手のせいで、なかなか取り出せないらしい。そこには学生証のカードが仕舞われている。


 チーン! チーン!


 手際の良いお姉さんは温めの終わった弁当を、どんどんと袋に詰めていく。梢枝も康平も拓真も千晶も佳穂も千穂も、お姉さんと憂に視線を往復させている。梢枝に至ってはスマホで撮影中だ。


「――とれた。ごめんなさい――」


 弁当の温めを完了させたお姉さんは学生証を受け取る。謝ったのは『待たせてごめんなさい』なのだろう。


「お姉ちゃん!? ――なんで!?」


「あはは!! 全然、気付いてくれないんだから! は・や・く、気・付・け?」


 そこに居たのは紛れもない愛の姿なのであった。


 愛は日中、暇で仕方がなかった。夏休みを終えると、ものすご~く、それを実感した。仕事を探し始めた時に学園長から声が掛かった。

 知っていたかのようなタイミングのそれは、愛にとって、非常に都合の良い就職先だったのだ。愛はその仕事に飛び付いた。


 憂たちの放課後より、いくらか後に勤務終了となるが、用事のある時などは予め、連絡さえしていれば一緒に帰ることも可能。緊急時には、それこそすぐに憂の元に辿り着ける、正に理想の職場。それこそ、この『コンビニ』なのである。






「これから毎日のように蓼学だよ―! 学生時代に戻った気分で最高ー!」


「もう。愛さんってば、教えてくれればいいのに……」


「本当ですよ。驚いたんですえ?」


「あはは! ごめんごめん! ついつい悪戯心がねー」


 この日、お昼はグラウンド横の芝生に座り、ご一緒した。休憩に入ったのだろう。

 明日以降は弁当復活らしい。今日は幸にサプライズの為、寝坊した事にして貰ったそうだ。


「じゃあ、放課後、初日だし早く上がらせて貰えるはずだから、一緒に帰ろ? 案内したい所があるんだー」


 愛によって話の尽きなかった昼休憩のラスト。こう言って愛はグループメンバーの一角と離れていったのである。


「なんか――ふくざつ――」


 学園に行っても家族の顔を見ることになる憂の気持ちは、なんとなくだが、解らない事も無い。





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