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137.0話 スポーツテスト

           男子   女子

握 力(kg)      39.94   25.87

上体起こし(回)   26.90   18.70

長座体前屈(cm)   46.06   45.22

反復横とび(点)   51.06   41.97

20mシャトルラン(回) 80.76   44.87

50 m 走(秒)     07.52   09.05

立ち幅とび(cm)   220.09  165.52

ハンドボール投げ(m) 25.70   14.38


今話をお読み頂くに当たって、とある年度のスポーツテストの平均値を並べておきます(笑

参考までにどうぞ……


4/15 憂の長座体前屈の数字をよくよく考え修正させて頂きました。

    ……流石にもうちょい行きますよね(苦笑

 


 ―――9月29日(金)



「今日はスポーツテストだよー! 頑張ってねー!!」


 檄を飛ばすとすぐに利子は廊下へと消えていった。すぐに喧しい子が記入用紙を片手にヒラヒラ振り返った。


「憂ちゃん、大丈夫かなー? 落ち込む「後遺症の前からスポーツテストの成績悪そうだから大丈夫じゃない?」


 途中で乱入した千晶の目が鋭い。佳穂への叱責だ。過去を匂わせる発言は控えなければならない。


「落ち込まなきゃいいけどね……」


 千穂も心配そうに憂を覗き込む。佳穂と似たような台詞だったが、千晶が後遺症を強調した為、問題は無くなった。


「――がんばる――よ?」


 前向きの様子で何よりだ。



 HRはこの日、3,4時間目に移動している。食後のスポーツテストは可哀想と云う学園側の配慮か、午後がダメダメな誰かさんへの配慮かは、よく判らない。例年通りならば午後に行われていたはずだ。それでも、いくらか午後に強くなってはきているのである。




 ―――HRと言えば、先週の金曜日、恵の結婚式の前々日に文化祭に向けての話し合いが行われた。

 文化祭は蓼学最大イベントだ。その規模は大きい。初等部、中等部、高等部の全校舎を解放し、全児童、全生徒、全教員が何かしらに関わる。

 つまり、学園の人数だけで1万人を超え、その上、外部からのお客様をもてなすのだ。

 開催期間中には数万人が動く事になり、それだけの規模があればスポンサーさえ付く。それは学園という枠を超えた、蓼園市のイベントと言ってしまっても問題ないほどである。


 この学園祭に於いて、憂たちの所属するC棟1年5組の出し物は、出店と言う形に決定した。

 その店の形態は数多く出店されるであろう『メイド喫茶』である。


 憂のメイド服姿が見たい! ……と言ったのは女子勢多数だった。


 男子からは、声に出すのは憚られたのか、はっきりとした主張は無かったものの、多数決に踏み切れば、圧倒的多数の賛成で決定するかに思えた。

 そんなメイド喫茶だったが、憂が珍しく1つの条件を提示した。


「男子も――きるなら――」


 憂の意見は、よく通る。だが、それ以上に女子たちが激しく同意した。なんだかんだ言ってもメイド服は女子たちも恥ずかしい。男子たちを裏方に回さず、前面に押し出す事でその羞恥心への中和を図ったのであろう。


 中2の頃、()のクラスで行われた女装メイド&メイド喫茶再びである。

 そして翌日となり、未発表だったクラスの起案が公示されると、その日の内に『蓼園商会本社』がスポンサーに付いた。公示される期間中にこうしてスポンサーが付いていく。これは何も珍しい事では無い。法人としての形態は違うものの、私立蓼園学園は紛れもない蓼園グループの一角。しかも、重要なウェイトを占めている。演劇部、吹奏楽部、チアリーダー部などは毎年、グループ中枢からの支援を受けているのだ。

 クラスの出し物単位も企画の良い物はこうやって、スポンサーを得る事が出来る為、本気のクラスは生徒たちが自主的に集い、夏休み前から話し合い、起案を提出し、準備が行われているほどである。


 因みに、憂たち1年5組は話し合いなど行っていなかった。金曜日に初めて話し、速攻で決定させただけである。


 蓼園商会本社などと云う超大物がスポンサーに付いたのは、憂の存在に他ならない……が、クラス単位の物にも出資している大企業なので問題ないだろう……と思う―――




 そして、スポーツテスト。これも一大行事の様相を呈する。高等部の全員がこの日、一日でテストを受ける。教職員総出、各クラスから選出された委員など、人海戦術を以て当たる。沢山の体育館と大きなグラウンドを誇る、この学園だからこそ僅か一日で完了させる事が出来るのだろう。


 そんな話はさておき、いつものメンバーに目を向けてみる事とする。


「ごめん――」

「しっかり出遅れちゃったねー!」

「分かってた事。仕方ないよ」

「そうだね」


 握力、上体起こし、長座体前屈、反復横跳び、往復持久走、50m走、立ち幅跳び、ハンドボール投げ。



 ―――持久走だけは体育の授業で既に終了している。憂は1000mの途中、8分を超え、打ち切りとなった。止めなきゃ意地でゴールを目指していたからだ。7分を超えてゴールした場合、7分だろうが20分だろうが最低点数の1点なのだ―――


 ―――ついでに言えば、本来ならばシャトルランと長距離走はどちらもやる必要はない。ないが、身体測定の時に語った通り、基準校に定められているのでどっちもやっているだけだ―――




 この8項目を終えた者から昼休憩開始と告知されていた為、多くの生徒たちが急いで着替え、出撃していった。

 各項目、記録員も人海戦術により揃っているものの、待ち時間はなかなかのモノになるだろうと予測されている為だ。例年、それなりに待たされるらしい。


 憂の用紙を覗いてみよう。




 No.8121  氏名 立花 憂  本人の住所  蓼園市


 1.4月1日現在の年齢   15歳   2.性別  女


 3.都市階級区分   大・中都市


 4.所属       高等学校全日制


 5.運動部や地域スポーツクラブへの所属状況

        所属していない


 6.運動・スポーツの実施状況(学校の体育の授業を除く)

        2,ときどき(週1~2日程度)


 7.1日の運動・スポーツ実施時間(学校の体育の授業を除く)

        1,30分未満


 8.朝食の有無  1,毎日食べる


 9.1日の睡眠時間   3,8時間以上


 10.1日のテレビ(テレビゲームを含む)の視聴時間 

    1,1時間未満


 11.体格 1,身長 137.1cm

       2,体重  29.2kg




 嘘偽りなど無いようだ。体重も再び増加を始めているようで喜ばしい。憂の場合は千穂の検査が行われた日に計測された数値だ。ついでに定期検診を済ませてしまったらしく、誰よりも最新のデータである。全て、千穂が記憶していた。憂の事となると実に一生懸命となるのが千穂と云う少女の特徴だろう。

 番号が大きいのは憂が転入してきた形となっている為だ。憂より大きい数字の大きい者は数少ない。それ以降に転入・編入してきた者たちだけなのである。



「まぁ、ゆっくり終わらせればいいでしょ」


 千晶は然程、気にしていない様子で言うと女子全員、穏やかな顔で頷いた。


「姉さんら、遅いでっせ!」と康平がいつかのような台詞を吐くと「まぁまぁ。女の子なんだから仕方ないよ」と紳士的な言葉で許したのは京之介だった。


 スポーツテストの内容に男女の差異は無い。直接的護衛である康平がグループ全体での周遊を提案し、女子隊のみんなも断る理由があるはずも無く、合流した。グループの準レギュラーメンバーの姿もある。総勢11名の大所帯だ。


「まぁええわ。ほいでどっから回るんでっか?」


「遠くから攻める必要性は感じられないな」


「体育館のからでいいんじゃない?」


「そのつもりで憂のバッシュ、しっかり締めちゃったよ?」


「ほな決まりですなぁ」


 女子たちが着替えた更衣室は、よく使用するC棟体育館入り口付近の更衣室だった。なんとなく慣れたから、使い易いと言ったのは佳穂だった。




「……どれからするよ?」


 圭佑は体育館に入るなり、顔を顰めた。なかなかの人出だ。この各棟体育館では上体起こしと長座体前屈、反復横跳び、握力の4種目が行われている。同じ体育館競技である20mシャトルランは大体育館で相当な人数が同時にスタートし、ヒィヒィ悲鳴を上げている事だろう。


「あれでいいんじゃないかなー?」


 佳穂が指差したのは上体起こし。所謂、腹筋運動である。適当に選んだに違いない。嫌な顔を見せたメンバーが半数ほど居たが、さっさと列に並んでしまった為、ずらずらと並んでいった。


「あ。憂ちゃんたちだ。先、どうぞ」


 …………。


「ん? 先、行く? 憂ちゃん、時間かかるだろ?」


 …………。


「先いいよー? 憂ちゃん、待ってるだけで疲れそうだし」


 彼らは、どんどんと行列前方に押し出されていった。憂たちグループが列の前方まで来ると、面白い現象が起きた。今、正にスタートする男子たちが超奮起したのだ。必死の形相で30秒間のスピード腹筋をこなし、自己新記録を樹立した者が多数出現したのである。アイドルグループを前に良いとこ見せたい男子たちの悲しい(さが)を垣間見た瞬間だった。


 そして、憂たちの番となった。

 ヤケに注目を集める中、憂とペアになり、足を押さえられた千穂がスタートした。千穂の結果は15回。女子の平均をしっかりと下回った。何気に千穂も、もやしっ子なのである。


 ペアでチェンジすると空気が張り詰めた。握力測定も、長座体前屈も進行が止まった。多くの者が憂に注目する。


 ピィ!


 静かになった体育館で甲高いホイッスルが響く。憂は体を丸め、顔を赤く染め、ゆっくりと体を起こしていく。


「「「おぉ……」」」


 1回。1回で体育館がどよめいた。2回目。更に顔は染まり、真っ赤となった。プルプルと震えながら全力で腹筋を中心とした筋肉を使役する。


「「「おぉ……!」」」


 3回目。気力を振り絞り、美貌を歪め、全力をその顔に宿す。膝と肘が接触すれば3回目の成功。呼吸を忘れ、歯を食い縛り、膝と肘が軽く触れ合った瞬間、30秒の経過を知らせる笛の音が響いた。


「「「おぉぉ!!」」」


 歓声と共にパチパチパチと拍手が巻き起こった。


 そんな中……憂は、笑顔だった。日課は今も続けている。少しずつだが、筋肉は付いており、それを実感した瞬間だったのかも知れない。


 ついで……で申し訳ないが、男子隊では圭佑が実に50回超えを記録した。次点で凌平が入った。期待された拓真は重量級の上に運動不足状態。本人も首を捻るほど、酷い出来だったようだ……が、しっかりと平均は超えていた。

 女子隊は佳穂が予想通りの首位。千晶が2位だった。

 ……梢枝と康平の2人は上手に平均値を記録したのだった。



 上体起こしを終えると1つの流れが出来た。流石に全員がそうではないが、順番を譲ってくれる優しい人たちが続出。どんどんと進行できたのである。


 憂の握力は酷かった。


 左手が12kg。右手は……語らずとさせて頂こう。


「らいねん――こえる――!」


 これだけ貧弱では人が怖くなるのも仕方ない。そんな数字にも関わらず、憂は前向きに受け止めていたのだった。

 この握力では拓真が汚名返上。男子隊の首位を獲った……が、康平を恨めしそうに見やっていた。彼が本気になれば、とんでもない数字を弾き出す事だろう。



 長座体前屈。憂が壁にもたれ掛かり、その状態から体を倒していくとまたも体育館内が大きくどよめいた。折り畳み式携帯と揶揄された柔軟性健在である。胸と同様、ぺったんこだ。いや、失礼。AAカップはあるらしい。

 だが、記録は驚くほどの数値ではない54センチ。なんせ小さい。身長別で評価すれば驚異的な記録だったが、区分けは年齢別のみだ。已むを得まい。

 男子TOPは勇太だ。やはり高身長は有利らしい。それを証明した形である。

 女子ワーストは千穂だった。ダメっ子かも知れない。いや、千穂も低身長だとフォローしておく事とする。



 反復横跳びでは、またしても憂と千穂が本領を発揮した。リズムを付けると上手くいくこの種目。絶望的に下手くそだった。憂の場合は右が弱いハンデがある上、身長的にきついからこそ……だが、千穂はハンデ無しだ。千穂の後ろで行なっていた佳穂が吹き出し、巻き込むオマケ付きだった。


「千穂ぉ! 笑わせるとは何事かー! 真面目にしろー!」と文句を言っていたが、千晶は次の組で参加していた。千穂が反復横跳びが大の苦手な事は、4月でのテストでも中等部時代にも見せていた。把握していたのだろう。憶えていなかった佳穂にも問題ありだ。

 上手に面白横飛びを回避した千晶は、梢枝たちと共に憂が転倒しても助けられるように、ハラハラしながら見守っていたのだった。


 佳穂は途中、笑い出すハプニングこそあったものの、それでも女子隊首位を守った。これで4種目全てで首位である。梢枝が本気を出していたとしても、単純な身体能力では互角に渡り合えるのかも知れない。

 男子では凌平が部活少年たちを抑え、グループ1位だった。この男、何度目になるか分からないが本当にハイスペックなのである。



 体育館種目4つを終えると、大体育館へと移動した。

 そこでは恐怖の音楽が鳴り響いていた。


 ドレミファソラシド……。

 ドシラソファミレド……。

 ドレミファソラシド……。

 ドシラソファミレド……。


 延々と続く音階の羅列。次第に早くなり、参加者を絶望へと突き落とす戦慄のメロディ。


 体力温存の為だろう。『最後にしよう?』……なんて意見も聞かれたがあえなく却下された。



 ―――彼らは……靴の履き替えが面倒だったのである。




 ここでは大勢が一気に20m走の連続行動を繰り返していた。


「「「120! 121! 122! 123!」」」


 頑張る者たちを奮い立たせる為か、自らを鼓舞する為か。

 順番待ちの少年少女たちが、声を大にし、数字を連呼していく。


「「「134! 135! 136! 137……あぁ……」」」


 好記録を出した男子生徒は崩れ落ち、息も絶え絶え……だが、そこの体育教師は容赦なく、労いの言葉を掛けただけで彼を追い立ててしまった。次が控えている。可哀想だが仕方ない……のか?


「5秒前……3……2……1……」


 次の組が一斉にスタートする。最初はゆっくりだ。希望を与えるように優しく音階が上がり……そして下がっていく。


「これ。案外、憂イケるんじゃね?」と言ったのは勇太だ。憂は体力が無い。無いが回復は驚異的だ。相性がいい可能性はあった。




「「「97! 98! 99! 100!!」」」


 いつしか憂たちのグループも大合唱している。


「――ひゃくいち――ひゃくに――ひゃくさん――ひゃくよん――」


 ……憂は数える事は得意のようだ。


 憂たちの前のグループはヤケに女子が大勢残っている。女子で100超えは見事だ。それもそのはず、C棟3-7組の女子たち。惜しまれつつ引退したものの、最後の大会で全国準優勝に輝いた女バスそのものが参加している。ダッシュを繰り返すスポーツであるバスケ、サッカーなどを嗜むものは強い。

 対する男子勢は残っている人数こそ少ないものの、女子に負けるものかと敵愾心剥き出しで20mのダッシュを繰り返している。


「ひゃくじゅうご! ――ひゃくじゅうろく!」


 ……興奮し始めたようだ。女子が男子を蹴散らす可能性が今、ここに見られている為だろうか?


 だが、100回を少し超えた辺りで女子はどんどんと姿を消していった。それでも大記録だ。流石は全国から頂点を目指すバスケ少女たちが集まる超人軍団と云ったところか。よくもまぁ、球技大会では、こんな人たちの本職であるバスケで対等に渡り合ったものである。拓真と勇太のツインタワーがあってこそだったのだろう。


「125!」


 その言葉と共に最後まで残った男女の1人。男子生徒が諦めた。125回は記録上で満点の上、足が縺れるほど限界に追い込まれていた。


「ちゃこぉぉ! 行っけー!!」


 速いテンポで音階が上がっていく。ポーンと云う無機質な音。それに126回目には残念ながらほんのコンマ何秒か間に合わなかった。


「あー! 悔しいー!!」


 彼女も分かっていたのだろう。126回目を成功させていれば、この組で男子を差し置き、1位だった事に。

 絶叫したちゃこには沢山の拍手が打ち鳴らされた……が、彼女も容赦なく教師に追い立てられた。


「鬼ー! 休ませてー!!」


 …………。


 ……そして、再び『5秒前……3……2……1……』と憂たちのグループがスタートした。70人ほどが参加していた。


 その中で最初の脱落者は……やっぱり憂だった。それはまさかの5回目。まだ序盤もいいところだった。彼女はターンで大きくバランスを崩し、教師に助けられたのである。しかし、悲観していないようだ。憐憫の眼差しが憂に集中する中、すぐに応援側に回った。


「みんな――がんばれ――!」


 その小鳥のような澄んだ声音を聞くと、テスト中の者たちの目の色が変わった。




「「「45!!」」」


 ここまでの脱落者は憂と同様、ターンで不幸にも足を滑らせた女生徒一名のみ。それ以外、まさかの全員女子平均超えである。おや? 今まで平均で済ませていた梢枝も本気になってしまっているようである。


「「「51!」」」


「「あぁ……」」


 ここでついにグループから脱落者が出た。彼女にしてはよく頑張ったと手放しで褒めてあげたい千穂である。

 同じく運動の苦手だった千晶だが、彼女は60回まで頑張った。日々、佳穂と共に徒歩通学した結果なのか回数倍増だったらしい。彼女らしくどこか冷めた様子で喜んでいた。


 そこまで行くといいトコ見せようと根性で乗り切っていた女子たちから、続々脱落していった。85回、佳穂と勇太が仲良く終了。勇太は持久力に課題を残す。高すぎる身長のせいかも知れない。だが、微妙に手を抜いた感はあった。彼の場合は憂に良いとこ見せる必要が無いせいかも知れない。

 佳穂の80オーバーは素晴らしい。彼女の記録は部活をしていない組ではTOPクラスの成績だろう。


 90回を超えると男子たちからもリタイアが続出し始めた。ここまで来ると根性だけでは、なんとかなる速度では無い。


 101回目、拓真が脱落。拓真は体を鍛えている様子だが、持久力では無く、筋トレに励んでいるようだ。バスケの体型からは遠ざかっていっているのである。康平は拓真の終了を見届けるとニヤリと笑い、自ら終了した。こいつの鍛えようは半端ない。


 女子の中では梢枝ともう1人、憂のクラスメイトがグループから離れた場所で奮闘していた。U-16女子日本代表候補に選出されたサッカー少女、結衣だった。相棒のさくらは、もっと前に終わりとなったらしい。


 106回目、女子1位を狙っていたと思しき梢枝が脱落。C棟1年5組持久力女王争いは、結衣に軍配が上がった。

 梢枝は「はぁ! はぁ! こんな事! なら! するんじゃ……なかった!」と、とんだダークホースの出現に歯噛みしていたのだった。本気で頑張った18歳。大人げない。


 111回目、更に上がる速度に付いていく事が出来ず、凌平が消えた。運動部未所属組で学年最高成績かも知れない。

 彼は勉学ばかりでは無くなった。憂の秘密を知り、いざと言う時の為、ランニングや筋トレなどしているらしい。


 115回目。まだ行けそうだった結衣が突如、脱落。彼女は基本的に怠け者だ。天才肌なのである。試合中にも時々、『消える』(目立たなくなる)節があるそうだ。


 残ったのはバスケ部でもブランクの無い、重戦車、興奮する牡牛こと圭佑と技巧派の京之介の2人だった。良き理解者同士であり、ライバルでもある2人は火花をバチバチと散らし、駆け続けた。


 130。全盛期の優と拓真も行けたであろう数字に到達する。

 140。()としてもこの辺りで限界だったかも知れない。


 音階は鬼畜の領域に上がるが、彼らは一歩も引かない。憂に自身の成長を見せたい。そんな気持ちもあったはずだ。2人並んで闘志を前面に牽制し合う。


 ―――150。


 大体育館のボルテージがこの日、最高潮に達した。因みに最終的に蓼学TOPとまでは行かなかった。陸上部を侮る事なかれ……と、上位を占めたのである。この学園、陸上部も強豪なのだ。


「――――いち!」


 ……テンポが早まり、憂の言葉は追いつけなくなってしまった。ここまで来ると、千穂も佳穂も千晶も興奮を隠していない。どっちに勝ってと言う事は無く、ただただ一心不乱に黄色い声を上げていた。


「あいつらすげーな……」

「あぁ……」


 拓真も勇太も素直に感心しているようだ。


「「「156! 157!」」」



 ―――160。


 その折り返しの直後だった。圭佑がまた一段、速度が上がった音階に対応しようとグッと足に力を込めたのだろう。しかし、その足は限界を迎えていた。負荷に耐えられず大きくよろめき、隣を走る京之介と接触。その接触に耐える体力を残していなかった2人は共に転倒した。

 2人とも大の字で激しい呼吸を繰り返す……中、体育教師が走り寄り「よー頑張ったなぁ!」と排除を敢行した。ずりずりと引きずり出されたのである。


 しばらく、2人は動けなかった。そんな2人を上から覗き込むように女子隊や周囲の女子が取り囲んだ。憂を含む。彼女を女子隊に勘定するのか迷う事がある。ここではっきりと宣言しておこう。彼女も女子隊の一員であると今ここに定義する。



「カッコ良かったよー!」

「うん。最高だった」

「だね。ライバルで親友とか最高だよ」


 佳穂、千晶、千穂の言葉が仰向けの上空から女神の言葉のように降り注ぐ。


「たにやん――きょうちゃん――すごい――」


 憂は2人に手を差し伸べた。片手ずつ……だ。2人は憂の手を取る……と、棒のような足を何とか動かし、立ち上がった。体重を掛ければ吹き飛ぶのは憂のほうだからだ。おそらく憂は、それを解っていない。口元に不満の象徴が突き出ていたのだった。


 それから10分ほど小休止。移動した後、外靴に履き替えた。残すはグラウンドで開催中のハンドボール投げ、50m走、立ち幅跳びの3種目だ。


 グループは六芒星のように白線を引かれた一角の頂点ヘと近づいていった。ハンドボール投げの区画は毎回、このように作られている。それぞれの角から中央に向けて投げていくのだ。たしかにこれならば多くの人数を少ない人数で捌けるだろう。長年、基準校として培ってきた経験から生み出された物に違いない。

 ……球拾いや計測員に怪我人が出ない事を祈る。




「康平……。1度だけでいい」


「せやかて、ワイは……上やさかい……」


「頼む」


 拓真が懇願しているのは康平の本気の投球だ。どんなものか見たいらしい。


「わかったわ。1度だけやぞ?」


 例によって、フリーパス状態で順番が来ると、いきなり康平がサークルに入っていった。

 拓真との遣り取りを見ていたメンバー全員が注目する。康平は短い距離の助走を付けると、思い切り靴裏を踏み締め、全力でぶん投げた。高々と。


 たかーく投げられたハンドボールは滞空時間が異様に長かった。やがて物理法則に従い、徐々に加速し最後は物凄い速度で落下した。


 ボスッ!!


 そんな音と共に着地した地点に、呆然としていた計測員が駆け寄り、その飛距離を叫び伝えた。


「25m!」


「よっしゃ! 平均通りや!」


 記録は平凡そのもの。そんな康平の見せた鬼投球に一同呆然だったのである。続いての左手は普通に投球し、平均値を僅かに超えた。


「あんた……化けもんか……」


 ……そうかも知れない。



 触発されてしまったのだろう。次に円に入ったのは、ちんまりとした子だった。憂の姿を見て、計測員が9mのライン辺りまで近づいてきた。女子平均は14m。妥当な位置取りかに思われた。

 憂は助走を多くは取らなかった。バランスを崩さない為だろう。そして、大きなボールを小さな掌に乗せると、左足を大きく上げ、それが接地すると同時に小さな躰の柔軟性を活かし、鞭のようにしなやかに投球した。


「「「おぉっ!!」」」


 憂の麻痺の残る右手から放たれたハンドボールは計測員を超え、9mと10mの間にボテッと落ちていった。


「憂ちゃん、すっごい!」


 佳穂が興奮している間に、今度は左手で投球した。康平もそうしたが、利き手2回でOKである。2人も連続でわざわざサウスポー投球するものだから注釈させて頂いた。


 ボールは先程よりも飛び、11mラインに落ちた。身長体重的に考えると見事な数字だと云えるだろう。2回目になるが、高校生女子全体の平均は14mちょっとなのである。


 憂も嬉しそうだ。既に投球の終わった康平とハイタッチ。弾ける笑顔を見せている。


 またも触発された子が出現してしまったようだ。何やら悲壮感まで漂わせ、サークル内に踏み入れたのは、もやしっ子の双璧、千穂である。

 彼女は助走をギリギリまで取り、投球した。


「10m!」


「嘘!?」


 ……ヒューと、身震いするほどの冷たい風が吹き付けていそうな背中だったが、まだ9月。そこまでの冷風は有り得ない。ただの幻視だろう。


「千穂ちゃん、手首だわ! 手首を使ってみ?」


 康平のアドバイスを受け、再び右手で全力投球する……と「13m!」と聞こえ、ホッと胸を撫で下ろした後、はにかむような笑顔を見せたのであった。憂超えだけはしておきたかったに違いない。


「手首使った投球に慣れればもっと行けるよ。女子たちはそこが出来てないんだよね」

「あー。それわかるわ」


 きょうちゃんとたにやんの会話だ。是非、お試し頂きたい。



 このハンドボール投げ、堂々の首位は重量級の拓真だったが彼は憮然としていた。記録は平凡ながらも、凄まじいパフォーマンスを見せ付けた男の存在故だろう。

 女子の中では千穂が憂を除いた場合の最下位を始めて脱していた。千晶は手首を使いこなせなかったのである。尚、4月のスポーツテストでは千晶の方が千穂よりも成績が悪かった。日々のウォーキング効果により、千穂を上回ったのだ。




 立ち幅跳びの1回目。憂はお約束をしてしまった。千晶もだ。まさかの圭佑もだ。圭佑の場合、尻もちこそ付かなかったものの、一歩、後ろにたたらを踏んでしまったのである。


 ぴょんと跳べてないように跳び跳ね、「あぅ――!」と尻もちどころか背中まで付いた憂に、男子隊は目を逸した。

 ……異様に可愛らしい姿だったからである。


 2回目は1回目に失敗した面々も成功させていた。


 なんと憂は50cmの記録を作った。片麻痺の残る躰を鑑みると好記録のはずだ。たぶん。彼女の場合、両足で跳ぶ立ち幅跳びは不向きだ。おそらく左足1本で立ち、そこからジャンプするほうがよく跳べる。きっと。


 男子勢1位はここでも長い足を活かした勇太だった。

 千穂は体が軽い。これまた千晶超えに成功していた。




 最後に残した50m。

 男子たちは速かった。速かったものの、揃って首を傾げた。「やっぱりシャトルランより先にするべきだったな」と呟いたのは凌平だったのだった。

 因みに男子1位は京之介だった。ノッポさんも重戦車如き拓真も圭佑もなかなか速いものの、スプリンター体型の京之介には及ばなかったのである。


 女子は千晶が『打倒・千穂』と下克上を果たした。千穂も悔しそうにしていた。運動に目覚める日も近いのかも知れない。


 憂? 彼女のタイムには触れないでやって頂きたい。




 ……最後に。


 結局、出遅れたはしたが、学園内最速で8項目のテストを終了したのは、憂たちのグループなのであった。





 ちょっと記録を漁ってみました。

 ハンドボール投げのとんでもない記録は、あの室伏広治さんが高校時代にマークした65mって記録が残っています(´・ω・`)

 ……半端ない(;´Д`)


 20mシャトルランの記録はサッカーの長友佑都選手の記録がとんでもないです。

 ただ、数字が独り歩きしている感がありますね。

 多いものでは400回超(ぇ 他にも300台の記録とか、少ないものでも260回とか、WEB上で調べることができました。。

 どれが本当やら……。ですけど、一番少なくて260てwww 怪物なんですかね?w

 世の中、凄い方がいらっしゃいます(´・ω・`;)


 正に「事実は小説より……」なんて言葉が浮かびました……。

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