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124.0話 きょうちゃんとでぇと

 


 ―――9月4日(月)



「ごめん! 憂? ちょっと、先、行くね!」


 通常通学後……と、言っても大名行列のような現状に変化は無い。更に東門をくぐると親衛隊が待ち構えるオマケ付きだ。その為だけに、わざわざ通学時間を合わせている初中等部の子たちには頭が下がる。何しろ、憂と千穂は早めの通学を心懸けているのである。


 憂の通常はその他大多数にとって、異常な状態なのだ。

 因みに、日傘もアームレストもしていない。日焼け対策は紆余曲折を経て、『蛇みたいに脱皮して元通り。馬鹿らしくなってヤメた<姉上談>』と言う結論に至ったのだった。



 ……何の話だ? 失礼。千穂の台詞後の話だった。



 そんな通学を終え、上靴に履き替えた瞬間だった。千穂は切り出しの台詞と共に教室へと駆け出した。

 憂は声すら掛ける事が出来ず、その背中に手を伸ばした。届く訳はない。なんとも哀愁漂う姿だった。そんな憂の悲しい姿に、ここまで一緒だった拓真と護衛2人は苦い笑いを見せるしかなかった。


 憂は千穂と離れなければいけないと云った感情を時折、全面に押し出している……が、明らかに無理をしているようだ。こう云った咄嗟のシーンで千穂に依存する憂の姿が垣間見られている。



 虚空に手を伸ばしたまま、固まってしまった憂は「……教室、行きますえ?」と促され、肩を落とし、トボトボと歩き始めた。






 ……教室に到着するまでに、前日の『きょうちゃんとのでぇと』について語っておきたいと思う。




 ―――自身で服を選んだ憂は『はじめてのおかいもの』の時と同様、地味な服装だった。前回と同じようなモノトーンな服装……。おそらく千穂の影響を受けている。だが彼女に、周囲をハッとさせるような女性物のコーディネイトを完成させる事は出来ないだろう。


 肩に下げるポシェットとチョーカー&リストバンドのみ、姉の手が加えられた。その3点いずれもが誕生日プレゼントだったりするが、関係ない話だ。


 ピンポーンとインターフォンが彼の到着を告げると、憂は笑顔でお出掛けの挨拶をし、すぐに『いってきます――!』と消えていった。その時間、実に8時半。京之介は朝に強く、午後に弱い憂の習性をしっかりと理解している内の1人なのである。


『おはよ。もっと、可愛い格好……してくれるかと……』


 これは京之介の言葉だったが、無理を言ってはいけない。憂は男同士の友達気分なのである。


 きょうちゃんは憂の手を取り歩き始めた。咄嗟に手を振り払おうとしたが、彼はそれを許さなかった。

 この日、彼は一貫して憂を1人の女の子として扱ったのだった。


『――んん? ――んー?』


 憂の困惑はご想像の通りである。


『――なんで――?』


 普通にスニーカーを履いている憂の弱い右をフォローするべく、右手を引く。道路ではあくまで左側通行を保った。憂を左に置いた時、そうする事が車や自転車からの危険を排除出来る……と、思ったのだろう。

 これには背後を付ける姉も、愛しの彼女も感心していた。2人はそこまでの配慮をしていない。


 歩いていく方角は……いつものモールである。バスケ小僧な京之介は、デートスポットなど知らないのかも知れない。


 憂の足で歩くとなると、30分以上掛かる。そこで彼は途中の公園で休憩を挟んだ。自販機で2本のジュースを購入した上で……だ。ジュースのお金は京之介が出した。一切合切の金銭を奢るつもりだったのか、全て京之介が出した。憂は不満そうに……、次第に申し訳なさそうにしていたが、それは黙殺された。


 実は前日の夜。憂となっての『はじめてのおこづかい』を母から受け取っている。樋口一葉さんだった。蓼学生の平均より、随分と少ないだろう。多い者はとんでもない額を貰っているらしい。


 閑話休題(それはともかく)


『可愛くなったね』

『学園でも不便な事あったらいつでも言ってね』

『憂の為なら何でもするよ』

『憂は守られてればいいんだよ』


 こんな台詞の連発である。歯の浮くような台詞もあった。彼の目的は、どうやら憂を完全に女の子として扱う事によって、男性と付き合える可能性を探ろう……としているのだろう。たぶん。


 きょうちゃんはのんびりまったり。憂は戸惑いと憂鬱の中、休憩を終えると再びモールへと歩みを再開させた。


 彼は紳士的な態度を貫く。


 ……が、千穂に比べて慣れていない。憂も京之介のエスコートに慣れていない。


 それは2階のゲーセンへの移動時に露呈された。憂はエレベーターが嫌いだった。


『えれべーた――いや――』と階段へと向かった。密閉された空間で不特定多数の人間と一緒になるのが怖いのだと推測したのは梢枝だった。正解かも知れない。

 憂は、優から憂となって以降、京之介との行動の機会が明らかに減少している。きょうちゃんさえも警戒の対象なのだろうと云う事だった。こちらの推論には疑問が残る。京之介は良くも悪くも優男だ。頼りにならないのかもな……と、何やら酷い意見を出したのは拓真だった。


 千穂や姉とのエレベーターは問題ない。今まで何度も一緒に乗っている。拓真と康平で試してみる必要があるのかも……と、意見は一致した。


 そして階段の一段目。最初の事件が起きた。


 意識をきょうちゃんの異変に持っていかれていた為か、一段目に躓き、転んだ。咄嗟に手を伸ばした京之介のお陰で、上半身こそ無事だったものの、思い切りスネをぶつけた。俗に言う弁慶の泣き所を……。


『いたい――』


 そりゃ痛いだろう。スボンの裾を捲り上げ確認すると、出血こそしていなかったものの、薄皮が剥がれ、赤く打ち身となっていた。翌日には……いや、憂の場合、午後には痣と化す……。そんな傷だった。


『……ごめん』と彼は憂を抱えた。抱えて階段を上がっていった。


 2階に到着した途端、憂は暴れた。お姫様抱っこが許せなかったのか、むくれてしまった。それまで暴れず、抗議するだけだったのは階段上だったからに他ならないだろう。暴れて落ちたらもっと痛い。


 打った瞬間は痛かっただろうが、歩行には問題無かった。気を取り直し、ゲーセンへと向かった。


 ゲーセンではバスケのゲームで満面の笑みを見せていた。通常のバスケボールより小さく軽いソレは扱い易かったらしく、夢中になっていた。


 ……京之介もその周囲の者たちも釘付けにするほどに。


 一頻り遊ぶと憂は尿意を訴えた。お花摘みやらご不浄やら気の効いた隠語など使えるはずもなく、『――おしっこ――いく――』だった。少し照れてしまった彼なのでした。



 ―――そして、2つ目の事件が起きた。



 まさか、お手洗いの中にまで付いていけるはずも無く、トイレまでの通路で待っていた時の事だった。


 ……京之介が絡まれた。


『お前さ。憂ちゃんの何なの?』


 男子3名、女子2名の5人グループだった。


『……友だちですよ』


 正にその通りとしか言い様がない。だが、彼らは違うように見えていたらしい。


『憂ちゃんは恋愛どころじゃないって、かいちょーさんが言ってたよね。この人なんかじっと我慢してたんだよー』と女子の片割れが男子の1人を指差した。

 生徒会長・文乃の自制令を機に、憂への想いを封印していた1人らしい。

 随分と勝手な言い分にも聞こえるが、それは憂のグループ側に立った場合の意見だろう。その他大勢から見た場合には、そうとは言えない。


『……いえ、だから友だちです』


 2度目の同じ回答に相手の男子が苛立ちを見せた時に、康平と拓真が一緒に出現した。どちらかと云えば強面ででかい拓真と、いかついヤバイ奴っぽい康平さんの出現に、彼らは蜘蛛の子を散らし逃げていったのだった。その2人を追い越すように梢枝がトイレに駆け込んでいった。それに佳穂、愛、千晶、千穂と続いていった。


 いくら憂にしても、帰還が遅すぎたのである。


 1番にトイレに達した梢枝が見たのは、別口の2人の女子に絡まれている憂の姿だった。



 ……憂に悪意を持つ者が皆無な訳は無い。あろうはずが無い。嫉妬ややっかみ、差別や異端排除の類だ。


 それらは普段、グループメンバーに護られ、発露していないだけだ。以前の買い物の1人歩きの際は、早々にドーナツ状の護衛体制が整ったからこそ、運良く絡まれる事無く終わっただけである。


 女子2名は梢枝の姿を見ると顔を隠しつつ、大慌てで逃げ去った。彼女たち護衛2人の存在感はそれだけで凄まじい。わざわざ特徴的な語りをし、存在感を強調させているのは、彼女たちの以前の会話の通りである。


 ……が、今回の件で2人が逃げていったのは、何よりもその背後の存在であろう。総帥の庇護を受ける憂を攻撃した数学教師は学園を追われ、遠く離れた土地へと引っ越しを余儀なくされた。これは学園中の生徒が知る顛末なのである。


 女性陣に保護された憂は表面上、別段、変わりなかった。保護された瞬間、『あたりまえ――だから――』と少し寂しそうに言った後、『きょうちゃん――まってる――』とお手洗いを後にした。


 ……用は済んでいたらしい。


 それからは2人での行動は出来なくなった。憂と京之介の2人に絡んだ計7名がどこに潜んでいるか分からない。他にも悪意を持つ者も存在している筈なのだ。


『少なくとも学園の5パーセントは悪意を抱いています……』


 悔しそうに発言したのは梢枝だった。高等部8000超名の内の最低5%……。少なく見積もり、400名以上の悪意。それが今まで隠蔽されていた真実なのである。


 あぁ……。存在を忘れかけていた。現れなかった勇太と圭佑。それに凌平は喧嘩っ早い圭佑を2人で止めていたのだった。



 以降は面白い事になった。憂と京之介。拓真と千穂。梢枝と康平。佳穂と勇太。千晶と凌平。愛と圭佑。こんなカップリングでダブルデートどころか6組の男女がペアとなった。


 どう見ても余り物……。いやいや、たまたま対がおらずペアとなった圭佑みたいな人も居たが、彼の場合は基本的に誰とでも上手くやる。女性に対しても問題なく話せる。愛へのエスコート役は適任だったようだ。他の男子隊の皆様には……まぁ、無理だろう。


 以降は絡まれる事もなく、元々の2人組も穏やかに過ごしたのであった。


『どうでしたか?』と言う質問に先陣を切った彼は『途中から僕の意図は気付いてくれたみたいだね。これで女性として男性と付き合う感じは掴んでくれたと思うよ。後は憂次第だよね。僕の役目は終わり』と宣言した。


『京之介さんはどうです? お似合いだと思えますえ?』


『……僕は付き合う事は出来るよ。憂の為……ならね。それが答え』


 ……つまり、自分の為では無い……。恋愛感情より友愛、使命感のようなものなのだろう。


 千晶も佳穂も勇太も内心で大きな息を1つ付いた。これで憂の彼氏となる可能性がある者は、1番でかい男に続いて、また1人減少したのである。


 憂からしてみれば、秘密を知っている事が大前提。残るは拓真、康平、圭佑の3名。その内の1人・拓真は、それこそ()として()を見ている。それは凌平が告白したその後の応接室での一件が証明している。男子生徒に絡むように少女の襟を掴んだ。無意識下かも知れないが、彼は男子として憂を見てしまっている。


『僕を忘れて貰っては困るな』


 そんな3人の思考に反応した男が居た。いつの間にそんなスキルを身に着けたのか不明だ。この男は以前、まるで空気が読めなかったはずだ。


『あれから僕も最低条件をクリアした。また近いうちに告白させて貰う』


 この言葉を聞き、モロに反応を示した少年が存在した。京之介が憂を誘った際に煽られた奴だ。


 恋の多角形は、その形を次々と変化させているのである―――







 教室に飛び込んだ千穂は、窓際最前列。その机にサッと封筒を忍び込ませたのだった。基本的にのんびりしている彼女にしては、素早い行動だった。


 憂に見せたくないのだろう。その為に靴を急いで履き替え、憂を置き去りにし、教室に駆け込んだのだ。




 ……この日もそれだけには終わらない。土曜日に憂が受け取ったラブレター。その差出人は中等部の子たち(・・)だった。なるほど、たしかに中等部の子たちは生徒総会での生徒会長の自粛令を受け取っていない。


 生徒会長と云えば、彼女は蓼学最大イベントである文化祭後に新生徒会長を迎え、業務を引き継いだ後、引退となっている。



 それよりも中等部の子たちの話だ。


 憂が受け取った平仮名の恋文は連名だったらしい。どうにも常識的に違和感を禁じ得ないが、若い故の差異かも知れない。


 憂は中等部の園庭に呼び出された。


 中等部の園庭……と、言うことは親衛隊の格好の標的だ。TVのお見合い番組のように、多くの生徒が見守る中の告白だった。何やら妙なイベントである。


 付き添ったのは拓真、康平、梢枝の3名だった。

 千穂は昼休憩を挟むと、深刻な顔を見せ始めていた。親友2人は彼女の付き添いだ。千穂が脆い部分を持っているのは、散々語っている通りである。



 話を戻そう。



 憂の前に並んだ生徒は5名の男()だった。連名の手紙の中には4人の名前が入っていた。どうやら1人増えたらしい。


 七海が射殺すような、きっつい目付きで見守る。隣では美優が憂いげな顔を覗かせる。親衛隊もハラハラと監視する中、3名の男子と2名の女子は想いをゆっくりと紡いだ。


 総じて相手が先輩にも関わらず、『守りたい』と言う言葉を使った。憂の弱々しく歩く姿がそうさせるのだろう。


 ……そんなTVのお見合い番組のような告白の全てを「――ごめんなさい」のひと言で終わらせたのは語るまでもないが、明記しておかねばならない。





 また、この日、凌平も隣の6組女子から告白を受けた……が、「僕には1人しか見えていない。すまない。察してくれたまえ」と一蹴したのだった。


 凌平と云えば、この前の告白。あの時、聞き耳を立てていたクラスメイトたちには聞こえていなかったらしい。ドアを挟んで、窓際……と距離があった。ただ単に梢枝により、失敗をバラされた形となっていただけだった。


「申し訳ない事をしましたわぁ……」と言った彼女。どこか楽しそうだったのは想像の通りである。申し訳ないよりも、高まっていた憂の秘密の暴露の可能性が下がった事が嬉しいのかも知れない。




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