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123.0話 動く恋

 


 ―――9月2日(土)



 『立花 憂・親衛隊』が正式に発足した。学園創設以来、初めての学園公認である。学園は親衛隊を正式に認可する事で、その活動を制限したのだ。


 憂とその一行が東門をくぐると多くの初等部、中等部の子が憂の到着を出迎えた。

 パチパチパチパチ……と、何故だか拍手である。黄色い声も多分に聞かれた。親衛隊は女の子が主体のようだ。起案者が女子の七海である事が影響しているのだろう。


 憂は通学中に聞かされていた為、驚くことは無かったものの、相当に複雑な表情を見せていたのだった。


 そして、C棟正面玄関内に憂の姿が消えていくと朝の任務終了である。


 ……実に短い活動時間だった。


 玄関の前で振り返った憂が、しっかりと頭を下げると、少女たちも少年たちも誇らしげに憂の姿を見詰めていたのが印象的だった。


 その様子を見て、部長はニヤリと笑みを浮かべた。これならば部の活動への支障はほとんど無い。学園長たちの思惑通り。その深謀に畏敬の念を禁じ得ない。


 部長は思う。この親衛隊とも上手くやっていく必要がある。


 懸念は今年のクリスマスに来年のバレンタイン。そして、来年度の憂の誕生日だ。初年度の今年は完璧だった。しかし、来年には彼らの部や警備隊の面々を出し抜こうとする輩との戦いとなる。

 その時こそ、本日、産声を上げた親衛隊は大きな力となってくれる事だろう。


 部長は双眼鏡を覗き込む。その目が鋭くなった。コの字型の校舎の向こう側、南棟をいつものように歩く憂の手に封筒が握られていた。ターゲットはその封筒を迷惑そうに眺めている。


「どう言う事だ!?」


 1人問い掛けた。周囲の生徒が1人で騒いだ男に怪訝な目を向け、それから納得の表情に変わり、素通りしていった。


『9号です! あの手紙は下駄箱から取り出されました! 内容、差出人共に不明!』


 それは当たり前だろう。調べていたとすれば、それはそれで問題がある。憂の下駄箱のチェックは、かの偉大なる護衛が行なっている。ある時期からターゲットの親友である千穂の下駄箱内もチェックしている事は、とうの昔に把握している。


(くそっ! 生徒会長の言い付けを守れない輩の仕業か!)


『如何致しますか!?』


「手紙について出来る事は何も無い! ターゲットは前方への注意力が薄れている! 足元に気を付けろ!」


 言った矢先だった。6組の開け放たれたスライドドアから少女が飛び出し、憂と衝突した。転倒したのか、姿が見えなくなった。


「6組の今日の担当は10号と17号か!? 憂さんが歩いている事は把握していただろう!? 何をやっている!?」


『……10号です。部を……辞めさせて頂きたく……』


「なっ!? 何を突然!?」


『17号です! 10号を説得しており、それが任務に支障を! 申し訳ありません!』


「我々の最優先事項はターゲットの安全確保だ。忘れるな!」


『はっ! 以後、気を付けます! ターゲットは無事です!』


「把握している!」


 双眼鏡の先、ぶつかった少女と千穂の手を借り、憂は立ち上がった。6組の女子が謝り、憂は笑顔を向けていた。快く許したのだろう。


 千穂が憂のお尻をポンポンと(はた)いた。すると憂は両手をお尻に回し、頬を赤く染めた。部長の頬も染まった。何を想像した? 千穂は尻もちを付いた憂のスカートの埃を叩いただけだ。


 ……とは言っても、今朝の当番により、廊下は掃き清められている。おそらくは汚れていないだろう。


 千穂は大きな笑顔を見せ、憂の手を引き、5組の教室内に消えていった。すると14号が現れ、開け放たれていたスライドドアをそっと閉めていった。これは個別の判断だ。


「14号。良い判断だ。これからターゲットは漆原さんたちの力を借り、手紙を開封するだろう」


『ありがとうございます!』


 部長……1号は振り返り、自身の教室(12組)に戻ろう……と、した時にクラスメイトに声を掛けられた。


「よっ! やってんな! お前らすげーよなぁ。俺にゃ無理だわ。見返りなしに尽くすなんてよー」


 1号は元は8組に在籍していた。そこからコの字の校舎の中庭を挟み、向かいとなる12組に転室したのである。

 不思議な事に5組には部員が存在していない。


「見返り……か……」


 先程の10号の言葉が脳裏をよぎる。部に所属している者には戒律がある。対象者(ターゲット)とその周囲の者への接触は禁忌(タブー)


 ……これが原因だろう。本日の任務前から退部の意思を示した者は実に4名を数える。


 加瀬澤 凌平が前日の放課後。憂に告白した。それが意味する処は、もちろん部長でもある彼も把握している。


『学園内の騒動を未然に防止する部』は、謂わば憂への想いを持つ者の集まりだ。一切の抜け駆けを善しとせぬ為に厳しい戒律を課した。


(裏目……だ……)


 10号も憂への告白解禁とも謂える状況を前に、無償の愛では無く、見返りを求めたのだろう。彼は対象者(ターゲット)に告白するつもりなのだ。


 彼の立ち上げた部は今現在、存亡の危機に立たされていた。






 場所を移して5組教室内。


 憂は封筒を開封した。千穂と拓真がその様子を見守っている。梢枝&康平は、C棟玄関で別行動。何処かへ消えていき、まだ教室に姿を見せていない。


 千穂も拓真も覗き込むような無粋な真似はしていない。千穂は困った笑顔で、拓真は表情無く、その様子を眺めている。


「――――――――」


 憂は目を皿にして、じっとその文面に見入っている。


 千穂が小首を傾げた。拓真はあからさまにクエスチョンマークを浮かべた。予想外なのである。予想では、『よめない――』とその便箋を千穂に手渡す……だった。


 憂は、その便箋を2つ折りに戻し、そっと机の上に置いた。暗雲漂う表情で。


「読めたのか……?」


「――うん。ひらがな――だから――」


「ホントに!?」


「あぁ……。びびった……」


 千穂の声にでは無い。きちんと配慮が成されていた事に……だ。


「――どうやって――ことわろう――?」


 ……断る前提のようだ。正体を伝えられない以上は、全て断る。それで間違いないだろう。憂は優と云う過去を知らせぬまま、付き合う事を善しとしていない。隠したままでは自分を許せない性分なのだ。


 そうすると、千穂が自由になれない。大きな矛盾だ。なんと小難しい問題だろうか。


「いつ……なの……?」


 ――――。


「あさって――」


 ……珍しいパターンかも知れない。通常、その日の内にするものだろう。


「そうか……。付き添いは……?」


 拓真は、付き添いを許さない相手であれば、その時点で断りに行くつもりなのだろう。


「――わからない」


 まぁ、普通はそんな事を明記しないだろう。だが憂の言葉は1つの事実を告げている。


「1人で……とか、ねぇんか……」


「あ。そうだね」


「康平と相談……」


「うん。それがいいと思う」






 更にその頃、屋上では……。



 梢枝と凌平が対峙していた。康平は屋上への階段を封鎖している事だろう。憂の護衛は例の部と拓真任せである。

 身辺の警護と秘密の保持を天秤に掛けた場合、秘密の保持に優先権があるのかも知れない。


「昨日の事ですが……」


「うむ。憂さんが何を言わんとしたのか、随分と考えさせられた」


「答えは見付からへん思いますえ?」


「……何を隠している?」


 凌平の目が眼前の敵を見据えるかのように、スゥっと細まった。


「聞かんほうがええです」


「フラれた以上、理由を知りたくなるのは当然だろう?」


 凌平の姿を捉えたままの梢枝の切れ長の目も細まった。正面から睨み返している。5組の誇る頭脳派同士、相対している。それに相応しく、腹の探り合いだ。


「知ってしもうたら、後には引けまへんえ?」


 一瞬、凌平は驚きを露わにした。この梢枝の発言は秘密の存在を肯定したと同義だ。


「……どう言う事だ?」


「知りはったら、こちら側です。裏切れば、その瞬間、明るい人生は歩めません」


 明るい人生。これは効果的なフレーズだろう。親の影響にせよ、自身で目覚めたにせよ、勉学に励む凌平や特進クラスの生徒たちにとって、その為に今現在、青春を投げ捨て、時間を削っているのである。

 ……凌平の場合はどちらも得ようとしているのか?


「……蓼園 肇?」


「そうです。総帥は裏切り者を許しません。それでも、こちら側に足を踏み入れますか? 少しでも不安があるのなら引き返したほうが無難です」


 凌平は探る。


 梢枝は試す。


 2人は自らの持つ優秀な知能をフル回転させている事だろう。


「それを知らなければ憂さんへの想いを遂げることは……?」


 ……梢枝は逡巡した。この男、やはり只者では無い。


 巧みな問いだ。答えなければ秘密を探ろう。その意思を見せ付け、梢枝から情報を引き出そうとしているのだ。『出来る』と答えても同様である。

 唯一、『出来ない』と答える事が探りを入れさせない答えだ。



「……出来ません」


 迷った末にこう答えた。


 勝った。凌平はこう思ったに違いない。梢枝の言葉遣いは、いつの間にか標準語となっている。


「では、教えて貰おうか?」


「……その前に、少しだけ教えて下さい。貴方の推測を……」


 凌平のイケメンフェイスが、とある感情に塗り替えられた。それは……悲しみ。


「……リストバンドの下。その理由。憂さんの過去……」


「その過去は?」


「それを僕に言わせるのか?」


「貴方の覚悟を知りたいので」


 凌平は屋上のフェンスの向こう。霞む山々を見詰め、語らい始めた。


「……元親は行方知れず。孤児院育ち。憂さんはあの通りの容姿だ。利権や資金……。汚い大人たちに体を買われ、それを苦に……。そんなところか……。だからこそ、僕は決めた」


 梢枝を横目で見やる。和風美女に敵意を見せ付ける。


「あの子を君たちでは無い。僕が守ると。その為ならば『あの男』にも噛み付く! あの総帥が傷痕の原因ならば、それさえも糾弾してみせよう!」


 梢枝は薄笑った。それが嘲笑いに見えたのか、再び彼は射抜くような視線を送った。


「……判りました。お教え致します。憂さんの秘密を……」







「……まさか……そんな事が……」


 凌平はイケメンマスクを歪め顎を引き、額に手をやった。(にわか)には信じ難い話だ。”考える人”の立ったままバージョンと云った風情だ。それも絵になっている。大仰な素振りが似合う男なのである。


「これで貴方も『知る』者の1人です……。もう後戻りは出来ません。口外する事があれば、家族どころか親戚……、遠縁まで露頭に迷う事になりますえ?」


「……口外など出来る訳が無かろう。言ったはずだ。憂さんを守る……と」


「聞いた今でもその気持ち、変わらないんですねぇ……。良い関係を築けそうですわぁ……」


 梢枝は察していたはずだ。この男の本気を。


 しかし、それでも脅迫めいた発言を重ね、石橋を叩いたのだった。








 この日はこれだけに留まらない。


 放課後、勇太がついに佳穂を呼び出した。凌平の告白を皮切りに恋模様は大きく動く。それは何も憂だけに限らない。

 大きな渦と化し、周囲を容赦なく巻き込んでいく。

 勇太はこの行動により、憂と付き合ってみると云う選択肢を投げ捨てたとも言えるのかも知れない。


「オレさ。佳穂と付き合えたらなー……なんて思った」


「えっと……。なして、あたしに?」


「なんで? ……とか、普通聞く?」


「……だってさー。このタイミングだよー? 憂ちゃんにラブレター来たんだよー?」


 どうにも締まらない。勇太が不憫過ぎる。よりによって、勇太の背中を押す切っ掛けとなった憂の名前を出した。

 彼もひと晩悩み、出した答えだ。このドでかい男も本気で憂の現状を(かんが)み、向き合った事だろう。その結論が「自分に正直に……って、思ってさ……」である。


 続き、「憂の事は今は置いといて……」と注釈を付けた。付けてしまった。


 佳穂に怒りが生じたらしく、「勇太も知ってるでしょ? あたしが憂ちゃんに告白したの」と、どこか冷たく言い放った。


「……知ってる。どこまで本気か分からねーけどさ」


「どこまでも」


 ……即答だった。この言葉は勇太の失恋を意味していた。成績の悪い勇太だが、それが解らないほど子どもでは無い。


「……そっか。悪かった……。さってと! 部活、行ってくるわ!」


「勇太!」


 背中を向け、駆け出そうとした勇太を呼び止めたのは、彼を振った本人だ。現在、ここに関係の無い者は居ない。C棟体育館裏での告白だった。


「あの……さ。あたしたち、今まで通り……」


 流石に言い淀んでしまったようだ。勝手な事を言っている自覚はあるらしい。勇太は振り向かない。背中を向けたままだった。


 バスケに打ち込む勇太は、グループの準レギュラーに格が下がったような現状だ。今、ここで勇太と喧嘩別れしては、グループの結束に大きな亀裂を入れる事に成り兼ねない。それは間違いなく秘密の保持に悪影響を(もたら)す。彼女はそれを危惧している。


 だが、それは勝手な言い分だ。憂に集い、出会った2人だが、憂が原因でたった今、勇太を振ったばかりなのだ。


(勇太! ごめん!)


 口には出さない。それは益々、勇太を傷付けてしまう事を佳穂は理解している。


「……わかってるって」


 ようやく振り向いた勇太は笑っていた。


「オレも憂の事、何も思ってないワケじゃねーよ? 明日からまたいつも通りな!」


 また彼は駆け出した。無言でその後姿を見送った。


(勇太……。カッコいいじゃん……)


 そんな佳穂に千晶はゆっくりと近づいていった。彼女は人払いをしていたのだろう。機密事項に触れる可能性を考慮した結果だ。


「……いいの?」


「いいんだ」


「ホントにいいの?」


「しつこい!」


「つらいよ?」


「わかってる」


「最後のチャンスだったかも?」


「わかってるって!!」


「……そう?」


「……うん」


 2人は体育館裏を離れ、5組へと歩みを進めたのだった。







 その頃、5組教室内。


「憂?」


「――んぅ?」


「明日、2人(・・)で……遊べる?」


 グループメンバー多数が居残りする中での京之介のお誘いだった。


「きょうちゃん? 俺は?」


 圭佑は恨みがましく、京之介に横槍を入れた。


「それじゃ無意味」


 簡潔な返答だった。あっけらかんと答えた。


 京之介の誘いはデートのお誘いである。


「――うん!」


 それをこの子は解っているのか判断が付かない。あっさりとOKしてしまった。


「……2人で?」


 拓真が片眉を跳ね上げた。京之介は優男然とした風体だ。もちろん部活で鍛えられた躰を持っているものの、憂に近寄ろうとする者たちを排除できるような外見では無い。


「もちろん、付いてきて貰っても構わないよ。でも、あくまで2人(・・)でのデート」


「お前!」


「渓やん? もしかして抜け駆けとか思ってる? だったら先に誘えば良かったんじゃない?」


「あ……。あぁ……くそっ!」


「圭佑さん? 汚い言葉は憂さんのお姉さんが許しまへんえ?」


「う……。すんません……」


 ……やはり圭佑は憂に気があるようである。


 それを尻目に京之介は憂とのデートの約束を取り付けたのであった。



 佳穂と千晶が戻り、バスケ部員が部活へと教室を後にした。




「さぁ! 帰るぞー! 明日が楽しみだー!」


 佳穂は尾行する気、満々のようである。


「……そうだね」


 千晶はどこか元気が無かった。彼女は幼馴染の微妙な変化を感じ取っているのかも知れない。


 康平と梢枝は拓真を混じえ、緊急会議中だ。憂と京之介のデート。何が起きるか想定し、対策を講じる必要があるのだ。


 そんな中、千穂は机の中から、そっと一枚の封筒を(かばん)へと移動させた。


 1時間目の授業前に気付いた、自身の机に収められたラブレターだ。彼女は未だ目を通していない。人前でのソレは憚られたのだろう。


 ……きっと、何よりも憂に見せたくなかったのだ。





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