118.0話 交錯する思惑
バレンタインの企画物。
『バレンタインの怪文書』を私のマイペにも投稿致しました。
クスリと笑えるホラー……なんですかね? この半脳少女の1話分より短い話なので、お読みいただけると幸いです。
―――8月24日
―――都内某所オフィス内
「まだ蓼園 肇の尻尾を掴めんのか!」
うっせー。ハゲ親父。アホ編集長。こちとら色んな記事の片手間に調べてんだよ。
「絶対に何かある! 出会った頃のこの子は中3か!? この容姿だ! 手を付けてるはずだ!」
手を……付ける……。こんな子に……? 可愛かったなぁ。憂ちゃん。憂鬱の憂……。ぴったりの名前。裏サイトの情報。
高校生って知ったあたしは憂ちゃんを追おうと思った。憂ちゃんならあいつが見付ける子に絶対に勝てるって自信があったわ。
でもまとめ内に見付けた『総帥』って文字が引っ掛かった。
「彩くん! 聞いているのか!!」
名前呼ぶなよ。気持ち悪い。名字で読んだらしばくけど。『太藺』だぞ!? フルネームだと『ふとい あや』ってふざけんな!!
「なんだ? 不満か?」
「……別件です」
不満だけどな! 話しながら新聞開いてんじゃねーよ! 大方、その新聞に蓼園って文字見付けて、ふと思い出しただけだろ!
「ふんっ! どうせ男の事でも考えてたんだろ……」
……かっちーん。
「セクハラで訴えますよ?」
「……ふん。出来もせん事を言うな。……とにかく、今月中に情報を仕入れろ。証拠だ。要るのは淫行の証拠……。わかってるな? この際、証言でも構わん。今月中に出来なければ多見くんに任せる事にするからな」
……なんだってー? 多見に!? あいつになんか任せられない! あいつの遣り方に泣かされた人は大勢! 憂ちゃんに近づけさせるもんか!!
「今から蓼園市に向かいたいのですが」
「……出来るのか? あの総帥と云う男。バレたら手段を選ばず潰しに来るぞ?」
「わかってます。だから今まで調査が遅れてるんじゃないですか」
「いいか。絶対に勘付かれるなよ。ウチくらいの弱小が嗅ぎ回っている事がバレたら、あっと言う間に潰される」
「それでは期限の取り下げを」
「それは出来ん。猫を可愛がりすぎた奴のせいで、あの学園は注目を集めた。テレビの取材も受けたらしいぞ。他社に掻っ攫われる前にウチがスクープを……」
……面倒くさい事になっちゃったね。猫殺しかぁ……。憂ちゃんがテレビに映らなきゃいいけどね。ちらりとでも写ったら大騒動になるよ。
「その放送日は?」
「……9月9日だ。土曜日の19時」
あちゃー! そんなゴールデンタイムに!? こりゃいよいよ蓼園氏も学園も火消しに躍起だねー。
……いくらお金動いたのやら。権力って怖いね。
8月いっぱいが期限なのも納得だわ。まぁ、憂ちゃんと総帥の繋がりまで早々、知り得ないでしょーけどね。あたしだって裏サイト探すの苦労したんだぞ?
「わかりました。1つだけ約束して下さい」
「……なんだ?」
「例え総帥さんと密接な交流があったとしても、その子にマイナスの記事「わかっとる」
編集長……? 彼はデスクの紙切れを掴み上げた。ネットの奥の方で入手した憂ちゃんの3枚の画像。浴衣姿で手を合わせる縁日の画像。なんかロリィタ着てた印象とは掛け離れた地味な格好の画像。そして白いセーラー服姿の画像。『白の少女』の由縁の一枚。あの掃き溜めでも好意的に扱われている。でも、いつストーカーみたいなのが現れるか分からない状況……。
……だからだろうね。大きな誕生パーティーなんてやったのは。憂ちゃんは総帥の庇護下だとアピールした訳だ。
そのお陰で、ますます怪しいんだけどね。ロリコンに目覚めたなんて噂も、あながち間違ってないように思える。
「可愛い子じゃないか。今までの情報を統合すると随分と薄幸の美少女……って、ところだ。総帥殿と肉体関係があったとして、それが明らかになってもこの子は責められまいよ。責めれば責めるだけそいつらは人権屋に叩かれる」
児童愛護やらの支援団体に障害者支援団体……ね。
あたしは好きになれない。真っ当な団体ばっかりじゃないからね。そこを突付いてあげればいいのに。
……って、無理か。横の繋がりがあるから探ろうとしたら横から叩かれる。よっぽど大手じゃなければ無理だよね。んでもって、そう言う大手とは繋がってる……と。よく出来たシステムだよ。ホント。
「……どうした? 時間は有限だぞ?」
「はーい。行ってきますよー。いいんですよね?」
「構わん。俺が記事を埋めとくさ」
おーっと! 普段は指示ばっかのあんたが仕事かぁ!? これはよっぽど本気なんですなぁ!!
「ありがとうございます」
さて。一週間ですか。
バレないように……ね。どこまで出来るか分からないけど、奮闘してみましょ。もしも、あの子と関係を持っていたら……あたしだって許さないんだから! 憂ちゃん、待っててね! 総帥! 首を洗って待ってなさい!!
そんな事になっているとは露知らず。
毎週から隔週への変化した定期検診の為、憂とその姉は蓼園総合病院を訪れていた。
「身長も体重も変化ありません。体脂肪率も誤差の範囲です」
「前回から2週間……ですか……」
島井はクイと首を傾げた。憂と伝染った者たちのように傾げたままにはなっていない。祐香の報告に感じた違和感が原因だろう。
「……もう成長しないんですかね……?」
姉のトーンが下がった。実に低い声だった。現在、可愛らしさは抜群だが、流石に5年後、10年後を考えると……と、云ったところだろう。
「そうですね……。まだ何とも言えません。以前にもお話した通り、身長に関しては伸びない……と。今までの常識で考えると……ですがね。女性として……と考えると、少し改める必要があるかも知れません」
どうやら本日の島井はお医者さんモードらしい。
「改める……ですか……?」
VIPルームのソファーから離れた位置で佇む憂を見やる。愛の視線に釣られたのか、立ったままの島井、ソファーに向かい合わせに座る専属2名……祐香も恵も振り返った。
憂はVIPルームの大きな窓から、街並みを見下ろしている。こちら側には高い建物は無く、見下ろすばかりだ。
「はい。そうです。『想いによる機能回復』です。憂さんが自身の体を受け入れる事が出来れば、その時、初めて女性として成長していくのかも知れません。あくまで考察……ですがね」
「でも……それは……」
「……そうですね。難しい話だとは思っています。そう簡単に割り切れる話ではありません。何か切っ掛けが無いことには……」
「……切っ掛け……」
「切っ掛けって、どんなのがありますかね?」
「男の子に力強く守って貰うとか?」
……敬語が恵。恵に対し、口調を砕いているのが祐香だ。久々の登場の為、注釈させて頂く。
「……守られてますよ。毎日のように……」
「そうじゃなくて……さりげなくじゃない、あれです。女性としてのピンチを迎えて、それを男の子たちが颯爽と……」
「恵? それって逆に変なトラウマ抱えちゃわない?」
「……そうですかね? 私なら……コロッとやられちゃうかも……」
「憂ちゃんはそんなに単純じゃないよ」
「ゆかさんっ! 失礼な!」
妙な会話をしているが恵はこれでも結婚間近である。9月には結婚式を控えている。愛と憂もゲストとして招待されているのだ。
患者と看護師。この招待を院長も含めた全員が許可している。憂にとって必要なのは何事も経験であろう……と。
「まぁ、それは置いておくとしましょう」
突然、険悪になった2人を横目に島井は徐に話を変えた。専属の女性2名の目付きが少し鋭くなり、それを見て、そっと目を逸した。いや、訂正しよう。2人から目を逸した訳では無い。再び、憂に目を向けたのであろう。
「憂さんはずっとあの状態ですか……? VIPルームに入室された当初は、普通だったように思えましたが……」
「月曜は学園でずっとこうだったらしいです。『1人になりたい』って、屋上で過ごしたらしいんです。でも、それが終わったら、いつもの感じに……。家でも変わりません。ただ、時々考え込む程度で……。でも、それは前からありましたから……」
「ここでもあったよね?」
「はい。ありました」
「ふむぅ……」
島井の眉間に深く皺が刻まれた。深く考えると現れる皺だ。嵌まり込んでしまったのだろう。
折角だから月曜の追記をしておきたい。
―――月曜。いつものグループメンバーと合流した憂は、千穂の強烈なハグに動揺する姿を見せたものの、暗くは無く……かと云って、明るくも無く……。通常のテンションに落ち着いた。
教室に戻る事には抵抗感を見せたものの、空腹に勝てなかった為か、恐る恐る入室した。
戻ってきた憂に向けられたクラスメイトの視線は、いつも以上に優しいものだった。
『千穂ちゃんと仲直り出来て良かったね』
……こんな感じだ。千穂の猛ダッシュは、小細工を弄する事も無く、珍しくケンカした……と思わせるには充分だったようだ。
それから憂と、それに付き合った康平、梢枝―――梢枝はずっと階段に待機し、屋上を封鎖状態にしていた―――は遅い昼食を摂った。付き合った2人は本当に偉い。護衛の鑑とも云える。因みに千穂は食欲が無かった様子だったが、佳穂と千晶に食べさせられた。千穂の体調面は親友2人の気掛かりの1つである。
この日、帰宅すると、とりあえずとばかりに姉に叱られた。
8月の炎天下で過ごした憂は、またしっかりと赤く日に焼けていたのだった。
それから千穂と拓真に詳細を聞くと、姉は一段と優しく接したのだった。チャットではある程度しか聞いていなかったのである―――
「憂さん!」
外の世界に憧れる深窓の令嬢のように、ひたすら蓼園市を見下ろしていた憂は島井の声を聞くと、トテトテとソファーに近寄ってきた。
島井の前に立つと『なに?』と言わんばかりに小首を傾げた。
至って自然ないつもの憂の動きだった。
「夢を……見たと……」
すぐに首を縦に振った。もちろん肯定だ。
「憶えて……ますか……?」
今度はふるふると首を横に振った。
「少しも……ですか……?」
姉の表情が変わった。姉も月曜の夜にも、朝同様にもう1度、聞いた。聞き方に問題があったようだ。愛は小さく溜息を付いたのだった。
憂は首をまた横に振った。少し躊躇いがちだった。
「何を……憶えて……ますか……?」
そして旅立った。
島井の方を見ているが、その焦点は島井を悠に通り越している。だが、すぐに変化が見られた。
「こわい――ゆめ――」
真っ直ぐに島井を見上げる。縋るような目だった。
「――あれは――な、に――?」
高い声が震えた。そこに見られる感情は『恐怖』だ。
「なに――?」
「なに――?」
「こわい――!」
「あれは――だ「もういい!!」
急な大声に憂の体がビクリと竦んだ。
「……すまない。忘れて……下さい……」
島井は体を小さくしてしまった。彼は憂に弱いおじ様軍団の筆頭の1人だ。もう1人は例のあの方である。
「憂ちゃん、結婚式……楽しみ?」
「主役……食っちゃえ!」
専属の2人が憂をベッドの方に憂の手を引いていった。島井の背中にドヨーンと哀愁が漂った……が、これは仕方が無い。彼も辛い役回りなのである。
「……先生?」
「そうですね……。憶えているはずは無いのですが……」
ふむぅ……と唸った後に続ける。
「脳が状況……いえ、状態ですかね? 状態を整理して、その画を映し出した……? いや、まさか……。しかし、それ以外には考えられない……」
……途中からは独り言に切り替わったようだ。彼もまた整理したい事柄が山積みと云ったところか。
彼は、しばらくブツブツ呟いた。それを待って愛は質問を投げ掛ける。
「……どうしたらいいですか?」
「そうですね。何にしろ、触れない方が賢明です。可能であれば忘れて欲しいほどです」
「でも……夢で……」
「……しばらくは忘れた方がいい……と。そうですね。千穂さん……いや、それは危険か。ネガティブな思考の時に千穂さんに言われたのでは、むしろ印象に……」
……Dr.島井。しっかりして頂きたい。
結局、島井の指示は『触れない』事に落ち着いたのだった。
「遥くん。どうかね?」
「全てが順調です。何もかも想定通りに進んでおります」
総帥・蓼園 肇はニヤリと唇を歪めた。笑いでは無く、嗤いと表現したほうがしっくりと……。そんな顔だった。
「拡がりすぎには気を付けろ。まだ早い」
「心得ております」
秘書の答えに満足そうに嗤うとブランデーをひと口、煽った。葉巻が似合いそうだが、生憎、この男。嫌煙派である。
「憂くんは大丈夫か……?」
……男の雰囲気がガラリと変わった。子を案じる親のそれのように。
「悩みは尽きないようです……」
「そうか……。不憫な子だ……」
「その為に「解っとる」
「儂が解放してやらねばな」
また不敵に嗤って見せた。