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116.0話 裏サイトの『お前』

 


 ―――8月17日(木)



【憂ちゃん可愛い。延々と愛でていたい。お近づきになって仲良くなって一緒にお昼ご飯食べたい。ちょっとやそっとじゃ崩れない仲になったら軽い意地悪をして突き出てくる唇をむにっと押したい。そしたらむーって膨らむ頬っぺた。その頬っぺた膨らんだ可愛すぎるご尊顔を真正面から見てみたい。膨らんだ頬っぺたをにやにやしながら突っつきたい。でもその後すぐにごめんねって仲直りして咲くような笑顔を拝みたい。そうして友達として交流していきながら徐々に距離を詰めていきたい。末永く付き合いたい。でも憂ちゃんの目の前には千穂ちゃんしかいないから泣く泣く諦めるしかないのはちょっと認めるのに時間かかりそう。そしたら優しい憂ちゃんは困った顔しながらも気にかけてくれるからそんな憂ちゃんを抱きしめて最後に一回だけ泣いた以降は末永く親友の一人として付き合っていきたい】



 ふははははは!!!


 我ながら傑作だ!!



 これ書いたのいつだ? 割りと最近のはずなんだよな。授業中だったはずだから夏休み前なんだよな。


 ついつい探してしまったさ。この会心作を。


 ついって言えば、ついさっきの話。千穂ちゃんが憂ちゃんに何か言ったんだ。聴こえなかったけど、たぶん、ちょっぴり意地悪な事。憂ちゃんには不満な事があると唇を突き出す癖がある。千穂ちゃんがその唇を押し返すと憂ちゃんは頬っぺを膨らませる。3回目くらいかな? あのやり取りを目撃するのは。


 この一文は、そんな可愛い2人を初めて見た時に思いの丈をぶつけた文章。最高だろ? 裏サイトに投げたろか?


 ……駄目だ。あの頬っぺたぷくり情報は裏サイトに流してない。この情報は危険だ。誰か意地悪して唇突き出させて頬っぺた膨らまさせようとするかも知れん。


 あの子に意地悪なんか許せるか!

 それより何より、憂ちゃんの唇を触っていいのは憂ちゃんグループの女子隊の皆さんだけだ!

 だからこの情報は5組内で留めなければならない。最初の頃は情報晒しまくってたけどな!! はははは!!!


 今は猛烈に反省している。すみませんでした。途中から更生してます。はい。



 確か、これを書き殴った時は憂ちゃんばっかり見てたよな。俺。


 あれ? 違うっけ?

 今は違う。違うじゃない。戻った。俺の初恋の相手。漆原 千穂ちゃん。最近、憂ちゃんの陰に隠れちゃってるけど、間違いなく文句なしの美少女。いい匂いしそう。ははは。


 ……じゃないだろっ! 千穂ちゃんは凄い子なんだ。憂ちゃんを見慣れたから思える。憂ちゃんだけじゃなくて全員を見てたら、きっと彼女の魅力を再発見する。俺がそうだ。千穂ちゃん最高。


 千穂ちゃんは以前、彼氏を作った。思い出すよ。あの時の絶望を。千穂ちゃんから告白したって噂を聞いたその日は眠れなかった。千穂ちゃんに話しかける事さえ出来ない俺。相手が悪すぎた。


 優。良い奴だった。誰とでも仲良く話して、気遣い出来て、おまけにバスケ部のアイドルだ。成績は俺のが上だったけどな!!


 成績だけだ。勝ってたのは。外見も男にしとくの勿体無いって感じの可愛い奴。メイド服!! 似合いすぎてた!! 惚れかけたぞ!? マジで!!


 くっそ! あれは俺にとっても黒歴史だ! 誰にも言えねー過去だ!!


 ……そうじゃなくて千穂ちゃんだ。ぶっちゃけるとさ。超お似合いのカップルだったよ。

 2人を羨望の眼差しで見てたのは俺だけじゃない。千穂ちゃんを狙ってた男共も、優を狙ってた女子の皆様もだ。この5組で言えば瀬里奈とか、いいんちょとか……。千穂ちゃん見てた奴も知ってるだけで2人居るぞ?


 ……何の事、考えてたっけ?



 あー。そうだ。思い出した。


 優には申し訳ないがチャンスだと思った。それは浅はかだった。すぐに思い知らされた。


 千穂ちゃんは最高だ。優が事故ってから奴への想いの強さを示すように、どんどんと痩せていった。あの子は一途過ぎたんだ。そのまま死んでしまう。そう思ったほどだ。

 俺は一度、完全に諦めた。誰も優への想いを超えられない。そう思ったからだ。


 その後、千穂ちゃんは親友2人……。佳穂ちゃんと千晶ちゃんの支えで何とか持ち直した。拓真くんとの親交もその頃から始まったと俺は知っている。

 そして、中3の冬休みが明けると千穂ちゃんは完全に……。ほぼ完全に以前のふんわりとした雰囲気を取り戻していた。


 俺は、また千穂ちゃんを見始めた。


 彼女は優しい笑顔を見せていた。その中に時折、不安を覗かせていた。他の奴は気付いていないはずだ。俺ほど、人を観察する奴はそうは居ない。自分でも気持ち悪いくらいだ。何が不安だったのかは……。そうだな。想像は付いているかも知れない。滑稽な話だよ。笑い話だ。どうでもいい話だ。



 それから数ヶ月。高等部に上がって驚いた。


 このクラスには見事なまでに優に近かった人が揃っていた。なんだこりゃとか思ったさ。

 まぁ、そんな事より千穂ちゃんと同クラスな事を喜んだ。違ったとしても高等部にある転室システムを利用するつもりだったけどな!!


 そして5月の連休が空けると、俺のテンションは跳ね上がった。薔薇色の高校生活が来た! そうのたまわっちまったほどだ。


 学園史上最大のビッグなイベント。憂ちゃんの転入だ。俺は憂ちゃんに一気に惹き込まれた。いつも傍に居る千穂ちゃんが霞むほどに憂ちゃんは輝いていた。


 憂ちゃんが泣けば俺も悲しくなった。憂ちゃんが笑えば俺も嬉しくなった。完全に虜になったさ。

 俺は憂ちゃんの魅力を伝えたくて、この学園の裏サイトに情報を投げた。投げまくった。そしたら『まとめ』なんてものが出来ちまった。あれは俺が作ったんじゃない! 他の奴が勝手にやったんだ! 今、思えばやめときゃ良かったと思ってる。ごめんなさい。1ヶ月後くらいから、彼女たちに不利な情報は流してないっすよ。ホント。



 ……俺は憂ちゃんも千穂ちゃんも観察してきた。


 憂ちゃんの魅力はそりゃもう半端ない。あの子は大輪の花だ。どんな秘密が隠されていようと枯れる事は無い。そんなとんでもない物だ。


 だが、俺は千穂ちゃんの魅力を再発見した。誰があそこまで赤の他人の為に動ける? あの子の優しさは本物だ。そうやって見ると千穂ちゃんに再び目が向いていった。


 夏休みに入り、自習の時間が増えると俺は考察していった。

 何故、そんなに優しく出来るのか。


 ……すると、憂ちゃんの謎に辿り着いた。

 裏サイトでも時折、上がった立花 憂と立花 優の共通点。


【もしかして双子なんじゃね? 生き別れてた双子の片割れを総帥が保護したとか?】


 そんな事を書いた奴も居た。そう言う情報は伸びなかった。何故か。


 ……榊 梢枝 様だ。


 彼女は裏サイトの接続者であり、発言者だ。間違いない。彼女がスマホを2台。ガラケも持っている事を俺は知っている。

 それらに串を通し、複垢を使いこなし、何やら小細工をしている。PCの遠隔操作なんかもしているだろう。

 学園内のなんとか部の連中もそうだ。あいつらも何かしてやがる。


 まぁ、あいつらは置いといて、梢枝様だ。憂ちゃんの身辺警護。総帥に雇われた。本人談。これは間違いない。嘘なんかじゃない。総帥はわざわざ誕生日会を大々的に執り行い、その存在を見せつけた。


 それにあのグループは時々、声をひそめて言葉を交わし合う。何やら秘密を抱えている。


 ……俺の推論。優と憂ちゃんは同一人物……かも知れない。千穂ちゃんを見ているとそんな気がして仕方が無い。あくまで可能性の1つ……。


 ……だとしたら憂ちゃんに優しすぎる千穂ちゃんの言動にも納得がいくってもんだ!



 そんなの関係ないけどな!!


 千穂ちゃんがあのふんわり笑顔を見せる。憂ちゃんは天使。それでいいじゃないか。それでいいから俺は情報の供給を最小限に控え始めた。それが千穂ちゃんたちの秘密を守る事に繋がると思っている。

 千穂ちゃんも憂ちゃんも超可愛い。それでいい。可愛いは正義って名言があるじゃないか! どんな秘密があっても正義だ! 可愛いんだから!

 でも、千穂ちゃんには憂ちゃんがべったり……。憂ちゃんに千穂ちゃんがべったりって考え方も……?


 ……待て……よ?


 もしかして千穂ちゃんに告白して成功したらさ……。憂ちゃんももれなく付いてくるんじゃない?


 ………………。


 …………俺、天才?


「何にやけてんだ? 気持ち悪い」


 唐突な隣の席からの声。気持ち悪いとか言うな。こちとら自覚してんだ。


「何だよ明日香。喧嘩売ってくんな」


「お前なんぞに売るか。勿体無い」


 酷い言いようだな。お前も裏サイトの発言者だってバラすぞ? そしたら俺と同じく梢枝リストに名前が載るぞ? ……とっくに知ってそうだけどな。あの梢枝さんなら。


 でも彼女は何のアクションも起こさない。おそらく、俺にあのグループへの悪意が無いからだ。それどころか最近は協力さえしてる。俺の事はそれなりに良く見てるはずだ。


 ……悪意が無いのは、この明日香もだけどな。


 こいつは憂ちゃんにぞっこんだ。うはぁ……。レズだよ。こいつ。


「ちっ……気持ち悪いって言ってんだろ。見んな。体をこっちに向けるな」


 仕方ないだろー。もう空席無いんだからよー。俺、窓際の最前列。千穂ちゃんと憂ちゃんを見ようと思ったら、体ごと明日香に向けなきゃ見れないんだよ。


「ひっでー。明日香ちゃんあんまりだろー? (いつき)ぃ? 泣くなー?」


 健太かぁ……。こいつも誰にでも話し掛けられる良い奴。優と同じタイプなのかもな。優って、女子相手にはダメだったっけ? 覚えてないわぁ……。


「ダメージ1も受けてないから大丈夫」


 言いながら手をひらひら。すると、健太の口角が上がった。なんだ?


「お前ら付き合ってんの?」


「健太ぁぁ!!」


 バシッといい音。『カンタァァァ!!』みたいな言い方で面白いな。草生えるわ。


 ……おっと。明日香の奴、立ち上がったぞ?


「明日香ちゃんごめんね!」


 いいんちょのフォロー? 明日香は座り直し。止められなかったら蹴ってたぞ。こいつはそう言う奴だ。良かったな健太。


 ……って言うか少し疑問。


「むしろお前らが付き合ってるだろ?」


 聞いちまった。付き合ってたら大草原だ。これは。


「なっ! なんでこんな奴と!!」


「こんな奴!? ひっでーな!!」


「ちぇ……。いつも通りか。つまらん」


 マジつまらん。千穂&憂を見て癒やされよう。


 ……憂ちゃん、また凌平の野郎のとこか……。あいつもスペック高いからなぁ……。そんな奴多いよな。あいつ、憂ちゃん好きって公言してやがるし……。


 やべ……。憂ちゃんが千穂ちゃん以外の誰かと付き合うなんて想像したら……。



 ……俺、マジで千穂ちゃんに告白してみるかな……。たぶん無理だけど。


 あれ……?


 もしかして、憂ちゃんの秘密を盾にしたら……?


 いや! ダメだ!! それは人として終わってるだろ!?



 決めた。


 俺、真正面から千穂ちゃんに気持ちを告げてみるわ……。



 いつにするかな……?


 ……失敗したら観察出来なくなるか?


 大丈夫だと信じよう。とにかく優しいんだ。千穂ちゃんは。




 スマホを起動。裏サイト……。


 入力……送信……。



 203:今日も天使たちは美しいぜぃ!



 204:お前か。新しい情報プリーズ

 205:さっさと5組から出て行け

 206:もう新しい情報なんか出ねーよ。俺が欲しいくらいだ。

 207:進行遅くなったよな。前はお前が降臨したらすっげー速度上がってたのに。

 208:落ち着いたんだ。みんな憂ちゃんに慣れたって事だ。それはいい事だ

 209:そうかもしんねーけど、淋しくね?


 ネタ……。ネタ……。あった。


 210:ちっ。しょーがねーな。1つだけだぞ

 211:マジで!?

 212:はよう!

 213:待ってた!

 214:お前様! 神!

 215:wktk

 216:はよ!

 217:新情報くるぅぅぅ!!

 218:久々だぜぇぇ!


 加速しやがった! 笑える!


 219:待ってたぁぁ!!

 220:情報カモン!

 221:はよ! はよ!

 222:どっから沸いてきた?ww


 マジでな。こいつらずっとROMってんのか? 愛されてるなぁ……。憂ちゃんはよ!


 230:嫌いな食べ物が存在した


 うっは! 流れ早っ! 凄えなおい! どんだけ新情報に飢えてんだよ!

 これは千穂ちゃんが言ってた。間違いない情報だぞ?


 231:はよせいや!

 232:嘘だろ!?

 233:うぉぉ!! 加速中だぁ!! ここ覗き始めて初めての事だー!!

 234:嫌いな食べ物!?

 235:それなに!? あたしも気になる!

 236:天使なのに!?

 237:そんな物は存在せん!!


 245:新参はビビるだろうなw 昔は安価必須だったんだぞw


 そうそう。入れねーと話繋がらなかったなぁ。


 252:んで! 何よ! 嫌いな物は!

 253:早く教えてー?

 

【ウニ雲丹うにー!!】っと。ポチッとな!!


 済まないねー。出せる情報、それくらいしかないわ。俺、彼女たちに不利になりそうな事は言わんよ?


 秘密も調べない。何があっても2人……。いや、グループメンバーを支持する。それが俺の関わり方だ。


 今んとこはな!!


 絶対! 千穂ちゃん口説き落としてやる!!



 ……おっと……。梢枝様が見ておられますな……。相変わらず怖いよあの人。おいらには。


 あ……。笑った……。


 手元にはスマホ。


 ……もしかして協力者として認められてたり……?



 やべぇ……。めっちゃ嬉しい……。



(いつき)。キモい」



 ………………。


 キモいは傷付くぜぃ……。



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