11.0話 脳震盪
ブックマークがどんどん増えていってます。
レビューも頂いてます。嬉しすぎる悲鳴を上げてます。
ひしひしと重圧を感じています。
なぁ~んて。
いきなり上達する訳が無いんで書き続けるだけっすよ。
ブックマークやら確認する為にちょくちょく手が止まってる……なんて事は無いですよ。たぶん。
現在、6時間目、化学の授業開始から半ばと言った時間である。
憂は必死に戦っていた。
クラスメイトの多くが自分の席から振り返り、その戦いをハラハラとした様子で見守っている。
化学式をホワイトボードに記入していた教師も手を止め、半身で見入っている。
グラリと頭が大きく前方に揺れる。素早く差し出された千穂と千晶の手の手前、そのまま倒れようとする体を必死に食い止めた。
その数秒後、今度は後方に大きく頭が振れる。その頭を後ろの少年が支え、事無きを得た。憂は後ろの勇太に軽く手を挙げ、感謝の意を示す。「おぅ。気を付けろ」と勇太は小声で返した。
憂はホワイトボードを睨み付ける。どうやら睡魔との戦いに勝利したようである。
教師は安心した様子でホワイトボードに向き直り、化学式の続きを記入していく。
生徒たちも目線を憂から外し、ホワイトボードとノートを行ったり来たりと、往復させ始める。
千穂も憂がノートに記入し始めた事を確認すると、自分もホワイトボードを確認するとルーズリーフから抜いた1ページに蛍光ペンなどを多用し、書き写しの作業を始める。
この6時間目の始業前、つまり例の騒動は憂の挨拶を最後に終了した。
『こんにちは――はじめ――まして』
ぺこりと頭を下げる憂を祝福するかのように、6時間目の始業の鐘が鳴り響いた。
集団はあっさりと解散し、警備隊は一礼し退散した。
教師たちは一旦、職員室に戻り、受け持ちの授業のある者は各クラスに散っていった。その為、C棟全体の授業開始が遅れると云う事態を引き起こした。
C棟の棟長は、この事態を重く捉えた。現在、6時間目の受け持ちの無い教師を会議室に集め、緊急会議が開かれている。
正副両学園長、教頭、各棟長など、高等部の上位の教員の姿もズラリと揃っている。
学園長と副学園長は発言せず、成り行きを見守っている。これはいつものスタイルである。
C1-5組。つまり、憂のクラスの担任である白鳥 利子も会議に出席していた。彼女は6時間目、7組の授業を受け持っていたが、学年主任が代わりに7組の授業に入り、利子は出席させられているのである。
「あの子は後遺症を抱えています。この状況は好ましくありません。普通に話しかけられると、立花さんは反応できません。立花さんにその気は無くても、それを無視と捉える生徒も出てきてしまうでしょう。その予防を優先すべきだと担任の教師として判断します。立花さんについては他のクラス……いえ、C棟全体に周知すべきです」
利子は何度目かの同じ主張を繰り返した。
「プリント配布ですか……? しかし、それは前例が無い……。今のご時世、個人情報をそう簡単に漏らしても良いものか……。漏らすどころか学園主導となる訳ですので……」
C棟の棟長……彼の口から何度目かの、利子の主張の回数と同じだけの冴えない返答が戻ってくる。前例。前例。繰り返される前例と言う言葉に利子の苛立ちが募る。
「連絡の付いた母親の許可は取ってあります。躊躇う必要はありません。今すぐプリントを作成し、この時間内に配布しましょう! そうしないとまた放課後に騒ぎが起きます!」
舞台の演者のように、身振りまで加えた全身全霊を以て訴えたが、それでも棟長は「ですが……。いえ、皆さん他にご意見はありませんか?」と周囲の教師たちを見回した。
(もう! 時間がないのに!)
利子は歯噛みする。6時間目の終了時刻まで残り20分。プリントの文章作成、プリントアウト、コピー。時間を考えるとぎりぎりだ。既に間に合わない可能性もある。悠長にしている時間など残されてはいない。
そんな時に学園長が挙手した。珍しい光景を見たと、この場の教師たちは驚く。この学園長は会議中、自ら発言する事が全くと言って良いほど無いのだ。
「学園長先生!」
会議の進行をしているC棟棟長が目を輝かせ、学園長を指名した。救いの神が降りたと言わんばかりに。
学園長は1つ咳払いをすると立ち上がった。
「時間が無くなってきたので発言させて頂きます。トップダウンは好みじゃないのですがね」
そう前置きし、話し始める。
「私は白鳥先生の意見を支持します」
その強い言葉に会議室内がざわめく。学園長は、それに一切構う事無く言葉を続ける。
「ただ、その文面は立花さんに最大限の配慮をする必要がありますな。熟考すべきです。急いで作成するべきものではありません。そこで立花さんを残り10分。今から10分後に早退させます。これで放課後の混乱は未然に防げるでしょう。そして、明日の朝、1時間目は遅刻して貰い、朝の混乱を避ける事にします。その上で各クラス朝礼時に、これから作成するプリントを配布し、立花さんの現状を周知する事にします」
「しかし、それでは個人情報保護の観点から……」
C棟棟長は学園長にも食い下がる。外部に漏れるとまずい事態に成りかねない案件の為だ。心配するのは已むを得まい。
「構いません。責任は私が持ちます」
この言葉を出されては逆らえる教師は居ない。正にトップダウンであった。
一連の流れを受けて、利子は思う。
(これって、最初から事態を予測して……)
「それでは私は応接室に向かいます。来客があるんでね。利子も来て下さい」
言うなり歩みを始める学園長の背を「えっ!? あ……はい!」と、利子は慌てて追いかけていったのだった。
後に残された教師たちは渋面を浮かべている。とんだ茶番に付き合わされたものだ……と。
学園長は、あの騒動を予見していた。10分前に早退、応接室に向かう……と言う事は迎えが来ると言う事に他ならない。全てが緊急会議の前に決まっていたのである。
一方、5組の教室。
千穂は真剣に化学式を解いていた。
「水素Hからは1本。酸素Oからは2本。窒素Nからは3本。炭素Cからは4本の手が出ていると考えれば解きやすい……と言うのは以前に話した通りです。それを基本に考えると解き易いですよ」
千穂が真剣な理由は隣の憂の為である。憂はこれから先、授業から取り残されるかも知れない。その可能性は高い。その時、教えるのは自分でありたいと思うからだ。
ガンッ!!
突然の物音に驚き、千穂の小柄な体が大きく跳ねる。発生源である左側を恐る恐る確認した。
…………発生源は憂であった。
憂に、またも襲いかかって来た睡魔。前回の襲来こそ何とか撃退したものの、今回の猛攻でついに敗れ去ってしまった。
ノートを睨み、シャーペンを握り締めたまま落ちてしまい、頭をしこたま机にぶつけたのだった。
静かだった教室内が賑やかになる。憂が痛みに目を覚まし、おでこを擦る姿を多くの者が想像した。その内の1人である千穂も、やれやれと憂を微笑みながら見詰めていた。
しかし、憂はおでこをぶつけた姿勢のまま、ピクリとも動かない。
「憂? ねぇ? ちょっと……大丈夫?」
千穂は憂の小さな肩に触れ、軽く揺する。反応は無い。教室内は異常事態を察し、息を殺す。
「立花さん! 大丈夫かい!?」
化学の先生も流石に慌てた様子で駆け付ける。千穂は憂を抱き起し、更に声を掛ける。憂の上体は、千穂に腕枕された形で後ろに反っていた。拓真も勇太も康平も立ち上がっている。佳穂と千晶は座ったまま後ろに振り向き、心配そうに見詰めている。
「ねぇ! 憂ってば!!」
千穂はトーンの上がった声で強く呼び掛ける。
すると、憂は薄っすらと瞳を開き、呟いた。
「――いしき――とんだ――あはは」
小さな声だったが静かな空間に、よく通る。教室中が安堵し、憂の笑い声に吊られ笑いが弾ける。
千穂も苦笑いしながら憂に問い掛ける。
「痛く……なかった? 赤く……なってるよ」
憂の前額部は、たしかに赤くなっている。なかなか良い音がしたのだ。当然である。
――――。
憂は少し間を空けた後、口を開く。
「――いたく――ないよ? ――ぜんぜん」
なんで? ……と言わんばかりの口ぶりだ。いつもとは逆方向の右側に首を傾げるおまけ付きである。
千穂は鏡写しのように左側に首を傾げてみた。
「……そう? なら……いいけど」
やせ我慢でもなさそうだし……と、自分を納得させたのだった。
それからすぐの事である。
ピーンポーンパーンポーン
徐々に上がる音階。呼び出しやお知らせに使われる電子音がC棟内に響く。
『1年5組。立花……憂さん。1年5組……立花……憂さん。至急……応接室まで……荷物を……持って……お越し……下さい。至急……応接室まで……荷物を……持って……お越し……下さい』
ピーンポーンパーンポーン
放送の終了を告げる音階の徐々に下がる電子音で締め括られた。
至急と言う割に全く急がず、ゆったりした物言いだった。どこか滑稽に思えたが、憂への配慮であろう。
「なんだろう? 立花さん、応接室ですよ。場所は……わかる?」
教師の言葉でフリーズしていた憂が立ち上がる。いや、立ち上がろうとして失敗した。途中まで腰を上げ、ストンとその腰が落ちた。
「――あれ? ――しっぱい」
今度は机に手を置き、力を籠めて立ち上がる。
立ち上がると、今度は弱い右側……千穂の方向に大きくバランスを崩した。
「わ!」
千穂が咄嗟に憂の体を支える。
「憂……。足に……来てるだろ?」
拓真が問う。ほとんど時間を置かずに憂は「――わかん――ない」と返答した。やはり、会話の相性が良いらしい。
拓真は立ち上がり、憂と千穂に近づく。憂との身長差、40cm超。彼とも勇太と同じく、大人と子供そのものである。
「連れてって……やるよ」と膝を突いて、背中を向ける拓真。おんぶする体勢である。
そんな紳士的な行動を起こした拓真に、容赦ない罵声が飛んだ。主に男子生徒から。
「うぉりゃああ! お前、何考えとんじゃ!?」
「拓真ぁ! それは許さん!」
「本居君! どさくさに紛れて!」
非難轟々、四面楚歌な状況に驚く拓真。彼は優に接する気分であったのかも知れない。
「う……」
救いを求めて視線を送ると、勇太や千穂まで若干、引いた表情を見せている。
「拓真くん……憂ちゃんは女の子……」
千穂がごく小さな声で耳打ちする。わざわざ『ちゃん』付けである。気軽に触れちゃダメなんだよ……と暗に指摘したのだ。
「あー」
拓真は、頭をぽりぽり掻きながら自分の席に戻っていった。
「おいで」
千穂が体を屈める……が憂は動かない。憂からしてみれば女の子……しかも彼女におんぶされる訳にはいかないと言ったところであろうか?
「あー! もぉ! じれったい!」
「わっ!」
佳穂が千穂を押し退け、憂に近づく。押し退けられた千穂はおんぶの体勢でしゃがんでいた。転倒寸前となったが、何とか立て直したようだ。
動揺する憂に構わず、佳穂は「よいしょ」と憂を抱え上げた。
「ひゃあああぁぁぁ」
「「「おおお……」」」
憂の叫び声とどよめきがハーモニーを奏でた。
「軽っ!」
続いて佳穂が驚いた声を上げる。憂は女の子に抱き上げられた事が不安なのだろう。佳穂の首に手を回し、しがみ付いている。横抱きだ。所謂お姫様抱っこである。憂は、暴れる事無く大人しくお姫様抱っこをされている。
そんな憂を見下ろし、佳穂が問い掛ける。
「憂ちゃん……何キロ?」
憂は、しがみ付いたまま思案し答える。
「――――にじゅう――はち――キロ――」
言葉は次第に小さくなり、最後は消え入りそうなほどだった。
「ははん。あたしの半分くらいか……。はは」
佳穂は自らのおおよその体重の暴露に気付いていない。
彼女の目が据わっていた。いや、女子全体に……千穂まで不穏な空気を纏わせている。ちなみに佳穂は164cm、50kg台前半、まずまずの高身長、痩せ形である。そんな佳穂でさえ、この反応。佳穂と比べると、ややぽっちゃり体形の千晶など放心状態である。
「千穂、荷物よろしく」
憂の体重をさほど苦にする様子を見せず、佳穂は歩き始める。憂がしがみついている為、体重が分散されている事もあるだろうが、それでも異様な光景と謂えた。
千穂は憂の荷物を簡単に纏め、彼女たちを追いかけていったのだった。
学園長と主治医の島井、そして利子は憂の到着を今か今かと待ち侘びていた。応接室の扉の前、廊下で……である。
廊下の角を曲がり、見えた女生徒たちの姿に一瞬、呆ける。
待ち人は意外な形で到着した。背は高いが痩せている印象のある生徒に、お姫様抱っこされていたのだ。その憂は顔を赤く染めている。
待っていた3名の先生は、みんなそれぞれ『知っている』者たちだ。
女生徒にお姫様抱っこされ登場した憂を、何とも複雑な表情で出迎えてしまった。
「……どうしたのかな? 予想外の登場ですね」
島井が憂を抱きかかえた佳穂に問う。
「ちょっと……頭をぶつけてから、ふらついちゃってまして…」
「頭を!? どうしてそんな事に!?」
利子が慌てた様子で問い詰める。
「いえ……その……この子、ウトウトしてたんだと思います。それで机に頭をぶつけちゃって…………」
何とも締まらない話である。
「それで脳震盪ですか……」
やれやれと言わんばかりの口ぶりの後に続ける。今度は憂向けの話し方だった。
「憂さん。病院……行きますよ……」
憂は島井先生におんぶされ、終業の鐘と共に学園を後にした。
「まるで親子だね」
学園長の呟きに残された者たちは強く頷いたのだった。
ようやく初日の学園終了です。
7万字……マジか!?
書き終えるまでにあと何字、書くんでしょうね……。
いや、考えずに行きます。さぁ、書くぞー!