112.0話 千穂の誕生日
バレンタインの企画に参加致しましたー!
TS要素はありませんが、面白いと既に読まれた方たちには言われております(*´ω`*)
私のお気に入りユーザ内、『丹尾色クイナ』にて、2月14日に投稿となりますので、もうしばらくお待ち下さいませ m(_ _)m
また、それに関する活動報告致しますので宜しくお願いします。
―――8月7日(月)
「おー。はよー」
気だるそうに挨拶をしてくれたのは拓真くん。大体いつもこんな感じなんだけどね。
「おめっとさん」
「ありがとっ!」
「お、おう……」
元気にお返ししたらちょっと照れてくれた。彼を動かすとちょっと嬉しいね。口調はホントに変わらないんだけどさ。
「美優も『千穂先輩! おめでとうございます!』だとよ」
真似するのは、ちょっと……やめて欲しいかな? 美優ちゃんのイメージがー。
「たしかにお聞きしました。ありがとうって伝えておいてくれるかな?」
「おー。伝えとく」
16歳。今日で16歳。結婚できる年齢だって。そう考えたら感慨深いものがあるような……。無いような……。無いよね……。
『千穂はまだ20年ほど、ウチに居てくれるはずだから祝福しておいてあげるね』
今朝、お父さんにそう言われたけど……。それはどうなのかな? 1人娘の幸せを願って下さい。
……そうじゃないのかも。
憂の事があるからね。お母さんの願いを難しく考える必要なんて無いんだよ……。
そんな意味もこもってたかも? 本当の事は闇の中なんだけどね。聞いてみよっかな? この話題になるとどうしても重くなるから困ってるんだけどね。
「……おっせーな」
「そう言えばそうだね」
「昨日の緊急のコメ……」
「……バレてるとは思わなかったね」
「だな。何買ったか知ってるな?」
「……うん」
私の誕生日の前日。どうしても自分のお金で自分で買いたかった物。気付かないほど、空気読めない事ないよ。
「知ってるならいい」
憂の事……。拓真くんは……? 機会があったら彼の想いも聞かせて貰いたいな。
拓真くんも……。
拓真くんの場合は、私以上の想いがあるかも知れないよね。彼と優の付き合いは佳穂と千晶みたいに長いんだから……ね。
そんな事を思ってたら憂が玄関から出てきた。
……なんか、しょんぼりして。私と拓真くんの顔を見たら笑顔に切り替わったけどね。やっぱり子犬っぽい。ほとんど隠す事無くって、色んな顔を見せてくれる。
あ。泣いた跡だ……。何があったのかな?
「――おはよ!」
「(お)はよ」
かぶった。思わず拓真くんを見たら横目でこっち見て片眉上げてた。何だかね……。
「おはよ! ごめんね。遅くなって……」
「はよっす」
「愛さん、おはようございます。憂、どうしたんですか?」
「私が泣かせたんじゃないよ……?」
「………………」
……誰もそんな事は言ってませんって。
「……起きた直後から情緒不安定。変な夢でも見たんじゃないかな? 突然、泣いたり笑ったり。困った子だよ」
「色々あるんすよ」
ぜーんぶ拓真くんが代弁してくれちゃった。一番、色々な想いを抱えてるのは、秘密の中心に居る憂なんだよね。
「どう? これで落ち着いたけど、変じゃないよね?」
出た。いきなりの話題チェンジ。私にだけじゃないみたいだね。
「……いきなりっすね」
……あれ? 予想外の反応だよ。違ったのかな? よく分かんないや。
「そうだった? それでどう? 安定感あるよね?」
憂はもちろん純正の白い制服。ここのところ、白の長いニーソックスに白い……アームレスト? ……って言うのかな? それを付けて日焼け対策。日傘は日差しに合わせて差したり差さなかったり。驚きの白さ。憂の肌も驚きの白さ。バスケとかで日に焼けても、数日後には戻っちゃう。羨ましい体質。私は……ちょっと焼けちゃってる。佳穂とか顕著だけどね。あれはあれで健康的な魅力。
「……千穂ちゃん?」
……あ。また悪い癖発動させてた。
「いいと思いますよ?」
「千穂ちゃんがそう言うんだったら間違いないね。8月に入って、ようやく落ち着くとわ。苦労したわ」
「お疲れ様です……」
「――いこ?」
「あ。そうだね」
「行ってきまーす!」
「……よいしょ……っと」
「――千穂?」
昼となり、憂の方から声を掛けた。このグループは午前中が終了すれば帰宅する。
この日、千穂もまた、知らない人からの誕生日プレゼントを頂いた。20個ほどだ。控えめ……な訳は無い。彼女の誕生日情報は、ほとんど拡散されていなかった。裏サイトの個別スレッドに誕生日は掲示されていない。あそこまでの個人情報が流れている憂のスレッドが特殊なのである。大概が『まとめテンプレ』のせいだ。
もちろん、クラスメイトたちからも多量のプレゼントを頂いた。
本人にとって予想外だったらしい。梢枝から何故か持っていた大きな白いビニール袋を頂き、サンタクロースよろしく肩に担いだ瞬間に呼び掛けられたのである。
佳穂も千晶も入り切らなかった袋を持ってあげている。優しい親友たちなのだ。
「ん? なに?」
「千穂――ぶかつ――しないの――?」
千穂は困惑した。何で今? ……これだろう。憂はふと頭をよぎったのかも知れない。夢の内容に関係していたのかも知れない。謎だ。
「余り……する気……無いよ?」
「ホント――に――?」
おそらく本当であろう。以前の訪問でもバスケ部のマネージャーに興味を示したくらいである。
「ホント……だよ?」
「ボク――きに――しないで――?」
いつものふんわり笑顔が崩れてきた。已むを得まい。何やら勘違いをしている……のか?
「憂ちゃん、どしたの?」
「うん。なんかネガティブシンキング?」
「……情緒不安定なんだって。起きた時から」
「そうなんだ……。自習中は問題なかったよね?」
「凌平くんのお陰……かな?」
「それは違うだろう。集中し、勉学に励むことが出来るのは憂さん自身の謂わば才能だ。僕は何もしていない。ただするべき事を伝えているだけだ」
そんな会話の一方で男子組と梢枝は、スマホに目線を落とし遣り取りの最中だ。1-5の『知る』者全員のグループだ。ログを残す必要があるのだろう。
【昨日の独り歩きでまた憂さんの画像がUPされました。少しずつ拡散されています】梢枝
【仕方あらへん。このご時世や。憂さんの容姿は隠しようがあらへん】康平
拓真【遅らせる事は出来る】
【軽率だったってか? でも、それじゃ何も出来ないだろ? 俺もやっぱ仕方ねーと思うぞ?】圭佑
【SNSくらいなら、そこまで深く調べられないんじゃない?】京之介
【甘いでっせ。画像1つから掘り下げる輩もおるんやで?】康平
拓真【どっちだよ。あんたは……】
【なるようになりますわ。ワイが全部、悪意も興味も纏めて護りきりますわ】康平
【梢枝さんはぶっちゃけ、どう思ってるんだ? 経過の報告はよく聞くけど、梢枝さんの考えを聞いた事ないぞ?】勇太
拓真【そういやそうだな】
【ウチは……。防ぎたいです。全ての情報の拡散を】梢枝
【なんでや? お前、俺の知らん情報持ってないか?】康平
【そないな訳あらへん】梢枝
【本当か?】康平
【ちょっと! 喧嘩はやめよう?】京之介
拓真【落ち着けよ】
【彼らに免じて、そう言う事にしといたるわ】康平
梢枝と康平の珍しい応酬が見られた。口では仲が悪そうに見えなくもないが、本気となると珍しい。2人は、そんな関係なのである。
「千穂――やりたい――こと――」
……まだ言っているらしい。
「やって――ね――?」
「憂!? どしたの!? わた「千穂!!」
「……どうどう。気持ちはわかるけど……。落ち着いて?」
「ご、ごめ――。でも――」
言い出した本人は、あっと言う間に涙目だ。
「……珍しい事になってはるわぁ……。憂さん?」
「――なに?」
「千穂さんが……したい……事」
「梢枝さん!?」
「千穂が――したい――事?」
「考えて……みて……ください」
咄嗟に制止した千穂だったが、杞憂だったらしい。梢枝は全てを悟る何者かのように話しただけだったのである。
「――うん」
その夜、千穂は憂の家へと招待された。もちろん、父親付きだ。ついでに言えば、クラスメイト分を含めて多数となった誕生日プレゼントは愛の車に積まれ、千穂の家へと千穂ごと配達された。
誕生日会についてだが、実は彼女にも一ヶ月ほど前……。憂の誕生日の直後、遥からバースデーパーティーの話が来た。来たが丁重にお断りしたのであった。
総帥直々でなかったのは総帥秘書の優しさかも知れない。直々の打診であれば断れなかったであろう。
総帥の千穂への想いも強いものがあるのかも知れない。何しろ彼女は崇拝する憂の学園内でのお世話役なのである。
佳穂や千晶も『誕生日会しよー?』と言っていたが、それも『そんなの照れくさいから必要ありません!』とお断りしてしまった。
これには千穂の想いもあったはずだ。
千穂まで誕生日会を盛大に行えば、また次の誕生日の者に重圧が掛かる。同じ規模でなければ問題ともなる。
招待されるメンバーについてもそうだ。憂の時のように、それこそ多数のゲストを呼べば、その問題は解決されるが費用を考えるとそうもいかない。
そんなこんなで憂の誕生日からの流れをぶった切ったのだ。
しかし、『お姉ちゃん』のお誘いは強引だった。漆原家の料理番である千穂の自宅での細やかな誕生会……となると、相当に味気ない。自分の誕生日を自分の手料理で祝うことになる。
『外食するよりはウチにおいで?』
この電話での言葉が効いた。完全に読まれていた。可愛い娘の誕生日だが、父も仕事だ。再三、有給を取得すれば仕事に支障を来たす。せめてもの想いを込めて外食に出掛けるつもりだったのだ。
結局、また千穂は愛の押しに負けた。愛は押しには弱いが、押しの強い不思議なお姉さんなのである。
誕生会は笑顔の多い楽しい雰囲気で進行した。剛も千穂に慣れたようだ。
「8月7日が誕生日の有名人と言えば、耳の無い猫型ロボットにお世話になりっぱなしのあの子がそうだ」と言い、千穂を困らせながらも笑わせていた。千穂もまた然り。「私はあんなに寝ませんっ!」と見事に言い返していたのだった。
千穂の父もまた迅と仲の良い様子を見せている。
食事が終わった直後、図ったようなタイミングで総帥からの差し入れがあった。どこぞの有名パティシエが丹精込めて精作したバースデーケーキだった。またもお高いプレゼントだった……が、憂の時よりマシだ。
……全員(一人を除く)がそんな気持ちだった時、切り分けられた千穂のケーキから1つの円形の筒が出現した。
それは『HAPPY BIRTHDAY CHIHO!』と書かれたチョコレートの下に隠してあった。切り分けたケーキのその部分が千穂に渡るよう、計算された場所だ。
その銀色の筒を幸が洗い、「何だろう?」と話していると憂がその筒の端と端を持ち、クイッと引っ張った。
そこから出てきたのは、細かい鎖のネックレスだった。その先端にキラリと強く輝く石がぶら下がっていた。
「これ……チェーンはプラチナだよ。石はもちろんダイヤ……」
愛の言葉に千穂が困惑の表情を浮かべたタイミングで、彼女のスマホが振動した。
千穂が緊張の面持ちで、通話を始めると「おめでとう! 君も16歳だ! それくらいの物を持っていてもいい頃だろう!」と、それだけ言って通話が途絶えてしまったのだった。千穂はひと言も発することは叶わなかった。
「……どうしよ」
「なかなか困るでしょ? お返しなんて必要無い相手からのプレゼントって」
「千穂。今度でいいからきちんとお礼をしておきなさい。言葉だけで大丈夫なはずだから」
そう伝えると「ちょっと失礼します」と立ち上がり、そそくさと玄関を出ていった。
父は、すぐに戻ってきた。1つの箱を抱えて。おそらく、違法駐車中の車に取りに行ったのだろう。取り締まられる事は無いのかもしれない。立花家は総帥の庇護下にある。
「はい。千穂へのプレゼント。1つは総帥さんと被っちゃったけどね。本当は18歳の誕生日にって言われてたんだけど、千穂ならもう大丈夫だと思うから」
そう言いながら、そのジュエリーケースを開いて見せた。そのケースの中にはパールのリング、ネックレス、イヤリングの3点セット。
「……これ…………」
「僕とお母さんからのプレゼントだよ。お母さん、早く亡くなっちゃったから、それだけしか無いんだよ。ごめんね」
「ううん! ……こんな……。こんな……」
千穂はケースをパタリと閉じ、両腕で胸に抱いた。瞳一杯の涙が千穂の気持ちの全てを語ってくれている。
その姿を見てかどうか判断が付かないが、憂も立ち上がり、ひょこひょこと自室へと引っ込んでいった。
しんみりとしてしまった空気が緩んだ。癒し系の本領発揮か。
丁寧に襖のような横開きの出入り口を閉めていったのはいいが、すぐに「――あけて!?」とその襖越しに叫んだ。
「何したいんだよ……。開けときゃいいだろ……」
愚痴を零しながらも開けてあげる剛だが、憂の行動に目を細め、口元には柔らかく笑みが浮かんでいた。
千穂はすっかり癒やされてしまったらしい。ティッシュを一枚拝借し、溜まった涙を拭いつつも笑顔を見せている。
剛が襖を開けると、大きいピンクの袋を抱えた憂がリビングに突入してきた。このプレゼントラッピング用の袋とレターセットなどが前日、モールに騒動を巻き起こした買い物の正体である。他に買ったのは自身の文房具だ。そちらはついでに購入しただけである。
「千穂――おめでと――」
リビング突入の勢いのまま、ぐいと手渡した。勢いが必要だったのかも知れない。どうやら大きさの割に軽い物のようだ。それに柔らかいらしい。千穂のピンクの袋を持つ手が沈み込み、それを証明している。
「ありがとう……。開けて……いい?」
小首を傾げながらの質問だった。もはや千穂にとっても、癖と云えるレベルでこの仕草は出現している。本人に自覚があるかは判らない。
「――じょうず――ちがう――ごめんね」
恥ずかしそうに頬を掻いていた……が、それでもしっかりと頷いた。
「私も初めてだったからね。私は調べながら教えてあげただけなんだよ」
愛の補足説明に相槌を打ちつつ、リボンを解き、開封する。
その袋を覗き込んだ瞬間、叫んだ。憂の躰が驚きに跳ねるほどに。
「かわいぃぃぃ!!!」
袋を放り投げ、そのぬいぐるみを抱え込んだ。ギューっと抱き締め、頬ずりするほどに喜びを爆発させている。
……カピバラさんだった。
「なに!? カピバラさん!?」
その初めてのぬいぐるみは、如何にも不細工だった。小細工で不格好にしている訳ではない。能力、経験不足の為から出た正真正銘の可愛げの無さだった。
「足短いぃぃ! 憂が縫ったの!?」
一応、ひと目見てカピバラだろうとは解る。綿を詰める際の計算不足か、目の位置は不揃い。口やら鼻先は肥大化している。足もこれは流石に短すぎだろう……。
そんなプレゼントだった。
「やぁぁ! もうすっごい嬉しい!!」
だが、千穂は不細工好きな子だ。犬も猫も太った子たちを見るほうが喜ぶ。そんな子だ。
「憂!! ありがとう!!」
愛がニヤリと笑っている。おそらく計算通りであろう。千穂の部屋に泊まった日に、千穂の趣味を確認したのかも知れない。
……ところで千穂、うるさい。
「憂……。思い出してくれてたんだ……」
……テンションが下がってきたらしい。あっと言う間にまた涙目だ。千穂が好きな動物。数多いがその中で『特に好き!』と2年ほど前、まだ中学生だった千穂が頬を紅潮させつつ、優に熱く語ったのがこのカピバラさんなのである。
「憶えてたのかも? 詳しい事はね。聞きたかったら憂本人に……ね?」
「……はい。もう嬉しすぎる誕生日……」
片手にカピバラさん。もう片手にジュエリーケースをそっと取り上げ、目を瞑り抱き込んだ。
「忘れられちゃったかと思ったよ……? 良かった。カピバラさんに負けて無くて」
父と、今は亡き母からの渾身の贈り物と肩を並べてしまうのも如何なものかと思うが、憂が頑張った補正は相当に強いのだろう。
憂の父母と愛、剛の姉弟がプレゼントをなかなか渡せなくなるほど、喜んでしまったのである。
……そのプレゼントの内容だが……。
迅と幸からのプレゼントは化粧品のセットだった。どこかのブランド品だった。結構な金額だっただろう……が、学園内で憂のお世話をしてくれているお礼の意味も籠っていたのかも知れない。
愛&剛からは憂とお揃い……靴底ピンクのバッシュとスポーツウェアだった。
『千穂も運動しなさい!』
そんな気持ちも籠っていたのだろう。
それから長く、会話は続いた。
拓真と美優の本居家とのキャンプに誘われ、千穂の父も『その日なら休みだよ! 行こう!』と随分乗り気で千穂を誘い、娘に苦笑いされていたのだった。
……梢枝の言った『千穂のやりたい事』について、憂は答えを出しあぐねているようである。分かってはいるが、言葉に出来ない……したくないんだろうな……と、千穂は自身を納得させた様子だった。