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93.0話 護衛として

 遅い時間の投稿、失礼致します。

 1つ、別の作品を書いていたら遅くなってしまいました。


 『双子の秘密の入れ替わりの果てに』を投稿開始しました。


 ご一読、頂けますと幸いです。







 


 ―――7月8日(土)



 小さな左手から放たれたボールは、かのホームランバッターのソレのように綺麗な放物線を描くと、ゴールに吸い込まれた。

 それを澄み渡った瞳で見届けると、小柄な少女の美しさは可愛らしさへと切り替わった。


「ナイッシュ! 憂先輩!」


 少女より1つ年下の随分と大きな後輩が笑顔で駆け寄っていった。


「憂。綺麗な……フォームだ」


 その後輩よりも更に2周りも3周りも大きな少年が笑顔を見せる。


「美優ちゃん、拓真くん、おはよ!」


「憂さんのお姉さん、おはようございます!」


「愛さん、ども」


「拓真――美優ちゃん――おはよ」



 憂は、昨晩のプレゼントで居ても立っても居られなくなってしまったらしい。いつもより、頑張って朝ご飯を早めに食べ終わり、いつもより早く支度を済ますと、いつものピンクの靴底のバッシュを履き、玄関先でシュートを繰り返し始めたのである。


 美優の所属する、中等部女子バスケットボール部が参戦する地区大会は本日より開幕。しかし、蓼園学園中等部女子はシードされている為、本日は試合が無い。部活も試合前の今日は全休である。よって、今日もまた憂と一緒に通学するらしい。


「憂? 靴……履き替えて……」


「――うん」


 普段より幾分かしっかりとした足取りで開け放たれた玄関に入ると、玄関の段差に腰掛け、バッシュを脱ぎ始める。脱ぎ始める……が、なかなか脱げない。だんだんと顔一面、赤く染めていく。


「うぅ――ぬげない――」


 次第にイライラした様子を見せ、左膝に交差させるように右足首を置いた。そして、強引にバッシュを引っ張る。

 拓真は背中を向け、美優は兄のそんな姿に苦笑いする。


 ……そう。憂はパンツが丸見えとなってしまったのだ。


「あ――!」


 声と同時に右足に履いていたバッシュが、玄関の隅っこに飛んでいった。


「ま――いっか――」


 今度は右膝に左足を乗せる。スカートは更に捲くれ上がった。

 姉の表情が変わった。つかつかと憂に歩み寄るとパシッと頭を(はた)いた。


「いたっ!」


「ま、いっか……じゃない! でしょ!」


 そう言って、丸見えのパンツを指差す。そこでようやく憂は気付いてしまった。意外な素早さで挙げた足を降ろし、スカートを両手で抑え込んだ。当然ながら真っ赤である。


「拓真くん、美優ちゃん、おはよ!」

「はよ」

「おはようございます! 千穂先輩!」


「憂も愛さんも……。どうしたんですか?」


「千穂ちゃん、おはよ。なんて説明するべきか……」


「千穂ぉ――拓真が――パンツみた――!」


「見えたんだっ! 大体、お前は―――」


 予測不能な憂の言葉に過敏に反応し、猛烈に批難する拓真なのであった。







「拓真――ごめん――」


「……」


「拓真ぁ――」


「……はぁ」


「うぅ――ごめん――」


 目の前を歩いて行く4人。ずっと憂さんは拓真はんに謝り続けてる。何があったんや?

 拓真はん、立ち止まってしもた。憂さんの手を引きながら歩いてる2人も、それに気付いて立ち止まる。

 同時に何故か集団登校してる全員が立ち止まる。見慣れた光景や。朝の恒例行事。参勤交代か何かか? これ?

 小型犬を抱っこして犬に散歩されてる主婦も、あんたら仕事、大丈夫か? ……って、サラリーマンの兄ちゃんもおっさんも立ち止まる。憂さんの出発に合わせてウォーキングを始める、憂さんのご近所の金婚式を迎えた老夫婦も立ち止まる。この老夫婦は調査済だ。何の問題も無かった。子どもの居ないこの老夫婦は憂さんの事を孫のように見ていただけだった。


『あのご夫婦は問題ありまへんえ?』


 ……その通りだった。梢枝の眼力に恐れ入った。時々、憂さんを変な目で見てた気がしたんだけどなぁ……。


 あいつは今日は居ない。憂さんをヤバい目で見るニートの男。夜の梢枝は、あいつの調査中。日中はもちろん、梢枝は今も離れて憂さんを追っているはず。

 あいつは危険な香りをプンプン振りまいてやがるからな。色々と通販しまくってる事は把握している。とんだ変態野郎だ。


「……わかった」


 俺も混じった集団をバックに、拓真はんが憂さんを許した。


 その瞬間に憂さんは光り輝いた。


『おぉ……』


 集団は普段、憂の背中を見ているばっかりだ。今回は拓真はんに振り向いてた。集団全員が目撃した弾ける笑顔に陶酔状態だ。俺だってグッときたんだから当たり前だ。


 ……やっぱり可愛いよ。憂さんは。


 男の子だったって知ってる俺でさえ、ヤバい時あるからな。知ってる4人の男子たちも時々、やられてるのは把握済みだ。


 昨日、梢枝と愛さん、剛さんの4人でグループを作ってチャットした。


 何でもコメントできるようになったのはマジででかい。今まで、苦労してた情報伝達と話し合いができるようになったんだ。俺ら身辺警護にとっては僥倖(ぎょうこう)。遣りやすくなった事は間違いない。秘書の遥さんってマジ有能。遣り手だよな。蓼園関連外の企業に依頼することで、暗号化の情報とチャットの遣り取りを完全に切り離した。懐刀って呼ばれるだけの事はあるよな……。


 昨日のチャットの話……。


 憂さんの交友関係について。


 愛さんは、やっぱり男性と付き合えるようになって欲しいって事だった。剛さんは言葉を濁した。愛さんは千穂ちゃんの事も想ってのコメントだろう。剛さんは千穂ちゃんの裏に潜む悲しい話を知らない。知ったら……どうするんだ? 兄と弟だったはずの兄妹。兄として、そんな妹が男性と恋愛……。

 梢枝が男になって女性と恋愛するようなもんだろ?


 ………………………………?


 ……わかんね。そもそも性別が逆だからな……。


 まぁ、それは置いといて……。


 愛さんは男子たちとの真っ当な恋愛を望んでいた。けど、ノリで色々と……って事は、本気で心配していた。遊びでエッチぃあれだな。


『ちょっとヤらせてくれよー。男だったんだから気持ちわかるだろー?』

『いいよ? 興味あるし』


 ……ぶっちゃけるとこの流れだ。いかん! 想像するな! 憂さんでそんな妄想すんな!!! 馬鹿! 俺! 阿呆!!


 と! とにかく!! それは防がなきゃいかん。これは拓真はんだってきょうちゃんはんだって、警戒せにゃならん。なんせ、健全な男子だ。俺だってそうだけどな。俺には梢枝の厳しい目があるから問題ない。流石に従兄妹に変な目で見られとうないわ!


 ……4人の動向に注視。憂さんへの気持ちの把握は必須事項になったワケだ。恋愛感情でのそういった遣り取りはセーフ。恋愛感情無しの場合はアウト。言うほど簡単じゃないっすよ。これは。


 まぁ、憂さんの為だ。しっかりやるさ。


 そうなると当然、憂さんの感情の把握も必須。憂さんの感情の読み取りは簡単そうに見えて、そうでもない。ごく稀に感情を隠すんだよな……。稀だからこそ難しい。愛さんは言ってた。


 愛【たぶん、感情はほんの少し隠せるようになってるんだよ。事故現場に連れていった時からかな? 隠すって言うか誤魔化す……かな? 話を変えちゃうんだよ。時々ね。話を戻そうと思っても憂の場合、なかなか戻せなくてあやふやに……。我が妹ながら大したものだと思うよ】



 憂さんも難易度たか……あ? なんだ? あの怪しいヤツは……?


 7月なのにパーカーのフード被って、サングラスにマスクに軍手。ママチャリで縁石に片足掛けてっと! ……電話。梢枝からの着信。


『康平さん?』

「わかっとる」


 そいつは集団の先頭を歩く、千穂ちゃんと美優ちゃん。憂さんに顔を向けている。サングラスのせいで誰を見ているかは判別不能。

 拓真はん……。

 拓真はんがそいつと3人の間に割り込んだ。拓真はんも気付いたか。彼は、憂さんの家を張ってる俺を見付けては、手解きを願う。大切な人たちを護る力が欲しいんだと。良い心持ちだと思うが……正直、俺もバスケしてて欲しい。手解きしてる俺も如何なものかと思うけど?


 そいつは憂さんたちが通り過ぎるまで一切、動かなかった。


「いいね」


 マスクの中のくぐもった声をはっきりと捉えた。そいつは集団が通り過ぎると古びたママチャリを漕ぎ始めた。


「梢枝」

『今日は遅刻ですねぇ。リコちゃんセンセへの言い訳、任せますえ?』


 ……言い訳なんぞ要らない。単に茶化しただけだ。


 俺は憂さんが外を歩く間は、憂さんたちの邪魔をしない程度に離れ、憂さんから出来るだけ離れない。10数歩の距離を保つ事が多い。それだけじゃ寂しいから接触もするけどな! 梢枝もそうなったしな! 問題ない! ……はず。


 道路を挟んだ反対側の歩道では、梢枝が走る。ママチャリ野郎を追い掛ける。ファイトォォ!!


 ……あいつ、荷物置いてきやがった。回収しとくか……。




 それ以降は何事も無く、蓼学東門が見えてきた。主婦もサラリーマンも老夫婦も、蓼学生以外はちょっとずつ散っていった。


 今さっき、梢枝から連絡が入ったくらいだ。


『はぁ……はぁ……見失い……ました……』


「……お疲れさん」


『怪しすぎ! 何ですか! あの人は!?』


「俺に怒られても。あと標準語になってるぞ?」


『康平さんもですえ?』


「…………」


『…………』


「それはともかく。ママチャリ覚えたやろ?」


『あないな格好の人が古びたママチャリ……。どう見ても盗難ですわぁ……。追うだけ無駄です』


「それもそうやな……。まぁ、一応、社に報告しときや?」


『わかってます。そろそろ校門ですか? そこ注意ですえ?』


「だーれだ!!」

「ひゃあぁぁぁぁぁ!」


『遅かったみたい』


「あぁ……。忘れてた。電話のせいで」


『ウチのせいにせんといて下さい』


 憂さんは東門の陰に隠れていた七海ちゃんの突然の大声に、大きく体が跳ね、目隠しを振り解けず、バタバタと藻掻く。


「あんたやめなさい!」


 友だちの美優ちゃんが七海ちゃんを止め、ようやく手を離した。


 あーあ。憂さん、へたり込んでしもたわ。


「憂先輩! もう少しでビッグニュースをお届けできますからね!」


 七海ちゃんは電光石火。中等部の方角に駆けていった。「待ちなさい!」って美優ちゃんが追い掛ける。

 拓真はんも千穂ちゃんも苦笑い。俺もだけど……。


 あ。七海ちゃん、こけた。捕まった。あはは! 面白い子だ!


「ぅぐ――ひっく――」


「「「え?」」」


「憂!?」


 すぐに千穂ちゃんが抱っこ。ハグ。抱擁。なんでもええけど。


 ……美しすぎて困る。


「――千穂ぉぉ――」




 5組の教室内。とりあえず、そこまで移動した。黙ってても目立つ憂さんが泣き出した。そりゃ相当目立つ。千穂ちゃんが火事場のパワーを見せてくれた。千穂ちゃんて小さいのに力ある……のか? 意地か何かか? よーわからん。


「あー! また千穂が憂ちゃん泣かしてるー!!」

「人前でそんな抱っこされたらわたしでも泣きたくなるわ」


 ……千穂ちゃんの立場、ちょっと可哀想だな。


「違うんだ……」


 拓真はん! 佳穂ちゃんと千晶ちゃんの事は任せた!


 千穂ちゃんはスルー。慣れたんかいな? んなもの、慣れたくないわー。千穂ちゃんもタフなのか弱いのかよく分からんな。


 ほいで憂さん。いかん。やっぱり関西弁に思考が犯されてきてるわ。


 それで憂さん。


 なんでも全力で抵抗してたんだそうな。それでもダメだった事に恐怖感を覚えたワケだ。


 ……小さい上に後遺症が……な。


 七海ちゃんの言ったビッグニュースの内容は把握している。彼女は親衛隊の結成に向けて動いている。『学園の騒動を未然に防止する部』……名前合ってるか?

 その部の存在を知った上で、『生温い! もっと直接、憂先輩は守られるべきです!』とか言って、息巻いている。それに同調する小中学生……。違う。初等部、中等部の子は、かなりの数に上っている。タイミングが良すぎるんだ。大運動会が終わった直後に動き始めたからな。


 はっきり言うと俺らとしては迷惑だ。中等部の子はともかく、初等部の低学年の子まで参加し、憂さんの周囲を護ろうとしたら、俺ら身辺警護としては憂さんと一緒に、小さい子まで護らないといけなくなる。


 憂さんに何かあって、それに初等部のしかも低学年の子が巻き込まれた場合、憂さんに批難が向く可能性がある。それは避けたい。敵意は不要だ。害悪でしか無い。


 学園長は許可するつもりはもちろん無い。しかし、あの部の存在を認めている以上、説得力に欠ける。あいつらの遣り方は有り難いんだ。俺らのフォローもしてくれている。名前の通り、学園外では活動出来ないんだけどな。


 つまり……七海ちゃんは俺らにとって困った子なんだよ。いい子なんだけど。


 何とか親衛隊の結成は阻止せにゃならんけど、どうしたもんか……。このままだと非公認のまま、活動開始してしまう。なんせ、あの行動力だからなぁ……。



 それで憂さん。ん? 2回目か? 纏まらん。悪い。

 ……って、誰に言ってんだ? 俺は。


 憂さんはまた人に怯え始めた。


 今朝の何気ない『だ~れだ!?』。先輩と後輩の何気ない、可愛いスキンシップ。それだけの行為を皮切りに、やたら人を警戒し始めた。その怯えはまた時間を掛けて消し去るしか無いだろう。

 少し弱い気もするが、憂さんの事情はこんがらがって全体像が掴みにくいほどに複雑だ。仕方ない……と、俺は思う。


 朝礼後、上目遣いの涙目で『康平――これから――も――』って、恥ずかしそうな申し訳なさそうな顔で言われたからじゃない。断じてそれは違う。




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