7 戦争は正義VS正義です?
ショウの種族はその背中に黒い翼を持つのが特徴の一つである。
幼生体で100年近くを過ごし成体に成る。
幼生体から成体へと変化する時期の目安として幼生体の時には無かった翼が生えてくる。それから2、3年位のうちにその個体は成体へと変化する為に繭を作りその中に籠るのだ。
繭から羽化するのは完全な成体に成ってからだ。
成体への変化にはおよそ1か月から半年程かかるのが普通である。
何事にも例外があるかのように、彼の種族で幼生体で生まれつき翼を持つのは王族の直系のみである。
それ故か、王族の持つ能力は群を抜いて強大だ。
彼等は深く広大な森に住み、森の木々を養い、森の植物やや動物達とうまく共存して生きている。
その種族の名を『コクウ』といった。
そして、この世界にはコクウ以外にも何種類かの種族が住んでいた。
その中にはコクウと似た種族特性を持つ者たちもいた。彼らの種族の名は『ユウ』という。
ユウはコクウとの違いはその背に持つ羽と子供達が生まれつき羽を持つという点と、彼らを率いる王は羽を持たない個体だということ。彼らは翼ではなく蜻蛉に似た薄い繊細な2対の羽を持っている。それ以外は種族の寿命、成体までの幼生体時期の長さ、繭を作り成体に成るという点などはほぼ同じである。
それ以外に、その生活形態も微妙に違う。
彼らは一つの森に定住せず、いくつかの森を巡回するように移動して生活をしている狩猟民族的な生活様式であった。
二つの種族は比較的近い地域で生活していたが、お互いにその生活圏が交わることはなく、世界は平和で豊かで、彼等以外にも多くの種族や生き物を受け入れていたのだった。
そんな世界に変化が起きたのは、この世界の時間で見ればそれほど過去の事ではないと言えるだろう。この世界に住む種族はほとんどが長生な者たちであったのだから。
変化の兆しは、世界を潤していた雨が減ったことだろう。
雨が減れば、湖や川の水量も減る。やがてはそれらが少しずつ消えてゆき大地へのダメージとなる。
草原は砂漠のようになり、森の下草は枯れ、植物へのダメージはやがてはそれを食用にする動物へのダメージとなる。
そして、この世界に生きるものの大半は食料の危機を迎えることになる。
一番にこの事態に危機を感じ動いたのは『ユウ』だった。
彼らの生活圏としていた森が枯れ、動物などがいなくなっていったのだから。
彼らは食料の危機感から自分たちの種族が生き残るための選択をしなければならない事を感じ取っていた。
しかし、その選択を決定し種族を導くはずの王が間の悪いことに行方知れずとなっていた。
彼らの王は、いつの間にか消えていたのだ。
もちろん、彼ら自体も手を尽くし王を探した。しかし、数年たっても見つからなかったのだ。
そして、この事態が起きた。
王が居たら、彼らの選択は違ったかもしれない。もちろん、同じだったかもしれない。
それはわからないことだが、彼ら種族が自らの総意として選んだ道は他種族との戦であった。自分たちに足らないものを、他の種族から奪い取る。
彼ら自体が好戦的で、その為の力をも持っていたことが事を大きくしていった。
ユウと生活圏が接する種族同士の争いから、どんどん範囲が広がり、世界規模の戦へと発展してしまったのだった。
世界中を巻き込んだ戦いは、いつしかユウ対他種族となる。
他種族連合だった者達も、連合からどんどん抜けていき、最終的には指導者的立場にいたコクウだけになってしまった。
以来、コクウとユウの2種族はずっと争っているのだった。
ショウが生まれたのは、そんな戦争の最中だった。
彼は王族の直系の長子として生まれた。今、コクウを率いる王は彼の祖母だ。
ショウの父は彼女の唯一、生き残っている息子であったが、彼には残念なことに王位への継承権が無かったのだ。
王族は本来、生まれながらにその背に翼を持つ。
しかし、まれに持たずに生まれる子供もいるのだ。
そういう子供は王位継承権自体は持たないが、王族として扱われる。彼らの子に翼を持つ子供が生まれる可能性がかなり高いことがその地位を安定させているのだ。
ショウは、確かに生まれつき翼を持っていた。
しかし、それはコクウでは禁忌とされる白い翼だったのだ。
本来、白い翼の子は生まれて直ぐに殺される。ショウが殺されなかったのはただ単に戦の最中であるという理由からだ。
ただでさえ長い戦禍で、強い力の持ち主達は殆どが死んでしまっている。王族も例外ではなく、王であるクイーン・ポルアとショウの父、クラウスしかいない。
そんな中で、生まれつき強大な力を有する王族の子供を殺すのは戦力を捨てることに繋がるだろう。例えその子供が現在の戦自体には役に立たなくてもだ。
それに戦の結果が勝とうが負けようが、王族自体の血脈が絶える事を防ぐ意味もある。
事実、歴史では白翼の子はすべて殺された事になっているが、実際には翼の色を変えさせて生かされた者も居るのだ。
未来の国を支える為の布石。ショウが生きながらえたのは、ただそれだけの理由だった。
王族やその関係者だけが住まう大木の洞からしか行けない閉ざされた小部屋が彼に与えられ、そこに隠されて育てられることになった。
種族の者たちへは次代の王となる継承者が生まれたという知らせのみが伝えられたのだった。
そして、その子供はとても体が弱く、成人できるのかが危ぶまれているという噂話もそこかしこで囁かれていたのである。
それはもしショウを殺さなければならない状況になった場合の言い訳とも、彼を公式な場へ出席させないための言い訳とも取れるものであった。
勿論、ショウの翼の黒化がうまくいかなければ、最後にはそのような事態になるのであろう。