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3 主食は『ホットケーキ』?



 カウンターの上で丸くなっていた幼児は目が覚めたのかもぞもぞ身じろいで体を起こした。まだはっきりと目覚めていないらしくしきりと目を擦る仕草をしている。


「大丈夫?」


 誠一は顔をカウンターへと寄せて聞いた。

 その声にショウは振り向き、状況を思い出したのか、立ち上がると誠一に向かって指を突き出して喚いた。


「あんた、何なんだよ! いきなりなんて事しやがる。ついでにここは何処だ。こんなとこに連れてきてどうするつもりだ! 返答次第じゃひどい目にあわすぞ!」


 ひどい目って一体どんな目に遭うんだろうかと、誠一は場違いな事を考えながら笑顔を浮かべた。


「おい!」

「その元気があるんなら大丈夫だね。僕慌てちゃってさぁ」


 体を起こしアハハと軽い笑い声をあげながら頭をかく誠一。


「人の話聞いてねぇだろ。ちゃんと聞けってば」

「あ、そうだ。ショウ君、おなか空いてない? 何か食べる? って、僕たちが食べるような物って食べられるのかな?」

「オイって、だからぁ…」


 まったくショウの言うことに耳を貸さない誠一にムキになって叫ぶ。

 その彼の言葉にかぶって、きゅるるるるという小さな音が聞こえた。


「あ………」

「ほらぁ、おなか空いてるんじゃない。僕たちが食べるような物って、食べれるの?」


 ショウは俯いてしまい顔を上げようとはしない。

 

「? どうしたの?」

「恥ずかしいんだろう。腹の虫がなったのが、な」


 ギリルが笑いながらそう言う。

 その言葉が正しいのは、俯いたままのショウの全身が薄く朱に染まっているのだから間違いないだろう。


「ねぇ、ギリルさん。僕もおなか空いちゃった。何か作ってよ」

「ったく、しょうがないな。ホットケーキくらいならすぐ作れるが?」

「うん、それでいいよ」


 誠一の言葉に苦笑しつつギリルはフライパンを取り出したのだった。











 エスプレッソ用のカップソーサーに小さく焼いたホットケーキが2枚乗っている。

 それをショウの前に置いてやる。


「俺はギリル・エルダーという。この喫茶店『ボーダー』の店主だ」

「ショウリル。でもショウでいい。これ、食っていいのか?」

「ああ、食いすぎない程度に食ってくれ」



 ギリルはショウの近くに温めたミルクを入れたミルクピッチャーを置いた。

 皿はともかく彼が使えそうなコップなどないのだから代用品としてはこれしかないだろう。それでもかなり大きくて抱えなければ飲めないだろうが。


「それはショウの分だからね。僕はさっきも名乗ったけど、雨宮誠一。ここに住み込みでお世話になっているんだ」


 自分用の普通サイズのホットケーキの乗った皿をギリルから受け取りつつ誠一が名乗る。


「ありがと、いただきます」


 そう言うとショウは自分の布団になりそうなサイズのホットケーキを1枚抱え込み端からかぶりついた。

 ほっぺたをいっぱいに膨らましもごもごとほおばり食べ進めるショウの顔はとてもうれしそうだ。



「腹壊すなよ。ほどほどにな」

「ん…」


 食べすぎることを心配するギリルに一心に食べるショウは頷いて返事をした。

 程なく1枚目をたいらげて2枚目を同じように抱え込み噛り付く。見かけの大きさから想像する以上によく食べるショウにギリルは段々心配になってきた。


「本当に食いすぎるなよ? 腹壊しても小さいなりじゃ危なくって薬も飲ませられないんだからな?」

「んっ……」


 もごもごとほおばったままショウはギリルに向かってこくこくと頷いた。

 その仕草を見て彼はやれやれと肩を竦めた。

 ショウは、ホットケーキを食べ終わると横に置かれたミルクピッチャーを両手で抱え込み、ゆっくりと中身を飲む。

 そんな小さな姿はとても愛らしい。

 背中の翼の効果も相まって、もう天使や妖精だと言われても疑う者はいないのではないだろうか。



「は~、おなかいっぱいだ~」


 ショウは満足そうにでっぷりと膨らんだおなかをペチンと叩く。


「見かけより、よく食うな…」

「ホント、どこに入ったんだろ…」


 誠一とギリルは顔を見合わせて笑った。


「久々に食べた。ほっとけーき? ってうまかったよ」


 ショウは笑顔でそう言った。


「久々? ずっと食べてなかったの? どれくらいの間なの?」

「ん~? 一か月って位かな」


 誠一はショウの返事にぽかーんと口を開けたまま固まった。


「良く生きてたな、そんなに長い間食べなくて…」


 ギリルも開いた口が塞がらない、そんな気分だった。


「別に食べ物を取らなくても、代りのモノがあるし。それを取り入れてれば死ぬことはないよ」

「他のモノって?」

「んー、生き物の生命力っていうモノ、かな?」


 首をかしげながらショウはうまく説明できる言葉を探しているようだった。


「まさか…、血とかじゃないよね?」

「俺は『蚊』じゃねぇ!」


 誠一の言葉にショウはすぐさま反論してぷくっと頬を膨らます。ついついその様に二人は笑ってしまった。


「悪い悪い。生命力って言われれば一番に思いつくもんだからな」


 ギリルは笑いつつショウに謝る。


「そういう物質的なモノじゃなくって、こう、生命を取り囲んでいる光みたいなモノなんだ。それを分けてもらって取り込んでいれば、腹は減るけど死ぬことはない。俺達の世界の生き物はみんなそんな感じなんだ」


 ただな……、とショウは続ける。


「本来の自分たちの食べ物じゃないモノを取り込むのは、いろいろ問題がおきるんだ。翼の色も変わっちまったし、その所為か魔力のバランスが悪くなっちまって、満足に飛ぶこともできやしない。碌な事ないよな」

「で、今まではどうしてたんだ?」

「あのあたりに隠れてた。大体、この世界には俺みたいな生き物っていないんだろ?」

「隠れてた? 堂々と日向ぼっこしてたみたいじゃない」

「あんたの気配が他の人間と違うんだよ。あんた、ほんとに『人間』か?」


 じろじろとショウは遠慮なく誠一を頭の天辺から足元まで検分するかのように眺めた。


「それって…、僕が人間に見えないってこと? ヒドっ」

「仕方ねぇじゃん。その通りなんだもん」


 ショウは悪びれない。

 誠一はむ~っと顔を顰める。


「まぁ確かに間違えたのはショウが悪いわけじゃないな」

「だろ?」


 当然とばかりの顔をして、ショウは背中の翼を伸ばした。

 ついでとばかりに腕も振り上げて伸びをする。

 ずっと同じような姿勢で座っているので疲れたのだろう。

 その仕草はどことなく猫の仕草を思わせる物であった。


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