デイビー=ダビットソン⑨
「随分と遅かったですね。仕事をサボっていたのですか?」
セオドリックさんとの話で随分と遅く仕事場に戻ると眉間に皺を寄せたミーファちゃんが静かに激怒していた。
その冷酷な悪魔の様な出で立ちにミゲルさんとガレット君は「ちょっと所用で」と言って部屋から出て行ってしまい部屋には僕とミーファちゃんの2人きりになった。
「ああ、ごめん。セオドリックさんと話をしてたんだ。」
「そうですか。で?何の話をしていたんですか?ただ世間話をしてサボっていたというのなら団長に報告させてもらいますが?」
真面目な彼女は友人との会話も休み時間以外は基本的に認めない。
それが、大事な話だと判断されれば大目に見るがそうでない場合は上司である僕であろうと容赦はしない。
「ちょっと・・・ リンディさんのことでね・・・」
「リンディ様の?」
僕の言葉にミーファちゃんの眉間の皺が深くなった。
そんなに深くしたら後で戻らなくなるか皺が残ってしまうんじゃないだろうか。
そんな僕の気を余所に、ミーファちゃんは「どんな話ですか?」と聞きたいのか僕の話の続きを待っていた。
僕は仕方なくため息をついてからセオドリックさんから聞いた彼女の話をミーファちゃんに話した。
「なるほど。そのことまで知ってしまいましたか。」
ミーファちゃんはすでにリンディさんのこの話を知っていたのだろう。
そう言ってから「で?」と小さく呟きながらこちらを睨みつけるように見据えてくる。
「い、いや~・・・ その・・・」
僕が言葉を濁して視線を逸らすとシュルリと腰に刺した剣を抜いて僕の方に置いた。
いくらなんでも、それはやり過ぎじゃないだろうか。
僕は咎めようとして視線をミーファちゃんに戻すと彼女は「で?」と呟いて方に置いた剣を首の方向に少しだけずらした。
怖いよ。ミーファちゃん。
「ミーファちゃんはさ・・・・」
「何ですか?」
ちゃん付けしているのに平然と聞いてくる。
今の彼女にとってちゃん付けの訂正などどうでもいいのだろう。
それほどまでに彼女はリンディさんのことを心配しているようだ。
「なんで、そこまでリンディさんのことに対して真剣なの?」
「隊長の答え次第で答えます。」
僕の質問に対してミーファちゃんは答えない。
なのに、僕のリンディさんへの対応をどうするのかは剣を抜くだなんて無礼を働いてまで続ける。
僕はミーファちゃんの剣から逃れる様に少しずつ下がって部屋の扉に近づきドアが開かない様に壁とドアにもたれかかる。
その動作をしている間、ミーファちゃんはずっと僕と共に移動して剣の位置は変えずに瞬きもせずにこちらを見据える。
「ミーファちゃんはさ。」
「はい。」
ミーファちゃんの気迫に圧倒されて喉が渇いたからだろうか枯れた声が出た。
そんな僕の声を気にすることなく、ミーファちゃんは返事をしてその先の言葉を待っている。
「僕がリンディさんと・・・」
「リンディ様と?」
僕は何とか声を震わせながらも言葉を続ける。
僕の言葉の先を待ちけれないのか痺れを切らしそうになりながらもミーファちゃんは言葉を続ける。
本当は一気に行ってしまった方が楽になるのだろうが、僕は答えを詰まらせる。
言ってしまうと後戻りできない気がしたからだ。
どんな答えを選択しようとここで放った言葉はミーファちゃんにとって嘘偽りのない真実になるだろう。
その言葉が彼女の意にそわなければ彼女と僕の仲は崩壊する。
もし、意志にそったとしても彼女の望む結果にならなければ崩壊する恐れがある。
どちらに進むにしてもここは人生の転機だ。
「・・・」
言葉を出そうとして口を開いたが、なぜか言葉が出なかった。
答えは決まっているが、その答えをこの状況で出すことを躊躇ったのだ。
この状況で答えを言っても、なんだか言わされた感がないだろうか。
いや、明らかに彼女に言わされたとしか思えない状況だ。
彼女はそれでいいとしても、もしこの状況をリンディさんが知ったらどうするだろうか?
彼女は優しい僕に気を使って謝ってくるかもしれない。
そんなリンディさんに対して僕は負い目を感じて今まで通りの対応をできないかも知れない。
それはよくない。
容姿を許容され、貴族と言う立場を手に入れたおかげで彼女と交際する可能性があるのだ。
この状況で答えを出して負い目を作れば後悔することになる。
今までのたった二回の会話で彼女が僕を嫌った節はない。
それはつまり今まで通りに接すれば脈があるかもしれないということだ。
ダグラスさんの後押しや彼女に気を使われている面が多々あるが、それはこれから頑張っていけばいい。
「ゴホン」僕は咳払いをすると意を決して深呼吸をする。
その間、ミーファちゃんはジリジリと剣を首筋に近づけながら待っている。
「剣をしまいなさい。ミーファ副官。上官に対して失礼だ。」
僕は上司として彼女を叱咤した。
彼女は普段僕が出さない戦場での上官としての言葉に一瞬、目を見開く。
それから、反論しようと声を出そうとするが僕は一睨みでその口を塞いだ。
巨体で熊と恐れられる大男である僕が本気で睨みつければ大抵の人間は黙る。
昔、部下の扱いが気にくわなかった上官をこの眼力で有無を言わさず封じ込めたことがある。
僕の眼力はよほど効果があるのか。
ミーファちゃんは唇を噛み締めて剣を収めた。
僕の副官であるミーファちゃんは僕と戦うことの無謀さを知っている。
彼女の軍人としての実力は低くはないが、僕と比べれば大したことはない。
彼女が剣を持っていようと僕ならば素手で制圧できる。
「よろしい。先程の行為は見なかったことにしよう。」
「・・・はい。」
僕の判断に渋々ながら了承した彼女は憎々しげに僕を見上げてくる。
その瞳にはまた薄らと涙が溜まっている。
「ところで、これは上官としてではなく友人としての相談なんだが・・・」
僕が上官口調と睨みつけるのをやめて微笑みかけると彼女は視線だけで「何ですか?」と問いかけてくる。
彼女の中ではすでにリンディさんとの話は聞けないものと思っているのか。
もうすでに諦めモードに入っているように見える。
「僕がリンディさんとお付き合いがしたいって言ったらおかしいかな?」
その言葉を聞いて彼女は固まった。
それはもう面白いぐらいに固まった。
目を起きく見開いてこちらを見上げつつも考え事をしているのか一向に動かない。
僕は両手をブンブン振って彼女の目の前で動かすがそれに対するリアクションがない。
今ならば胸を揉んでも反応しないのではないかという邪な感情を抱いてしまう。
「おかしくないんじゃないですか? お互いに貴族ですし・・・」
数分後、ようやく動き出したミーファちゃんの答えは実にあっさりしていた。
「そうか。ちなみにミーファちゃんはリンディさんと親しいの?」
「ええ、まぁ・・・ 実家と揉めた時も力になってもらいまして・・・」
そう言って彼女はリンディさんとの出会いから実家と揉めた時に助けてもらったことまで話してくれた。
聴いた内容を要約すると、出会いは普通に夜会で話が合ったというもので、助けたいっても彼女の悩みを聞いたり相談に乗ってもらっただけでそこまで大したことはしていないように思えるのだが、そのことを話す彼女の眼は光り輝いていた。
どうやら、余程嬉しかったらしい。
僕のそんな感想を悟ったのかミーファちゃんは分かりやすくリンディさんを表現する。
「実家と揉めて、周囲から孤立無援となった私にとってあの方は絶対に来ないと思っていた援軍でした。」
その言葉に僕は納得した。
確かに、来ないと思っていた絶対絶命の状況でまさかの援軍の登場。
折れそうな心を支える材料としてこれ以上のものはない。
僕がリンディさんに対して本気じゃなかったことに対する彼女の怒りも分かろうというものだ。
「そうか。まぁ、僕がリンディさんのお眼鏡にかなうかどうかわからないけど。とりあえず、頑張ってみるよ。」
「隊長は素敵な方ですから大丈夫ですよ。」
こうして、僕はミーファちゃんに応援されてリンディさんとのお付き合いを目指して活動することにした。
「遠征に参加するんですか?」
翌日、僕は団長室に行く前に副官達と遠征の参加表明をどうするかを話し合っていた。
セオドリックさんと共に届けた資料の内容は地方にいる兵団との演習を行う上での人数や訓練法、それに伴う必要経費の算出だった。
それについて、僕は参加しようという発言をしたのだが副官達の顔色はあまりよろしくなかった。
「参加する理由は・・・ まぁ色々とメリットがあるんでしょうが、でもそれって以前の話し合いで別に必要ないって隊長も言ってませんでしたか?」
ガレット君がめんどくさそうに反論してきた。
確かに、僕は資料がこっちに来た時に地方への遠征は面倒くさいので行きたくないと言った。
騎士団の団長からは「お前の部隊はぜひ参加して欲しい」と言われているが、地方遠征は移動の時間が面倒だし、地方の兵団と僕達とじゃ実力差があるので合同演習をするメリットは向こうには合っても僕達にはない。
しいてメリットを言えば、『緑の騎士団』の実力はすごい!ということをアピールできるぐらいだ。
『緑の騎士団』内で最強と言われる僕の部隊が演習に出れば他の部隊に対して団長は鼻高々だ。
「まぁ、隊のメリットは新人が自信を持つぐらいか?」
ミゲルさんが一応、僕に有利なメリットを上げてくれるがその顔は訝しんでいる。
確かに、新人でもうちの隊の者ならばもうすでに地方の兵団の人達よりも上だろう。
そこで、今までの苦しい訓練を乗り越えた実感を新人達に持たせることができる。
だが、それはもろ刃の剣だ。
ここで自分たちの実力を知れば、さらに上を目指す者と現状に満足する者が現れる。
前者は問題ないが、後者の存在は厄介だ。
現状に満足した者に向上心はなく、それまでをピークにやる気が落ちて能力はドンドン下がっていく。
人間は真横に能力を維持できない。
常に上を目指す者が限界にぶち当たった時は横ばいだが、ピークに達していない者が努力を怠れば下がる一方だ。
そうなれば、我が隊の実力は確実に低下する。
その可能性を危惧して僕も参加を辞退しようと提案した。
だが、今は別の目的でこの遠征に参加したいのだ。
「だからさ、新人達を鍛えつつベテランである僕達も参加して新人にこうなるのが普通って教えてあげようよ。」
僕の言葉にミゲルさんとガレット君が嫌そうな顔をする。
僕の発言がいつも以上に厳しい訓練をしようと言っているのと同意義だからだろう。
そんな中でミーファちゃんだけがすまし顔だ。
彼女は別に厳しい訓練を嫌わない。
寧ろ、「山は上るものだ」とでもいう様に訓練をやり遂げて達成感を得ている。
そんなミーファちゃんだが今回の遠征には異論を示す。
「遠征の間に夜会があったりはしないんですか?」
だが、その異論の先にはどう考えてもリンディさんの一件が絡んでいるとしか思えない。
「ないから問題ないよ。」
「今なくとも、これからある可能性もありますよね? 遠征の途中に夜会があってリンディ様が出席してどこの誰ともわからない男が現れたらどうするのですか?」
僕の答えにまくし立てる様に間髪入れずに反論するミーファちゃん。
確かに、僕が夜会から帰る時に彼女は多くの人に囲まれていた。
もしかしたら、その中にリンディさんを狙っている人がいるのかもしれない。
「まぁ、その可能性はあるけど。だからって遠征には・・・」
「甘い。甘いですわ。」
僕の言葉を遮ってミーファちゃんは語り始めた。
上司の言葉を遮るという普段は見せない暴挙にミゲルさんとガレット君がミーファちゃんを見つめている。
そんな二人の視線を気にせずにミーファちゃんは語る。
「リンディ様を落とすと決めたのならばもっと積極的に動いてください。リンディ様に群がる男性は排除し遠ざけ、必要ならば消す覚悟を持ってください。」
などと恐ろしいことを言い出した。
どうしたんだミーファちゃん普段の冷静さはどこに置いて来てしまったのか。
というか、リンディさんを落とすってそんなことミゲルさんとガレット君の前で言わないでよ。
ほら、2人がこっちを見ているじゃないか。
「落ち着いてミーファちゃん。これは僕の作戦でもあるんだよ。」
だが、バレてしまってはしょうがない。
ここは僕の作戦を聞いて3人に協力してもらおう。
「作戦ってなんですの?」
ミーファちゃんは僕の言葉に興味を持ったのか話をやめて聞いてくれた。
ミゲルさんとガレット君も興味深げにこちらを見て話を聞く姿勢を作っている。
普段はこんなに真面目に僕の話を聞かない3人が一斉に僕を見て話を聞く気満々だ。
出来ればいつもこうであってくれるとありがたいのだが・・・
「ええっとね。実は・・・」
僕は夜会でのリンディさんとの約束の話を行った。
約束とは中庭で話した地方の郷土料理に関するもので、それを僕が食べたいとか、お土産をリンディさんに持って帰るという話だ。
「なるほど、そんな約束を・・・」
ミーファちゃんは感心しながら頷いているがこの約束、当初は社交辞令だと思って本気にしていなかったので約束を守るつもりがなかった。
だが、昨日一件でリンディさんとのお付き合いを目指すことを決めたのでお近づきになるために動くことを決めたので朝からこうして再度この話を議題に出したのだ。
「そういうことなら、参加しましょう。御二人も問題ありませんよね?」
僕の話に納得したミーファちゃんは早速、遠征の参加に同意して目の前にいる2人にも同意を求める。
2人は渋々ながら「そういうことなら」と参加を許可してくれた。
こうして、僕らは地方遠征に行くことになった。




