デイビー=ダビットソン⑦
ダンスが終わり、リンディさんと食事をしながら会話をしているが、落ち着かない。
理由は先程から周りの人達がこちらをジロジロと見てくるからだ。
リンディさんと僕。
美女と野獣の組み合わせがそんなに気になるのだろうか。
そんな視線にソワソワしているとリンディさんは申し訳なさそうに僕に「申し訳ありません。私と一緒のせいで・・・」とすまなさそうな笑顔を向けて謝罪してきた。
「こちらこそすいません。僕のせいで目立ってしまったようで・・・」
なぜ彼女が誤ったのか定かではないが、とりあえず僕も謝る。
そんな僕を見てリンディさんは困った顔を浮かべて考え込むと、何を思いついたのか「ここは落ち着かないので中庭に行きませんか?」と提案してきた。
僕は「少し待ってください」とお願いすると食事を大目にお皿に取り「お待たせしてすみません」と言ってリンディさんと共に中庭へと向かう。
僕が食事を大量に持っているのでさらに目立つが、すでに注目の的なので気にしない。
ここの食事は美味しいのだ。
僕の屋敷に料理人はいない。
そのため、使用人のメイド達が作っている。
一応、メイド学校があってそこを卒業しているので料理は一通りできるのだが、さすがに本職には遠く及ばない。
彼女達の専門は掃除に洗濯で、あとは子守にマッサージや化粧などらしい。
奥方のいない僕の家では残念ながらそのスキルは全くと言っていいほど意味をなさない。
なので、彼女達が実力を発揮するためにも僕は可愛い奥方を見つけなければならないのだ。
「外は涼しいですね。」
モグモグと食事をしながらリンディさんの後を追って中庭に出ると夜風が心地よく頬を撫でる。
「そうですわね。最近、夜は涼しくなってきました。でも、昼間はまだまだ暑い日が続きますわね。」
僕の言葉にリンディさんは夜空に浮かぶ月を見ながら答える。
その姿は月の光に照らされて美しいがどこか儚く見えるのは、彼女がホッソリとしているからだろうか。
1人でいる時の彼女は凛々しく一人佇むその姿は美しく妖艶で近寄りがたい雰囲気を醸し出しているが、話しかけるとニコニコと笑顔を振りまく優しい女性。
もしかしたら、普段のあの凛々しい佇まいは周囲の陰口に負けない強い自分を演出してのことなのではなかろうか。
こうして月夜に照らされている彼女は白く透き通る肌と月明かりで淡く光る金色の髪を持つ幽霊のように美しく虚ろに見える。
そんな風に思うのは、手足も長く美しいが少し細すぎるせいではなかろうか。
そういえば、リンディさんはこの前の夜会でもあまり食事をしていなかった。
今日もダンスの後にあまり食事を取っていない。
なんだか心配になった僕はそっと彼女の隣に立ってお皿に乗ったチキンを手にすると彼女の前に差し出した。
突如として出現したチキンを見て彼女は僕を見上げる。
「ああ、その・・・ 前も思ったのですがリンディさんはあまり食事を食べていないのではないですか? なんだか、心配でつい・・・。」
僕は差し出したチキンをどうすればいいのかわからず、視線を彼女から外して彷徨わせる。
そんな僕の手を彼女はそっと取る。
手が触れたので彼女を見下ろすとリンディさんはニッコリ微笑んで「頂きますわ」とチキンを受け取り食べ始めた。
そんな彼女の様子に安堵して僕もモリモリと食事をまた始める。
食事をしながらする会話の内容は『料理について』だ。
僕は家に料理人がいないことの不満や、ここの料理が美味しいので羨ましいと愚痴を言う。
そんな僕の不平不満をリンディさんは笑顔で相槌を打って聞いてくれる。
逆にリンディさんが話す内容は料理の種類やその内容だ。
食材や調理法、どこの郷土料理だとかを彼女は詳しくしていた。
どうしてそんなに詳しいのか尋ねると『国内の特産物を勉強する時に興味があったので料理の方も調べた』そうだ。
今では『紀行物の書物』や『使用人達の故郷の郷土料理の話』が彼女のマイブームだそうだ。
「いいなぁ~。僕も食べてみたいです。今度、遠征に行った時に食べに行こうかな。」
そんなことをいうとリンディさんは頬を膨らませて「ずるいわ。私も食べてみたいのに・・・」と羨ましそうにいうので「お土産買ってきましょうか?」と尋ねると「是非、お願いしますわ」と笑顔で返してくれた。
そうして、中庭での会話を終えた僕達は会場へと戻った。
会場に戻ると中庭へと姿を消した僕達に興味が失せたのか会場の視線は会場の中央であるダンスに向いていた。
僕達も壁際でダンスを見ながら適当に会話をするのだが、ダンスを見て行うリンディさんの手厳し指摘に半人前の僕は耳が痛くなってきた。
「デイビー。探したぞ。」
そんな時に助け舟として現れたのがセオドリックさんだ。
セオドリックさんはこちらに駆け寄ってくると僕の傍にいたリンディさんに気づいて挨拶する。
僕の陰に隠れてリンディさんが見えていなかったのだろう。
セオドリックさんは驚きつつも少し気まずそうにしている。
リンディさんもセオドリックさんを見て少し気まずそうにしている。
「これはリンディ様。お久しぶりです。」
「ええ、お久しぶりです。セオドリック様。マリア様とのダンス。見事でしたわ。」
だが、そんな気まずい雰囲気を瞬時に隠して2人は貴族らしく丁寧に礼をする。
付け焼刃の僕と違いやはり2人の所作は無駄がなく美しい。
先程、一瞬だけみせた気まずい顔色が嘘のようだ。
あと、今知ったけどマリアっていうのは多分、セオドリックさんが狙っている女性の名前だろう。
「いえいえ、私などたいしたことはございません。リンディ様のダンスは会場中を虜にしておりましたよ。」
セオドリックさんは謙遜して周囲に視線を向けて言い放つと周囲の人達もこちらに気づいたのか遠巻きにこちらを見ている。
「まぁ、私のような行き遅れのダンスなんて見て楽しいのかしら。お恥ずかしいわ。」
リンディさんは恥ずかしそうに頬を赤らめてどこから取り出したのか扇子を広げて口元を隠す。
「それは相手がデイビーでしたからでしょう。美女と野獣の組み合わせはどう頑張っても人目を引きますし、デイビーのダンスはお世辞にもうまいとは言えません。次の機会までにもう少しマシにしておきますので、その時はもう一度踊ってやってください。」
そうやって2人は知り合いなのか楽しげに会話をしながらも、セオドリックさんは僕とリンディさんのダンスの約束を取り付けようと試みている。
なぜ、そんなことをしようとするのかわからない僕は首を傾げる。
セオドリックさんは僕のたどたどしいダンスを見ていなかったのだろうか。
終始リンディさんにフォローされてやっと踊れていたというのに・・・
だが、リンディさんはその言葉に「楽しみにしておきますわ」と僕を見上げて楽しげに微笑む。
僕はどう返せばいいのか分からずにアワアワと慌てながらもなんとか「善処します」と返すことができた。
「それで、デイビー。俺はそろそろ帰るがお前はどうする?もう少しいるか?」
僕は質問に答える前に時計を一瞥すると確かにもう遅い時間だ。
夜会はもう少し遅くまで行われるが、僕も明日は仕事があるので帰ることにした。
「そうですね。明日も仕事があるので僕も帰ります。」
セオドリックさんにそう言った僕はリンディさんに向き直って「今日はありがとうございました」とお礼を言う。
リンディさんは「こちらこそ、楽しかったですわ。またの機会があればお話ししましょうね」と手に持った扇子を閉じてニコニコと笑う。
扇子が閉じられると口元の笑みが見えるのでなんとなく安堵するのはなぜだろう。
普段から扇子がある生活をしていないからだろうか、親しみやすい感じがする。
「そうか。では、ダグラス卿に挨拶をして帰ろうか。リンディ様では、失礼します。」
そう言って僕はセオドリックさんとダグラス卿の下へと向かう。
途中で振り返るとリンディさんは多くの貴族の人達に囲まれていた。
リンディさんは声をかけられると思ってなかったのか少し戸惑っている様子だったが、僕の視線に気づくと小さく手を振ってくれた。
それに対して会釈で返すと僕は前を歩くセオドリックさんの方に向き直り、そのままの足取りでダグラスさんに挨拶をしてから夜会を後にした。
帰り際のあいさつでダグラスさんに「君は押しが足りないな。それでは駄目だぞ。男は時に強引にいかねば女はついてこないぞ」と説教をされてしまった。
だが、その後で「娘と踊ってくれてありがとう」と感謝されてしまった。
僕は泣き出しそうな勢いのダグラスさんにどうすればいいのかわからずにアタフタしてしまう。
こうして、初めての夜会は幕を閉じたのだった。
「ではな。」
「さようなら、セオドリックさん。おやすみなさい。」
モルダン公爵家の馬車に乗ってセオドリックさんは帰って行った。
公爵家の馬車なだけあって4頭引きの大きくて立派な馬車だった。
僕も後から来たバルドラさんが購入した馬車に乗って帰るのだが、正直言って小さい。
僕の大きさが規格外なのだろうが購入した馬車は小さくて乗り難い上に狭いのであまり乗りたくないが徒歩で帰るわけにもいかないので仕方なく乗り込むのだった。
これは改造して馬車の乗り心地を良くする必要性がありそうだと案を練る僕だった。
翌日、午前中は普通に業務をこなし昼休みに食事を終えた後の休憩時間にミーファちゃんが鬼の形相でやってきた。
「訓練の成果はなかったようですね・・・!」
静かに、だが激しく炎のように燃えながらも氷のように冷たい空気を身に纏って彼女はそう言った。
その瞳はまるで『どうしようもないゴミ屑』を見つけて激怒しているように見える。
僕が何をしたというのだ。
「アレックス君から昨日の話は伺いました。また、リンディ嬢に気を使われたそうですね。おまけに、中庭に誘われた時に食事をごっそり取って出て行ったとか。ダンスの実力は付け焼刃なのでしょうがないとしても誘うまでにかなりの時間を要したとか。」
ミーファちゃんは何が気にくわないのか物凄くお怒りだ。
僕も以前と違い自分から話しかけたりしたし、話題も途切れなかったと思う。
料理やダンスは最後には誘えたので問題なのではなかろうか。
「夜会の作法は教えましたよね。女性は男性からのダンスの誘いを待っているのですよ。声をかけることにしたのならまずダンスの誘いからが基本でしょう。ただ話をしに来ただけだと『内密な相談事』がある可能性があるので話し相手にならねばならず色々と面倒なんですよ。」
と、ミーファちゃんのダメ出しは続く。
貴族は自分の家の不満を言ってはいけないらしい。
言うとしても同性に対してのみだそうだ。
理由は夜会が男女の出会いの場、もっとよく言えばお見合いの場だからだ。
なのに、当主が屋敷の不満を言えば口説かれている女性は『嫁ぎたくない』と思い嫌煙される。
食事もおいしい料理を用意するのは『私の家は裕福だ。お金がある。権力がある。優秀な人材がいる』というアピールであり食事はあまりしないのがマナーで食べるのは味付けや料理人の実力を測る為であるらしい。
そこでがっつく貴族は『食うものに困っている』と認識されて『貧乏』というレッテルを張られることになるそうだ。
「へぇ~、そうなんだ。」
僕は感心しながらミーファちゃんの話を聞く。
そんな僕を見ながらミーファちゃんは頭を抱えた。
「これらは、私やバルトラさんが夜会のマナーとして教えたはずですが?」
「え? そんなことは言ってないよ。」
ミーファちゃんの言葉に僕は2人のの言っていた夜会のルールを思い出す。
夜会でのルールその①
食事は少量を適度に取る。
「一番最初から全くできてませんよね。」
「いやいや、全部の料理を少量ずつ取ったから問題ないよ。だから、料理の種類が豊富だったけど7割ぐらいしか食べれなかったよ。」
ルールその①すら守れていないというミーファちゃんに僕は自慢気に答える。
そんな僕の答えを聞いてミーファちゃんはガックリと項垂れる。
夜会ルールその②
自分の家の問題ごとは自分からは言わない。
「料理人がいなくて、メイドが料理を作ってる。っていうのは問題じゃないよね?」
「料理が美味しくないというのは?」
「リードザッハ家の料理人と比べたら大半の家の料理はおいしくないんじゃないかな?」
僕の回答に満足したのかミーファちゃんはそれ以上は口を開かなかった。
でもなんでだろう。彼女の眼には明らかに僕に対する侮蔑の感情が見える。
夜会のルールその③
お近づきになりたい。花嫁候補の女性に話しかける時はダンスをすることを前提で行う。
「曲が途中の時や自己紹介などはともかく、ダンスに誘わないのに長々と話をしたら独身の方は相手を探せなくて困るでしょう。」
「それなら、そう言ってくれればいいのに・・・」
「そんなことしたら、『あなたはお断り』と遠回しに否定していることになるでしょう!」
ミーファちゃんは項垂れていた体を起こして前のめりになって叫ぶ。
「いや~、リードザッハ家の令嬢相手に僕なんかじゃ不釣り合いだって誰が見ても分かるから問題ないんじゃないかな?」
僕のその言葉にミーファちゃんは凍りついたかのように動かなくなった。
「え・・・? リンディ様を狙って話しかけたんじゃないんですか?」
少ししてようやく動き出したミーファちゃんはそんなことを言い出した。
「いやだな~。つい最近、平民から準男爵になった僕にリードザッハ家の令嬢がお嫁に来てくれるわけないじゃないか。それぐらい僕だって分を弁えてるさ。」
武闘派貴族をまとめあげるリードザッハ家のご令嬢に成り上がりの準男爵如きが求婚だなんて笑い話もいい所だろう。
バチン!!
そう思っていた僕の頬をミーファちゃんが平手打ち。
「あなたは何もわかっていない!」
その言葉を最後にミーファちゃんは食堂を後にした。
いつも冷静なミーファちゃんらしくない怒りを顕わにした態度に瞳には涙を溜めていた。
何がどうなったのかわからず、僕は熱く腫れあがりそうな頬を抑えてその場を動けなかった。




