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熊と狩猟乙女  作者: 魔王の善意
熊編
6/41

デイビー=ダビットソン⑥

王子のもとを離れた僕達は続いて財務の長であるタルトリア公爵家の当主に挨拶に向かった。

タルトリアの当主はダグラスさん以上に御歳を召しており深い皺と豊富な髭を蓄えていた。

僕はアルコット家の令嬢であるミーファちゃんがいる部隊の長なので何か言われるかと思ったがタルトリアの当主は終始厳つい顔つきだったが、特に何も言われなかった。


「何か言われるか冷や冷やしましたが、話題に出なかったら出なかったで怖いですね。」


次の外務の長であるパティルド公爵家の代表に行く間に少し話をすることにした。

不安を払拭するために何かいい情報を聞き出したかったのだ。


「あの人はいつもあんな感じだから表情から情報を読み取るのは難しいけど。特に気にしていないんじゃないか?見ての通り御歳を召しておられるからな。本人は引退したいらしいけど、国王様が頼りにしている重鎮でな。引退後に田舎で隠居生活を送ることに反対して引き留めているらしいぞ。次期当主は父親がいると仕事をサボれるってんで特に異論はないそうだ。」


と、タルトリア家の内情を教えてくれる。

なるほど、隠居したい現当主と仕事嫌いの次期当主ならばアルコット家の家庭の問題も面倒なので積極的にかかわってくることはないだろう。

不安が解消された僕は次のパティルド家の代表に安心して会いに行った。


「初めまして、当主代理のアンディと申します。」


パティルド家の代表は当主でも次期当主でもなかった。

見た目からしてアレックス君と同じぐらいかそれよりも下の印象を受ける。

こちらも挨拶を返すとアンディさんは困ったような顔で「まだ成人していない僕なんかで申し訳ありません」と15歳にも満たないことを自ら語った。


「仕方ないでしょう。パティルド家は外交や外務担当ですからな。基本的に我が国のために国外か国境付近で仕事をしておられる。おかげでこちらは助かっています。」


セオドリックさんはそう言って頭を下げる。

その言葉を聞いてアンディ君は「そう言っていただけると助かります」と頭を下げて恐縮そうにしている。


「それにしても、噂の『狂乱鮮血熊バーサークブラッドベアー』さんにお会いできて光栄です。」


そして、僕に握手を求めてくる。

もちろん握手には応えるが何がそんなにうれしいのだろう。

というか、その異名で呼ばないで欲しい恥ずかしいし不名誉な異名だ。


「外交の際にあなたの様に他国にまで名を轟かす人がいると強気な態度に出れるのですよ。」


そんな僕の気も知らず、アンディ君は知りたくもなかった事実を突きつけてきた。

どうやらあの異名は他国にまで届いているらしい。


「そういうことなら我が国には『大騎士アークナイト』がいるではないですか。僕なんて大したことありませんよ。」


と我が国の最強にして最高の騎士の名を出す。

だが、アンディ君は「あれは世襲制なのであまり効果がないのですよ」と苦笑いを浮かべる。

王国最強の騎士団『青の騎士団』の団長は大騎士アークナイトと呼ばれる異名を手にし我が国最強にして最高の騎士の座にある。

昔は活躍した騎士にその名を与えたらしいが、現在は世襲制で『青の騎士団』の団長がその名を名乗ることになっている。

だが、『青の騎士団』の団長になるには国王主催の武道大会で優勝する必要があるので決して実力がないわけじゃない。

大会出場にも一定の戦績がなければ出られないので戦場に行って帰ってきている列記とした戦士だ。


「まぁ、実力や実績よりも見た目のインパクトだけでもデイビーは話題になるからな。話題に上げやすいのさ。」


セオドリックさんが嬉しくもないフォローをしてくれる。

まぁ、確かに見た目だけでも目立つのに実績まで作ったので話には出しやすいのだろう。


「できれば、頻繁に実戦に出て猛威を振るっていただけるとありがたいのですが・・・」


などとアンディ君は恐ろしいことを言い出した。


「そんな武名の安売りは逆に価値が下がる。最終兵器として出し惜しむから価値があるんだぞ。」


それに対してセオドリックさんは出し渋ることに対することで価値を上げる案を提示する。

だが、その案にはアンディ君はあまり好印象を持たなかった。


「そう言って戦に出ないから『青の騎士団』はお飾りだと言われるのですよ。」


その言葉にセオドリックさんも「まぁな」と視線を離して溜息をつく。

そう『青の騎士団』戦場にあまりたたない。

というか僕が軍人に入って以降はまだ一度も戦地に赴いてない。

僕が武名を上げ戦いにも彼らは出撃しなかった。

その為だろう。


以前の戦いで昇格して有名になった僕は『青の騎士団』の人達に良い印象を持たれていない。

まぁ、その理由の一端がミゲルさんのいる部隊の隊長からなのかもしれないが、ただ遠くから睨まれたり聞こえよがしに陰口を言って来るので正直面倒くさい。

今の所は問題は起きていないが、部下達も良い思いはしていないらしくミゲルさんを筆頭にして「喧嘩を売ってきたら買う」という態度でいるので騎士団長や副団長は頭を抱えている。

だからといって団長や副団長は僕に何も言ってこないのは、僕が主導でないこととそこまで切迫した事態ではないということだろう。


「なら、今度戦が起こる時は『青の騎士団』を出せばいい。確かデイビーの昇格を妬んでる奴がいるんだろう?実績を作る機会をくれてやればいいんじゃないか?」


セオドリックさんは冗談で言っているのであろう。

おどけた態度でそう言って周囲を見る。

周囲には先程の話を聞いていたのであろう『青の騎士団』所属の貴族の子弟たちが慌てて顔を背ける。


「そんな話があるのですか。それは知りませんでした。兄達に相談してみます。」


アンディ君は目から鱗の新情報に飛びついた。

軍内部の情報に疎いのか国外の情報収集で忙しいのかどうやら知らなかったらしい。

その話を最後にアンディ君とは別れた。


その後はセオドリックさんと共に彼に挨拶に来る貴族達に挨拶をさせてもらった。


「今ので最後だな。挨拶はこれで終わりだ。ではまたな。」


挨拶回りが終わったセオドリックさんは早速、お目当ての令嬢のいる方に歩いて行った。

一人取り残された僕はついていくわけにもいかず、周囲を散策しながら適当に食事を始めた。

飲み物は使用人の方が持って会場内を歩いているが、食べ物はビュッフェ形式なので取りに行かなければならない。

おいしい食事に舌鼓をうちながら会場のあちこちを回り僕もどこかに綺麗な令嬢はいないかと歩き回る。

夜会とは貴族が男女の出会いを求める場だ。


僕も綺麗なお嫁さんをゲットするために頑張ろうと思うのだが、やはり外見のせいだろうか。

視線が合わない。

1人でいる人は僕を見ると逃げ、集団でいる人達には話しかける勇気がない。


どうしようかと途方に暮れる僕が見つけたのは1人で壁に佇む女性。

しかもおそらくは話しかけても逃げないだろう人。

このまま一人でいてもつまらないので勇気を持って話しかけることにした。


「リンディさん。お久しぶりです。」


僕は使用人の方から飲み物を2つ受け取って一つを彼女に差し出した。


「ありがとございます。頂きますわ。」


僕の手から飲み物を受け取ると一口飲むと微笑んだ。

1人でいる時は凛と佇んで近づけない雰囲気のある人だけど近づいてみると笑顔を振りまいてくれるのでこちらとしては会話がしやすいので大助かりだ。


「今日のお召し物は前の物と違って落ち着いていますね。」


衣装を褒め手はいないが話題に出すことには何とか成功した。

これも女性隊員達との訓練の成果だろう。


「ありがとうございます。今日は弟がメインですので落ち着いた色の服にしたのですけどどうでしょうか?」


彼女はそういうと壁から離れてこちらに向いて左右に揺れて嬉々としてドレスを見せつけてくる。

前王太子の事件のせいで悪い噂の流れた彼女は周りから孤立しているので話し相手がうれしいのだろう。

屈託なく微笑むその笑みは見ていると彼女の嬉しさが伝わってきて気持ちがいいが、普通の人は逆にそんな素敵な笑顔を自分に向けてくる理由に彼女の立場の悪さを感じ取ってしまうのだろうが、僕は能天気なので全く気にならない。


「そうですね。この前の服よりもそう言った落ち着いた服の方が似合っていると思います。」


僕としては胸元が前のドレスよりも開いていないので以前より安心してみることができる今のドレスの方が好みだ。


「本当ですか?」


僕の言葉がお気に召さなかったのか少し不安気に首を傾けるリンディ嬢。

お世辞だと思われたのか、お気に召さなかったのか、彼女自身は前の服の方が好みなのかは分からないが僕は精一杯彼女を褒めることにした。

胸元があまり開いていないのが一番の理由とはいえ僕はそのドレスの方が似合っていると思ったのは嘘ではない。


「ええ、衣装に合わせたイヤリングやネックレスとも相まって可愛いと思いますよ。はまっている宝石はルビーですか?」


僕はそう言って身に付けている装飾品を見ようと背を屈めた。


「そう言っていただけると嬉しいわ。これはガーネットよ。」


リンディ嬢はそう言って微笑むとガーネットのはまったネックレスを近づいて見せてくれる。

あまり近づくと胸元が近くてドキドキするのでやめていただきたいが、逃げると嫌われていると誤解されかねないので逃げるわけにはいかない。

近づくとリンディ嬢からは甘い香りがしてくる。

香水の香りだろうか。

何とも言えない甘い香りが気になってしまうのだが、女性の匂いを嗅ぐなど失礼極まりないのでガーネットを拝見する。

確かに見事な赤い輝きを放つガーネットだ。

僕は商家の生まれなので一応は宝石の区別がつく程度には鍛えられているのだ。

ガーネットを確認すると身を離す。


「確かに美しいガーネットですね。実家が商家なのでこう見えても目利きはできるはずなのですがお恥ずかしい。」


僕はそう言って一目見てわからなかった自分を恥じる。


「ふふふ。仕方ないわ。デイビー様は背が高いから見えずらいのよ。」


そんな僕を優しくフォローしてくれるリンディさん。

その後、2人で他愛もない会話を続ける事が出来たのはミーファちゃん達のおかげだろう。

ただ気になるのは彼女は会話の途中で会場の中央を見つめることがあることだ。

会場の中央では皆がダンスを踊っている。

彼女につられて僕も会場の中央に目をやるとセオドリックさんが目当てじゃない女性と踊っていた。

その女性は確かセオドリックさんのお目当ての女性と会話をしていた女性だ。

ただセオドリックさんは笑顔を浮かべて会話をしているので、もうすでにお目当ての女性とは一度踊ったのかもしれない。


(あれ・・・? もしかして、これは誘えという合図なのかな?)


そんなこと思いながらリンディさんを見ると彼女は僕を見上げていた。

僕が視線に気づいて微笑むとまた会場の真ん中に視線を戻した。


(やはり誘われるのを待っているのだろうか・・・)


そう思うのだが、僕なんかがリードザッハ家の令嬢をダンスに誘って大丈夫なのだろうか。

そんな不安を抱いていると突き刺さる視線を感じたので振り向くとダグラスさん夫妻がジッとこちらを見ていた。

ダグラスさんは僕が視線に気づいたことを悟って顎で指示を出してくる。

指示の内容は「行け」だけだが、そこは皆がダンスを踊る広間の中央だった。

リンディさんのご両親であるダグラスさんとミッシェル夫人の許可を得たと感じた僕は彼女をダンスに誘うことにした。


「こういった場所でのダンスは初めてなのですが、よければ一緒に踊ってくれませんか?」


手を出しつつも、緊張して擦れるような声で言ったその言葉に彼女は「喜んで」と微笑んで手を握ってくれた。

僕はリンディさんと共に次の曲を待ってから中央に向かうのだった。


次の曲が始まり、僕はリンディさんと共にダンスを踊る。

ここ2カ月ほどで身に付けたダンスは拙く、僕は会話すこともできずに必死に踊る。

そんな僕をリンディさんは「大丈夫ですよ」と言って支えてくれる。

これではどちらがリードしているのか分からないが、何とか恥をかかずに踊りきることができた。


終わった後に周囲を見るとセオドリックさんがお目当ての彼女と踊った後だった。

他にもアンディ君やアレックス君にソフィア嬢、ダグラスさん夫婦までもが踊っていたようだった。

だが、やはり一番目立ったのは僕らだと思う。

だって、周りの視線が突き刺さるもの。


そりゃ、会場で一番背の高い大男とリードザッハ家の令嬢が躍れば話題にもなるだろう。

リンディさんは王太子のせいで変な噂も流れているし、僕は先の戦いで名を挙げて変な異名を持っている上にダンスはたどたどしかったのだ。

この日のダンスの話題は僕とリンディさんがかっさらったらしく周りはヒソヒソと僕達を遠巻きに見ているのがわかる。

遠くを見ればダグラスさん夫妻は「よくやった!」とでも言いたげにこちらに向かって『グッジョブ』のサインを出している。

ダンスが終わったリンディさんは「動いたらお腹がすきましたね。何か食べましょうか」と言って食事に誘ってくれたので喜び勇んで後について行く。

そして、残りの時間は全て食事と会話につぎ込んだ僕だった。

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