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熊と狩猟乙女  作者: 魔王の善意
熊編
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デイビー=ダビットソン⑤

そんなこんなで夜会の日がやってきた。

休日にバルトラさんの訓練に加えて、仕事の合間を縫っての女性になれる訓練のせいで精神的にも肉体的にもクタクタで正直行きたくない。


「何を言っているのです。何のために貴重な時間を割いてまで訓練に付き合ったと思っているのです?」


ミーファちゃんは相変わらず厳しく叱咤してきた。

確かに、つきあって貰ったことには感謝している。

だが、僕はお礼は言わない。寧ろ、感謝して欲しい。

なぜならば、女性隊員達への贈り物を使った会話上達作戦は女性隊員による『欲しい物入手作戦』へとその姿を変貌したからだ。

彼女達は僕を使って『手に入らないけど欲しい。もしくは気になっている物』を手に入れようとしたのだ。

それは高価な物だったり、入手の難しい物だったり、立場上買えなかったりと色々な理由がある。

その中でも最も多かったのがやはり『貴族専門店の品』だった。


この世界には『貴族専門店』が存在する。

貴族と平民の人数でいえば圧倒的に平民の方が多いのだが、選民主義者や貴族上位主義者などはもちろん。そう言った人達と仲良くなりたい貴族が贈り物として購入することもあって一定以上の安定した収入を得ることのできる専門店だ。

おまけに、貴族相手ならば『ケチらない』『即決払い』と平民と違ってお金の払いがよく金銭面で揉めることがない。

なにせ、相手は貴族専門の店なのだ。

お客様は貴族のみ。

そして、揉め事を起こせば貴族の間にあっと言う間に広まって噂話のネタにされる。


体面を気にする貴族にとって『お金を出し渋った』という噂は経済力や統治能力がないなどの不名誉な噂になるので安易には起こせない。

そんなわけで、安全安心な経営できる。

が、もちろんその分高級品を扱わなければならない。

そう言った店は一度でも『粗悪な品を買わされた』とクレームがあれば倒産の危機に遭うのだ。

貴族がお金をケチらない分、金額相当かそれ以上の品を提供しなければならないプレッシャーがあるので実家ではそう言ったお店は経営していない。

いい品をできるだけ安くをモットーに手堅い商売をしている。

ただ、うちの店が安定して利益を上げているのは父の兄であるモルダン公爵家御用達の店だからだろう。


兄とモルダン公爵家の嫡男であるセオドリック卿は仲がいいので下手なことをしない限りは代替わりしてもその地位は安泰だ。

脱線してしまったが、話を戻すとそういった平民での子達じゃ立場上買えない品を買うことになったのだ。

無論、「訓練に付き合って貰う代金としては高すぎる!」と抗議を上げた。

女性陣一同からは非難の声も上がったが用意周到なミーファちゃんは予めこの事態を予想していたのだろう。


「さすがに貴族御用達のお店の品は高いので1人最大この金額で残りは自腹を切りましょう。」


という提案をしてくれた。

最大金額は「少し高くない?」という金額だったのでミーファちゃんと数人の女性隊員代表とバルドラさんを交えての会議にまで発展したのは予想外だった。

バルドラさんは終始紳士な態度だが、我が家の経済状況を説明して何とか女性陣の理解を得る形で値引きを果たした。

僕一人ではここまでの値引き交渉はできなかっただろう。

バルドラさんには感謝してもし足りない。

思った以上の値切り交渉に女性隊員達は面白い顔をしなかった。

だが、我が副官であるミーシャちゃんはその交渉に一つの条件を提示してきた。

その内容は『気に入った品があった場合はお金は払うので代わりに買ってきて欲しい』というものだった。


最初、その言葉の意味を理解できなかった僕は「なぜそんな条件?」と首を傾げたが、交渉時にバルドラさんは「屋敷の使用人とお友達になってその者を通してくださるなら」と条件を付けたして彼は使用人と女性隊員とのお茶会を提案する。

その意味不明な提案をミーファちゃんは快く快諾した。


「気の利いた執事さんですね。」


ミーファちゃんは帰り際にそう言って屋敷をあとにした。

僕としては意味不明なミーファの条件を受ける代わりに更なる値切り交渉をした方がよかったと思うのだが・・・

そんなこんなもありうちの女性隊員と使用人は顔見知り程度になっている。


「そういえば、購入して来てほしいって条件は必要だったのか? あれ以来、そういう話は来てないけど。」


僕が何気なく聞いた質問にミーファちゃんは「あなたを通さずに使用人に直接お願いしていますよ」と返事が返ってくる。

なるほど、ということはどうやら送った品を使っているのだろう。

そういえば、交渉後に消耗品や貴族御用達のスイーツの要望が多くなった。

今にして思えば、それを定期的に購入するためにミーファちゃんはあんな要求を出したのだろう。

実家と離縁している彼女は現在、そう言ったお店での購入ができない。

そんなことをすれば実家を頼ることになるからだ。

だが、欲しい物があったのだろう。

それを手に入れるために女性陣との対話の練習を出してきたのかもしれない。

そう考えるとあの提案は僕の為でなくミーファちゃんの個人的な事情ではなかったのかと勘ぐってしまう。


「なんですか?」


僕の視線から何かを感じ取った彼女はこちらを一瞥して尋ねてくる。

心が読まれたのだろうか。


「いや、今日の夜会のことでアドバイスを貰えないかと・・・」


僕は無難な方向に話をして逃げた。

ミーファちゃんは「ありません」と振った話題を一刀両断。

まぁ、今まで散々やってきたので今更新しい情報はないだろう。

今夜の夜会はリードザッハ家主催なのでアレックス君もいることだし、そこまで不安になることはないはずだ。

うん。

ないはずだ。


「アレックス君の所に行ってくる。」


僕はそう言って執務室を後にした。

副官のミゲルさんとガレット君はそんな僕を「意外と気が小さいですね」と笑い、ミーファちゃんは「戦場では頼りになるんですけどね」と溜息をつく。

戦い以外では役立たずで申し訳ない。


そんなこんなで夜会に向かう。

夜会の会場はリードザッハ家の本邸で行われる。

というか、別邸ですら150人規模の宴が行えるのに本邸の会場はそれ以上だった。

軽く見積もって倍の広さはある。

もしかしたらそれ以上に広い。

そんな広さ以上に本邸の会場は豪華だ。

初めての夜会がこんな大舞台で大丈夫なのだろうか。

「夜会初心者の僕にはもっと小さな舞台から経験を積んでこないといけないのではないのか」と思ったがだからと行って引き返すことはできない。


早速中に入った僕に周囲から視線が集まる。

まぁ、巨体で目立つからいつもの事なので気にならないと思っていたがなんだかコソコソと話をしているので非常に気になる。

不審者と間違われているのだろうか。


「やぁ、君も来てたのかデイビー。」


そう言って声をかけてきた主の方向を振り向くと従弟のセオドリックさんがいた。


「セオドリックさんも来てたんですか。」


内政方面の貴族を束ねるモルダン公爵家が武門の長であるリードザッハ家と仲がいいだなんて知らなかったなと感心するが、セオドリックさん曰く、それぞれの部門を総べる長同士はきっちりと縄張りを決めるためにも話す機会が多く対立しないためにもある程度懇意にしているらしい。


「ああ、今日は次期当主たるリードザッハ家の嫡男が騎士学校を卒業して軍に入ったからそのお披露目さ。正式に軍隊に入って日は浅いが訓練にはついて行っているからな。次期当主として広く顔を売りたいんだろう。」


そういってセオドリックさんは今回の夜会の趣旨を説明してくれる。

聞いた話では財政、外務を総べる公爵家も参加している上に次期王太子と目される12歳の王子も参加するとか。

これは顔を売るチャンスだ。


「セオドリックさんも一緒について来てください。」


「男のエスコートはお断りしたいが、父にも頼まれているし仕方がない。挨拶だけ一緒にいてやるが終わったら別行動だぞ。以前から狙っている令嬢が来てるんだ。」


セオドリックさんはそう言って視線を狙っている令嬢の方を向いた。

その令嬢は他の令嬢と楽しげにお話をしている。

セオドリックさんは「水色のドレスの人だ。お前は声をかけるなよ。怖がられたら厄介だ」と釘を刺された。

そうこうしている内に夜会が始まる。

夜会が始まると早速セオドリックさんと一緒に夜会の主催者であるリードザッハ家の当主であるダグラスさん達に挨拶をしに行く。

今日は息子がメインだからか先頭をアレックス君が歩きリンディ嬢、ソフィア嬢の2人をエスコートしている。

その後からダグラス夫婦が歩いてくる。


僕とセオドリックさんはそんなリードザッハ家御一行へ挨拶をするための列に並ぶ。

本来は爵位の順に並ぶので僕は最後の方だがセオドリックさんと一緒なので王子と財政、外務の代表貴族様の後だ。

これはモルダン公爵家が財務や外務の家より立場が低いのではなく、会場に入った時に予め話し合って決めていたらしい。

今回は親戚である僕を紹介する関係上、後回しにしたらしい。

僕が『緑の騎士団』第三隊の隊長でアレックス君の上司なので挨拶に時間をかけた場合、一緒にいるモルダン公爵家より立場の下の貴族はともかく同格の貴族では面倒になる可能性があるからだそうだ。

そんな話をしているうちに手早く挨拶を済ませた他の方々に続いて挨拶を行う。


「お久しぶりです。ダグラス卿。今日は父の代わりに私が参りました。」


そう言ってセオドリックさんはダグラスさんと挨拶を交わす。

ダグラスさんはにこやかな笑顔で挨拶を返す。

セオドリックさんは次に夫人、アレックス君へと挨拶をして2人の令嬢にも軽い挨拶を終えると僕を紹介してくれた。


「ほう、デイビー君はモルダン公爵家の親戚なのかね。」


なぜ、僕が一緒だったのかという疑問が解けてリードザッハ家の方々は驚いていた。


「はい。セオドリック様にはいつもお世話になっております。」


そういって軽く挨拶をするとダグラスさんは「この前はすまなかったね。お詫びに今度は部隊全員を連れてくるといい歓迎するよ」と言ってくれた。

さすがにそれはまずいので遠慮した。

社交辞令だとわかっていても恐縮してしまう。


「デイビーは貴族になって3か月も経つのに、未だに貴族の知り合いが出来ないと嘆いておりますのでどうか懇意にしてやってください。」


セオドリックさんのその言葉にダグラス卿は「うむ」と頷き、アレックス君は「私がいるではないですか」と笑っていた。

確かに、リードザッハ家の次期当主と知り合いだなんてかなり有利なんじゃないだろうか。

今更ながらにそんなことに気がついた僕をダグラス夫婦はコロコロと笑う。

ダグラスさんはアレックス君に「お前をまだ部下としてしか見ていないということだろう。これからは貴族としても立派に成長せんとな」と背中を叩いた。

確かに貴族としてよりもアレックス君は新人の部下という印象が強い。

だからといってこの態度を変えると部内の規律が歪む恐れがあるのでそれはできない。

アレックス君には同格か副官ぐらいまで成長してもらわないと貴族の知り合いとして接することは難しいだろう。


「今日はアルコット家の令嬢は一緒じゃないのかね?」


ダグラスさんの言葉に少し驚きつつ周りを見る。

アルコット家の令嬢とはミーファちゃんのことだ。

彼女は離縁しているのでこういった貴族の開く夜会には出ない。

それに、以前に彼女が僕の部下だとバレた時に貴族から嫌がらせを受けたことがあるのでできることならそのことは広めたくないのだ。


その時は彼女を別の部署に動かそうという話もあったがミーファちゃんは「実家からの圧力には屈しません」と頑なに嫌がったのでセオドリックさんに相談して事なきを得ているが、他の場所からも圧力がかかるとまた面倒になる。

それに今は僕も貴族の一員だ。

今度はセオドリックさんやモルダン公爵家の力は借りられない。

そんなことをすれば当主が軍人のダビットソン準男爵家は内政派閥のモルダン公爵家の傘下ということになり最悪はリードザッハ家と揉める可能性がある。


「ダグラスさん。彼女の家の事情を承知ならそのことについてはご内密にお願いします。」


などと僕がお願いしたところでもう遅い。

近くにいた貴族達はダグラスさんの話を聞いてアルコット家の令嬢について話し出した。

聞き耳を立てずとも聞こえてくるその内容に僕は胃が重たくなった。

僕の家に圧力をかけに来るかもしれにない。

どうしようかと僕が頭を抱えたところでダグラスさんが口を開いた。


「おお、そうだったな。アルコット家の問題は家族の問題だ。ここで話すことではないな。だが、先日会った時に話したがワシは個人的に彼女に好印象を受けた。何かあれば力になるとまで言ってしまったよ。ハハハ。」


ダグラスさんの笑い話に会場で噂をしていた人たちの言葉が止んだ気がした。

いや、一瞬だけ止んだがその後にまた何かを話始めた。

それを見てセオドリックさんは僕の肩を叩いて「良かったな」と呟くがその言葉の意味が解らない僕は「何がですか?」と尋ねてしまった。

セオドリックさんは溜息をつきながら「ダグラスさんはアルコット家の令嬢への嫌がらせはリードザッハ家が対処すると公言してくださったんだよ」と補足してくれる。

さっきのやり取りだけでは何のことだかわからないのでそう言って言葉してくれるとありがたい。


「すみません。ありがとうございます。」


僕は頭を下げてお礼を言うとその場を後にした。

その後もセオドリックさんに続いて王太子候補のリチャード様に会いに行く。

12歳のリチャード様は幼くて可愛らしい。


「初めまして、リチャード=ベルリック・フォン・アーカイブです。」


軽く一礼するとリチャード様は挨拶を返してくれる。

その後にセオドリックさんが挨拶をしてその後に僕を紹介してもらう。


「これが噂の熊ですか。大きいですね。」


リチャード様は興味深そうに僕を見上げる。

普通の子供が僕を見るとその大きさと迫力で泣き出してしまうのだが、さすがは王太子候補だけあってそんなことはない。

以前までいた王太子殿には合ったことはないが、この子がこのまま真っ直ぐに成長すれば我が国は安泰そうだ。


「何なら乗ってみますか? デイビーの上は見晴らしがいいですよ。」


などとセオドリックさんはそんなおふざけを言い出した。

王子の前でも堂々としているセオドリックさんと違い僕は恐縮して縮こまっているというのに何を言い出すのか。


「よろしいのですか?」


そんな僕に対してリチャード王子は何を思ったのかこんな場所で「ぜひお願いしたい」とでも言いたげにこちらを見上げる。

セオドリックさんも冗談のつもりだったので言葉には出さないが顔には「えっ?」と書いてある。

キラキラとした純粋に煌めくその瞳を前にどう断るべきか迷う。

セオドリックさんを見れば「ごめん」とだけジェスチャーを返すだけだった。


「ここは宴の席ですのでまたの機会にいたしましょう。」


僕は王子にそう言って逃げることにした。

王子は「ダメなのですか?」とひどく残念そうに落ち込むが周りにいた使用人達が「あぶのうございます」と言って止めに入ってくれる。

だが、王子は諦めきれないのか僕を懸命に見つめる。

捨てられた子犬のような眼で見つめられて仕方なく「少しだけですよ」と言って屈んでしまう僕だった。

それを見た王子の使用人達はこちらをすごく睨んでくるが、王子は嬉々として乗ってきた。

僕は王子を肩車して立ち上がり、周囲を見る。


「おお!すごい高い!」


目線が違うことがうれしいのか王子は大はしゃぎ。

僕の周囲には使用人が取り囲み落ちないか心配している。

セオドリックさんも心配そうにこちらを見上げる。

そんな視線に居た堪れなくなり、少しだけだという約束だったのですぐに降ろす。

残念がるかと思ったが王子は素直に降りて「大変貴重な経験をありがとう」と満足げな顔を浮かべている。


「それでは我々はこれで失礼します。」


セオドリックさんに続いて僕も挨拶をしてその場を後にする。

だが、去り際に王子は「続きはまたの機会にな」という言葉をかけてきた。

どうやら、これで終わりではないようだ。

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