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熊と狩猟乙女  作者: 魔王の善意
熊編
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デイビー=ダビットソン④

庭影に不審な影がある。

その報告をガレット君から耳にすると現在の状況を尋ねた。


まず、庭影に不審な人物がいること。

隊員内で伝言を行いこっそりと全員に警戒態勢を取らせていること。

ミゲルさんが数人の隊員と共に庭側で見張りとして立ち、そちら側に使用人が行かない様にしていること。

ミーファちゃんは隊員達と共に非戦闘員を中央と壁しかないステージのある方に固めていること。

よく見れば僕とダグラス夫妻を囲む様に隊員達が集まっている。


どうやら、僕の指示を待たずして迅速に行動を起こしてくれているようだった。

隊長の僕はガレット君から受けた情報をダグラス夫妻に提示して中央の場にいてもらうことをお願いすると共にこんな事態を招いたことに謝罪した。

おそらくは、僕達を招き入れたことが原因だろう。


「なに、気に病むことはない。それに君たちが居れば問題ないだろう。」


ダグラスさんはそう言って微笑むと僕の背中を叩いた。

さすがは歴戦の将。

この事態にも落ち着いたものだ。

ダグラスさんは怯えるミッシェル夫人を連れて会場の中央に避難した。


「アレックス君。行こうか。」


「・・・はい!」


僕はアレックス君を伴なってミゲルさんのいる場所へと向かった。

ガレット君には念のために反対側の窓方面と玄関方面の指揮を任せる。


「どんなようすだ?」


「物陰に隠れて正確とは言えないが恐らく数は8人。全員が短剣を所持しているな。目的は不明だ。」


ミゲルさんが集めた情報を開示してくれる。

この暗闇でよく見えるものだ。

日が沈んだ後の時間に集まったとはいってもリードザッハ家の用意してくれた会場はそこ彼処かしこに明かりが有るので目が闇に慣れていないだろうに、副官が優秀だと僕は楽ができるので感謝だ。


「じゃ、アレックス君。日ごろの鍛錬の成果を見せてもらおうか。」


僕はアレックス君を見てそう呟くと彼はなんだかキョトンとした顔をしている。


「2人で行くのか?」


「さすがに一人で囮は無理だろう。」


ミゲルさんの言葉に僕はそれが確実だと答える。

アレックス君は言葉の意味を理解したのか気合を入れる。


「あんまり力むとバレるから気をつけて。」


と、僕が釘を刺すと彼は「すみません」と言ってしょんぼりしてしまう。


「じゃ、何かあったらよろしくね。」


と、隊員達に指示を出すと僕とアレックス君はお酒を手にして庭に出た。

リードザッハ家には手入れされた美しい庭があるのだが、その陰に隠れて不審な侵入者がいるのでその美しさを存分に堪能できない。

僕は庭に出ると緊張しているアレックス君に話しかける。

隊内の雰囲気や上司の態度などはどうかと何気ない会話を心がける。


相手に「自分たちの存在が僕達に気づかれていない」と思わせるためだ。

相手の狙いが何かは分からないが会場の周辺をうろついているということは狙いがリードザッハ家への復讐が一番考えられる。

パーティーを台無しにするだけでもリードザッハ家の名を地に落とすことができるので襲いに来るまで待っていてもいいがそれでは誰が襲われるのかは分からない。


ならば、リードザッハ家の次期当主であるアレックス君を囮に使うというのが僕の作戦だ。

アレックス君は騎士学校を卒業しているし、我が隊に配属されて2週間ほどの訓練でそこそこ強くなっている。

おまけに何かあっても僕が盾になれば問題ないだろう。

後ろには頼りになる隊員達がいるのでボクが死ぬ前には助けに入れるはずだ。

まぁ、賊如きに後れを取るつもりはないが最悪はそれが一番妥当だろう。


そんなこんなで会話をしていると賊が動いた。

賊は一斉にこちらに向かって駆け出すが、その瞬間に後方からナイフが飛んだ。

後ろに控えている隊員達が投げつけたのだろう。

賊は見事にナイフを躱すか弾いているもう遅い、その一瞬の隙を突いて僕は賊に襲い掛かると武器を奪い取り地面に投げ倒した。

遅れて動き出したアレックス君も一人を何とか無力化。

その間に僕はさらに3人を地面にへばりつかせる。

残りの4人はミゲルさん率いる部隊の突撃で沈黙した。


「いや~、見事だ。」


そう言って出て来たのはダグラスさんだった。

彼は拍手をしながらこちらに近づいてくる。


「危ないですからお下がりください。」


と、隊員が止めるがダグラスさんはそれを手で制した。


「すまない。離してやってくれないか。その者達は私の部下なのだ。」


「へ?」


その言葉に僕だけでなく一同が驚いた。

その後、ダグラスさんに事情を窺うと息子を預ける部隊がどのような者達なのか知りたかったらしい。


「息子は貴族ということで何かと甘やかされることがあってな。そのせいで武門を取り仕切る貴族の跡取りとして少々頼りなくてな。『青の騎士団』でなく『緑の騎士団』に入れたのもその為なのだ。」


息子であるアレックス君も父親の意志を汲み取り、強くなるために僕の部隊を希望したそうだ。


「囮として息子を使うことには驚いたが、どうやら目的の為なら手段を最優先する優秀な指揮官の様だ。君の下でなら息子を預けられる。」


そう言って豪快に笑いながらも「息子をワシら同様に安全な場所に隠すようなら色々と考えねばならんと思っておったがその心配はなさそうだ」と言われた。

なんだろうとても怖い。

元帥の持つ権力で左遷させられるかとんでもない戦地にでも送られることになったのだろうか。

どちらにしても、この人の眼は本気だった。


「ご期待に添えて何よりです。」


そう答える僕の声は震えていた。

そんな僕を周りの隊員達が『グッジョブ』と無言のエールを送ってくれる。


「お詫びと言ってはなんだが、今日の食事と酒は提示されていた会費以上の物を用意させてもらったよ。まだまだあるから好きなだけ食べなさい。」


そういってダグラスさんはミッシェル夫人を伴なって会場を後にした。

それと同時に料理の追加が運ばれてきた。

なるほど、会費の割に豪華だったのはそういうことか。

変に気を使われた気がしないでもなかったが、そういうことなら問題なく御馳走になろう。

一仕事を終えてお腹が空いたのとダグラスさんがいた緊張からか味が判らなかったので今度は普通に食事をすることにした。

皆も「豪華な料理最高!」と喜んでいる。

それを見ながら食事をしていると喉が渇いたので飲み物を探す。


「はい、どうぞ。」


そんな僕の前に差し出された飲み物に「これはどうも」とお礼を言って受け取る。

一口飲んでから差し出してくれた相手をそこでようやく認識した。

そこにいたのは優しい微笑を浮かべたリンディ嬢だった。


「先程の戦いお見事でしたわ。」


そう先程の一件に対する感想を述べられた。

こんな美人な人に話しかけられることがない僕は緊張して「ど、どうも」とどもってしまった。

そんな僕をリンデイ嬢は気にした風もなく会話を続ける。


「父は自分の眼で見たものしか信じないのであのような無礼な行いをして申し訳ありませんでした。」


今度は恭しく頭を下げられた。

どうすればいいの分からずにアタフタしながらとりあえず「い、いえ、こちらこそダグラス元帥の配下の方にあのようなことをして申し訳ありませんでした」と謝る。

そんな僕を見てリンディ嬢は面白い物を見る様にコロコロと笑う。

凛々しく一人佇む妖艶な美女のイメージだったが話してみると笑顔が優しい良い人の印象を受ける。


「こういう人を試すようなことをすると普通は怒るのですけど。デイビー様は懐が深いのですね。」


リンディ嬢は小心者な僕の何を勘違いしたのかそう言ってまた微笑む。

扇を使って口元を隠すことなく笑うので親しみの持てる人だ。

それにしても女性との会話はミーファちゃんや家のメイド、女性隊員で慣れていると思ったけど今思えば必要事項でしか話したことがない。

どんな会話をすればいいのだろうか。

おまけにリンディ嬢のドレスは胸元が大きく開いていて視線の場所に困る。

彼女の背はこの国の女性の中でも高い部類に入るのだろうが僕の背の高さはおそらくこの国の上から数えた方が早いだろう。

少なくとも、僕は自分より背の高い人物に会ったことがない。


なので、当然彼女を見下ろす形になりどうしても視線が下を向くので大きく開いた彼女の胸元に視線が行ってしまう。

ジロジロ見るのは女性に失礼だとわかりつつも視線を外すのは失礼な気もする。

どうすればいいのかオロオロした俺を見てリンディ嬢は楽しそうに笑みを浮かべる。

からかわれているのだろうか。

きっとそうだろう。

令嬢として社交の場を何度も経験している彼女と貴族になったばかりの上に未だに社交界にも出たことがない僕では立っている位置が違う。

僕は逃げるように食事をするように促すと彼女は「料理長の作る蒸し料理は最高よ」と料理を進めてくれた。

他にも良い食材が手に入ったという情報を元にどんな料理がおいしいとか、料理長の故郷の料理が一番気合が入っているなどと料理の話をしながら食事を行う。

リンディ嬢はほとんど食べなかったけど楽しく食事ができたと思う。

残念だったのは緊張して味が判らなかったことだろうか。


その日は夜遅くまでパーティーは続いたけれどお開きの時間になったので全員撤収する。

明日が休みの者達はこれから街で二次会に、明日が仕事の者達は自宅へと帰っていく。

僕は明日お休みだけど、なんとか貴族の知り合いを作るために行動を起こさなければならないので出かけようと思う。


「今日はありがとうございました。」


「いいえ、またいらしてください。」


最後に別れの挨拶をリードザッハ家の使用人の方達と行ってリードザッハ家を後にした。

屋敷に帰るとバルトラさん達に出迎えられる。

屋敷に帰った最初の仕事はその日一日の出来事を聞くことだ。

今までは一人暮らしだったのでこんなことはしなかったが、屋敷を買い使用人を雇ってからは恒例行事だ。

最初の内はどんな話があるのかと思われたが、基本的には何もなく難しい判断を迫られることもない。

さすがは年齢を理由に引退しかけたが公爵家が泣く泣く引き留めた凄腕執事のバルトラさんだ。

僕の出る幕なんてまるでない。


「それから、こちら夜会の招待状が先程届きました。」


「は?」


だが、最後の最後でとんでもない物が飛び出した。

夜会への招待状。

貴族になり夢にまで見た夜会への招待状。

恐る恐る手に取り送り主の家紋を見ればあのリードザッハ公爵家だった。


「手違いか何かじゃないのか?」


「いいえ、宛て名はしっかりと旦那様でございます。」


僕の質問にシレッとした態度で答えるバルトラさんに言われて宛て名を見るとしっかりと『デイビー=ダビットソン』を記されていた。

どうやら、何かの手違いということはないらしい。

今回のことで気に入られたのだろうか。


「旦那様。明日は礼儀作法と夜会でのマナーにダンスレッスンと色々と勉強をする必要性がありそうですな。」


バルトラさんは「良かったですね」という様に微笑む。

明日からのバルトラさんの訓練は正直今まで以上に厳しいものになるだろうが、初めての夜会への出席だ。

今まで以上に頑張らねばならない。


「ああ、そうだな。よろしく頼む。」


僕はバルトラさんに頭を下げてお願いした。

次の日から夜会までの間の休みは夜会に出るための勉強にすべて当てられることになり、その内容は過酷を極めることになるのだった。


そんな僕は休日の日もろくに休めないので仕事の時間に適度な息抜きをしている。

だが、そんな僕を副官の3人が迎えに来る。

部隊の皆も訓練に僕が頻繁に参加するので様子がおかしいと感じたのか問い詰められることになった。


「いや、実は夜会への参加が決まってね。」


と白状するとミーファちゃんがそれは一大事だと仕事の合間を縫ってダンスのレッスンや礼儀作法を教え込みに来る。

この時の彼女はとても生き生きとしている。


「ミーファちゃんも夜会に行きたいの?」


と尋ねると「そんなわけない。面倒事はごめん」というセリフが返ってきた。

他の隊員達も隊長が恥をかかない様にと新人のアレックス君を訓練から抜いて僕の下に送り付けてきた。


「隊長は皆に愛されているのですね。」


と、にこやかに笑うアレックス君だが違うんだ。

彼らは俺で遊んでいるんだ。

事実、彼らは夜会で僕がどんなヘマをするかを賭けている。

そして、当日の夜会に出席するアレックス君がそれを報告することになっている。

アレックス君は「夜会での隊長が心配だから何かあったら報告して欲しい」と言われましたと言っていることから賭けのことを知らないらしい。


「隊長の外見では女性は近づいてこないでしょうが、この前のリードザッハ家でのパーティーでリンディ様に気を使われていましたからね。女性への気遣いを学ぶためにも会話の機会を設けましょう。」


という提案から女性隊員と一対一で会話をせよというおかしいな命令が出た。

ミーファ曰く、女性に気を使わせるなど紳士としてあってはならないことだそうだ。


「いや、だが・・・ どんな内容の会話をすればいいのかわからないし・・・」


僕が不安げに答えるとミーファは「何でもいいのです。女性の衣装を褒めるもよし。料理について語るもよし。貴族同士の噂について語るもよし。庭園があるならばそこにある草木や花を褒めるもよし。」とつらつらと会話の内容についての案を出す。


「ううむ。しかしな・・・ 仕事中に行うのではそういった話はできないだろう。貴族同士の噂話なんて僕には分からないし・・・」


「ではこうしましょう。プレゼントを購入して来てそれについて語ればよいのです。花を買ってくればその庭の草木を褒める練習に、髪飾りやアクセサリーならば衣装を褒める練習になりますから」


という口車に乗せられて僕は夜会まで何人かの女性隊員に贈り物を送ることになった。

思わぬ出費だったがバルトラさんは快くこの出費を快諾してくれた。


「私も仕えることになったからにはダビットソン家には繁栄してもらいたいですからな。」


と言っていたが我が家は金欠状態のはずなのに大丈夫なのだろうか。

それに関してバルトラさんに尋ねると「別に金欠ではありません」との答えが返っていた。


「屋敷はすで購入済みですし、使用人の給料も貴族になり国から貰っているお金で十分に賄えます。食費や生活費もそれで事足りております。」


おかしい。

その割には僕の自由にできるお金が少ない気がする。


「馬車と馬の購入、さらに庭の手入れと屋敷の修繕を分割払いで払っておりますからな。」


という知らなかった事実を聞いた。

確かに人が住んでいなかったらしいお屋敷の庭は荒れ放題だった。

ただ、屋敷自体は少し古いかったが買う前に見たところ修繕の必要性はなさそうだったが・・・


「いえいえ、住む分には問題ありませんがお客様を招くことを考えば修繕すべき個所は多々ございました。それに馬小屋と馬車をしまう倉庫に関してましては全面的に取り換える必要がありましたのでその分余計に出費がかさんだのでございます。」


まさかの事実に僕はかなり驚いてしまった。

ただ、そんなわけで現在は金欠だが借金を返し終えればそれなりに裕福な暮らしができるらしいことが分かったので良しとしよう。


「所で、旦那様。」


「なんだい?」


「こういったことは資料にまとめてお渡ししたはずなのですが、ご覧になっておられないのですか?」


バルトラさんの眼が怖かった。

使用人の採用や屋敷の購入時に確かにたくさんの資料を貰った気がするがすべては見ていない。


「す、すみません。」


この後、バルトラさんのお説教に捉まるのだった。



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