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熊と狩猟乙女  作者: 魔王の善意
狩猟乙女編
33/41

リンディ=フォン・リードザッハ⑧

デイビー様を婚約者にする。

父が推す決め手からの行動は早かった。


早速、今回の戦いの功績でデイビー様を準男爵にすることが決まった。

普通は平民から貴族になる場合は、騎士爵というステップを踏むのだが、今後も戦いがあるかどうかわからなかったので今回は飛ばすことにした。

準男爵になれば、家を子供に継がせることができる。


私を嫁にやる以上、最低限貴族として必要な爵位としてデイビー卿にはその地位が与えられた。

これには四大貴族も、王家も反論を示さなかったらしい。

まぁ、今まで私に苦労を背負わせてきたせめてものお詫びなのだろう。


「でも、少し気が早すぎたのではないかしら? デイビー様が私に惚れてくれるとは限りませんわよ?」


「何を言う。我がリードザッハ家から娘をやるというのだ。感謝されこそすれ、拒まれることはあるまい。」


私が抱いた疑問に対して、父は即答した。

それはもう自信満々にだ。


「はぁ・・・」


父の言葉に私は思わず大きなため息をついてしまった。

父は何もわかっていない。

だからだろうか。父は私の態度を見て眉間に皺を寄せる。

きっとなぜ私がため息をついたのかが理解できないのだろう。


「あなた。それでは、脅しになってしまうわ。良好な夫婦関係を築くためにはそれではダメなのよ。」


そんな私の心情を察して、お母様が優しく諭すように父に何が駄目なのか理由を告げる。


「それはわかるが、貴族たるもの政略結婚なんぞ。覚悟の・・・」


父の発言に対して私とお母様は無言のまま視線を送る。

この瞳には「お黙り」という念を込めている。

四つの瞳から発せられる念を受け取ったのか。父は言葉を途中まで吐き出しかけた言葉を飲み込んで、黙り込んだ。


そう、わからないのなら黙っていればいい。

生まれながらにして生粋の貴族たる父や私達と違い。デイビー様は武勲を立てて貴族になった。

そのため、『政略結婚』という言葉は聞きなれないものだろう。

そういった風習や処世術も学んでいなければ、覚悟も決意もないに等しい。


『人を殺す』知識があるのと『人を殺す』覚悟があるのとでは、戦場での心構えが違う。

結婚という一大行事の果てに突如として覚悟と我慢を強いられる生活を送るなんてことになれば、ストレスでどうにかなってしまう可能性すらある。


だからこそ、デイビー様にはそういった気苦労を負わさないために是非私に惚れていただこう。


「なんというか・・・。 さすがはお前の娘だな。」


「いやですわ。このぐらい淑女の嗜みでしてよ?」


私の決意に父はお母様を見てなぜかたじろいているけれど。

恋する乙女はこれぐらい普通ですわよ?

お父様。


まず最初に行ったのは、デイビー卿の身辺を固めることからだ。

新しい貴族の誕生は稀にではあるが、存在する。

そして、それは貴族達からすれば自分達の派閥を大きくする格好の獲物だ。

財務、外務、内務、武門で大まかに分かれる派閥を持つ四大貴族と言っても一枚岩ではなく、その派閥内に別の職種の人間を抱え込んでいる。

我がリードザッハ家の派閥内にも財務、外務、内務の仕事を持つ方達はいる。

国政に深くかかわるためにはそういった別の派閥の人間が必要不可欠なのだ。


今回のデイビー卿誕生については、四大貴族と王家が私のためにやってくれた部分が強いが、当然、デイビー卿自身の意思は尊重される。

寧ろ、本人自身が内情を知らないので、無理に私と婚姻を結ぶことなどないのだ。

私もそういった裏事情を盾にして彼に関係を迫るつもりはない。

あくまでも自身の手で友好的で有益な関係を掴んでみせる。


しかし、そうなってくると他の事情を知らない貴族たちの横槍を気にしなければならない。

デイビー様もせっかく貴族になったのだ。

貴族間の交流の場を持つために動くのは明白。

その時、ダビットソン家の妻の座を狙って動く令嬢や貴族派閥があってもおかしくない。

政略結婚は貴族の中では一部常識となっている。


寧ろ、次女以降の令嬢が貴族として生き続けるには、これしかないというほどに・・・

四大貴族である我が家ならば、血縁関係欲しさに引く手数多だが、末端の貴族に至っては長女ですら貴族として居続けられるかも怪しい。


そういった貴族の娘が強引に貴族になる方法として、貴族の家でメイドとして働きつつ主と恋仲になるという方法がある。

力のある貴族ならば、後妻や愛人として何不自由ない生活ができる可能性は大いにある。

今回のデイビー様のような場合、もっとも近づきやすいのはこの方法だ。

下手に貴族としての付き合いをするよりも、堅苦しくないし、メイドとして素性を隠せば貴族だと悟られることもなく警戒されない。

寧ろ、同じ平民同士として共通の話題や認識があり、息が合う。


そういった横槍を回避するために、デイビー様にはモルダン家経由で信用の置ける人物を執事やメイドに置いて貰おう。

セオドリック卿をかいせば我が家からも信用の置ける人物をデイビー様の周囲に配置することができる。

そうすれば、余計な虫が付かないようにすることも出来る。

いや、それどころかデイビー様の趣味趣向や理想とする女性像もまる分かりだ。


そうと決まれば、早速人選をしなければ・・・


私はデイビー様に仕えるに足る人物の選定はすぐに済んだ。

以前に、アルゲンテア家に勤めていた者達と彼らの監視と情報収集の任を背負った四大貴族から選出された者達が一名ずつ。

アルゲンテア家に勤めていた者達は、アルゲンテア家の秘密を暴くのに協力してくれたバルトラとそのご家族だ。

彼らは、アルゲンテア家の一件でこちら側についたために行くあてがなく、助けた私に恩義も感じている。

彼らが私達を裏切ることはないだろう。


能力も、貴族家に長く仕えていただけあって優秀。

性格も善良で、デイビー様に隠れて悪さをするような方々ではない。

少々荒事に向かないことだけが弱点だが、私が嫁げば私と一緒についてくるリードザッハ家の使用人が対処すれば問題ない。


「では、急ぎ手配いたします。」


「バルトラとその家族への根回ししっかりね。」


「心得ております。」


人選が決まったのであとは使用人に仕事を任せる。

これで後は、私がいかにデイビー卿と違和感なく接触し、仲良くなるかが問題だ。

まぁ、手はいろいろとある。

デイビー卿の部隊に所属するミーファは私の友人。ミーファは彼の部隊で副官を務めているのでデイビー卿と面識もある。

彼女が実家と揉めた時にも手を貸しているからいろいろとこちらの都合を聞いてくれるでしょう。

ここは一度彼女と会ってこちらの内情を話して作戦を練るのが良策かしら。


「姉上。少しよろしいでしょうか。」


私がデイビー卿との出会いをどうするかの作戦を練っているとドアがノックされた。

声からして弟のアレックスだろう。

なんのようかしら。


「開いているから入ってらっしゃい。」


私は弟を部屋に招き入れ、メイドにお茶とお菓子の準備をさせた。

弟はどこか緊張した面持ちで入室すると椅子に座る。


「実は姉上に相談がありまして・・・」


弟の相談内容は至極単純なものだった。

次期当主である自分をより強くするために『青の騎士団』への入団を取りやめたいというものだった。

『青の騎士団』は我が国でも最上位の≪大騎士≫が率いることから最強の騎士団とされているが、昨今はその≪大騎士≫が病に倒れてその牽制は失墜している。

さらに、それによる騎士団内での腐敗が進んでいるそうだ。

実力至上主義であるはずの騎士団内は、現在は一部を除き貴族階級を持つ者を優遇する貴族至上主義に代わってしまっている。


「僕は父上ほど武勇に優れているわけではありませんし、人を引き付けるカリスマ性もありません。知略に関しては実践に出たことがないのでなんとも言い難く・・・ そんな中で青の騎士団に入るのは不安があるのです。」


『青の騎士団』内部の腐敗は弟も知っているらしい。

いや、私と違って自信の進路先なのだ。私よりもより詳しく知っているのだろう。

貴族至上主義の実力のない部隊に配属されれば実力をつけることはできず、かといって弟に『青の騎士団』内にある腐敗していない部隊の配属を望んだところで、周囲との軋轢が生まれるのは明白だ。

弟にカリスマ性があれば、多くの友人や部下、上司と共に困難に抗えるのだろうが、この弟にはそれがない。個人で集団に抗うには相当の実力か立場が必要だ。


「そうね。実践を積むのなら緑の騎士団が一番いいでしょうね。」


≪大騎士≫が病に付して以降『青の騎士団』は戦場に出ていない。

そんな中で現在頭角を現しているのは『緑の騎士団』だ。

他の騎士団や兵団を寄せ付けない無類の強さを誇り、我が国の国防を担っている。

半ばお飾りと化した『青の騎士団』よりはそちらに行った方が弟の将来性は明るい。

その辺を鑑みて弟は相談をしているのだろうけど、それは父に言うべきことであって私に相談することなのかしら?


「ですが、リードザッハ家の長子は慣例で基本的に青の騎士団の所属になってしまいます。父にも相談しましたが『理由もなく別の騎士団にはやれない』と言われてしまいました。そこで、姉上にお願いなのですが、姉上の一件に私を参加させてくれませんか?」


弟はそう言ってどこから持ってきたのか。デイビー様の資料を机の上に置いた。

なるほど、弟の作戦とは私とデイビー様との橋渡しのために自分の所属を『緑の騎士団』のしかもデイビー様の下につけろというもの。

確かに、弟がデイビー様と接触するのは悪いことではない。

デイビー卿の実力と指導力は父も認めている。彼の下で弟が学ぶことは多いだろう。

おまけに、弟がデイビー様に接触すればリードザッハ家全体が彼に自然に接触できるようになる。


ミーファと連絡を取ればデイビー卿との繋がりは得られる可能性があるが、彼女は実家と離縁状態。

デイビー様が平民の頃ならまだしも、貴族となった今では私とデイビー様の接点に彼女がなるのは少々難しい。

方法がないわけではないが、時間がかかる。

それに引き換え弟ならば家族として私や父、母様を紹介できる。

おまけに、武門を取り仕切るリードザッハ家としては次期≪大騎士≫候補との接触は自然な流れ。

顔合わせ後に、何度か接触を図ることも容易い。


「悪くない案ね。私の友人のミーファがデイビー様の副官をやっているわ。彼女に接触して手紙を渡して事情を説明すれば、手を貸してくれるでしょう。お父様への説明には私も一緒に行きましょう。」


私はメイドに目配せをしてミーファに届ける手紙をしたためるための便箋と紙を用意して貰えるようにお願いして、弟と共に父の説得へと向かうことにした。

弟は大きく頷き、ニッコリと笑顔を浮かべて私と共に父の元へと向かうのだった。


私と弟の説得により、父は渋々といった感じではあったが頷いたのだった。








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