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熊と狩猟乙女  作者: 魔王の善意
狩猟乙女編
30/41

リンディ=フォン・リードザッハ⑤

後日、エルゲンテア家の老執事から連絡があった。

できるだけ内密に話がしたいということだったので、私はセオドリック卿と共にとある喫茶店に訪れた。

この喫茶店は裏で四大貴族が根回しをしている喫茶店なので、防犯や盗聴の心配はなく、さらに何かあった時の対策もしっかりとしているので、隠れて会話するのに向いているのだ。


「お、お待ちしておりました。」


私達が喫茶店に着くと通された奥の部屋に顔色を悪くしたバルトラさんが座っていた。

彼は私たちが入ってきても立ち上がることもせず座ったままだ。

どうやら、エルゲンテア家の隠している内容は彼にとって精神的にかなりショックなものだったらしい。

おかげで、彼は正常な判断ができていない。

私たちが部屋に入ったのに立ち上がらないのはそのせいだろう。


「ごきげんよう。バルトラさん。」


私はまだこちらに気づいていない様子のバルトラさんにそっと声をかけた。


「ああ、いえ・・・ これは失礼を・・・」


力なく返事を返しつつ何とか立ち上がり、お辞儀をする老執事。

以前に会った時とは全くの別人のように憔悴している。

これは好都合だ。

ここまで憔悴している現状を鑑みるに、彼は助けを求めてこちら側に簡単についてくれるだろう。


「それで、結果はどうだったんだ?」


セオドリック卿は席に着くと早速とばかりに話を切り出した。


「ええっと・・・ それは・・・」


セオドリック卿の性急すぎる質問にバルトラさんは視線を躍らせる。

そんな老執事の様子を見て眉を寄せるセオドリック卿。

ああ、本当にこの男は何もわかっていない。


確かに、今回のエルゲンテア家の内部事情の調査をこの目の前にいる老執事に依頼して、その情報を今日知ることになるのだが、この老執事は私たち側の人間ではない。

主人の悪行を知らない善人な老執事は私の依頼を快諾してはくれたが、この人はエルゲンテア家の執事なのだ。

仕えている家の主人の悪行が広まれば立場の心配だけでなく、生活、果ては命の危険まで付きまとう。


「おい、どうし・・・ふぐぅ!」


「すみません。バルトラさん。本日は先に今回の件についてのお礼の件について先に私から説明させていただきます。」


五月蠅いので横の男を黙らせて私は老執事に提案を持ち掛けることにした。

今回の件で、エルゲンテア家の真実が暴露されたとして、得をするのは私と四大貴族のご子息たち、そして、我がリードザッハ家だけだ。

この善良なる老執事には何の得もない。


主の悪行を暴いたのだ。

職を失うのは当然としても、再就職の当てもなくなる可能性が高い。

誰だって秘密にしている内容はある。

それを、家臣が不用意に探るとなれば、そんな人物を雇いたいとは思わないだろう。

今回は、嫁入りする私を気遣ってこの老執事は主の潔白を証明するために動いてくれたのだ。


そんな人物を見捨てるなど。貴族の名折れだ。

ここは誠意をもって対応するのが一番いい。

そのためには安全面の確保だけでなく、職も新しく見繕う必要がある。

今回はそのためにセオドリック卿にここに来ていただいたのだ。


「実は今回の調査の件で最悪の事態を想定した場合。あなたとあなたの家族。そして、エルゲンテア家を信じてきた善良なる家臣一同を救済するために、ここにいるモルダン公爵家がそう言った方々の再就職先を斡旋してくださいます。無論、逆恨みによる仕返しが来ないように四大貴族全体で保護をお約束します。」


「おお・・・!」


私の言葉を聞いて老執事は涙を浮かべながら私を見つめる。

よほど、これからの人生を悲観していたのだろう。

なにせ、老体の彼や彼の妻だけでなく、その息子や娘もエルゲンテア家に仕えているのだ。

エルゲンテア家がお取り潰しになれば一家離散の危機なのだ。


「ぐほ!」


私は老執事にモルダン家が考えているエルゲンテア家の家臣団の新しい勤め先や仕事の内容を説明させるために横にいる無能を小突いた。無能な上にもやしの甘ちゃんは女性に小突かれた程度で悲鳴を上げる。

全くなんて残念な男なんだ。

しばらく待ってから、横の無能がようやく話を切り出し老執事と無能が今後について話を始めたので私はお茶を飲んでしばらく待った。


「では、今度は私が手にしたエルゲンテア家の内情についてお話させていただきます。」


無能との会話に納得した老執事は先ほどとは打って変わってさわやかな笑顔で話を始めた。

まるで、罪を犯した罪人が神に懺悔するかのように自分の主の悪行を私達に語った。

その内容は聞いていてあまり心地よいものではなかったが、やはりエルゲンテア家は闇を抱えていた。


私はそこで聞いた内容を父上にはあえて報告しなかった。

今回の一件についてはセオドリック卿の手柄にしようと思ったからだ。

あの男は弟より年上なのに何だか頼りない。

まだ若い弟には今後の成長を期待できるが、中途半端に年を取ったあの無能が成長するのは難しいかもしれない。

ここで手柄を立てておけばまぁ・・・ 箔ぐらいはつくだろう。


こうして、エルゲンテア家の内情は四大貴族内に明るみに出た。

後日、国の調査機関が入るとエルゲンテア家の闇はあっという間に暴かれてエルゲンテア家は当主の交代、財産の一部没収、領地の一部没収が行われた。

この異常なまでの調査の速さの裏にはやはりマヴィウス家が関与しているのだろうか。


そんな私の憶測などどうでもよくなる情報が私の耳に入ったのは、次の夜会でのことだった。


(今日の夜会はいつも以上に人が寄り付かないわね・・・。)


夜会にやってきた私が壁の花になることは珍しくない。

前王太子との一件で様々な憶測や噂が流れたせいで嫌煙されていることは知っている。

だが、最近は前王太子の本性が知れ渡り始め、私に対する偏見が薄らいでいた。

にもかかわらず、なぜだろうか。

今日はいつも以上に遠巻きに見られ警戒されている。


エルゲンテア家との婚約確定の噂のせい?

いや、エルゲンテア家の当主が行っていた犯罪はもはや周知の事実。

前当主である若領主は現在は幽閉中で私との婚約話はすでに無くなっている。

今の私はフリーになっているのだ。

声をかけるのに何のためらいがあるというのだろうか?


「これはこれは。リンディ様。お久しぶりです。」


なんだか厭味ったらしい声がしたので振り向けば、どこかで見たような三流貴族の令嬢が立っていた。

名前を覚える必要性が感じないほどの小物なので誰なのかはわからない。


「フフフ。聞きましたわよ。エルゲンテア家のこと・・・。」


とっても思わせぶりな態度で私のことを見下しているように見えるのだが、このウエストを失った寸胴のような女性はいったい誰なのかしら。

はち切れんばかりにドレスがパッツンパッツンなのがすごく気になる。


「それにしても、リードザッハ家のご令嬢は恐ろしいわね。婚約者を次々に不幸にするその手腕。狙ってやってらっしゃるとしたら、もはや害悪ですわね。」


四大貴族の一角たるリードザッハ家の令嬢であるこの私にここまで堂々と三流貴族の令嬢が図々しく口を開くとは・・・。

一体全体どういうことなのかしら?


「フン! 真実を告げられて押し黙るとは! どうやら図星のようですわね!」


とりあえず、目の前の寸胴娘を黙らせるのが先決か。

それともこの女に状況を説明させるのが先決か。

できれば、どちらも一遍にやってしまいたいわね。


「お黙りなさい。前王太子の素行の悪さは周知の事実であったし、エルゲンテア家の犯した悪行は私がかかわる以前からのこと。私に一切の関係も責任はないわ。もっとも、自己管理も客観視も碌にできないあなたには理解できないことかもしれないけれどね。」


当然のことを言っただけなのに、相手はなぜか硬直してしまった。

自分の醜い寸胴体系が気になってしまったのかしら?


「うるさいわね! 男は少しふっくらしている方が好きなのよ! それにアシュレイ様はあのような犯罪を犯す人ではありませんわ! あなたが前王太子を嵌めたようにアシュレイ様も嵌めたのでしょう!?」


アシュレイって誰だったかしら?

ああ、そうか。

エルゲンテア家の前当主の名前か。

と、思い出すまでに数秒を要してしまった。

それほどまでに、私にとってはどうでもいいことだった。


それにしてもこの女。どうやらエルゲンテア家のあの当主に惚れていた令嬢らしい。

まぁ、容姿だけは悪くはなかったのでこういう令嬢がいてもおかしくはない。

それにしても、またとんでもない噂を流しそうな令嬢が現れたものだ。

エルゲンテア家の悪行に私が加担していただなんて笑えない冗談だ。

もしそうならば、わざわざ暴露なんてするはずがないでしょうに・・・


「何とか言ったらどうなのよ! この性悪女!!」


寸胴令嬢が吠えるせいで周囲の視線がこちらに集まっているのを感じる。

正直言ってこの場の雰囲気に飽きてきた。

前王太子が廃嫡になった後も、こういった輩に絡まれていたっけ。

私としてはどうしてあんなどうしようもないゲスに好意を持つのか理解できないけれど。

人の好みは千差万別ということなのかしらね。


「はぁ。勘違いも甚だしわね。そもそも、男性が太った女性を好きというのは勘違いよ。正確には程よく肉付きの良い女性が好きなの。自分を細く見せるために女性の中には骨が浮き出るほど痩せている女性が昔は多かったらしいからその時に流行った言葉らしいわよ? あと、あなたのはふっくらではないと思うわ。」


私は寸胴女の言う『男性はふっくらした女性が好き』という一昔前に流行った言葉がなぜ生まれたのかを説明した。昔はそういう人が多かったらしい。

なんでも、当時大人気だった殿方が『スレンダーな女性が好み』と言ったのが始まりらしい。

いくら好かれるためでも、そこまで細くしたい理由が私にはわからないわ。

最後の私の発言には、周囲の人達も頷いている。

少しお肉がついてふっくらしているのと、くびれがなくなるほどの寸胴体型では全くの別物だ。


「う、うるさいわね! 私の体型は今関係ないでしょう!」


「あら? 私は自己管理と客観視と言っただけで体系の話を切り出したのは確かあなたからじゃなかったかしら?」


まぁ、現在の状況を客観視できない寸胴令嬢には難しい話だったのかしらね?

大声で喚き散らして私と対峙している現状を作り出すだけで、どれだけの貴族を敵に回すことになるのかわかっているのかしらね?


「きぃ~!! 見てなさい! いづれあなたの本性を世間にさらしてやるわ!!」


こうして、寸胴令嬢は私の前から消え去った。

そして、永遠に現れることはなかった。


ただ、今回の一件で少し気になるので調べたところ。

エルゲンテア家の秘密を暴いた功労者の中に私の名前があることが分かった。

その件について、セオドリック卿にそれとなく確認を取ったところ。


『バルトラとその家族、関係者の存在を隠蔽するために都合がよかった。』


だそうだ。

ああ、あの無能の性で頭が痛い。

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