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熊と狩猟乙女  作者: 魔王の善意
狩猟乙女編
28/41

リンディ=フォン・リードザッハ③

結局、アダマン様の追及から逃れることのできなかった私は仕方なくエルゲンテア家のご当主と夜会で会うことになった。


「まさか、私のようなものが彼の四大貴族の一角たるリードザッハ家とのご縁を頂けるなんて、光栄の極みです。」


優しそうな笑みを携えてエルゲンテア家の当主は私の前に現れた。

貴公子と呼ばれそうなほどの優男。

だが、顔はすごくいい。整っているし肌も綺麗だ。

おそらくは、普通の貴族の令嬢ならばこの優しい微笑みで顔を赤らめて惚れてしまうのだろう。

私の趣味ではないのでどうでもいいが・・・

もう少し逞しい体つきの方が私の好みだ。


「あっちで少し話しませんか?」


いつもならこういった誘いは全て断るのだが、今回はアダマン様の顔を立てて話を聞くことにした。

会場から少し離れた人気のない場所で適当に話をする。

エルゲンテア家の当主殿はこの縁談に乗り気なのかすごくグイグイと領地のアピールをしてくる。

正直鬱陶しいが、そんな素振りを一切見せずに笑顔で話を聞くのが淑女としての礼儀だろう。


こちらが礼儀を尽くしていると、なぜかエルゲンテア家の当主はさらにグイグイと攻め立てるように話しかけて来る。

こっちも気があると勘違いしたのかもしれない。

全然そんな気はないのだがアダマン様にこれ以上、私の初恋?を詮索されたくない。


私はエルゲンテア家の当主との会話を盛り上げるために頑張ることにした。

そして、頑張った結果。


「うむ。エルゲンテアの当主はお前と気が合うようだな。」


父に変な勘違いをされた。

全く持ってそんなことはないのだが、父は私がエルゲンテア家の当主に気があると感じているそうだ。


「そんなことは全くない」


と、言えればよかったのだけれども・・・

私も、もういい大人だ。

平民と貴族が結ばれるのがおとぎ話の中だけだということは理解している。

家のためにも良家に嫁ぐことがいいことも理解してる。


だから・・・

もう・・・


デイビー様のことは忘れて前を向くべきなのかもしれない。

気が付けば、エルゲンテア家の領主との夜会から半年が経ち。

私の心は徐々にそちら側に傾いていた。

そして、正式にではないけれど。

内々で、エルゲンテア家の当主と婚約が決まった後のことだった。


とある夜会でのことである。

その日は、珍しくエルゲンテア家の当主が不在だったので、私は仲のいい令嬢と共に会話に花を咲かせていた。

婚約が決まりかけていることを知っている令嬢からはお祝の言葉を頂いた。


前王太子の時と違い、今回の婚約は・・・

まぁ、悪くはない。

元々、叶わぬ恋を抱いていた私には最愛の人と結ばれる道はなかったのだ。

だから、これでいい。


この時の私は後ろ向きな気持ちだったけれども、しっかりと前を向いて歩いていた。


「お久しぶりです。リンディ様。」


そんな私の前に彼女が現れたのは神の啓示か。悪魔の囁きか。

談笑を楽しんだ後、少しだけ会話が途切れた瞬間を見計らって天使が舞い降りた。

ベクトルは違うけれど、その美しさは私に匹敵し、それ故に私と前王太子を取り合う羽目になった哀れな令嬢の1人。

私の目の前に、アリスティーゼ=フォン・マヴィウス。


父親の政略の道具となり果てている哀れで可憐な人形のような令嬢。と周囲から思われている方だ。

彼女が現れたことで、私の周囲のお友達が皆、臨戦態勢に入る。

社交の場において敵対する令嬢との出会いは牽制など示威行為になることが多い。

負ければ、相手との立場に差が生じ、それは表舞台にも影響を及ぼす恐れがある。


普通ならば、私とアリスティーゼ嬢の対話は前王太子を取り合った仲として険悪なもののはずだが、私とそしておそらくは彼女の心情は違う。

お互いに、政権争いに巻き込まれて前王太子を取り合わされた者同士だ。

立場上。

お互いがこうして向き合って会話をしたことは何度かある。


だが、険悪な雰囲気になったことはなぜだか一度もない。

それは、お互いに前王太子のことを取り合う気がなかったからだろう。

だからだろうか。


「お久しぶりね。アリスティーゼ様。ご機嫌いかが?」


私は周りの臨戦態勢を無視して普通に会話を続けた。

そのことに周囲の令嬢は驚きつつも私とアリスティーゼ嬢の間から人の波が引く。


「リンディ様のおかげで最近は気苦労もなく、大変体調がよろしいですわ。」(前王太子をリンディ様が取ってくれたので気苦労がなくなりました。感謝しています。)


アリスティーゼ嬢はにこやかに微笑んで嬉しそうにそう告げた。

それを聞いて周囲の人たちは「前王太子奪いやがって糞が!!」と言っていると誤解して眉根を歪めるが、実際はそうではない。

あの発情しきった猿を相手にするのは本当に気が滅入るのだ。

セクハラだって日常茶飯事だし、口から出るのはベッドへの誘いの言葉だけだしで、私達は散々な目に合ってきている。


私が正式に婚約者になって以降も、アリスティーゼ嬢は父親の命令で前王太子に近づき、セクハラを受けていた上に、ベッドへの誘いもあったと間諜から聞いている。

何とかそういったことは回避したようだが、彼女も大変苦労しているのだろう。

正式に私が婚約者になった時に「心中お察しします」と手紙を頂いた。


その中には前王太子への愚痴が事細かに書かれていたので、私は内心で「わかるわかる」と頷いてから前王太子への愚痴を書いた手紙を返信した。

おかげで私の溜まりに溜まった鬱憤を晴らすことができたので、彼女には感謝している。

お互いに相手の弱点をさらけ出すような真似をした手紙のやり取りは貴族の令嬢としても恋敵同士としても間違っているが、あれのおかげで私たちは互いに支えあうことができたと心から思う。


そんな理由もあって、私とアリスティーゼ嬢はにこやかに会話を続ける。

周囲は恋敵同士がにこやかに笑いあうその風景に戦々恐々だったろうが、そんなことは知ったことではなかった。

今は、失恋の寂しさを忘れるために誰かと会話がしたい。

この時の私の気分はそんなものだった。


「ああ、そういえば。エルゲンテア家の当主と近々婚約されるとか。」


話が一区切りついたところで、彼女は思い出したかのようにそう呟いた。

私はあまり思い出したくなかったのだが、適当に相槌を打ってそれに答えた。

その瞬間だった。

彼女はひどく哀れんだ瞳で私を見て「あら、すみません。私用事を思い出しましたわ。では、ごきげんよう」と言ってその場を後にした。

私にお祝いの言葉を述べることなく、彼女は去っていったのだ。


「まぁ! なんですの!! リンディ様にお祝いのお言葉もないだなんて!!」


そんな彼女の後姿を見て周囲の令嬢が怒りを露にする。

それを皮切りに周囲の令嬢たちもアリスティーゼ嬢を口々に批判した。

だけど、そんな彼女たちの言葉は私には届かない。


それよりも、私が気になるのはアリスティーゼ嬢のあの瞳。

まるで、私を哀れんでいた。

そして、お祝いの言葉を述べなかった。


互いの立場がある故に、表向きは仲良くできないけれど。

心の中では通じ合っている心友。

そんなアリスティーゼ嬢があのような態度を取ったのは間違いなく何か理由があるからだ。


単純に私とエルゲンテア家の当主の婚約を快く思っていない?

表向きは敵対していても私たちは心の中では通じ合っていると思っていたのは私の勘違いだった?

本当の彼女は私のことが嫌い?


どれも現実としてありえそうなものばかりだ。

人間には裏表があり、本音と建前がある。

もし彼女が、私に本音を隠し建前のみで私の心の中にすっぽりと入ってくる術を身に着けていると仮定すると、私はまんまと罠に嵌った間抜けな畜生だわ。

貴族の令嬢として、社交界の中で今まで揉まれてきたけれど。

幼い頃からの英才教育のおかげか。

酷い大失敗だけは避けてきた。


だが、もしもこの仮定が真実であった場合。

私は宿敵ともいえるマヴィウス家の令嬢であるアリスティーゼ嬢の掌で踊っていたことになる。

これが真実であった場合、私はなんて間抜けなのかと自分自身に呆れることしかできない。


でも、違う気がする。

何をどう言えばいいのかはわからないが、『違う』ということはわかる。

私の女の勘がアリスティーゼ嬢はそんな人ではないと告げている。


私は何の根拠もないけれど。私のこの勘を信じることにした。

そして、私の思考はそこから前に進む。

アリスティーゼが私の心友である以上。あの行動には彼女なりの意味がある。


彼女はエルゲンテア家と私の婚約が間近であるのことを知っていた。

それ自体は不思議なことではない。

一時期とはいえ、前王太子と婚約までした私の話は社交界で誰もが噂する話のタネの一つだ。

マヴィウス家の陰謀によって私の名は泥に塗れてしまっているけれど、四大貴族の一角たるリードザッハ家の名には陰りはない。


寧ろ、最近は青の騎士団の団長である≪大騎士≫が戦場に出ないためにその名前はうなぎのぼりで上がっている。

武門を取り仕切るリードザッハ家において単純な実力で成り上がる≪大騎士≫の称号は諸刃の存在だ。

身内がその地位につけば安泰だが、逆に全く関係のない者がその地位につけば下手をすれば武門の貴族を二分することになる。

そうなれば四大貴族としての発言力は低下する。

内政、財政、外交、武門。

この四つを分割して収めるのが四大貴族、それぞれの役割がある以上。

自分の収めるべき区分の貴族たちをまとめられなければ当然の如く、他の四大貴族に下に見られる。


そういったことから、現大騎士には一応親戚の娘を嫁にやったが、それでも四大貴族を嫌っている新興勢力や三大公爵家の横やりのせいで身内に引き込めないでいた。

だが、最近はその≪大騎士≫が病に伏して動けない。

おかげで、軍部の最高峰たる元帥である父の立場は盤石だ。

問題は次の≪大騎士≫が誰になるかと、弟のアレックスが無事に大成するかだ。

弟は少し軟弱だし、≪大騎士≫が病に付して以降の青の騎士団の評判は芳しくない。


そういった事情を鑑みれば、私が嫁ぐ家は重要だ。

エルゲンテア家はそこそこの規模の領土を持つ領主だ。

現当主は若くして領主を継いでからの手腕も悪くないようで、結果も良好。


だが、もし・・・

その結果が悪事に手を染めての物だったら?

マヴィウス家は三大公爵家の一角を担っている。

この国で三大公爵家の負う職責は『法』である。

国王の代わりに、罪人を裁くのである。


犯罪者を捕まえるのは武門の一族であるリードザッハ家の管轄する警邏隊けいらたいの職責であるが、実際に罪人を裁くのは王族か。王族の代理人である三大公爵家だ。

そのため、彼らには彼ら独自の情報入手経路が存在する。

もし・・・

もしも、彼らがそのルートからエルゲンテア家当主の悪事を知っていたら?

証拠を捜し、発見し・・・

捕まえる?


いや、証拠を掴んだ後で・・・

そう言った悪事の痕跡を消して放置すれば・・・

もしかしたら、前王太子との婚約破断で新しい婚約者を捜している私が引っかかる可能性がある。


彼らにとってそれは好都合だろう。

なにせ、向こうから汚名を被りにやってくるのだ。

後は、婚約が成立した後で好きなように料理すればいい。


エルゲンテア家の領主の悪事の証拠を持って行けば、ついでに四大貴族の弱みを握ることは大いに可能だ。

なにせ、今回の婚約には次期当主陣が一枚噛んでいる。

彼らとエルゲンテア家との繋がりから様々な調査が可能になる。

仮に、その調査で何も出なかったとしても、四大貴族の結束にヒビを入れることができる。

それだけでも、マヴィウス家には十分な利益があるだろう。


四大貴族の権力が大きいのは、四つの部門を統括し、なおかつ結束しているからに他ならない。

瓦解してしまえば、一つ一つの勢力は大したことがないのだ。

特に法を司る三大公爵家は、その立場上。いろいろと弱みを握りやすい。

結束しない四大貴族など、敵ではないだろう。


ここまでの考えに居たり。

私は目を瞑り考える。

エルゲンテア家が私の婚約者候補に挙がったのは偶然だ。

都合よくその家が悪事を働いていて、その証拠をマヴィウス家が握っていることなどあるだろうか?

確立として、それは非常に少ないと思われる。


だが、アリスティーゼの行動から私の推論は適格だと思われる。

エルゲンテア家以外にも婚約者候補に挙がった名は多数ある。

だが、その中で最もよかったのはエルゲンテア家だった。

悪事を働いて結果を出しているからよかったのか。他の家の当主が不甲斐ないのか。


いや、そもそもエルゲンテア家だけなのか?

私の婚約者候補の内。

入念に調べたのはおそらく我が家に資料として持ってきた数件だけだろう。

その全てがマヴィウス家が放った罠だとは思えない。


だが、マヴィウス家の放った罠は一つでない可能性がある。


私の婚約者候補内に2、3個混ぜることができれば・・・

どれかの罠に引っかかる可能性は十分にある。

引っかからなかったとしても、マヴィウス家には痛手はない。


悪事の証拠隠滅に手を貸していたとしても、証拠を隠し持っているのだから、それをもって堂々としていれば、悪事の痕跡を隠したことを意にも介さず、悪事を糾弾するだけで済む話だ。


これは・・・

もう一度、エルゲンテア家について調べる必要が出てきたかもしれない。

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