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熊と狩猟乙女  作者: 魔王の善意
熊編
24/41

デイビー=ダビットソン㉔

オスカーさんとの久々の再会を楽しんで、決心を固めた。

なので、早速行動に移すことにした。


「という訳で、リンディさんに告白しようと思うんだ。何かいい作戦はないだろうか。」


僕は自分の胸の内を3人の副官に告げる。


「そうですか。頑張ってください。」


「え? 今更ですか?」


「まぁ、隊長がしたいならすればいいんじゃないか?」


ミーファちゃんからは冷たい反応が、ガレット君は「今更何言ってるの?」という風に驚いている。

ミゲルさんは「すきにすればいいんじゃないの?」的な雰囲気だ。

いや、皆。そうじゃなくて、告白する時の言葉ってすごく重要だと思うんだよ。

だから、それをみんなにも考えて欲しいんだけど・・・


「隊長。私、仕事があるのでこれで失礼します。」


「あ、俺も」


「俺はそういうのは・・・ この歳になっても、独身なもんで」


ミーファちゃんは我関せずという感じで仕事に戻っていった。ガレット君もそれに続く。

ミゲルさんは申し訳なさそうに頭を下げて去っていった。30歳を超えても独身だからこういったことを考えるのは得意ではないのだろう。

僕は一人だけ、部屋に取り残されてしまった。


「ううむ。どうしようか・・・」


想いを伝える。

たったそれだけのことなので、言葉で告げればいいのはわかるのだけれど。

ストレートに「結婚してください」でいいのだろうか。

それだと、ダグラスさんの約束である《大騎士》になったらという約束を果たせない気がする。


「ううむ。本当にどうしようか。」


頭を云々と唸らせるが、妙案は一向に出てこない。

どんなふうに結婚の話をすればいいのだろうか。

最初にダグラスさんとの約束のことを告げるべきなのか?

でも、それで謝ってから結婚を申し込むのは難しい気がする。

できるなら、ダグラスさんとの約束については触れずに、リンディさんに結婚の申し込みを別の形でするというのがいいと思う。

あとは、それをどう告げるかだ。


「って作戦で行こうと思うんだけどどうだろうか。」


「隊長。それを相談する相手が何で私なんでしょうか?」


僕の前に座ったアレックス君が苦笑気味に聞いてきた。

だって、君以外に相談しても誰も聞いてくれないんだもん。


「いや、だもんって言われても困るんですが・・・」


うう・・・。

僕がこんなに困っているのに誰も相談に乗ってくれない。

悲しみのあまり涙が・・・!


「わかりました。乗りますよ。それで、作戦って何をするつもりなんですか?」


いや、それを考えるために知恵を借りたいんだけどな。

ほら、こういうのはサプライズが大事だっていうしさ。


「? サプライズ? そんなの必要なんですか?」


僕の言葉にアレックス君は疑問を示した。

何が変なのだろうか。

告白時にサプライズをするのは一般的に普通ではないのだろうか?


「告白なんて一生に一度のことですよね? 趣向を凝らさずストレートの方が相手に伝わるんじゃないですか? 特に姉は遊びなれた男性は嫌いですからね。 むしろ、正々堂々と言った方がいいと思いますよ?」


むむむ。

確かに、リンディさんはしっかりと現実を見ているリアリストのイメージだ。

ふわふわとした理想を追い求めるロマンチストではない。

そんな女性に対して、下手なサプライズは回りくどいと思われるかもしれない。

ここは正々堂々といった方がいい気がしてきた。

さすがはリンディさんの弟のアレックス君だ。

相談して正解だったよ。


「ありがとう。君のおかげで目が覚めたよ。真っ向勝負で行くことにするよ。」


「お役に立てたのなら何よりです。隊長。」


僕はアレックス君と固い握手を交わして、その場を去った。

もう下手にサプライズなんて考えるのはよそう。もともと、いい案なんて何もなかったしね。


そうと決まれば早速行動に移そう。

準備に時間がかからない分、誠意を込めて告白をしなくてわ。

事前に花束を予約しなくてはならないかな。

バルトラさんに相談しよう。


「もうしわけありません。旦那様。花束は少し難しいかもしれません。」


バルトラさんは実に申し訳なさそうにそう言った。

理由を尋ねてみたところ。

時期が悪いそうだ。

僕が欲しかったのはこの国で愛の告白によく使われる定番の花なのだが、現在は開花時期ではない。

それでも、特殊な方法や施設を作ってこの時期にも手に入るように鋭意努力をしているそうだが、やはり絶対数が少ないのだという。

さらに今年は害虫が大量に発生したらしく、売れる品質の花はさらに少ないそうだ。

貴族でなければ、絶対に手に入らない状態だそうだ。


だが、僕は新参とはいえ貴族だ。

おまけに、リードザッハ家や他の四大貴族と面識がある。

その伝手を使えば大量に手に入る可能性はあるが、やはり波風が立つ。

花束の基準が何本からなのかはわからないが、せめて10本は欲しい。


「値段が高騰しておりますので・・・ 今使える予算ですと2、3本が限界かと・・・」


ううむ。

さすがに、いろいろと出費が多すぎたためだろうか。

結婚することを考えればさらに出費が嵩むことは明白だ。

僕の家は現在、借金がある。

屋敷の購入や馬車の修繕に馬の購入に馬房の修繕といろいろな物を急遽取り揃えるために叔父であるモルダン公爵にお金を借りている。

借金は半年ほどで返せるらしいが、結婚するとなるといろいろとお金が必要になる。


相手がリードザッハ家のご令嬢ともなれば一体いくら必要になるかわからない。

貴族の血を引いているとはいえ、商家の息子として育った僕の想像力をはるかに超える立派な教会で結婚式を挙げるのだろう。

平民の結婚式は実家か広い庭で上げるのが通例だ。

教会を使うのはお金持ちか商人。

新参者の準男爵である僕も普通なら城下町の小さな教会で式を挙げるのがせいぜいだろう。


でも、お相手がリードザッハ家のご令嬢ならば話は違う。

高位の貴族が使う立派な教会を使わなければ失礼だ。

そのためにはお金がいる。その時ばかりは叔父だけでなく、実家に頭を下げて資金を用いるつもりでいるので、告白するためとはいえ今ここでこれ以上借金を増やすわけにはいかない。

だから僕は意を決してバルトラさんにお願いする。


一本だけお願いします。


それから数日後。

僕は休日に約束していた通り、リードザッハ家を訪れた。

手に持つのはたった一本の花が添えられた花束だ。


バルトラさんは他の花で代用することや、それ以外にも花を買って花束にした方が見栄えがいいと言ってくれたが、断った。

代替品で僕の想いは伝わらない。

見栄えを気にして変に着飾れば、彼女が僕の心を見誤る。


いいじゃないか。

たった一本の花の花束。


この世に名刀や宝剣は数有れど、心を射止める矢は一つあれば十分だ。


「ようこそおいで下さいました。お久しぶりです。」


リードザッハ家の玄関で早速、リンディさんが迎えてくれた。

相変わらずの優しい微笑みを携えている。

その微笑みに思わず頬が緩みそうになるが、ぐっと我慢する。

今日は大切な話があってやってきたのだ。

ニヤけるわけにはいかない。できるだけ真剣な表情を作らなければならない。


「お久しぶりです。最近は何かと忙しかったために来ることができず申し訳ありませんでした。お詫びと言っては何ですが、これをどうぞ。」


僕は挨拶と共にこれまでの謝罪を述べると一輪だけの花を渡した。

リンディさんは「まぁ、ありがとうございます。」と言ってくれたが、後ろに控えたメイドたちはあまりいい顔をしなかった。「一輪だけか」とでも思っているのかもしれない。露骨にそのような顔はしないが、雰囲気で何となく察してしまった。


それにしても、リンディさんと会うのは本当に久しぶりだ。

あの、四大貴族との会合の日以来会っていないのだ。

なにせ≪大騎士≫になるという大きな役目があるのだ。

正直言って僕には大役だけれども、やらないわけにはいかない。

リンディさんとの婚約の話ももちろん大事だが、下手をすれば国家存続の危機でもあるのだ。


最近は自己鍛錬と職務に没頭していた。

オスカーさんと話ことがなければもしかしたら僕は≪大騎士≫になるまでここに来なかったかもしれない。

リンディさんに自分の想いも、ダグラスさんとの約束も告げずに・・・

そう思うと、オスカーさんと話すことができたのは非常に良かった。

そのおかげで僕は人生最大の過ちを犯さずに済みそうだ。


「気になさらないで、父から聞きました。もうじき、御前試合が行われるのでしょう? デイビー様はそれに出場なさるとか。優勝すれば≪大騎士≫の栄光が手に入りますし、騎士の方ならば≪大騎士≫への憧れも強いでしょうから、仕方ありませんわ。」


リンディさんはそういうと、サロンの方に案内してくれる。

だが、僕はリンディさんの「父から聞きました」の言葉のせいで少しだけ歩き出しが遅れてしまった。

ダグラスさんがリンディさんに何処まで話したのか気になってしまったからだ。


さすがに、マヴィルス家の内乱や隣国との内通、前王太子のことなどは話していないだろうけど。

『僕が優勝したらリンディさんと結婚』という話は聞かれているかもしれない。

ど、どうしよう。

本人の了承も得ずに話を進めてしまっているので非常に気まずい。


でも、僕から断ると「リンディでは不服か?」とダグラスさんに尋ねられそうで怖くて聞けなかった。

無論僕だってリンディさんとの結婚話はうれしい。

でも、本人の了承も得ずにというのは問題があるのではなかろうか。

このことをリンディさんがどう思っているのかも気になるし、もし怒っていたら僕の告白を断る可能性もある。

ああ、なんでかわからないけど胃が痛い。

無性に痛い。

まるで、誰かに剣を突き立てられたかのような痛みがある。


でも、顔に出すわけにはいかない。

見っともないところを見せて嫌われたら本末転倒だ。


「あれ? またいらしたの? てっきりもう来ないと思ってましたのに・・・」


サロンに入ったところでソフィア嬢と邂逅した。

相変わらずの辛らつなお言葉でお出迎えしてくれる。

ここはソフィア嬢の家なので居ても全然おかしくないのだが、告白をする手前、周囲には誰もいないことが好ましい。

できれば、出て行ってほしいがそれができれば苦労はしない。

ここは僕とリンディさんが出ていくのが無難だろう。


「どうしましたの? デイビー卿。早く席についてください。せっかく用意した紅茶が覚めてしまうではないですか。」


リンディさんに声をかけようとしたところで、ソフィア嬢が着席を促す。

彼女のお付きのメイドであろう女性が、僕とリンディさん用の紅茶を入れてくれていた。

さすがに、紅茶を入れられては飲まないわけにはいかない。

リンディさんはメイドに「ありがとう」と言ってから席に着くと、僕をソファへと促す。

その言葉に続くようにソファに腰かける。


「いただきます。」


と、ひと声かけてから紅茶を一口。

うん。

なんだろう。

この味は・・・


「お口に合いますか?」


「ええ、とても・・・」


リンディさんの言葉に何とか言葉を返す。

なんだろうかこの味は・・・

リードザッハ家のメイドが紅茶の入れ方に失敗するだなんて考えられないが・・・

いや、これは失敗というレベルなのだろうか?

この何とも言えない微妙な味。

決してまずいわけではなく、おいしくもない。

微妙な味付けだ。


「あら、これ。おいしいわね。なんて紅茶なの?」


おそらく俺と同じものを飲んでいるであろうリンディさんがにこやかな笑顔でメイドに紅茶の種類などを聞いている。

ということは、この味は上流階級では普通なのだろうか?

そう思いつつ、再び紅茶を口に含む。


うん。

やはり微妙だ。


顔に出さないように気を付けながら視線を彷徨わせているとソフィア嬢と目が合った。

彼女はすぐに視線を逸らしてテーブルに置いてあるクッキーに手を伸ばした。

だが先ほどの視線と一瞬だけ浮かべた口元の笑み。

何かを隠している。

いや、こちらに何か仕掛けている?


いったい何を隠している?

そう思いもう一度紅茶を飲む。


「おかわりはいかがですか?」


紅茶を飲み干したところでメイドが紅茶のおかわりを尋ねてきた。

断ろうかとも思ったが、ソフィア嬢の企みが何かわかるかもしれないと思い頼むことにした。

新しく入れられた紅茶を一口。

ううむ。

やはり微妙だ。


「こちらもどうぞ。とても美味しいですわよ?」


そう言ってクッキーの入ったお皿を差し出してきた。

もしかして、歩み寄ろうとしてくれているのだろうか。


「ウフフフ。とっても美味しいですわよ~♪。」


笑みが黒いのは気のせいだと思いたいなぁ~。

軽く現実逃避をしてしまうのは僕の精神が軟弱だからだろうか。

頂いたクッキーはこれまた甘みを感じない微妙な物だった。

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