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熊と狩猟乙女  作者: 魔王の善意
熊編
23/41

デイビー=ダビットソン㉓

ふう。

今日も太陽が眩しい。


「おはよう。」


「おはようございます旦那様。」


朝起きて、着替えを終えて部屋の外に出るとバルトラさんと朝の挨拶を交わす。

貴族となり、屋敷に移り住んでから日課となった行動を取り、朝食を取りにダイニングへと向かう。

ダイニングに着くまでに今日のお互いの予定を確認する。

バルトラさんには屋敷全般のことを任せてあるが、僕も貴族の端くれであり当主だ。

最終的な決定や問題に対して意見を言わないといけない。


まぁ、基本的に僕のセリフは決まって「任せる」なんだけどね。


昨日は一日以内に詐欺事件の関係者を一斉検挙するという高難易度の任務を完遂するために徹夜をする覚悟でいたのだけれど、僕が牛を一頭つぶしている間にどうやら犯人が自供して全ての罪人を検挙することに成功した。

さすがは、ミゲルさんだ。

優秀な副官を持つと何もしなくても事件が解決するので僕のような脳筋は大助かりだ。


「「「おはようございます旦那様。」」」


「おはよう。」


ダイニングに入るとメイドたちが一斉に挨拶をしてくれるので僕はそれに対して挨拶を返すと、広いテーブルに広げられた一人分の食事が置かれた席に着く。

僕も、普通の貴族同様に使用人と雇い主が一緒に食事をとることはしない。

なぜなら、それが普通だからだ。


正直言って周りに使用人という名の見張りがいる中で一人で淡々と食事を取ることは恥ずかしいのだけれど。こういうことにも慣れていかないと貴族としてやっていけないそうだ。

ううむ。

貴族って面倒だなぁ~。

などと思いながら食事を取り終わると出勤だ。


鞄を取り玄関に向かう。

玄関に向かうと侍女長がバルトラさんに何やら手紙を渡していた。


「旦那様。たったいま。オスカー様より手紙が届きました。」


どうやら僕の以前の上司であり、前回の戦で退役したオスカーさんから手紙が来たらしい。

「わぁ久しぶりだなぁ。オスカーさん元気にしてるのかな」なんて思わずつぶやいてしまった。

僕は手紙を受け取って中身を確認する。


内容は社交辞令的な挨拶と久しぶりに会わないかという内容のものだった。

オスカーさんは退役後は実家のある。田舎に引きこもって隠居生活をしているらしいのだが、ちょうどこっちに来ているそうだ。

僕は了解の返事をバルトラさんにお願いして仕事へと向かった。


仕事はいつも通りに進み。

終わる。


今日は昨日の仕事の続きを行うはずだったのだが・・・

なぜか、僕はいつも通りの仕事をしただけだった。

昨日のうちに詐欺事件の容疑者をすべて確保。

証拠の資料の押収、作成などを行ったのだが、それだけだった。

犯人との接触は禁止されて一日資料作り・・・


・・・しんどい・・・


今日も疲れたなと思いながら帰路につくのだった。


「ただいま。」


「おかえりなさいませ。旦那様。オスカー様がサロンでお待ちです。」


屋敷について帰りの挨拶と共にそんな言葉がバルトラさんから帰ってきた。

どうやら、今朝した返事でオスカーさんがわざわざ遊びに来てくれたらしい。

僕は早速、オスカーさんの待つサロンへと向かった。


「オスカーさん。お久しぶりです。」


「おお、デイビー。久しいな。いや、今はデイビー卿かな?」


サロンに入って久しぶりの再会に喜びを感じながら挨拶を行う僕に、オスカーさんは冗談めかしながら笑って答える。

僕が部屋に入ってきた時にオスカーさんは椅子から立ち上がろうとしたが僕はそれを手で制した。


「よしてください。今まで通り、デイビーでかまいません。足の具合はいかがですか?」


オスカーさんは前回の戦で大怪我を負い生死の境をさまよった末に生還した。

ただ、その時の後遺症で下半身が少し不自由になってしまったのだ。

下半身は動かないわけではない。

歩くことならできる。

ただし、走ったりすることはできない。

足だけでは椅子からの立ち上がりもできないので、手を使って体を持ち上げなければならない。

そういった理由から僕はオスカーさんが立ち上がることを制したのだった。

オスカーさんも僕の意図を察して椅子に座ったまま答える。


「ああ、いつも通りだ。良くも悪くもといったところだ。だが、まぁ・・・ 歩けないほどではないしな。医者からは生きているのが不思議なほどの怪我と言われたし、贅沢は言えんさ。 そういうお前は最近どうなんだ?」


「いや~。副官に助けられてばかりですよ。部下が優秀なのでやることはあまりありません。今日もいつもどおりでしたし・・・」


と、僕とオスカーさんは世間話を行って互いの近況を語り合う。

それに合わせて、サロンに食事が運ばれてきた。

今日はオスカーさんが来ているのでここで食事をすることにしたのだ。

ダイニングは広すぎて2人で世間話をするには少々不便だ。


オスカーさんの田舎暮らしはかなり充実しているそうだ。

最後の戦での報奨金に、怪我を負っての退役ということで多くの退職金を得たそうだ。

それで今は呑気に牧場の経営をしているそうだ。

オスカーさんの牧場は僕の実家と専属契約をしているので収入もある程度は安定しているそうだ。

少なくとも、毎回行商人と値段で揉めることがないので楽だそうだ。


「それにしても、お前を私の隊に引き入れて正解だったな。おかげで戦は連戦連勝。最後の戦では、敵の大将首を上げて莫大な報奨金が出たし、お前の実家と取引しているから隠居後の生活も安定している。至れり尽くせりだよ。」


オスカーさんは嬉しそうに笑いながらお茶を飲む。

オスカーさんには入隊してから厳しく指導を受けてきた。

そのおかげで、今の僕があるのだ。

この人にそう言ってもらえるとなんだか鼻高々だよ。


「そういえば、ミーシャに聞いて知ったのだが、お前。あのリードザッハ家のご令嬢と付き合っているらしいじゃないか。リードザッハ家の令嬢と言えばあまりいい噂を聞かないが、大丈夫か?」


なんということだ。

まさか、ミーシャちゃん経由でそんな情報まで洩れているだなんて・・・。

少しは僕のプライベートに気を使って欲しいものだ。


「そんな付き合っているだなんて・・・ まだ気が早いですよ。 それに、リンディさんは噂とは違って清楚でお淑やかな女性ですよ。 この前の食事に行ったときだって・・・」


それから僕はオスカーさんに前回のリンディさんとの食事について語った。

僕の度重なる失敗を笑って許してくれる彼女はまさに女神のようだ。

最後は、のんびりと公園でサンドイッチを食べたのだけど。

彼女は嫌な顔一つしなかった。


「ふむ。まぁ、所詮は噂に過ぎないということか。 前王太子の悪い噂はほんとだったみたいだから正直不安だったが・・・ どうやら、心配は無用なようだな。」


そんな僕の話を聞き終わるとオスカーさんは可笑しそうに笑っていた。

何がそんなにおかしいのだろうか。

というか、オスカーさんは前王太子のことを知っている口ぶりだな。

どうしてなんだろうか?


「なに、私が暮らしている領地のすぐ隣が前王太子が統治という名目で、現在軟禁されている場所なのさ。前王太子がそこで無理難題を言っているようでね。そのせいかわからないが税金が上がって生活が苦しくなった人達が他の領地に移っているらしいんだ。私の牧場でも新しく雇った人達の中にそういう人たちがいるのさ。」


なんということだ。

敗着となり、辺境の地に封じ込められてなお、何の反省もなく領民を苦しめているだなんて・・・。

王族として、許されざる行為だ。

というか、そんなことをしていて大丈夫なんだろうか?

いくら王族でもそんなことをしていたらただでは済まないだろう。


「さぁ? そのうち、何かしらの罰が下るのか。そうでないのかは不明だが、どちらにしても私たちにはどうすることもできないさ。」


ううむ。

確かにその通りだ。

でも、放置していていいのだろうか。


「前王太子は国王の最初の子だ。おまけに、今は第二子であるリチャード様はまだ成人していない。問題だらけでも、今は前王太子を完全に排除することはできないさ。」


僕の疑問に、オスカーさんは遠い目をしながらそう言った。

確かに、次期国王である王太子のいない現状では前王太子を力ずくで排除すれば国内の情勢は不安定になる。

リチャード様は聡明で賢い方だ。

だが、まだ子供であるために何の権限もない。

その逆に、廃嫡になったとはいえ前王太子は成人している。

不測の事態に備えてリチャード様が成人なさるまで健在であった方が国民は安心する。

そう考えれば、今はまだ何もしないほうがいいのだろう。


「さて、国の未来や私のことはもういいだろう。そろそろ、私が今日来た本題を話そうか。」


食事を終えて、少し経ってからのことだった。

使用人たちが食器を下げていった後で、オスカーさんはそう言って話を切り出した。

先程までの朗らかな表情から一転して、その顔には緊張感が漂っている。

いったいどうしたというのだろうか。


「実はな。今日、私がここに来たのはミーファにある話を聞いたからだ。」


なんだろう。

ミーファちゃん。

君はいったい何を言ったんだい?

まるでこれから戦場に向かうかのような目つきをしている。

正直怖い。


「先ほど、お前は私の質問に対してリンディ嬢とは付き合っていない。そう言ったな?」


オスカーさんの質問に対して僕はオロオロしてしまう。

確かにそうは言ったけど。あれは半分ぐらいは恥ずかしさのあまり否定したというか。

デートには行ったんだし付き合っていると言えなくもないというか・・・。


「デイビー。私はもうお前の上司ではない。おまけに、私とお前はプライベートでそれほど親しいわけでもない。退役後以降は、お前の実家と交渉するために何度か話をしたりしていたが、最近は疎遠になりつつあった。だが、私はお前に問わねばならん。人生の先輩としてな。」


そう前置きを置くとオスカーさんはいったん言葉を区切った。

そして、一呼吸おいてから話を始める。

僕はその間に何かしらの覚悟を決めるため、姿勢を正した。


「デイビー。ミーファに聞いた話だと、お前は今度の御前試合で優勝し、大騎士になった場合。リンディ嬢と結婚する約束をダグラス卿に取り付けているらしいな。」


「ああ、いや。あれはダグラスさんが急に言い出したことで・・・」


あれはダグラスさんが急に言い出したことであって絶対にそうなると決まったわけでは・・・

それに、結婚なんてリンディさんの気持ちを聞いてからじゃないと・・・


「言い訳はいい。問題はこの件がすでに貴族内部に広まっていることだ。」


「いや、そんなはずは・・・!」


突然のオスカーさんの発言に僕は立ち上がって反論を試みる。

だが、それをオスカーさんは目だけで制した。


「デイビーよ。なぜおまえがそれを知らないのか。私にはわからないが、私はこのことをバルトラさんから聞いたのだぞ?」


な、なんだって・・・!

思わず僕は扉の前に控えているバルトラさんを見る。

すると彼はこちらを見て驚きながらも、無言で頷いた。

そ、そんな・・・

いったいどうして・・・

僕はあまりの事態に椅子に座って茫然としてしまう。

だが、そんな僕にオスカーさんは時間を与えてくれなかった。

すぐに、机を叩いて視線をオスカーさんに引き戻された。


「デイビーよ。お前は男だ。そして、貴族の結婚は政治的な要素も強い。おまけに、今回はお前のいないところで事態が動いているようだ。だがな。男としてやるべきことがあるのではないのか?」


「・・・やるべきこと。ですか・・・」


唖然としたまま呟く僕にオスカーさんは言葉を続ける。


「お前がリンディ嬢をどう思っているかは知らん。だが、ダグラス卿が強引にも話を進めた結果。すでに、お前とリンディ嬢の結婚は時間の問題だ。なにせ、御前試合の日程はすでに貴族内では周知だそうだからな。ミーファの話によると、数日後には国民にもお触れが出るだろう。」


「で、でも・・・ 僕が優勝できるとは限りませんし・・・」


ダン!!


僕の言葉に、オスカーさんは怒りを露にした形相で睨みつけながら机を強く殴った。

その衝撃で、カップが倒れてお茶がこぼれてしまった。

だが、そんなことはお構いなしにオスカーさんは続ける。


「貴様が何に弱気になっているのかは知らん。だが、戦う以上は勝つ気でいるのだろう? なら、勝つ方法と勝った後のことを考えろ。お前がそんな風に現状に甘んじていてはお前は御前試合に勝つことさえできんぞ。いや、よしんば勝ったとして。そのあと、どうするつもりだ?」


「どうするって・・・ 大騎士になって・・・ 内乱が起きないように・・・」


僕は混乱しながらも必死に答えを探す。

ええっと、大騎士は小さい頃からの憧れで・・・ 目標で・・・


「そんなことはどうでもいいだろう!!」


僕の言葉が気に入らなかったのか。

オスカーさんはさらに怒気を強めて立ち上がると僕の胸ぐらを掴んだ。


「そうやってわかりきった未来から逃げるな! デイビー! お前にとって≪大騎士≫が憧れであったことは昔に聞いて知っている。だがな。それ以上に大事なことがあるだろう!」


大事なこと・・・

僕にとって大事なもの・・・


・・・地位?


・・・名誉?


・・・家族?


・・・仲間?


様々な思いが駆け巡り・・・

最後に僕が見たのは、1人の女性の笑顔だった。


貴族になりたてのこんな僕でも婚約者候補として認めてくれた人。

熊と恐れられる僕の容姿を見ても優しく微笑んでくれる人。

口下手な僕のために懸命に話題を提供してくれる人。

安っぽい花瓶のお土産を文句も言わずに受け取ってくれる人。

リサーチ不足で要領の悪い僕とのデートに最後まで付き合ってくれる人。


きっと、生涯でただ1人。

あんなにまで僕に優しい女性は存在しないだろう。

ここで、もし彼女を手放すようなことがあれば一生後悔する。


そうだ。

僕は御前試合に勝って、夢にまで見た≪大騎士≫になった暁には、あの人と結婚するんだ。

なのに、僕はまだ何も言っていない。

ダグラスさんと勝手に約束をした状態で話は止まっている。


このままではいけない。あっていいはずがない。

この時、僕の決心は、覚悟は完全に決まった。

僕はゆっくりとオスカーさんの手を取るとその手を優しく引きはがした。


「ありがとうございます。オスカーさんのおかげで僕が何をすべきかわかりました。」


「そうか。ならいい。私も来たかいがあったというものだ。」


こうして、元上司との会話には終止符が打たれた。

オスカーさんのために、客室の準備をしていたのだが、僕の家が用意した馬車に乗って宿に帰っていった。

宿には、従業員や一緒にきている家族がいるそうなのだ。


僕は馬車が出発するのを見送ってから、屋敷に入るとバルトラさんに次の休みにリードザッハ家に行きたいので事前に連絡してもらえるように頼んだ。

彼はにこやかな笑顔で了承すると去っていった。

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